もう少しだけ
投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 5/17)
「退け、妖怪ッ!今度こそ、二度と戻って来るな!」
バシィィイッ!
「ギャアアアッ!」
美智恵の放った退魔札は、的確にハーピーを捉えた。
ピシッ!パシッ!ズブッ……!
断末魔の叫びを上げ、ハーピーは異界へと飲み込まれていく。
「くそ……!これですんだと思うんじゃないよ……!あたい達魔族は、組織的にあんた達を狙ってるんだ!」
ズブ……ズブ……
「何れ、次の刺客が……」
バシュウ!
そうして、ハーピーの身体は完全に魔界へと還っていった。
「それがどうしたって言うの……!私の娘は、そんなに柔じゃないわ!」
美智恵は、もう見えなくなったハーピーに、自信に満ちた顔で宣言した。
「ママぁーーーっ!」
れーこが、美智恵に抱き付く。
それをあやしながら、美智恵は令子に振り向いた。
「そうでしょ、令子……!もう、貴方はママが居なくても……、自分の力で立てるわね?」
「……」
五年ぶりにまじまじと見る母の顔。いつもは暴虐無尽な令子も、思わず眼を潤ませてしまう。
「ええ、ママ……!」
あるのだ。話したい事は、沢山。
しかし……
「でも、今日は無理……!もー立てない……!」
「令子ーーーっ!?」
「美神さんっ!」
美智恵達が駆け寄った時、令子はあどけない顔で可愛く寝息を立てていた。
「令子……」
令子を抱き上げ、美智恵は微笑した。
「良いわ、今日だけはママが側にいてあげる。でも明日からは又た、強くてタカビーな私の可愛い令子に戻るのよ」
「……ああやって育てて、今の美神さんになってしまったのか……」
麗しき母娘愛劇場を眺めて、横島はそう呟いたのだった。
「あーーーーっ!」
不意に、れーこが大声を上げた。
「何っ!?」
「ま、又た何か新手の妖怪ですか!?」
それに反応して、美智恵と横島が振り返る。
相手は幼児だと言うのに、令子だと思うと敬語を使ってしまう横島である。
「晴れてゆーーーーっ!」
「……へ?」
殺気立って振り返った美智恵達の目に入ってきたのは、硝子張りの天井から降り注ぐ日差しに、その身を躍らせるれーこの姿だった。
「……」
思わず、美智恵と横島は顔を見合わせた。
「……ぷっ」
「は、ははは……!」
「あははははは……」
「ははははは……」
そして、どちらからともなく、笑い声を立てた。
その顔は、これ以上無い程に晴れ晴れとしていた。
【もう少しだけ】
「ねー、ママ!もう、あいつはやっちゅけたんだよねっ」
軽やかなステップで振り返ったれーこが、美智恵に尋ねた。
「ええ。もう、これで心配は無いのよ」
慈愛に満ちた笑顔で、美智恵は答えた。
「じゃあ、もう、おそとであそんでもいいんだよね!?」
「ええ」
「やったー!よこちま、こうえん行くよーーーっ!」
美智恵に許可を取り、れーこは横島に飛び付いた。
「え……、あの……?」
それを抱き留めて、横島は美智恵を窺った。
美智恵は、にっこりと笑って横島に言った。
「もう、雨雲は通り過ぎちゃったみたいだしね。どうせ、次の落雷まで元の時代には帰れそうにもないから……。私はこっちの大人の方の令子を何とかするから……、こんな格好で表歩かせる訳にもいかないしね」
「はあ……」
「と言う訳で、悪いけどお願い出来るかしら?」
「あ、はい!」
元より、子供の世話は好きな方だ。横島は、力強く頷いた。
「やったーーーー!行くぞ、よこちまーーーーっ!」
「わ、ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
横島の手を引き、れーこはビルの外へと飛び出していった。
「さてと……、どうしよっかな。このデパート、今日は昼までみたいだし……」
二人を見送った美智恵は、そう言って令子を抱き上げて立ち上がった。
「おキヌちゃーん!どうしたんだ?早くーーーっ」
「おきゆちゃーん!」
横島とれーこに呼ばれ、キヌは我に返った。
「え!?あ、はいっ!」
あれ……?私、何をぼーっとしてたんだろ……。
「どしたの、おキヌちゃん。具合でも悪いの?」
れーこを抱き上げてキヌのところまで戻ってきた横島が、キヌの顔を覗き込んで尋ねた。
「え!?いいえ、私、幽霊ですし!」
「あ、そっかぁ!それもそうだね」
横島が、屈託の無い笑顔を見せる。
「……」
ドキ……!
