ザ・グレート・展開予測ショー

流れ往く蛇 鳴の章 下


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 4/30)



 ―牢獄・・・

 何を置いてそこを牢獄と称すのかは誰も知らないが、ただそこは、そう呼ばれていた。

 だが、そこは普通の牢獄とは違っていた。

 閉鎖性は皆無に等しく、生活を制限させられることもなく、そして自由があった。

 だからこそ、そこはこう名付けられた。


 ―魂の牢獄と・・・―





 ―ビュウウゥゥゥ―!!

 
 凄まじい速度で、あたしの耳元を風が通り過ぎる。それはまるであたしの体を、あたかも切り刻んでいるようにも感じられる。目線の先で大きく存在感を主張する地面は、加速に加速を繰り返して、凄まじい勢いであたしへと迫ってくる。
 
 あたしは、美智恵を追って身を暗闇へとさらけ出した。勢いがある分だけ、あたしのほうがすぐに地面へと叩きつけられるはずだ。同時に、それは美智恵をすぐに捉えられるということ。
 美智恵は、あたしのすぐそばで気でも失ったみたいに、身を落ちるがままに任せてる。あたしはとっさに腕を伸ばして、美智恵を抱きかかえた―瞬間、落下していく抵抗で腕にものすごい負荷がかかる。思わず腕を放してやりたくなるほどの圧力。あたしは歯を食いしばって、美智恵の頭を抱きかかえた。
 
 真下にある真黒のクレバスのような地面が、まるであたしたちを飲み込むみたいに、その口を大きく開けてあたしたちを待ち構えていた。

 あたしは、腕の中に丸く収まった美智恵を見る。目を閉じて、全ての事象から逃れたいとでも表現していのか、まるで寝ているみたいだ。こっちがこんなに苦労しているってのに、ノンキなヤツだ。

 落下はさらに加速していき、落下に抵抗する風たちが、あたしの全身を強く打ち据える。全身が激しい痛みを訴え、それは迫り来る地面へ強い恐怖感を与えられる。

 あたしは腰にぶら下げた神通棍を、八つ当たり代わりに思いっきりビルの壁へと叩き込んだ。ガリッという低い何かを削る音、それと共に重い抵抗があたしの腕から伝わった。そのまま、あたし達の落下と共に棍の柄はビルを削り続ける。削れ飛んだコンクリがまるで火花みたいにあたしの顔を叩いた。
 落下していく速度は、そのおかげで微妙に遅くなる。さらにあたしは両足を壁に押し付けて落下の速度を、さらに緩和させようとした。靴の底が勢いよく剥がれて、あたし足の皮を削る。紫のあたしの血が、盛大に当たりに巻き散らかされた。


 ―ビュゥゥゥゥ

 風は未だあたしの体を打ち据えてくる。真っ黒に染まった地面は、あたしたちの落下を心待ちにでもしているみたいに、口を大きく開け続けている。


 いくらか減速は出来たとは言っても、停止したわけなんかじゃない。何とかして美智恵だけでも安全な場所へ移さなくっちゃいけない。
 あたしの目の端に、チューブラーベルによってひしゃげきったあの外階段が入ってきた。

 ―こいつだ!!

 あたしは神通棍をコンクリから引き抜いて、紫に染まった血だらけの足で壁を思いっきり蹴飛ばした。
 ふわっと、中を心許なく漂う一瞬の感覚の後に、がゴンという固い金属との激突音。階段の段の上に、あたしはしたたかに背中を打ち据える。あまりの激痛に、あたしは大量の空気を吐き出した。
 
「ゲホッゲホ!!」

 そして、空気と一緒に喉元までこみ上げてきた、生暖かいものも一緒に吐き出した。紫色のそれは、弧を描きながら、勢いよく地上へと落下していく。
 我ながらよくこんなことやったと感心するよ、まったく。
 生き延びることが出来る確証なんてあるわけもないし、っていうか人間がやったらまずは助からないだろうね。
 あたしはズキズキと鈍く痛む自分の体を確かめるように見た。紫色の血であちこちが汚れ、すぐにでも安静にしてなけりゃいけない状態だと、他人事みたいにわかる。重傷ってヤツさ。痛いとかそういうのを通り過ぎてるんだけど。

 そんなあたしの目の端に、美知恵の寝顔が映る。いや、美知恵の瞳はうっすらと開かれていて、いつ起きてもおかしくはない。ホッと、あたしの胸に安堵が走る。
 そして、あたしは慌てて首を横に振った。
 何でホッとしてるんだっての!!
 あたしは苛立たしげに舌打ちしてから、くるりと美智恵から背を向けた。

 耳にどことなく美智恵の寝言が聞こえるような気もしながら、あたしは段に足をかけ・・・


 ――ミシィッ!――

 
 あたしはそんな、不思議な音を聞いた。

 いったいどこからだ?
 
