ザ・グレート・展開予測ショー

流れ往く蛇 終の章 惨話 


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 5/13)


 不意に、空間にヒビが入ったみたいな感覚が、あたしの頭に響く。
 あたしの体を包み込んでいた霊気は瞬時に霧散し、空間がまるで窓ガラスが割れでもしたみたいに砕け散った。
 術の効果が切れたんだ。やっぱり今のあたしなんかじゃそう長い時間、術の行使を可能に出来るほどの力なんて、残ってるわけなんてなかったんだ。

「くぁ・・・」

 鈍く、低い悲鳴にも似た唸りをあたしは上げた。
 あたしは術の行使に耐えられない体を抱きかかええて、身体をくの字に折り曲げて地面に膝を付いた。痛みが全身を駆け巡る。
 突然目の前に現れたあたしを、チューブラーベルのヤツは驚愕の視線で捕らえていたけど、すぐさま不敵な笑みを取り戻してあたしの腕から鉾を蹴り上げた。
 蹴り上げられた鉾の先にいるのは、当然美智恵だ。美智恵は素早くそれに反応し、その鉾を持っている神通棍で叩き落した。でも、それはやつに対して時間を与えることになる。
 バッと一面に闇よりも黒い帳が生まれる。
 あたしは呆然とその漆黒の羽を見上げた。公彦の背中から完全に分離したそれは、今まさに刃を振り下ろそうとする美智恵の一撃を、飛び跳ねるようにして難なくかわす。

『ケケケ、今回はチィっとミスっちまったがなぁ、だが今度逢うときはそうはいかねーゼェェ!!』

 チューブラー・ベルのヤツが、羽根を羽ばたきながら、そう叫んだ。その足元で、公彦が人形みたいに崩れ落ちる。
 漆黒の帳が地面を撫でる。それによって風が地面を撫で上げ、チューブラー・ベルの体は、重力を無視したみたいに宙に浮かび上がった。逃げる気かよ!?
 あたしは拳を握り締めた。体が重くって、痛くって、動きたくないなんて言ってる。でも、ここで逃がしていいのか?ここで逃がしちまえば、今度こそ公彦が乗っ取られるかもしれないし、それに美智恵だって納得しないだろ?あたしだって、このままで済ましたくなんかない。あたしはガクガク震える足を、無理やり動かそうと力を込めた。
 
『暁に太陽沈むみし時
 伝えよ福音 
 闇を破りし時を』

浪々とした呪詛が、闇を震撼させる。あたしの後方からまるで雷みたいに押し寄せるそれは、あたしの脇をかすめてチューブラー・ベルの漆黒の翼に吸い込まれるようにして突き刺さった。
 あたしはとっさに振り返る。

「唐巣ッ!!」

 腕を振り上げたままの姿勢で、唐巣は固まっていた。その掌からは、弱弱しい霊気の煙が立ち昇っていた。その周囲には、いかにも這いずってここまで来たみたいに、血の池が出来上がっている。

 ―カッコつけやがって、ジッとしているだけでも辛いだろうってのに。
 あたしは拳を握り締めて、何とか膝に力を入れて立ち上がる。
 翼を打ち抜かれたチューブラー・ベルはきりもみながら地面に激突した。あたしはよたよたした足取りながらも、すかさず体勢を立て直そうとするやつの後ろへと回り込んで、羽交い絞めにする。

「美智恵、今度こそぶった切れ!!」

 悔しいけど、今のあたしにこいつを倒すほどの力は無い。あたしはとっさにそう叫んでいた。美智恵も、それに頷き刃を構えようとしていた。
 が、ニタリと笑うチューブラー・ベルの表情に、背後に回っていたあたしは気付きもしなかった。

『天下のGS様がよォ、俺みてーなザコを相手にするのによぉ。イイのかよ、え?魔族の、しかも上級クラスの悪魔の力を借りてよォォ?』

 ヤツの言葉に刃を振りかぶった美智恵は、その姿勢のままで硬直した。その向こうにいる唐巣の気配も、たじろぐように揺れるのを感じる。あたしのチューブラー・ベルを押さえつける腕も、僅かながら力が弱まる・・・いや、明らかに怯えにも似た震えが入っていることに、悲しいくらいの自覚を憶えた。
 ヤツは、そんなあたしたちを満足そうに見回した。