こんな時、キヌはドギマギしてしまう。
生前には、そして、横島に会う前には感じた事のない感情。
自分は、既にこの世にないと存在だと言うに……。
「おキヌちゃん?」
「え!?あ、な、何でもありませんッ!」
「そう?」
横島が、怪訝そうにキヌを見つめる。
「〜〜〜〜……っ!」
見慣れている顔だが、こうまじまじと見つめられると流石に恥ずかしい。
キヌの顔が、徐々に朱に染まっていく。
「よこちまぁ、おきゆちゃん!はやく、こうえん行こうやぅ!」
「あ、そっすね!行こ、おキヌちゃん!」
「は、はい!」
れーこに急かされ、横島は雨上がりの道を走りだした。
それを追い掛けて、キヌも飛んでいく。
「!」
ふと、前方の空を見上げてみる。
「わぁ……」
抜ける様な晴天の青空に、見事な虹が、色鮮やかに掛かっていた。
れーこを抱えた横島が、その七色のアーチに向かって駆けている様にキヌには見えた。
輝かしい、未来に向かって。
キィコ……キィコ……
「そぉーっれっ」
「きゃははははっ!」
公園に着いた三人。
れーこが、横島に背中を押させてブランコを漕いでいる。
「……」
キヌは近くに浮いて、それを微笑ましげに眺めていた。
「……くすっ」
矢っ張り、美神さんなんですね……。横島さんと居て、安心しきってる。
あんなに楽しそう……。
「ふふふ……」
れーこの笑顔を見て、キヌは微笑を浮かべる。
その時。
「あっ……」
ポーン……
立ち漕ぎをしていたれーこが、勢い余ってブランコから放り出されてしまった。
ドサッ……
空中で半回転し、れーこは頭から着地した。
「み、美神さん!」
「れーこちゃんっ!」
横島とキヌが慌てて駆け寄る。
「大丈夫?れーこちゃん!」
キヌが、れーこを助け起こした。
れーこは、涙目で顔を押さえている。
「れーこちゃん、痛い?平気?」
泥を被ったれーこに、キヌが心配そうな顔で尋ねる。
「へ、へーきだよっ!」
れーこは、気丈にそう返した。
「ホントに?」
ポンポンとれーこの服や髪に付いた泥を落としながら、キヌはもう一度尋ねる。
「だいじょうぶ!へーきだもんっ!れーこは、強い子になゆんだから。ママみたいに、強いごーすとすいーぱーになゆんだからっ」
潤んだ眼を精一杯にしかませ、れーこはそう言った。
それは、強がりだったのかも知れないけれど……。
「……」
「へーきだよ!痛くないよ、よこちま!次はあっち行くよ!」
「あ、はいはい」
そう言って、れーこと横島はジャングルジムの方へと駆けて行った。
「……」
しかし、キヌは動けなかった。
れーこを助け起こした、その場から。
「……」
――この子の可愛さ、限りない。
山では木の数、萱の数。
星の数より、未だ可愛。
ねんねや、ねんねや、おねんねや
ねんねんころりや……
「……」
自然に、口から唄が零れ出た。
「私……、この唄、どこで覚えたんだろう……」
れ−こと横島に視線を向けたまま、キヌは我知らず呟いた。
「もう、生きてた時の事なんか全然覚えてないんだよね……」
そう呟くキヌの眼は、無邪気に笑うれーこを追う。
「……」
そう、キヌは幽霊。
本来ならば、この世に在ってはならない存在……。
「死んじゃったもんは、どうしようもないのに……か……」
生者とは、交わってはならぬモノ……。
「どうしようもない……」
――れーこは、強い子になゆんだから。ママみたいに、強いごーすとすいーぱーになゆんだからっ――
彼女にはある“未来”は、キヌにはもう無い。
当たり前の事だ――。
そう、今更なのだが……、今は、それが無性に哀しかった。
「私には……、無いんだ……」
感情はある。
楽しいとも、辛いとも思う。
しかし、“先”が無い。
「私は……、何の為にここに居るの……?」
美神は、お金を貯める為に。
横島は、一人前のスイーパーになる為に。
日々、働いている。
では、キヌは?