 あたしの視線は、今足をかけている段へと注がれた。
 チューブラー・ベルによってひしゃげた階段。何とか今いるこの場所はその被害を免れているけど・・・
 
 
――ガタンッ!!――

 
 突如、甲高い金属の激突音。そして体を揺さぶる何かの衝撃。あたしの視線が激しくぶれた。
 あたしの立っている段と美智恵を寝かせた段を境に、階段はものの見事に裂けた。暗くてよくはわからなかったけど、実は結構古いヤツだったんだろう、チューブラー・ベルのやつの力に耐えきれなかったんだ。
 手すりは衝撃でひん曲がり、柱はくの字を描き、そして全てをなぎ倒すみたいに傾いていく。
 あたしはその勢いに耐え切れずに、その身を空へと振り落とされる。

「!!」

 とっさにあたしは身近にあった何かを掴んだ。それこそ藁にもって奴さ。
 
 メキって音が、あたしの耳を超えて脳を刺激する。
 とっさにあたしが掴んだのは、今にも千切れそうな鉄製の手すり。
 何とかよじ登ろうと、力を込めればひん曲がってしまいそうなヤツさ。ついてないね・・・クソ、ほんとうについてない。あたしは声にも出して、悪態をついた。

 こんなトコで終わるってのか?
 あたしは地面を見下ろした。さっきよりは圧倒的に低い位置にいる。それでもここが地上何階にあるのかは知らないけど、落ちればただではすまないだろう。それに、今は体力をかなり消耗している。怪我だってしているさ。そんな状態で落っこちれば・・・まずは助からないだろう。
 
 これじゃ何のためにあの時に決死の力を振り絞ったんだか、唐巣や美智恵のヤツを見捨てて逃げちまったほうがよかったってのか?チューブラー・ベルのヤツの言ったとおり、逆に唐巣たちを殺してしまえばよかったとでも?
 クソ、どうすればよかったって言うんだ?
 
 あたしは、ゆっくりと手を伸ばし段の鉄板につかまった。ミシッという異音が漏れたけど、まだ板が壊れるほどじゃないはず。ゆっくりとあたしは自分の体を持ち上げた。

 
 ゴン―!!

 
 再びくる、今度は微かな衝撃。
 階段の柱が、その重さを支えきれなくて傾いたんだ。あたしの体を支えている手すりは、幸いにも外れることもなかったけど・・・

 ゴロゴロゴロ・・・

 何かが転がってくる音・・・何が?
 あたしはとっさに段の上を見上げ、そして無意識のうちに手を伸ばしていた。
 それを掴んだと同時に来る、凄まじい重さ。そして抵抗感。
 思わず、あたしは声を出した。

「美智恵のヤツは・・・少しはダイエットしろよなぁ・・・」

 あたしの手には、しっかりと美智恵の手が握られていた。
 さっき段の上に寝かせて置いた美智恵が、柱が傾いたせいで落っこちてきたんだ。

 どうしようか・・・このまま手を離せばあたしは助かる。けど美智恵のヤツはこの高さだ、確実に死ぬだろう。
 逆に美智恵をもう一回段の上に乗っければ、美智恵だけは助かるな。あたしはその間に力尽きておっこちるかも知んないけど。それに美智恵を上手く団の上にもう一回乗せられるなんて言う保証もない。運悪けりゃ二人とも落っこちてしまうかもね。とは言え、上手くいけば二人とも助かるんだけど。

「どうしようか・・・」

 本当は前者を選ぶべきなんだろうけど、仮にこのままあたしだけが助かってもチューブラー・ベルが見逃すはずはないし・・・あたしだけじゃヤツに勝てるなんてまずありえない。
 とはいえ、後者じゃぁ二人いっぺんに死ぬって言う確立のほうが高いんだよなぁ・・・

 メキ―!!

 あたしたちを支えている手すりが、限界に達してきた。もろくひん曲がってきて、あと数分も持たないだろう。

「う・・・う・・・ん」

 あたしが支えている美智恵が、不意にそんな声を漏らした。

「気が付いたか!?」
 
 死中に何とかってヤツ、あたしは期待を込めて美智恵を見下ろす。
 美智恵は、軽く頭をに三度振ると、眠たそうに目をこすった。

「・・・おはよう」
 
 あたしを認めた美智恵は、まず最初に欠伸をしながら、こう言った。

「・・・あのさ、普通こういう状態でそんな事いうか?」
「だって普通は起きたらおはようでしょ?それともこんばんは?」

 そういう問題じゃないんだけどね・・・まぁ、こいつにはそんな理屈は通じないんだろうけど。

「ちょっとイロイロあって、今はピンチなんだけど。今からあんたを上に持ち上げるから、上手く段に乗ったら今度はあたしを引っ張り上げてくんない?」

 あたしは簡潔にそう言って、腕に力を込めた。

「わかった」

 美智恵も現状がなんとなく判ったんだと思うけど、こくっと力強く頷く。

「あとで今がどういう状況なのか、教えてよね」
「わかってるよ」

 あたしは頷きながら美智恵を何とか抱えて、美智恵も抱え上げられた状態から、何とか段の上へと手を伸ばした。
 あたしの目下にある黒い地面がが、気のせいか遠のいていくような気がした。

「ハクミ、手を貸して。引っ張り上げてあげるから」

 ついに上り終えた美智恵がそういって、あたしに手を差し伸べた。
 助かった・・・心からそう思ったさ。何とかなったってね。
 あたしは体を段へと持ち上げながら、手を美智恵へ伸ばそうとして・・・


 バキン――!!


