ザ・グレート・展開予測ショー

寂しい男と寂しい桜、そして温かい手


投稿者名:浪速のペガサス
投稿日時:(04/ 5/12)



 いつものように朝起きて。
 いつものように歯を磨いて。
 いつものように朝食を取る。

 けれど、

 いつもと違う、貴女は僕の傍にいない。
 一人でとる、味も素っ気もない食事。


 忘れたいから普通に振舞って。
 忘れたいから思い出そうとしないで。
 忘れたいから喧嘩ばっかりして。

 けれど。

 忘れたいのに気づけば貴女の事ばかり。
 暗い部屋の中で一人で泣いていた。



 大好きだった春。
 いつのまにか大嫌いになってた。
 あんなに楽しかった春の陽気はどこにもなかった。


「ママ…。」


 何故だか思わず呟いた春の青空。
 手がなんだかとても冷たく感じられて、思わずポケットの中にしまいこんだ。




 春の陽気、そして桜が意味もなく辛かった。


























「はっ!!!」


 目が覚めると俺は自分の家の、自分の部屋の自分の寝床で寝ていた。汗をびっしょりとかいていて、酷く気持ちが悪い。時計の音だけが部屋に響いている。


「ゆ…、夢か…!?」


 久しぶりにあの頃の夢を見た。ママがいなくなったばかりの春、俺が施設に預けられて一番最初にやって来た春。何故か寂しくて、何故か悲しかった虚しい日々。

 ―大丈夫、あれは夢だ。俺はもう大人でここは施設じゃない―

 自分の心を落ちつかせる為に軽く深呼吸を数回した。そしてふと思う、今日は何日だった?俺はカレンダーを眺めた、今日の日付を確認する為に。そして気づく。


「そうか…、そういえば今日だったな。通りであんなモン見ちまうわけだ。」


 日付を確認して、今日が俺にとって特別な日なのを思い出すと、俺は寝床から跳ね起きた。そして準備を始める為、そそくさと着替えを始める。
 カーテンを開いて窓から街並を眺めると、日差しと共に色々な顔が見えた。考えてみると春ってのは色々な顔が見える景色だ。喜びの顔や悲しみの顔、落胆の顔もあれば驚きの顔もある。想いと言う名の華が百花繚乱の景色を見せる面白い季節だ。








 俺はというと、春になるたびに寂しさを覚える。理由なんざ、知らん。いや、知ってるのに見たくないだけなのかもしれねぇな。

















     ―――――寂しい男と寂しい桜、そして温かい手―――――
















「ったく…相変わらずだなここはよ。」


 今俺は東北のある山道を、山頂目指して歩いてる。というのも今日はちょっとした用事でここの山頂に用があるからだ。時間に疎い俺でも、ここには必ず来てる。どんなに時間がかかっても、どんなに暇がなくても、だ。あいつらと出会う前からここには来てるからこの山道を登るのも手馴れたもんだぜ。現在昼の二時。時折吹く風が心地好く、陽光が温かい。

 この場所を見つけてかれこれもう何年経ったのだろうか、十年近く経ったことは覚えてる。きっかけは白龍GSの修行だったのだが、今では俺にとっての大切な場所の一つになっている。思えばあの頃は若かったなぁとか、俺って相当貧弱だったんだなぁとか、色々考えるとどうにも笑いが止まらなくなってきちまう。
 ちらりと上を見上げて頂上までどの程度か見てみる。てっぺんまでは、まだいくらか時間がかかりそうだ。










 白龍GSがこの場所を選んだのには理由がある。地球には、地脈という名の霊力の大きな流れが存在する。当然その地脈はそこら中に張り巡らされ地球の霊力を制御して草や木や生き物やそんな色々なものを育んでいる。そしてその地脈が収束していたり膨大なエネルギーをもったところが俗に「霊穴」と呼ばれたりして、特殊な所と化している。それは多少霊能力をかじったものや風水師なら知ってる当然の知識だ。
 そして稀にだが霊穴とは逆に地脈の流れが他とは弱い所も存在する。そう言う所は、地脈のエネルギーが少ないお陰でよく頻繁に遭難者や行方不明者がでたり、動植物が少なかったり。はたまた自然災害もおきやすいのだ。

