ザ・グレート・展開予測ショー

これも一つの選択肢(後編)


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 5/29)

続き。




「……でもさー」
 長い髪を乱して、美神がカウンターに突っ伏した。
「実際問題、ホントに最近でかい仕事が来ないのよ。……あんたの所為で」
 ちらりと顔を上げ、横島を睨む美神。
 横島としては、震えてグラスを鳴らすしかない。
「そんな事言ったって……」
 言い掛かりだろう、それは……。
 そう思いつつも、自分の師にはそんな理屈は通じない事は、横島が一番良く知っている。
 そう、誰よりも……。
「それにさー」
 美神は、身体を起こした。
 乱れた髪を、頓着せずに掻き上げる。
「シロだって一応女の子だからさ、幾ら力あるからってあんまし荷物持ちさせんのも気が引ける訳よ」
 要するに、男手が無いと不便だと言う事だ。
「新しいバイト、雇えば良いじゃないですか」
 そうなったらなったで、自分的にはかなり複雑だけどとか思いながら、横島は正論を言ってみる。
 こんな時、自分はもう部外者になってしまったのだと、今更ながらに実感してしまうのである。
「そう思ってバイト募集したんだけどさ、面接した希望者が翌日にはみんな断って来るのよねえ」
「へえ……、俺の悲惨な労働環境は、そんなに有名だったんですね。ああ、可哀想な俺……」
「て、あんたはそれで納得してたじゃないの!時給二百五十円でも良いから、雇って下さいおねーさまとか言ってたのは、どこの誰だったっけ!?」
「……すいません、わたくしです」
 ……ある意味、どっちもどっちだ。
「ったく……、そんなあんたが偉くなったもんよねー、この私に向かってそんな口叩けるなんてね」
「いや……、マジすんません。調子こいてました」
 平身低頭して謝罪する横島。
 勿論、美神が恐いと言うのもあるが、横島なりに美神には恩を感じているのだ。故に、結構本気で謝っている。
「て言うか、別にそう言う訳じゃないのよ」
「え、じゃあ、どうして……」
「……」
「?」
「理由を訊いたら、みんな「夜中に若い女の子の幽霊が枕元に出て、バイトすると祟ってやると言われた」って答えが返ってきたわ……」
「……」
 美神が、頭を押さえてそう言った。
 横島は、冷や汗が止まらない。
「生き返ってから、ボケなくなったと思ってたら……」
「人間の本質なんて、そうそう変わらないものよ……」
 美神や横島と一緒にいると相対化されて気がつかないが、“彼女”も結構我が強く、手段を選ばない性格だったりする。




カラン……

 美神が、コップを揺らして氷を鳴らした。
「惨めよねー……」
 そして、呟く。
「え?」
「今の私が、よ」
 そう言って、美神は横島を流し見る。
「独立させて僅か一年ちょいで、弟子に追い抜かれて……。自分のやりたいように仕事も出来ない……」
 やりたいように、とは、詰まるところ彼女の力説したGS論の実践だろう。或いは、評判を盾にした大名商売か。
「何を言ってんすか。美神さんが負け組だったら、勝ち組なんて総理大臣くらいしかいませんよ」
「じゃなくてー、精神的なものよ。少なくとも、信頼度や評判は、今、私よりあんたの方が高いわ」
「はあ、すんません……」
「一度でも頂点に立った奴ってのは、そっから転がり落ちるのを極度に恐れるわ。ましてや、自分を追い落としたのが、元・自分の丁稚だったとしたら、どう思う?」
「……」
「その上、今一やりたいようにやれないしさぁ……。なーんか、乗らないのよね、ここんとこ……」
 頬杖をついて、遠い眼をしてみる美神。尤も、その先にはボトルしか無いが。
「て、それ、まずいんじゃないすか?」
「そーね。少しの気の緩みが、命取りになる商売だもんねー。少しでも覇気が欠ければ、それ即ち死、か……」
「美神さん……」
 どこか、生気が無い。こんな美神は、付き合いの長い横島でも滅多に見た事が無い。普段が暴虐無尽の女王様なだけに、こう言う時の美神には、保護欲を掻き立てられる可愛らしさがある。
 横島が、力になってやりたいと思うのは自明の理だろう。
「美神さん、もう引退しても良いんじゃないですか……?」
「え?」
「いや、だってもう一生食ってけるくらいの資産は持ってるでしょう?だったら、スイーパーなんて危ない仕事止めちゃっても良いんじゃ……」
 横島の出したその提案は、全く理に適ったものであり、最善且つ最高の方策である。
 とは言え、それを素直に聞く相手でもない。
「やーよ。私から仕事を取ったら、何が残るってのよ」
「そっすねー。仕事の出来ない美神さんなんて、ただのイケイケな馬鹿女ですもんねー」

ドカァ!