「何なんだろう、私って……」
一つだけ分かるのは、本当は存在してはいけないのだと言う事。
何でもない存在であると言う事……。
キヌに“将来”は無い。そして、本来は居場所すら無い筈なのだ。
「美神さんも横島さんも、優しいから……」
美神と横島の間には家族的な感情が芽生えているが、それでも互いに異性である事を意識している。
だが、キヌはどうだ?
キヌは、横島から明らかに“女”として見られていない。
見る事も話す事も、触れる事さえ出来ると言うのに。
何故だ?
……死者であるからだ。
「ホントは……、私はここに居ちゃいけないんだ……」
そんな事、とうの昔に承知している。
否、端から分かっていた事だ。
なのに……
なのにどうして、涙が出てくるのだろう?
「……おキヌちゃん?」
「えっ!?」
気付くと、横島が上目遣いにキヌを覗き込んでいた。
「どうしたの?」
「えっ、ど、どうしたのって?」
「何で泣いてるの……?」
「えっ……」
言われて、自分の頬を撫でてみる。
「あ……」
いつの間に涙が……。
「いっ、いえ、何でもないんです。ただ……」
「ただ……?」
「ただ……。……、……」
「おキヌちゃん?」
「……っ、へーん!」
堪らなくなって、キヌは横島に抱き付いた。
「おキヌちゃ……」
「へーん……!」
キヌは、横島の胸に抱き付き、声を上げて泣いた。
自らを覆う不条理を、振り払う様に。
「横島さん!私、私っ……」
「ちょっ、どうしたの、おキヌちゃん!何があったの?」
突然泣きつかれて、横島は戸惑うばかりだ。
何せ、泣いている原因が分からない。
「ねえ、ほら、兎に角落ち着いて……」
「うっ、うっ……」
顔をくしゃくしゃにしたキヌの背中を、横島を追い掛けてジャングルジムから降りてきたれーこが叩いた。
「めーよ!」
「え……、れーこちゃん……?」
れーこは、キヌの眉間に人差し指を当てて言った。
「泣いてちゃめーよ、おきゆちゃん。泣いてたや、先には進めないんよ」
「……れーこちゃん……」
「立って、前に進まなきゃめーっ!」
「……」
前に……、進む……」
「れーこちゃん……」
「分かった?」
「……はい」
「やー、いー子いー子!じゃあ、次はすべり台や!」
泣き止んだキヌの頭を撫でると、れーこは滑り台に向かって駆けだして行った。
「……」
その時、一陣の風が吹き抜けた気がした。
「……おキヌちゃん?」
暫しれーこの後ろ姿を眺めていたキヌに、横島が声を掛けた。
「大丈夫?だったら、行こ?ほら」
「あ、は、はい……」
そんな会話を交わし、キヌと横島もれーこの待つ滑り台へと向かった。
「……」
自分の手を引く横島の横顔を、顔を紅くしながらキヌは見つめた。
「大丈夫……です……」
そう、大丈夫だ。
この人達と一緒なら、きっと前にだって進める。
この人達と、一緒なら……。
美神さん、横島さん……。
私、二人の事大好きです。
だから……
だから、もう少しだけ死に損なってても良いですよね……?