 話がそれたな。つまりそんなところで修行をすれば自分の実力以下の霊力になっちまう訳だから修行するのには最適って訳だ。よくマラソンとかでも言うだろ?高山トレーニングって。あれと理屈は一緒だ。んでもってここがその高山トレーニングの場所ってオチだ。
 でだ、つまりそんな悪条件だからこそ白龍GSの連中はここを修行場に選んだのだ。
 おっと!どうやら着いたみたいだな。やれやれだぜ。


「到…着ってな!!」


 頂上に着くと俺を待っていたのは一本の桜だった。地脈の流れのお陰で咲き方に狂いが生じて、もう五月になったって言うのにまだ綺麗に咲き誇っていやがる枝垂桜。そしてすぐ下に見える街並は、まるで俺自身の小ささを思い出させてくれるようだった。あぁ…久しぶりに来たんだなこの場所によ。


「久しぶり…一年ぶりだな、元気にしてたか?」


 俺は一本だけの枝垂桜の傍に歩み寄り、そっと幹に手を添えた。柔らかな風が再び吹き、その細い枝を揺らしていた。風の音と木の温もり、言い様の無い心地好さに俺は身を委ねた。
 白龍GSの修行がここで良かった、そんな事を考えながら俺はここに始めて来た時のことを思い出していた。








 ママをなくしてからの数週間、俺は香港の児童養護施設にいた。そこは特に不自由はなかったし、どこぞのテレビでやっているような悪辣な職員どもがいたわけではなかったのだが、たったの数週間で脱走した。理由は分からなかった。ただ、ここにはいられない、ここにいたらきっと俺は駄目になる、そんな風には感じていた。表現しがたい感情に押し潰されそうになっていたのは確かだったと思う。
 それからしばらく、俺は自分の自宅だった所で一人で過ごしていた。毎日毎日寂しさと格闘しながらママとの思い出にしがみついて。そんな日々が続いていたある時だ、一人の男と出逢った。その男はGSで、ちょっくら海外で除霊だかなんだかしてたらしい。そして俺の才能を人目で見抜くと俺を引き抜きたいだなんて言いやがった。俺は俺でいつまでもこんな所で燻りたくもなかったし、ママとの約束で強くならなくちゃいけないって使命もあった。寝床も食事も問題ないって言われて俺は二つ返事で快諾したもんだ。

 それでもやっぱり寂しさは消えなくて。

 俺は夜な夜な泣いてしまうことが時たまあった。もっとも、周りには悟られないようにしてはいたが。
 そんなある晩春の日の事だった。白竜GS恒例の合宿とやらに俺は始めて参加した。俺も意気揚揚と参加をしたわけだが、なにぶん一桁の年齢しかないガキだ。どんだけ強がったってすぐにへばるのがオチだ。あまりの辛さと(そのときは知らなかったが霊力不足もあった)、悔しさと情けなさで、顔中涙と鼻水でいっぱいだった。ちくしょう、ちくしょうってな。
 それでも何とか頂上についた時、今と同じような景色を見て俺は一瞬自分を見失った。そこには寂しそうにたった一本だけ綺麗に咲いてる枝垂桜があったからだ。俺は、俺にその桜を重ねた。あぁおまえも俺と一緒なんだな、お前もさ、寂しいんだな。そう思いながら今みたいに木の幹にそっと手を添えたんだ。

 その時だ、風が舞った。そして桜の花びらが流れた。俺はその花びらの行き先を眺めていたんだがするとどうだ、下界がくっきりと、はっきりと、そして綺麗に見えるじゃねぇか。そしてふと気づいたんだ、俺ってこんなに小さかったんだなってよ。
 ママが死んで悲しくても、俺自身が弱くて悲しくても、世界は回っていく。そして世界は美しくて俺はちっぽけな世界の一つでしかない。それを理解した時俺はまた涙を流した。少しだけ、ママを無くした悲しさを癒してくれたような気がした。

