ザ・グレート・展開予測ショー

蛍合戦


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 5/20)

ミーンミンミンミン……



ここぞとばかりに鳴き喚く蝉の声が、夏の到来を告げる。
夕刻。
眼前の海は、半円の太陽を飲み込み、橙色に染まっていた。


ブロロロロ……


軽快な排気音を引き連れ、一台のバイクが海沿いの道を走っていた。
それを駆る女は、紫色の唇を震わせ、微かに薫る潮の臭いを感じ取る。
吹き抜ける風が、湿っぽい空気に心地良い。
「ふう……」
ハンドルから片手を離し、少しずれてきたヘルメット(二つの小さな穴が開いている特注品)を直すと、女は軽く溜息をついてみせた。
そして、オレンジ色の海に目を向ける。
「見て、ヨコシマ……。夕焼けよ」
女は、バイクの荷台に座り自分の腰に手を回している、同乗者に向かって声を掛けた。
「綺麗ね……」
夕焼けは、彼女にとって格別の意味を持つ光景だった。
或いは、同乗者にも。
彼女と同乗者を繋ぐ、ある意味で絆の様な役割をしているかも知れない。
そう思い、軽く黄昏る女だったが……
「……?」
妙な事に気付いた。
「ヨコシマ……?」
返事が返ってこない。
確かにたわいも無い話題だけれども、自分の言う事だ、優しい同乗者なら応えてくれると思ったのだが。
それに、何と言っても夕焼けなのだ。何度でも一緒に見てくれると、同乗者は言ってくれた筈だ。
「どうし……」
少し苛ついて声を荒げた女の耳に、バイクの排気音に混じって別の小さな音が聞こえてきた。
「……くぅ〜……」
「……」
――同乗者の寝息である。
同乗者は、女の背中に頭を預けたまま、夢の世界へと旅立ってしまっていたらしい。
「……もぉ〜」
女は、思わず膨れ面をして見せた。
「落ちても知らないからね?」
だが、その心配は無いだろう。同乗者の腕は、しっかりと女の腰を捉えて離さない。
「……」
それを見て、女は複雑そうな笑みを浮かべた。
眠りこける同乗者のあどけない寝顔を少しばかり見返し、女はもう一つ溜息をつく。
「今日の仕事は大変だったもんね。疲れちゃったのね、ヨコシマ」
沈み行く夕陽が、二人の顔を紅く照らす。
「全く……」
女は、もう一度だけ夕陽に視線を送ると、前方へと向き直し、アクセルを回した。




女の名はルシオラ。
日本最高のゴーストスイーパー・美神令子の一番弟子、横島忠夫――即ち、これが同乗者だ――の恋人である。





【蛍合戦】





ブルルルン……

ルシオラがバイクのエンジンを切った衝撃で、横島忠夫は目を醒ました。
「く……、ん……。ふあ〜あ……」
バイクの荷台に跨ったまま、大口を開けて欠伸をかまし、手を天に上げて伸びをする。
ヘルメットが、少しずり落ちた。
「ヨコシマ、やっと起きた?」
ハンドルを握ったままのルシオラが、横島を顧みて言った。
「ん〜……、何だ、ルシオラ。もう、着いたのか?」
「もうじゃないでしょ、今、何時だと思ってるのよ」
「ふぇ?ああ……、何かもう暗いな」
陽の長い夏の日の事である。それで暗いと言うのだから、少なくとも八時近くにはなっているのだろう。
そんな事を思いながら、横島は荷台から降りた。
「よっ……と」
それを見届け、ルシオラもバイクを降りる。特注のヘルメットを脱ぐと、二本の触角が軽く揺れた。
「ふぅっ……」
「……」
目を瞑って息を吐くルシオラのその仕草に、横島は暫し見とれた。
「……?何、どうしたの、横島」
バイクに鍵を掛けたルシオラが、横島に問う。
「え?あ、いや、何でも……」
「何よー、気になるな。教えなさいよ」
「んや、別に……。ただ、俺には勿体ないなーって」
「何が?」
「いや、ルシオラが」
「どういう意味よ?」
「だから、それは……。……いや、何でもないや」
「何なのよ」
「何でもないって。気にすんな」
「……?」
さて、何と言ったものか。
そんな自分が無性に恥ずかしく、横島は顔を紅らめた。



