ザ・グレート・展開予測ショー

わが敵いかなるべき


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(04/ 5/11)


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 金庫の電子ロックが開錠され、小笠原エミが一つめの札束を掴み出した時、その背後では彼女の依頼主だった男が口に拳銃を捩じ込まれていた。銃を握っているのは彼の命じるままに多くの命を奪ったチンピラ。辺りには霊感の無い者でも何となく分かる程、死霊の気配が漂っていた。
「随分と話がややこしくなっちゃったけど、互いの取り分をハッキリさせればキレイにまとまるわね。」
 返事はない。銃を握った男は取り憑かれてもいたが、自分のボスを憎んでもいた。俺をハメようとしやがった・・・口封じに消そうとしやがった・・・ブツブツと虚ろな目で呟いていた。椅子に座ったまま後ろ手に縛られた間抜けな姿勢のボスは、首を横に振る度に銃口を奥へと捩じ込まれる。
「こんなに貰える話じゃなかったけど、こんなに骨を折る話でもなかったし、この中でこれからお金の使い道があるのも私だけ・・・全部が取り分って事で、おたくらの取り分については好きにすると良いワケ。」
 包帯姿のタイガーが置いたトランクの中に札束や有価証券、権利書のファイルを次々と詰め込んで行く。
「お前がハメられる気分はどうだ!?自分自身が始末されるのは愉快になれるか!?死ねば終わりだと思うなよ?俺達がここにいるんだ。文字通り、そのままの意味で、地獄を見せてやる。祈れ・・・祈れっ!このXXXX野郎!」
 男が言っているのか死霊が言わせているのかは定かじゃなかったが、そんな言葉が金属音と共に響いた。甲高くくぐもった悲鳴が伸びた。
「文句はないわね?」
 文句を言う者はなかった・・・言える者もいなかった。