今までの
コメント:
- 後書き。
リクエストは、『おキヌちゃん、雨上がり、虹、ブランコ』。そして、ハートフルに。
・・・御免なさい、こんなもんで許しといて下さい、BOMさん。
え、駄目?そんな事言わんといで・・・。 (竹)
- 正直に申し上げます。
わたしは、竹さんの作品で感動することなんてありえないと思っていました。
失礼いたしました。
こういうのを、「尻上がりに上達している」というのでしょうか。
お題があったようですが、着眼点ってのは、あるいは「センス」かもしれず
いずれにせよ、今後を、楽しみにさせていただきます。
今作品、ありがとうございました。 (参番手)
- どうも〜お久しぶりです、ヒロです〜
いいですね〜れーこちゃんが(オイ)
おキヌちゃんのお話なんですが、素でれーこちゃんが目立ってました(爆)
霊である自分と、周りとの差異、そして生きていけない自分に涙する彼女が悲しくて考えちゃいますね。でも、死んでも生きていくことは(以下略)
であであ〜これからも頑張って下さいませ〜
(ヒロ)
- <参番手さん
こんな言葉足らずの分かり難い文章で感動して頂けるとは・・・、本当に丁寧に読んで下さっておられるのですね。誠に有り難うございます。試行錯誤しながら、緩やかにでも成長していけたらなと思っていますので、これからもどうぞ宜しくお願い致します。
<ヒロさん
どうも〜、お久し振りです。有り難うございます。美神親子は、極力目立たぬようにと思ったんですけどね〜。いや〜・・・。・・・まあ、「死んでも生きられます」の意味を探ると言う感じの話でしたので・・・。おキヌちゃんは、ただのボケキャラじゃないぞと。そんな感じですかね。 (竹)
- しっとりしつつ、なんだかせつないというか・・・でも全体的にただよう優しさが
素敵というか・・・とにかく、感動しました〜
おキヌちゃんの独白のところに、胸が締め付けられますね〜
ああ〜いいなぁ・・おキヌちゃん・・ちなみに、事務所メンバーの中ではタマモの次に彼女が好きな自分です(笑
虹とブランコ・・・うむうむ、何気に、おキヌちゃんに合っているシチュエーションですね。竹さん、投稿お疲れ様でした〜 (かぜあめ)
- この後、おキヌや横島が幼きれーこと出会うことはなくても、令子とはもう出会ってるんですよね。 時の流れに逆らった人たちの出会いって不思議です。
原作直後の展開から始まるれーこが中心としたお話、素晴らしかったです。 無邪気なれーこのしゃべりって、どこかはっきりしてなくて本当に可愛いですね♪ 公園で遊ぶれーこや、れーこを見て思うおキヌ、彼女たちのほんわかした場面を見ると心が温まります。 (ヴァージニア)
- >かぜあめさん
毎度毎度、有り難うございます!・・・胸が締め付けられましたか。あれですね、ハートフルじゃねーですな。あかんて、リクエストは「ハートフルに」なのに。まあ、つまり、椎名先生が人気が下がるリスクを犯してまでもおキヌちゃんを生き返らせたのは、こう言う事じゃないかと思ったり。
>ヴァージニアさん
有り難うございます!うぬ、れーこと令子は別人に見えるけど同一人物で、しかし全く同じ人格でもない訳で。やっぱし、少し強引でしたか。・・・いや、メインはおキヌちゃんだったんですけどね。心温まってくれたのなら、或いは大成功なのでしょうか。 (竹)
- 死んでも「生きて」います!(挨拶)
おキヌちゃんと横島君と「れーこちゃん」。この取り合わせをハーピー編直後を舞台に持って来た―そんな着眼点にまず、感心させられました。
「生きている」と言う事、そして「未来がある」と言う事の定義について考えさせられます。
やがて彼女は普通の人間として帰って来るわけですが、そのちょっと前の「もう少しだけ」がそんなおキヌちゃんを支えるものとなっている様に思えました。 (フル・サークル)
- >フル・サークルさん
ありがとうございます。
おキヌちゃんを書く上で、このテーゼは避けて通れないものですからね。僕の解釈は、こんな感じです。割と原作に近いかなとは思っていますが。
敢えて彼女を蘇生させた椎名先生の意図を、改めて考えさせられました(僕は、お気楽なボケキャラのおキヌちゃん(=幽霊)のが好きなので)。 (竹)
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