 それ以来ここは大切な場所になった。毎年ここにやってきてこの景色を見て、そして桜に話しかけて目が真っ赤になるまで涙を流してた。悲しみが消えたわけじゃない、だが少しずつでも、癒してくれる場所は見つかった。桜が、下界が綺麗だった…。








―今年もやって来たんだね…嬉しいよ―


 桜から声が聞こえた。俺は驚愕して少し身構えたが、冷静になって少し自分の戦闘狂ぶりに苦笑いをした。そういえばここは霊的に特殊な地点だ。ましてや植物は霊力や他者の影響を至極受けやすい存在、意識があったとしても不思議ではない。


「なんでぇ。意識があんなら話しかけてくれや。俺ずっとアンタにお礼が言いたかったんだぜ?」


 そうコレは俺の純粋な気持ち。アンタにはさ、感謝してもしきれねぇんだよ。アンタには色々、愚痴やら何やら聞いてもらってたんだしよ。それに、恥ずかしい事とかも聞いてもらってたし、さ。
 だが桜の木はそんなことどうでも良いと言うかのように再び桜吹雪を舞わせた。だからアンタが好きなんだよ俺はよ。


―今年も一人なのかい?悲しみは、少しは消えたかい?―


「まぁ、それなりにな…。この前さ、ママの墓参りに行ったんだ。ダチと俺の恋人を連れてさ…。」


 それから暫らく俺は桜とこの一年あったことを話した。この一年は本当に目まぐるしく俺が変わることが出来た年だった。生涯のライバルの存在、恋人の存在。念願かなってGSになれたことや俺が世界を救う一翼を担った事とか。そして、大切な人を連れてママの墓参りに行ってやっと約束を果たせた事。本当に色々な事を話した。
 そして俺は最後に、俺自身がここにくる前に見た夢の事を話した。ゆっくりとだが、自分の思っている事を正直に、そして正確に。


「なんで、俺はまだあの夢を見るんだろうな?なんで俺はまだ春になると寂しさを覚えるのかな…?
 俺はもう約束も果たしたし、寂しくもない、と思う。
 なんでだ?アンタなら、答えられるかい?」


 俺は先ほどまで桜に触れていた手をポケットにしまいこんだ。なんとなく、そう、少し冷たさを感じたくて。寂しさを感じたくて。
 あの夢を見るって事は、まだ俺の心がどこかで燻ってるって事なんだ、そう俺は考えていた。だが桜はまたしても暫らく何も言わなかった。何も言わず、ただ花びらを舞わせていた。俺は俺で辛抱強く桜が答えてくれるまで待ち続けるつもりだった。しかし答えは意外にあっさりと、そしてすぐに返ってきた。


―寂しさは、もはや君の一部だからだよ。それはもう消す事は出来ない。だけど素敵だね。君は寂しさを忘れられない事で逆に幸せになる事ができるんだ…―


「どういうことだ?」


 寂しさがあることで幸せ?訳がわからない…。桜は語りを続けた。


―僕はここにもう何十年もいる。ッて言ってもまだまだ子どもだけどね。まぁそれは良いや。僕は色々なものを見てきた。悲しみや喜びや、ちょうど僕らが彩る季節と同じように。そしてひとつ気づいた事があるんだ。悲しさを抱いている人間は、とっても強く優しくなれるんだってね。時には例外になっちゃった人もいたけどね…―


 桜は照れくさそうに苦笑しながらぽつぽつと語った。確かにアンタは色々なものを見てきたろうと思う。それに考え方なんかその考えているやつらそれぞれだ。それは分かってる。だが、それでも俺は納得がいかなかった。


「寂しい事が幸せ?冗談じゃない。コレばっかりはアンタに反論するぜ。寂しい事は寂しい、それだけだ。俺が寂しくて今まで幸せだったかと聞かれたら答えはノーだ。ちっとも幸せじゃなかった。悲しくて辛くて、アレは幸せなんて言葉とは全く無縁の日々だった。それでもアンタは俺が幸せというのかい?」


 回りくどい事は嫌いだ、俺は単刀直入に話した。いや、それはもう心中の吐露といった方が良かったかもしれない。俺にとっては悲しみ全てをある意味で全否定されたようなものだったから。だが桜は静かに、暖かく、だがとても力強く一言一言言葉を吟味しながら俺に話し掛けた。ふと俺はその言葉の端端に暖かさを覚えた。
 アレ?でも最近もこんな暖かさを感じなかったか?