「宜しくお願いします」
「はいはい、横島様。お二人様、ご一泊で宜しいですね?」
「はい」
「では、お部屋へご案内します」
ルシオラがバイクを止めたのは、とある旅館の駐車場。
この日は大分遠くにまで除霊の仕事に出たので、今日の内には二人の務める美神除霊事務所の在る東京までは帰れない。ならば現地で一泊するのが普通なのだが、今回はお盆シーズンと言う事もあり事務所に持ち込まれる依頼の件数も随分立て込んでいる為、そうそうゆっくりもしていられないと言う事情があった。
そう言う訳で、二人は事務所への帰路に在るこの旅館に予約を入れておいたのであった。


「こちらです」
「あ、はい、どうも」
仲居に案内され、二人は廊下を通り一つの部屋に通された。
「お風呂は十一時まで、朝は五時から入れるようになります。それと、お食事ですが……」
「あ、良いです。今日は俺ら、お祭りの方に行きますんで、向こう行って適当に食べてきます」
「そうですか……。では、朝食は七時半頃と言う事で宜しいでしょうか?」
「はい。有り難うございます」
「いえ……。では、失礼致します」
そう言って、仲居は去って行った。
両親から営業の才を受け継いだのか、こんな時の横島の人当たりは良い。一方、ルシオラは未だ人間界にあまり慣れていないし、生後一年足らずと言うところなので、自然、こう言う事は横島の役目となる。
勿論、横島はそれを嫌がっている訳ではないが。

「因みに……、何でルシオラが生き返ってるかと言うと」
「?」
「アシュタロスの双子の弟で“リクエスト”って言う奴がいるんだ。勿論、魔神なんだけど、こいつが結構良い奴でさ。ま、兎に角、一卵性双生児なら遺伝子とか霊基とかも、兄貴のアシュタロスと全く同じな筈だろ?だから、そいつに例のベスパの眷族が集めてくれた蛍――詰まりルシオラの霊基を渡して、それを基にルシオラを再生してもらったんだ。元々ルシオラ達は、アシュタロスが自分の霊基を基に創り出した眷族だったんだから、その双子の弟なら霊基を分けてもらう事も出来るって訳だ。……え、何、強引過ぎる?別に良いだろ、ルシオラが生き返ったんだから」
「誰に話してるのよ、ヨコシマ……」




横島達の泊まる旅館の近くにある少し大きな神社で、この数日間、盆に合わせてちょっとした祭りが開催されている。
横島とルシオラは、旅館の風呂で旅の汗を流すと、連れだって神社の門前町に出向いた。