 ……それは、余りにも不用意な一言であった。
 だからと言って、カウンターに罅が入るのにも構わずに、横島を殴り飛ばす美神もどうかと思うが。
「自分で言ったくせにぃっ」
「人に言われるとむかつくのよっ!」
「すんません……」
 煩悩の随まで、美神に支配されている横島である。
「えっと……、じゃあ、あれ、趣味とか無いんですか、美神さん」
「趣味ねえ……、……仕事?」
「それ以外に」
「特に無いわねえ……。ホントに、仕事一本で生きてきたから」
「……何か、それも淋しい人生っすね」
「うるさい」
「でも、美神さんてば、色々出来てたじゃないですか。テニスとかゴルフとか料理とか……」
「て、それは霊力使った話でしょ?て言うか……、まあ、ある程度は何でもそつなくこなせるんだけどね。そうだと、逆にほら、器用貧乏じゃないけど、今一のめり込めなくてねえ」
「そっすか……」
 あれも駄目、これも駄目。
 呆れ顔の横島が、溜息混じりに吐き捨てた。
「んじゃあ、もうどっかに永久就職して家庭に入ったらどうっすか」
「え……?」
 その何気ない一言に、美神は一瞬ドキッとした。
 ……が。
「宜しければ、俺がっ!」
「て、結局それかいっ!」

ドカァ!

 ……まあ、お約束通り落ちが付くのであった。
「痛いっす、美神さん……」
「うるさい!あんましふざけた事言ってると、東京湾に沈めるわよ!?」
 そんなこんなで、今度は床とキスする羽目になった横島だが、すぐに立ち直る回復能力が彼を彼たらしめている要因である。
「すんませ〜ん……」
「ったく」
 倒れた椅子を起こしながら謝る横島に、怒ってみせながらもどこか安心したような視線を向ける美神である。
 その時、横島がぽつりと呟いた。

「でも、俺は結構本気なんだけどなー……」

「……なっ……!」
 それを聞いた美神の顔が朱に染まったのは、酒の所為だけではあるまい。
 そう言えば、これまで幾度となく横島に迫られてきたが、こうしてはっきりと横島の気持ちを聞いたのは始めてな気がした。
 ましてや、美神の方も我知らず横島の事を想っており、最近、やっとそれを自覚してきたところなのだ。
 恋愛経験ゼロの美神の心臓が、早鐘のように鳴る。
「なっ、何言ってるのよ!あんたなんかに、私の相手が務まる訳が……」
「駄目ですか?」
「うっ……」
 椅子に座り直し、上目遣いで美神を窺う横島。この状況でそれは、反則だろう。
「俺だって、強くなったし、仕事も出来るようになったのに……」
「あ、あのねえ、そう言う問題じゃ――」
「じゃあ、どう言う問題なんですか?」
「いや、それは……」
 どうと言われると、答えに詰まる美神である。何しろ、自分も相手が好きなのだから。
 嫌ではない。嫌ではないがしかし……
「わっ、私にルシオラを産めって言うの!?」
 そう簡単に素直になれるのなら、苦労はしていない。
「いや、幾ら俺でも娘に欲情はしませんよ」
 性欲は人一倍あるが、アブノーマルな性癖は無いと自負する横島である。近親相姦など思いも寄らない。例え、それがルシオラであったとしても。……多分。
「あのね……!」
 何とか言葉を繋ごうと思う美神だが、どうにも台詞が出てこない。
 まさか、こんな展開になるとは。
 反則だ、こんなの。
「あぅ、あうあぅ……」
 トマトのように顔を真っ赤にし、口を動かせない美神だった。
「……ぷっ」
 その様子を見て、横島は思わず吹き出してしまう。
「あっははは」
 そう、美神とはこう言う人なのだ。
 誰よりも、誰よりも可愛い人――。
 少なくとも、自分にとっては。
「な、何よぅ……」
 笑う横島に口を尖らせる美神は、もはや涙目である。
「あっ……ははは……、す、すいません、でも」
「でも、何よ?」
「でも――」
 そこで一旦言葉を切って、横島は美神を正面から見据えた。
「でも、そう言う事ですんで、それも選択肢の一つに入れといて下さいね」
「そう言う事って……」
 愛の告白、と言う奴だろうか、これは。
 それにしてはやけに呆気無く、もののついでの様なムードもへったくれも無いようなものであるが。
 しかし、それで不覚にもにやけてしまっている自分がいる訳で。
 それも良いか、なんて、有り得ない考えも頭のど真ん中を過ぎったりして。
 何かもう……、兎に角嬉しい。
 ……認めたくないが。


「……。選択肢……ね」
「はい」
「まあ……、考えてやっても良いわ」
「はいっ!」
 満面の笑みで、心底嬉しそうな表情を作る横島。
 こんなにも、自分は想われているのかと。
 何だか申し訳なくも、心地良い美神であった。




これも一つの、愛のカタチ。

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