『エェ?知らなかったとか言わけか。マジィこと言っちまったか、俺は。ケケケ』

 押さえつけているあたしの腕なんか歯牙にもかけないヤツは、腕を組んでむしろ自分が優位に立ったみたいに嘲りの下卑た笑い声を上げた。

『メドーサ・・・っつーんだよな。公彦の『能力』でオメーを観たときはビビッたぜぇ?危険人物ブラックリストにも載るような指名手配犯だぜ?っつってもまぁ、こいつもいつまでも人間といるつもりはないみてーだからなぁ、どーせ後でオメーらを皆殺しにでもしてズらかろーとでも思ってたんだろ?ケケケ』

 あたしの腕が、わなわなと悲しいくらいに揺れた。確かにそう思ってたかもしれない。けど、今はどうだかわからない。いや、今はそんなことすら考えてもいなかったはずだ。
 
 あたしの動揺を悟って、チューブラー・ベルがまた何かを言おうと、口を開きかけた。が、それを突如としてほとばしる轟音が、かき消す。

「・・・黙れ・・・」

 無造作にコンクリートに霊力を叩きつけたんだ。唐巣の腕は、その衝撃でさらに赤みを増やす。だが、奴の言葉は、その腕よりも何よりも・・・ただ痛々しく聞こえた。

「言いたいことは、それだけか?」

 底冷えするそうな、唐巣の強烈な怒気が、闇を震わせた。闇自体が、唐巣の存在を恐れるように、あたりの温度を低くする。

「・・・なら私は貴様にこういっておこう。・・・『それがどうした?』とな」

 浪々と唐巣は怒鳴るみたいに呟く。
 あたしは、唐巣の言葉に雷に打たれたみたいに、震えた。
 唐巣の怒気にあたられたチューブラー・ベルは、自分の声が震えるのを止められないながらも、それでも怒鳴り返す。

『それがどうした・・・だと?テメー状況がよくわかってねーのか?これはGSと魔族が裏取引したのと同じじゃねーか!!これが世間に広まれば・・・いや、それ以前にテメーの正義って奴が許せるってのかよ!!』

 黙ってチューブラー・ベルの言葉を聞いてきた唐巣は、不意に自分の右腕を持ち上げた。それの手に怯えるようにして、チューブラー・ベルは飛びずさる。唐巣の一言から明らかに、攻守は逆転していた。

「この手は何のためにある?それは弱き者を助けるための、剣となる為だ。
 この意思は何のためにある?それは迷える者に道を指し示す、光となる為だ。
 では、我々GSは何のためにある?敵をただ倒すためだけ?

 ちがう・・・違うんだよ!!

 GSは、我々GSは人と人でなき者とを結ぶ接点だ。時としてその間に摩擦が生じることもあるだろう。だが我々しか彼らとの仲立ちをすることなんて出来やしないんだよ!」

 息も荒く、唐巣は吼える。その表情は既に青から土気色に変わり果て、しかしその瞳に浮かぶ覇気は消えもしない。
 
『クソッたれが!どいつもこいつもアマちゃんばっかりで、むなくそワリィ!!』

 状況悪しと素早く察したチューブラー・ベルは体を捻るようにして、あたしを振り払おうとした。
 だけど、あたしは放しはしない。むしろ、捻る勢いを利用してすかさずやつの側面に回る。そして、強烈な膝をやつに食べさせてやった。奴の目玉が、あまりの衝撃に白になる。
 さらにあたしは腹部に掌蹄を叩きこんだ。やつの上体が、面白いほどくの字に折れ曲がった。
 だが、さすがに霊力すらこもっていないあたしの攻撃では、すぐに体制を立て直されてしまう。

『コノ、裏切り者がァァ!!』

 巨大な拳が振り上げられた。その力は、単純な筋力だけでも、人間を優に越す。その一撃が、死を誘うように、振り下ろされる。

「ハクミはあたしたちの仲間よ、あんたに裏切り者呼ばわりされる筋合いなんかないわ」

 凛とした声は、あたしのすぐ横手から響いた。声の主は、振り上げられた腕を半ばからばっさりと切り落とす。さらに、翻る一撃はヤツの肩口を、確実に貫いた。

『ギャアアァァァァ』

 あたしは更なる追撃をかけようとして、まったく力の入らない自分の足に愕然とする。ついにここで自分の身体が限界なんだと悟る。

『くそ、このメス豚どもめ。全て、テメーらのせいで!!』

 肩口から激しく血を流したチューブラー・ベルが美智恵に怒鳴りながら、霊気を溜めるのが見えた。いや、これは違う。溜まった霊気が次々と崩壊していく構成が、鮮烈にあたしの脳裏を駆け巡る。
 
「ヤツは自爆してあたしらを吹っ飛ばす気だ!!」

 とっさに叫びながら、あたしはやつに手を伸ばした。ガタが来てまともに動けないってんなら、せめてあたしはヤツに飛びつく。やつの体がドクドクと脈打ち、内在する霊気の暴走が簡単に窺える。

『ケケケ、もうおせェェ。テメーらみんな死ね!!』

 あたしは何か武器になるもんはないかと、腰をあさって・・・あった。腰に挿した、冷たい鉄製の感触が、あたしに一縷の希望を伝えた。

 神通棍だ。

 霊力が伴えば、白人の刃を成すそれ。
 あたしの体の中はもうボロボロだけど、もう一踏ん張りくらいはできるよな。頼む、でてきてくれ。
 あたしは、何に対してかはわからないけど、生まれて始めてここまで祈った。
 まるで流し作業にも似たほどの素早さで、的確にやつのこめかみに棍を当てる。そして、力を込めた。しかし、白刃は一向にでることはない。霊力が足りないってのか?だけど、これ以上やれば、確実にあたしの命は削られる。
 死という言葉が、あたしの脳裏をかすめる。

『ケケケ、どーした?さっきみてーに力を使ってみろよ。出来ねーよなぁ、そうすれば今度こそテメーが死ぬかもしれねーもんなァァァ、ケケケ』

 あたしの心を映したみたいに、やつがそう嘲った。あたしの腕がカタカタと震えた。どうすればいい?どうすればいいって言うんだ?焦りと苛立ちが、瞬間的に募る。
 そこに―
 強烈な白刃が翻った。白刃はチューブラー・ベルの残ったほうの腕を、今度こそ確実に捕らえた。

「一人で足りなければ、もう一人で補えばいいのよ」

 美智恵は、刃を振りかぶった低い姿勢のまま、あたしの腕を優しくそっと握る。

「二人で足りなければ三人で、三人がダメなら四人。それが人間ってもんでしょ」

 溢れるほどの力が、あたしの腕から棍へと伝わる。それはあたしの、あたしたちの想いまで飲み込んでいくみたいだった。
 
『テメーら・・・待て、それ以上やると・・・』
 
 焦った声で、チューブラーベルが唸る。
 だけど、美智恵は力を込めるのをやめなかった。その先では力なく膝をつく唐巣が、それでも力強く頷くのが見えた。
 だからあたしも、力強く頷き返したんだ。

 棍から光が―圧倒敵にまで膨れ上がった光が、世界を包もうとするみたいに膨れ上がったのが見えた。光の爆発―膨大なその力は、やつの頭部を完膚なきまでに粉砕する。
 頭部を破砕されたやつの身体は、制御機関がなくなった機会のように、徐々に崩壊を開始した。それは同時に、構成された術を維持できないことを意味している。

「気をつけろ、今まで構成してきた術が暴発するよ!!」
「わかってるわよ」

 あたしの叫びに、美智恵が力強く頷いた。

「じゃぁ、いくわよ」

 あたしと美智恵が、同時に刃を振りかぶる。

『極楽へ―』

 天まで伸び上がった刃は、すぐに地獄まで届きそうなほどの勢いで、降り下ろされた。

『行かせてやるわ、チューブラー・ベル!!』


 ――ギャアァァァァァ――


 闇夜に、強大で脆弱な悲しい魔族の断末が、吼えるように響き渡った。







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