「あの旅館も浴衣くらい置いといてくれれば良いのに……。いや、決して浴衣ならルシオラの貧にゅ……もとい、あんまし豊かとは言えない胸回りも気にならないのにとかじゃなくて……」
「何、ぶつぶつ言ってるの?ヨコシマ」
「や、何でもないっす」
「? まあ、良いけどさ」
石畳を歩く二人。
首を傾げて、ルシオラは辺りを見回した。その装備はTシャツにGパンと言うラフなものだ。まあ、横島も同じなのだが。因みにペアルックとか言う訳ではない。
「ふぅ〜ん……」
それなりに多いが人混みと言える程でもない、正に適当な人の波が、二人を追い越し、そして二人と擦れ違って行く。
「……」
横島の惚れた贔屓目を抜きにしても、ルシオラは結構な美少女である。
そのルシオラは、横島の腕に絡み付き、辺りを見回している。
周囲のやっかみの視線を痛いと思う横島ではないが、親子連れなんかと擦れ違う時にまじまじと見られたりすると、ちとキツイと思うのは、彼が小心だからと言うだけではあるまい。
辺りを見回せば若いアベックは横島達だけではないが、ルシオラは十人並み以上の美人だし、何より彼等は自然だった。色々あって、それを乗り越える事で固い絆を結んだ二人には、周りの急造カップルの様なギクシャクした不自然さはなく、それはある意味で少し目立っていた。
……尤も、人目を引いているのはルシオラの触角かも知れないが。
「ねえ、横島?」
横島の腕に自分のささやかな胸を擦り付け、ルシオラは訊いた。
「“お祭り”は絶好のデートスポットって訊いたけどさ」
「何だそりゃ……。いや、間違ってはいないけどさ、適当な知識つけんなよ?」
「いや、まあ、それは兎も角……。この人達は、ここで何をしてるの?」
「は……?いや、だからお祭りだろ?」
「だから……、お祭りって具体的に何なの?」
「え?ん〜、いや、改めてそう訊かれると……。一応、神に捧げる儀式の事を言うんだろうけど、この場合はそれに便乗してこうやって屋台とか出して騒ぐ事を言う……んじゃないかなあ……?」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだよ」
そう答えた横島が見返す境内へと続く道の両脇には、所狭しと色とりどりの屋台が軒を連ねている。
「ん〜……、やっぱし、人間の感覚ってちょっと分からないわ」
「そっか?まあ、あんまり深く考えんなよ」
「そうね。まあ、私はヨコシマといちゃつけるなら何でも良いわ」
「そんなもんかよ……」
「うんっ」
そんなもんらしい。
愛に生きると決めた生後十数ヶ月の思考回路は、酷く簡単に接続されているようだ。



さて。
一通り門前町を回ったところで、じゃあ、そろそろ夕食にでもしようかと言う事になった二人である。
「蛸焼き……」
「つっても、こりゃ本物じゃねーな。角張り過ぎだし、皮も厚過ぎるし……」
発泡スチロールで出来たトレイに並べられた八つの小麦色の小山から、各々一つずつを爪楊枝で突き刺し、二人はそれぞれの口へ運ぶ。
「て、何で蛸じゃなきゃいけない訳?」
「何でて……、ええやん、別に。美味いもんにケチつける事ないやろ。今度、本場の蛸焼きを食わせたるさかいな」
「……ヨコシマ、それ、何語?」
「日本語だッ!」
天下の台所で生まれ育った横島は、お好み焼きをおかずにご飯を食べるタイプの人間である。
「んー、それよか、私は矢っ張りこっちのが良いな」
そう言ってルシオラが取り出したのは、半ば以上をビニール袋に包まれた竹串。即ち……
「綿菓子か。んなもんじゃ、腹膨らまねーだろ。ベタベタするだけでよ」
「……ま、基本的に私は水だけ飲んでたら死なない身体だからね〜。蛍だから」
「て、蛍の成虫が水だけ飲むんで平気なのは、七日しか寿命がないからだろ?冗談じゃないぜ、長生きする為に、もっと食えよ」
「やーよ。スレンダーな体型が自慢なんだからね?」
心配してくれるのは、勿論嬉しいが。
「死んじまったら、何にもなんねーだろ?太っちまったら、その時はその時だよ。て言うか、貧乳だからってそこまで気にしなくても……」

ドゴォ!