   +++++わが敵いかなるべき+++++




 小笠原GSオフィスへ最初に舞い込んで来たのは、雑居ビルでの簡単な全館除霊作業の話だった。数年前そのビルで起きた拳銃乱射・放火事件。何を、誰を狙ってのことだったのか、犯人が何者だったのかいまだに9判明していない。生き残ったバーテンとイメクラの店長が「中国語で怒鳴る二人組だった。」と証言した為、警察はその線で調べた。鉛の弾と炎と煙の中、上層階にいた者の多くが助からなかった。移り変わりの激しい日本最大の繁華街では、建物が改装され新たな店舗で埋め尽くされるまで、それ程時間はかからなかった―――焼け焦げた衣服の、煤だらけの死霊が徘徊するのを見た、手足を掴まれた、襲い掛かられた等の苦情が相次ぐ様になるまでも。各店舗で業者を呼んだが、成果は見られなかったと言う。
 エミは当初、その仕事を受ける事に乗り気ではなかった。オーナーを自称する依頼人が本当にそのビルの所有者だと言えるのか極めて疑わしかったからだ。このビルに限らず界隈の建物の多くは無届の又貸しや分譲転売が繰り返された結果、その名義が不透明になっていた。そこに暴力団や外国人グループの利権が絡まり、話を一層ややこしくしている。そもそも事件が裏の利権を巡るトラブルで起きたと噂されていた筈だ。
 要するに、胡散臭くキナ臭い話なのだ。それでも彼女が引き受けたのは、下見の結果これまでの業者ならともかく、彼女のレベルでなら容易に片付けられそうなものであった事・・・にも関わらず用意された報酬が破格の額だった事・・・などの理由からだった。
 当日の深夜0時、エミはヘンリー、ジョー、ボビー、そしてタイガーを連れて問題のビルに入った。中の店舗はこの日だけ0時前に全て閉店していた。廊下、フロア、至る所で霊の気配がする。ここで死んだ者だけではない。彼らが外からその何倍もの雑霊を呼び込んでしまっている。
「こんな所で商売しようとする奴の神経を疑うわね。」
 エミが呆れた様に呟く。その周りで四人の屈強な男たちは展開を始めていた。
 地下1階、1階、そして2階。下層階での除霊作業は予定よりも早く進んだ。もともと上から流れ込んで来ただけの霊であり数も勢いも大した事はない。拡散型の霊撃波でその階を一挙に制圧して残った霊を上の階まで追い込んで行くだけだった。3階に来て徘徊する死霊の数とパワーが段違いに増えていた。事件の最初に起きた階であり、ここから上が“彼ら”の死に場所となる。霊撃波だけでは足らず封霊札も2〜3枚使った。上ではもっと使う事になるだろう。
 4階、空きスペース――下見の時は風俗店が入ってた筈だが――客が逃げてあの後潰れたのだろうと一同は考えた。内装や仕切りは既に撤去されていたが浴槽やロッカー、衣装を詰めたダンボール箱が打ちっ放しの床に散乱し、その周囲を半ば人型の霊体が縦横無尽に飛び交っている。5階の韓国風居酒屋、数はそれなりだが雑霊しかいない・・・エミは少し考え込んでから指示を出す。
「上のやつも引っ張り込んでフロアに結界を張るわよ。霊撃破も収束型にして霊団化してるのから片付けるワケ・・・タイガー。」
 タイガーは一回うなずくと内容も聞かずに非常階段へのっそりと歩いて行った。この場合、「引っ張り込む」のは常に彼の仕事だった。説明を受けなくとも自分のする事を分かっている。他の3人と違い駆け出しのGSでもある彼は「人間の盾」以外にこうした除霊作業そのもののサポートも分担する様になっていた。緑色の誘導灯の下にあるドアを開けた時、空気が張り詰めた。霊感ではなく修羅場を知っている者の直感。ヘンリーが叫んだ。
「タイガー!止まれ!・・・進むな!」
 空気の抜ける様な音が数度続けて鳴り、タイガーはその場に倒れた。ヘンリーとボビーが駆け寄ろうとするのを彼は身を起こして制止した。
「来るな!・・・まだ近くにおるけん、来る気じゃ!!」
 怒鳴りながら近くの浴槽の陰へ這いずって転がり込む。
「無事か!?」
「生きとるが、あちこち当たった様じゃ。立てんし気絶しそうじゃけんの。」
 エミ達4人も手近の遮蔽物に身を潜める。エミが目の前のヘンリーに尋ねた。
「何人いると思う?」
「見当付きません。ですが所長、これだけは言えます。」
「何よ?」
「我々がここに来て、銃をぶっ放す野郎も偶然ここにいた・・・なんて事はありえません。」
 つまり始めから仕組まれていたと言う事。ここは誂えられた墓場だったのだ。エミは舌打ちした。あの野郎、やっぱりその肝なワケか。腑に落ちない点もある。何故、作業も終ってない内に消そうとするのか、この除霊が奴らの何の急所になっているのか。――そんな事は生き延びてから足元で踏みつけてる奴に聞くものね。
 エミとヘンリーは霊ではなく人間を祓う道具――階段にいる奴が持ってるのと同じモノ――を構えた。扉から両手に消音器付きの拳銃を持った男が現れた。両腕を振り回し、銃口をあちこちに向けながら。男が入って来た時、周囲の死霊はエミ達が来た時以上のざわめきを見せた。憎悪、怒り、そして恐怖の、声がする――「こいつだ」「こいつが」「この男が」「銃を」「灯油を」「私たちを」「炎を」「俺を」「手当たり次第で」「撃ちまくった」「殺された」――何となく狙われる理由が読めて来た。あの依頼主は店舗の客足を心配して除霊を依頼したのではあるまい。死者から流れる犯人情報を恐れていた。この男の事・・・そして背後にいた自分の事。事件を起こして多くの人を殺し、それによってこのビルの何らかの利権を得たのだろう。死者の声を聞けるGSなど用が済んだら消えて貰った方が安全だ・・・そしてこの男にとっては聞く前に消えて貰った方がなお安全だと言うのだろう・・・チンピラの考える事だ。
 男は怒鳴りながらフロアに踏み込んで来た。「どこだ、どこに隠れやがった。」――中国語ではなかったし、プロのヒットマンの動きでもない・・・そして、一人だ。ジョーとボビーが二人がかりでロッカーを男めがけて投げつけた。上半身に命中し、男はロッカーと共に床へ転倒する。ヘンリーが男に駆け寄り、銃を突きつけて動きを封じる。その時エミは男が周囲の霊には全く注意を向けていない事に気付いた。見慣れているからって事か?・・・いや、人間に憑依出来る程の危険な霊なのに?