―うん。君はとっても幸せ。今も、そして昔も。寂しさを覚えてるってどんな事だか分かる?それはね、幸せを覚えてるってことなんだよ―


 幸せを覚えてる……?


―寂しさは幸せの残像。そして幸せを忘れない為の枷。始めから独りだったら何も感じないだろ?幸せを知っているから、その失った時の喪失感も分かる。無くしたくない、大事にしたい、そんな思いが生まれる。それは悲しい事ではあるけれど、幸せなこと。誰かを守りたい気持ちになる。何かを大切にしたい気持ちになる。自分以外の誰にもそんな悲しい気持ちを味あわせたくなくなる―






―そして、誰よりも何よりも、幸せの暖かさを知る事が出来る…。教える事が出来る…―






 風が吹いた。暖かで穏やかで、不思議な風が。
 俺は今までそんな事、考えた事もなかった。寂しさは寂しさでしかない、幸せとは全く無関係なんだって、そう考えていた。だけどアンタはどうだ。アンタは幸せと寂しさを等価値だって言い切りやがった。幸せだから寂しさが恐い、寂しさが恐いから幸せは大切だ。そう言い切りやがった。


「アンタは、寂しくないのか?待ってる間、幸せが来るまでただひたすらに待ち続けることが。」


―寂しいよ。だからこそ僕は待てる。待っていられるんだ。僕に意識が生まれたのはいつだったのか僕自身分からない。そして僕は僕がわかった時から寂しかった。だけど僕は良かったと思ってる。春や夏になれば、時には秋や冬にだって僕に会いにきてくれる人がいる。僕に触れてくれる人がいる。ちょうど君の様にね。それだけで今までの寂しさが全て吹き飛ぶから。それだけで待っていられるから―


 …強いなアンタは。俺なんかとは違う、俺が考えていたよりもずっとアンタは凄ぇ奴だったんだな。俺は、やっぱりまだまだ小さい奴だな。ちくしょう、情けねぇなぁ…。


―君のように温かく手を触れてくれる人がいるから僕はここにいられる、寂しさも苦にならない。きっと君も同じはずだよ?君はお母さんとの温かい思い出を忘れたくないから。余りにも素晴らしいものだったから。自分の大切な人にもそれをあげたいから。だから寂しさを覚えているんだ。だから君はこの季節になると僕のところに来る。お母さんとの想い出を忘れない為に―


 俺はアンタの体に手を触れ考えた。俺がここに来る理由。俺が寂しさを忘れない理由。未だに時々感じる手の冷たさ。それらは全てママを忘れないため、そして俺自身や俺の周りにいる人間の為。そう考えみたら少し心が温かくなった。


―それに、君はもう今まで感じた寂しさを吹き飛ばすほどの温かさをもった存在に出逢ってる。分かってるはずだよ?君はもう、手に冷たさを感じなくていい。その幸せの残り香を誰かの為に使えるんだ…―


 何?どういうことだ?なんだか意味深だなオイ。


―…来たみたいだ。それじゃあ僕は眠るよ…。いつもいつもありがとう。また来年ね、楽しみにしてるよ「伊達雪之丞君」……―


 来た?何がだ。っつーかなんであんたは俺の名前を知ってるんだ?教えた事無いはずだぜ。いろいろな事を考えていると刹那、人の気配がした。おもわず一瞬身構えたが、俺はその人物を見て驚愕した。
 山から昇ってきたその人物は、目の前に立っていたのは、俺の最も大切な、大切な、大切な人。


「雪之丞…?」


「ゆ、弓か…!?な、何でお前がここに?」


「何故って…。こ、ここは闘龍寺御用達の修行場ですのよ。私ここに年に二度ほどお世話になっておりますもの。あ、貴方こそ一体どうして?」


「まぁ、ちょっとな。」


 成る程そういうことか。よくよく考えてみればここ、修行には絶好の場所だもんなぁ。俺以外の奴がいてもおかしくねぇもんなぁ。しかし…、お前に会えるとは思わなかったぜ、弓。
 暫らく唖然とする俺たちだったが、弓がトコトコと俺のところまで歩いてきて、隣にちょこんと立ったかと思うと桜の木の幹に手を触れた。