タブーを口にした横島の頭が、石段にめり込んだ。誰の仕業かは、言わずもがな。
「貧乳って言うな!」
「……ごめん」
心配してやったのを殴られても、自分が謝る横島。
まあ、殴られ癖がついていると言ってしまえばそれまでだが、一度見殺しにしたと言う負い目からか、ルシオラに対してはかなり甘くなってしまう横島である。勿論、惚れた弱みと言うのもあるだろうが。
しかし、惚れた弱みと言うならルシオラの方が大きいだろう。
ルシオラは端から横島一筋だし周りもそれと認識しているが、横島はそうではなく、彼の周りには彼に思いを寄せる女性は少なからずいる筈である。彼女より付き合いも、想った時間も長い女性達が。
それが、負い目となり不安となる。全ての障害が無くなり、日常に安住出来るようになると尚更だ。
故に苛立つ事もあり(横島は、(特に女性には)誰にでもナチュラルに優しいから尚更だ)、こうして喧嘩となる事もしばしばだ。
……と言っても、ルシオラが一方的に怒るだけだったりするのだが。
「いや、悪かったから、機嫌直してくれよ、ルシオラぁ〜」
そして、まあ、今回もこうして横島の笑顔にルシオラが不覚にもドキッとしたところで、済し崩し的に事態は収束する訳なのだが。
「……ま、まあ良いケド……」
顔を紅く染めたルシオラは、照れ隠しに訳の分からない事を口走り、高鳴る胸の鼓動を誤魔化すかのように視線を綿飴へと外す。
ルシオラがビニールを取ると、甘ったるい臭いが二人の鼻先に届いてきた。



食事を済ませた二人は、石段を登り、境内へと参った。
儀式の合間である社殿は横島達以外にも数人の参拝客を擁していたが、その声は酷く遠くに聞こえる。
灯りが提灯だけだからだろうか?境内の中は、厳かな雰囲気に静まり返っていた。
二人には、眼下に広がる街の灯りが、やけに小さく見えるような気がしていた。

サラサラサラ……

「!」
ルシオラの耳が、微かな音を捉えた。
「水の音……?」
「ああ、すぐそこに小川があるらしいから……」
何気にリサーチ済みの横島がそう解説を入れた時、小さくボッと言う音がした。

フッ……

「え?」
「あ……」
周りから聞こえてくる、数人の声が小さく交錯した。
風の所為か、それとも蝋燭が尽きたのか。境内を照らしていた唯一の灯りである提灯の灯が消えたのだ。
瞬時にして、辺りは暗闇に閉ざされる。
縁日と街並みの頼りない光だけが、参拝者達の輪郭を、僅かながらに浮かび上がらせていた。
そして。

ポゥ……

「!」
「わあ……」
その時にして、参拝者達は気付いた。もう一つ灯りがある事を。
誰かが言う。
「蛍だ……」
――短い命を燃やし伴侶を捜す蛍の淡い緑の光が、川辺の露草に絡み付き、無数に彷徨っていた。
人はそれを見て、何と思うだろうか。
或いは、儚いが故に美しいと……。






――ほ、ほ、蛍来い……。


誰かが――恐らくは子供が――唐突に唄を歌い始めた。
対して上手とも言えないそれは、しかし、目の前の幻想的な光景には見事にマッチしていて……。
参拝客達は、少年の歌声に酔いしれた。




――あっちの水は、苦いぞ。
  こっちの水は、甘いぞ。
  
  ほ、ほ、蛍来い……。








フッ

宮司が、提灯の明かりを入れ直した。
「!」
「あ……」
途端に、蛍達は暗闇へと溶け込んでいってしまう。
参拝客達は、白けたムードを感じ取りながらも、何か余韻の様なものを受け止め、三々五々に散っていった。
喧騒へと戻るべく、石段を下る足音が聞こえる。


「……ねえ……、ヨコシマ?」
境内の片隅で横島の腕を掴んでいたルシオラが、静かに横島に語り掛けた。
「ん……、何?」
「……」
視線を返す横島に、ルシオラは照れ臭そうに肩を竦めて言った。
「私は……、ヨコシマがいるなら、苦い水の方に行くよ……」
「え……」
こう言う時、横島は思うのだ。
勝てないな、と。
「……そっか……」
「うん……」






そうよ。
私にとっては、貴方が一番の“甘い水”だもの……。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa