ザ・グレート・展開予測ショー

サイド・エフェクト(1)


投稿者名:tea
投稿日時:(04/ 5/ 6)





*この話は、稚作「月に浮かぶは」のアフターです。そちらを読まずとも筋は分かりますが、気にする方は過去ログの3/15辺りをお探し下さい。










 よく晴れた昼下がり。穏やかな陽気に包まれた屋根裏部屋で、タマモは静かに寝息を立てていた。
 その寝顔は子猫の様にあどけなく、一枚の絵の様に安らかな静寂に満ちている。だが、そんな空間に土足で踏み込んでくる無粋者がいた。


 ギイイイィィ・・・


 きしんだドアをできるだけ静かに開け、横島は泥棒の様にそろりと足を踏み入れた。素早く室内を眺め回し、タマモがベッドで眠っているのを確認する。

「よし・・・今のうちに」

 ベッドに近づいた横島は、ポケットをまさぐると文殊を二個取り出した。それぞれには既に文字が刻まれており、放たれる霊波が青白い光を放っている。
 タマモはすやすやと眠っていて、眼前に迫る危機に気付く様子は全く無い。良心がちくりと胸を刺したが、横島は頭を振って強引にそれを振り払った。
 自分が味わった焦燥、絶望、屈辱。全ての元凶がこの少女なのだと思うと、天使の休息を思わせるまどろみは小悪魔の惰眠の様にすら思えてくる。横島は文殊の力を解放し、それをタマモに向けて発動した。

「これでよしっと。さーて、どんな風になるのやら」

 文殊の光が、繭の様にタマモを包み込む。クッキーの焼き上がりを待つ様な心境で、横島は軽い足取りで部屋を出て行った。






 話は、数日前に遡る。


 間違えてシロの入浴を覗いてしまった横島に、哀れんだ様な口調でタマモはこう言った。曰く、「アルテミスの水浴びを覗いた者は殺される」と。
 シロがアルテミスを擁している事と、アルテミス自身のゴキブリをも凌ぐ程の異性への嫌悪感。二つの事実を重ね合わせ、横島はマジで青くなった。
 それから数日間、彼は極度の恐慌状態に陥った。カップラーメンを食べても輪ゴムの味しかせず、眠っていても微かな物音で飛び起きてしまう。限界まで磨り減った神経の横島の元に、シロがやってきたのは数日後の満月の夜だった。
 シロの態度からタマモの狂言が判明した後、彼に残されたのはカンナで削り取られたかのようにやつれた心身と、タマモが文字を刻んだ二つの文殊だけだった。

 刻まれていた文字は、「馬」「鹿」だった。

 掌で踊らされた事を悟った横島は、歯軋りせんばかりの激情と共に一つの決意をした。即ち、この文殊を造語者の元に帰す事。それこそが、死神の影に怯えた数日間に対する帳尻合わせだと彼は結論付けたのである。





「クックック・・・ちっとばかりおイタが過ぎた様だな。自業自得という言葉の意味を、その身をもって思い知るがいい!」

 他のメンバーが揃う事務室への道すがら、横島は堪えきれずに快哉を叫んだ。それはお前の事だろう、とどこからかツッコミが聞こえそうだが、晴れやかな背中をした彼の耳には入らないだろう。
 
 

 そして、彼はすべからく己が吐いた台詞を実践する事になるのだった。




 

 タマモが起きたのは、それから小一時間程してからだった。
 正確には仕事の時間に伴い叩き起こされたので、彼女は未だに欠伸を噛み殺している。そんなタマモをシロが冷やかし、喧嘩が始まる。美神が怒鳴り散らし、おキヌがそれを宥める。全くもって、ごくありふれた事務所の光景だった。
 横島は、内心で小首を傾げた。
 文殊は発動している筈だし、一時間程度で持続が切れるとも思えない。なのに、タマモの様子は相変わらずだ。横島は、拍子抜けした目でタマモを見た。

「何よ、横島。私の顔に何かついてるの?」

 そこで目が合ったタマモは、横島をじろりと睨み返した。額面通りの馬鹿には決して出来ない、氷の様に怜悧な視線。
 どうやら、文殊は不発に終わったらしい。横島は「いや、何も」とおざなりに返し、見えないように溜息を付いた。それと同時に、美神が除霊に赴く人員の点呼を取った。




 除霊の現場は、今は廃屋と化したデパートだった。おもちゃ売り場のフロアだったらしく、辺りに綿の飛び出たぬいぐるみや、金具の外れた人形などが転がっている。罅割れたガラスケースが辺りに点在し、そこはまるで吹きさらしの墓地の様だった。

「な、なんか嫌な感じですね」
「いい雰囲気の現場なんかないわよ ・・・来た!!」

 真空の刃のようなものが、二人の間を寸断する。体勢を整えた美神の元に、注意深く辺りを探っていたおキヌとシロタマが駆け寄った。
 改めて見ると、飛来したものは凄まじいスピードで突進してきた悪霊自身だった。半月状に抉られた床の真ん中で、獣の様な肢体をした悪霊がぎらついた目でこちらを見据えている。
 不意打ちで自らを弾丸に変えて突っ込んできたのだから、飛び道具の類は持っていない。美神はそう判断し、それに沿って陣形を組んだ。強引な判断ではあるが、迷いながら戦うのが最も危険である。美神は、経験則からそれを知っていた。

「どうやら悪ふざけが過ぎたみたいね。このGS美神令子が、極楽に送ってあげるわ!」

 美神が啖呵を切るのと同時に、地響きの様な咆哮を上げて悪霊が襲い掛かってきた。

「ガアアアァァッッ!!」

 その肢体に違わず、獣を模した悪霊はスピードと四肢に伸びる爪で美神達を翻弄した。しかし、それとて人狼と妖狐の動体視力には遠く及ばない。徐々に空間を狭められた悪霊は、蜘蛛の巣にかかった虫の様に追い詰められていた。

「これで終わりよ!」

 美神が渾身の力を込めて神通棍を振り下ろす。悪霊は、たまらずに右手の柱―――唯一、逃げ場が残っていた―――に向かって跳躍した。

「はい、いらっしゃい」

 柱の陰から、完全に気配を殺していたタマモが現れる。獣の目に映ったのは、自分を軽く飲み込める程に肥大した狐火だった。
 驚愕と同時に、獣は理解した。全てが、あつらえられた罠だった事を。そして、自分が狩られる立場だった事も。

「骨も残さないわよ・・・燃え尽きなさい!」

 そして、悪霊の体は紅蓮の炎に包まれ・・・る筈だった。



 ポコ



 間抜けな音を立てて、悪霊の額にぶつけられたものが床に落ちる。何事もなかったように華麗に着地した悪霊の足元に、綿の出たぬいぐるみが転がっていた。

「・・・・・・」

 美神達が、唖然とした顔でタマモを見る。だが、一番呆気に取られたのはタマモ本人だった。無論、狙ってやる程タマモは酔狂な性格ではない。

「ちょ、ちょっと失敗したわ。今度こそ、これで最後よ!」

 二十秒前の事を誤魔化す様に、タマモは右手に狐火を収束した。幸い、悪霊は未知の攻撃(?)を受けて明らかに戸惑っている。化石化した空気を焼き払う様に、タマモは右手を薙ぎ払った。



 コン



 先程よりは幾分か硬い音がして、今度は金具の外れた人形が床に転がった。
 冗談というのは面白いものでも二度目には飽きるが、笑えない冗談の場合二度目には不愉快になる。相手によっては、ぶち切れてしまうかもしれない。

「ガアアアァァッッ!!!」

 どうやら、件の悪霊は後者だったらしい。憤怒を滲ませた雄叫びを上げ、場違いな道化を噛み千切るために地を蹴った。

 ドシュ・・・

 鈍い音が響き、悪霊の背中から霊波刀がのぞく。ゆっくりと動きを止めて地面に倒れ伏した悪霊は、そのまま四散して空気に溶けた。
 霊波刀をしまったシロは、額に青筋を浮かべてタマモの方を見た。剣の代わりに物干し竿で戦に臨んだかの様にふざけた所業が、余程腹に据えかねているようだ。

「タマモ!!一体どういうつもりで・・・」

 胸倉を掴もうと思っていたシロは、そこで言葉を失った。タマモは床にへたりこみ、魂が抜けた様に虚空を凝視している。あまりに悄然とした様子のタマモに、美神達も流石に心配になったようだ。

「わざとやったんじゃなさそうね。ひょっとして、何かの病気かしら?」
「悪霊が取り憑いている、って考えられません?」

 美神とおキヌが、シロを交えて議論を始める。真剣に言葉を交わす三人の隣では、横島がだらだらと脂汗を流し続けていた。

(も、もしかして、俺の文殊が原因なんじゃ・・・)

 文殊の効果とタマモの行動には、明確な牽連性はない。しかし、それ以外の要因が皆無なのもまた事実だった。なにしろ、タマモは仕事に行く直前まで、部屋で健やかに寝息を立てていたのだから。
 だとすれば、話は簡単だ。文殊の効果は長くとも一日。その間、ボロを出さなければいい。姑息な考えに後押しされるように、横島は口を開いた。

「あ、あのですね。原因が分からない以上、ここは様子を見るのが賢明だと思うんですけど」

 それまで話していた三人が、驚いた顔で横島を見た。彼がまともな意見を言うのは地球に隕石が激突するほど薄い確率なので、当然といえば当然の反応ではある。
 紛い物を見る様な三人に横島は気分を害したが、そのまま言葉を繋いだ。

「ですから、タマモは暫くの間・・・」

 屋根裏部屋に押し込めておけばいい、と言おうとした横島の目に、未だ床に沈んでいるタマモの姿が映った。
 その肢体は幼子の様に弱弱しく、震える体を必死に抱き留めている。そこにいたのはいつもの生意気な小娘でなく、得体の知れないものに怯える一人の少女だった。

「そんな・・・どうして。私、一体・・・?」

 横島の心に、冷たい刃が突き刺さった。眼前にいる少女は、本当は遥かに強く逞しい。それを変容させた張本人である自分が事実を隠し、タマモから逃げる事を選ぼうとしている。
 保身に走る自分に嫌気がさした横島は、唇を噛むと決然とした口調で言い放った。



「暫くの間、俺が面倒みます。ちゃんと、(こうなった)責任はとりますから」




 約一分、誰も言葉を発しなかった。

 一分と十秒後。悲鳴とも怒声ともつかない叫び声が、フロアにあった全てのガラスケースを粉砕した。


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