「綺麗よねこの枝垂桜は…。いつも思うもの。季節はずれなのですけれど、だからこそ美しく感じますもの。」


「あぁ…。俺もそう思う。」


 俺はぶっきらぼうにそう答えた、お前はこの桜の本当の凄さが分からねぇだろうなぁ。そんな事を考えていた。そして次の言葉を予想した。きっとコイツは次の言葉をこう言うんだろうなぁ、〔一本だけで寂しそうな桜だ〕って。


「強くてたくましい桜よねあなたは。たった一本でも、あなたは立ち続けてる。どんな困難にも打ち勝って立ち続けてる。そしてあなたはいつでもその美しい花を咲かせて私たちを魅了させつづけてる。あなたは強く優しく、たくましく、そしてきっと温かい桜なのでしょうね。そんなあなたが羨ましくすら私思えますわ。」




 返ってきた答えは思いがけないものだった。俺はこの桜を見るたびに思っていた。寂しい桜だ、俺みたいな悲しい存在なんだって。でもどうだ。コイツは、俺の最愛の人はこの桜の事を温かい桜と言い切った。この桜の本当の姿を見なくたって温かい桜と言い切った。思わず俺は弓の横顔を見つめた。
 あぁ、ちくしょう。見惚れちまうくらいいい女じゃねぇか。やっぱりお前は綺麗じゃねぇか。そう思ってたら、弓が俺の視線に気づいて、顔を桜みたいなほんのりした色にさせた。



「あんまり見つめないでくれます、…その…恥ずかしいですもの…。」


「あ、悪ぃ…。」


 互いに俺たちは顔をそらせた。そして俺はさっき桜が言ったことを思い出した。寂しさを知ってる人間は、幸せの温かさを知ってる、幸せを教える事が出来るって。俺は温かさを知ることができるかな?俺は素晴らしさを教えられるかな?沈黙を嫌った俺は、弓に話し掛けようとした。が、その前に弓が話し掛けてきた。


「雪之丞…。あなたはあなたが寂しい人間だと思っているのでしょう?私それを否定しようとは思いません。それはあなたの人生そのもの否定する事と同じですもの。」


 それだけ言うと弓は俺の手をぎゅっと握った。あぁ、温かいな。久しく忘れていた感覚だ。そして俺は、先ほど感じた感覚の意味に気づいた。そうか、あの温かさはコレだったんだ。


「だから私がその寂しさを受け止めてさしあげます。」


 なぁ、俺は分かったよアンタの言ってることの意味が。
 絶対になくすもんか、こんな優しい想いを。
 絶対になくすもんか、こんな力強い眼差しを。

 絶対になくすもんか。こんなにも温かい手を。


「あぁ…受け取ってくれや。だから俺もお前に受け止めてもらいたいものがあるんだ。」


「何をですの…?」


「後で言う…。」


「今言いなさい!」


「まぁ…気にすんな。それより今は、この桜を見てようぜ。」


「その様子ですと、てこでも言わなさそうですわね…。まぁ今は桜を見ましょう。でも山を降りたら絶対に言わせてみせますからね!」


 言ってろ…。だけどさ、絶対にいつかは言ってやるから今はカンベンしててくれねぇかなぁ…?






 寂しさは幸せの残像、そして忘れない為の枷だと言ってくれた奴がいた。
 そして寂しさは幸せの温かさを誰よりも知れる、教えられる、そう言った奴がいた。
 ならば俺が春になれば寂しさを覚える理由も、今も寂しさを覚えている理由もなんとなく素晴らしい事のように俺は思えた。


 絶対に忘れるもんか。この寂しさを。
 俺の大切な人に味合わせないために。






 そして





 俺の大切な人を幸せにする為に…。




 寂しい俺と寂しい桜、そして温かい手が俺にそれを教えてくれた。






                      〜了〜

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