「GSにだって守秘義務はあるし、おたくらの悪事なんていちいち暴いてらんないワケ。それに幽霊の証言なんて未だに警察は使ってくれないわよ。用心深さもここまでくればはしゃぎ過ぎの様ね。」
「GS・・・?幽霊?何スッとぼけてやがんだ、コラ。社長から話が来てんだ。嗅ぎ回ってるネズミがいるってよ。何かの業者のフリして上がり込んでやがるから片付けろってな。」
 男の言う「社長」が依頼主の事なら事実のすり合わせは無駄だ。互いに踊らされ、噛み合わされたって事だから。・・・だが、確かめたい事もある。
「今すぐにでも殺せる相手に何をとぼける必要があるワケ?スッとぼけないで正直に答えた方が良いのはおたくの方。・・・警察に嘘を言ったバーテンとイメクラ店長を消したのはいつ?何年も前の事じゃないわね?」
「知らねえよ・・・何の事だ・・・?」
「二ヶ月以上前ではない・・・そんな顔して驚く様な事じゃないわよ。裏を知ってる人間が消えて、幽霊さえも消えて、それに関わったGSが消えたら、次に消えるのは誰だと思ってるワケ?私の言った事が正しかったらおたくの明日からの予定は白紙の筈よ。仕事の後、どこへ旅行させて貰えるって社長は言ってたの?」
 エミの推測に顔を上げた男は。その後に続く言葉で顔色を失った。まさか、そんな、社長が・・・バカな、俺は次期幹部候補・・・言われるままに手を汚すチンピラにそんな椅子を与える奴はいない。だがエミが考えているのはそれだけの話じゃなかった。まだ、何かある・・・あの依頼主の狙いがそう言う事なら、この現場にはまだ何かが。
 非常口の付近に二つ、赤く光る歪んだ人面が浮かんだ。普通の人間が見たらパニックになりかねない代物だが、プロのGSがこの現場で気に留めるようなものではなかった。そして稀な程に霊感のない男にも。――それが盲点だった。エミがそれを死霊ではない、対人攻撃用の式だと気付いた時、それは避けられないほど近付いていた
「所長っ!!」
 エミと男の頭上で赤い光が炸裂した時、彼女は強い力で床に引き倒された。しかし、その後に続いたのは衝撃波や霊的ダメージではなく、単純な重みだった。エミと男の上にヘンリー、ボビー、ジョーが折り重なって倒れていた。式の攻撃が続いているらしく誰かが呻き声を上げている。苦しげにヘンリーがエミに声を掛けた。
「所長・・・おケガはありませんか?」
「お宅たち・・・!?これはそこらの悪霊の攻撃と違う、生身で長時間耐えられるものじゃ・・・」
「我々はタフなのが取り柄ですが・・・ここまでの様です。行って下さい、所長。所長を最後までお護りするわれらの役割、全う出来ずに申し訳ありません・・・。」
 チンピラは既に意識を失っている。エミが離れると同時に彼女を覆っていた3人は雪崩れる様に倒れた。彼らの上に浮かぶ2つの歪んだ顔、今にも3人を噛み砕こうとしていたが一体が彼女に視線を向け、顎を大きく開けながら迫って来た。エミは両手で印を結ぶ。GSとしてのそれでも、懲らしめ目的の呪い屋としてのそれでもない――かつて黒魔術の殺し屋だった時に使っていた印だった。
「ザーザス・ザーザス・ナーサタナーダ・ザーザス!」
 最初にエミに向かって来た一体が、次に3人の上に浮かんでいた一体が、黒い靄に巻かれたかと思うとその醜い顔をさらに歪めながら溶け崩れた。赤い光が黒く泡立つ式の残滓と共に消え失せた時、彼女はヘンリー達に駆け寄った。血塗れの3人はまだ生きていた。だが早く病院に運ばないと危ない。タイガーの隠れた浴槽へと声を掛ける。
「タイガー!おたくはまだ起きてるの?幻術は使えそうなワケ?」
「・・・少しまでなら出せますけんの、この辺りだけじゃが。」
「十分よ。いつも通りだわ。あいつらが時間を稼いでおたくが誘い込んで、私が片を付ける。あいつらは自分達の役割を果たした。この時間を有効に使うのは・・・私らの果たす役割なワケ。」
 ――――ヘイ・カース・ヘイ・カース・エス・ティー・ビー・ベイ・ロイ・・・
 階段の方から足音が響き、式を放った術者が非常口に姿を現した。エミの見覚えある男だった。依頼主の後ろで資料を読んでいた部下。足を踏み入れた彼の目にはそこらに転がる死体が写った。チンピラの銃で射殺されたタイガー、ジョー、ボビー・・・自分の式に喰い散らされたエミ、ヘンリー、チンピラ。エミの死体の上に浮かぶ赤い人面二つ。満足そうに笑顔を浮かべる。
「始末するには走らせなきゃいけないし、走らせるには理由が要る。GSの皆さんには気の毒だったが残りの除霊は俺がやっといてやる・・・だから、まあ・・・成仏してくれよ、ククク・・・」
 ――――アラトオル・レピタトオル・テンタトオル・ソムニヤトオル・・・
 術者は余裕たっぷりにエミの死体へ向かって歩いて行く。俺好みのイイ女なのに惜しい事したなとか呟きながら。
 ――――そは何者なりや?
 ――――そは我が敵なり!
 術者には見えない。フロアの奥でこちらに短剣を向けながら呪文を詠唱しているエミの姿を。
 気付かない。自分がエミの死体があると思ってる場所には何もなく、その手前に呪術塗料とヘンリーたちの血で描かれた魔方陣があるのを。
 聞こえない。フロアに響く彼女の詠唱を。
  ――――我が敵はいかなるべきや?
 彼がその上に足を置いた時、死体も式も全てが掻き消えていた。始末した筈の小笠原エミが壁際に立ち、足元に置いた人形と札に短剣を振り上げている。
  ――――我が敵は・・・・・・
「なっ!?これは・・・一体どう言うこ・・・・・・」
  ――――滅ぶべし。
 エミが人形に短剣を突き立てたと同時に、術者の足元の魔方陣が発光する。直後、それは空間の穴となり、そこから現れた巨大な掌が術者の身体を握った。彼の悲鳴は掌が彼を握ったまま穴の中へ消え、空間が閉じるまで続いていた・・・。



  +++ +++ +++ +++



「あいつらの入院代もかかるし、その穴埋めにバイトも雇わなきゃならないし、それに・・・今日、彼とデートなのよ。食事に誘ってOKしてもらえたの、初めてなワケ。」
 二つめのトランクに限界まで札束と証券を詰め込んで蓋を閉めると、エミはコンパクトを取り出して化粧を直し始めた。片腕を吊ったタイガーが残る腕でひょいとトランクを持ち上げる。
「メニューにノンガーリックコースなんてあるのよ、そのレストラン。彼に喜んでもらえると良いんだけど。」
「ん゛ーーーっ!ん゛ーーーっ!」
「おたくも同意してくれるの?でもちょっとうるさい返事ね。気分が台無しなワケ・・・あっ。」
 エミはハンドバッグから着信音の鳴る携帯を取り出した。耳に当てながら一つめのトランクを押して歩き始める。タイガーが後に続いた。
「もしもし?うん、仕事中・・・謝らなくて良いのよ、確認の電話入れてくれるなんて嬉しかったわ。私だってあなたの声聞きたかったんですもの。ええ、今日の仕事はもうすぐ終わり。時間通り迎えに行ける。学校と教会、どっちが良いかしら?」
 部屋を出てドアを閉め2〜3歩進んだ時、室内から篭もった銃声が一度だけ響いた。そして何かの倒れる音。そして、静かになった。エミは振り返る事なく話を続け、再び歩き出した。
「今の音?ううん、なんでもないの。大丈夫、心配してくれてありがとう。じゃあ、待っててね。そうそう、今夜は道が混まないみたいだからお食事の後ドライブに連れて行ってあげたいんだけど、大丈夫かしら?唐巣のおっさ・・・先生に聞いてみる?うん・・・うん・・・楽しみにしてるわ、私も・・・・・・。」



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    END
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 音楽聴いてて突発的に書きたくなりました。PCにあまり向かえなくなったので紙に書き溜めてる所です。そんなのがいっぱい・・・
 ピカレスクでそれでいて微妙に仲間思いって言うか仁義のあるエミさん。そんな感じで。
 文章の形も変えてみました。読みやすいでしょうか?それとも読みづらかったでしょうか?

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