 絶望的なその音を聞いて、あたしは無意識の内に美智恵を突き飛ばしたらしい。美智恵が視界の端まで飛んでいき、痛そうな瞳であたしを見詰めた。あたしの視界は同時に激しく傾いていき、再び強烈に襲ってくる落下感。そして耳元で激しく鳴り響く風切り音。
 
 あたしの体を支えていた手すりが、ついに耐え切れなくなって折れ曲がっているのを、落下しながらあたしは認めていた。



「ハクミッ!!」



 慌てて美智恵が落下していくあたしへ手を伸ばそうと、駆け寄っていくのが見えた。あたしもその手を掴もうと、手を伸ばしたような気がする。だけど落下の勢いについていけるはずもない。



「!!!!!」



 美智恵が声にならないような何かを鳴き叫んだ様な気がした。そう、それは何かを鳴いたような叫びだった。多分、あたしの名前か何かだろう。

 あたしの体を襲う強烈な落下感、浮遊感、あたしは歯を食いしばった。
 死にたくない、まだ生きていたい、そうじゃなかったのか?まだチューブラー・ベルの顔面にだって一発くれてやらないといけないって言うのにさ。
 それでもあたしの脳裏に否応なく駆け巡る、『終わり』と言う文字。

 まだ・・・生きたかった・・・

 あたしは拳を固く握り締め、迫り来る真っ黒な地面を見詰めた。





 そして、あたしは目の前一杯に広がっていく光と共に、気を失った。





 光、そう、目を閉じても貫いてくる光。
 あたしはまぶしくて、顔を背けるようにして目を閉じたけど、どこに光源があるかも判らないから、どっちみち背けること自体無駄だったみたいだ。
 
 ここは・・・どこだ?
 気が付いたときには、既にここはビルの立ち並ぶような場所じゃないし、美智恵も唐巣のチューブラー・ベルの奴すらいない。
 まったくの別の世界、とでも言ってもいいほどあたしの持つ感性とはかけ離れた場所。辺りを見回しても、ただそこは白い光のみで覆われた、何もない場所だ。眩しすぎて眩しすぎて・・・ムカつきならいっぱいあるぞ。
 
 何が起こるかわからないからね、あたしは緊張して身を構えた。
 そこでふと気が付く。今まで散々負っていた傷やらなんやらが、ウソみたいに綺麗さっぱり消え果ていることに。まるで魔界にでも言って体力を回復した・・・いや、どれだけ時間が経ったかは知らないけど、アレからそう時間は経ってないと思う。そこから考えるに、誰かが人為的にあたしにヒーリングをかけたのか?実際、いまだにあたしは自分の霊力が戻っていないことに、少し気落ちした。

 油断もなく周りを見回しているあたしの耳に、狭い廊下を歩いてくるみたいな、カツンカツンと靴音が反響してくる音が聞こえてきた。
 音源はどうもどこからきているのかよくわからない。この空間自体が非常に音が響きやすいのか、それとも何か他にあるのかは知らないけど、ただ迫ってくるという漠然的なことしかわからない。
 あたしは緊張の糸を張り巡らせて、辺りを見回した。

『お久しぶり・・・いえ、始めまして・・・ですかな?』

 白い世界を、妙にゆったりとした声が響く。声からして男の声だけど、妙に中性間のある男の声だ。それに、初老といった響きはするくせに、若いといわれても頷いてしまうような、そんな声。
 そして、不意にあたりを包み込む大きな存在感。根本的に次元の違う生き物に囲まれたかのような、肉食獣に睨みつかれたような恐怖と、小さな犬か猫を抱きかかえたような安堵感。

 また違う声が響く。

『とりあえず、ようこそと言っておきましょう。メドーサ』

 今度は、厳格な声がそう言ってきた。
 その口ぶりから、まるであたしの事を知っているような・・・いや、見透かしてすらいるんじゃないかとすら錯覚してしまう。

 圧倒的な力の差とか、そんな生易しいもんじゃない。アシュ様・・・あのアシュタロスを目前にしたときでさえ、ここまでの緊張感はない。喉がカラカラに渇き、膝がガクガクと笑い始めた。
 あたしたちとは根本的に次元の異なる者。屈服感が猛烈にあたしを襲う。今にも地面にひれ伏してしまいそうになるほどの、何か。

「あ・・・あんたたちは・・・」

 あたしは、本能的に悟った。こいつらが誰なのか。
 それは強大な存在。こうして実際対面なんてすることなど出来ないもの。

 そう、『主神』だ。
『あたしたち』の最終目標でもある主神達が、今こうしてその存在を大いにアピールしている。
 だけど、その圧倒的なまでの存在に、あたしは何も出来ずにただただ震えることしかできない。
 
 そう、圧倒的だった。あたしは無意識の内に、膝を折り腰を低くしようとしていた。
 強烈な呪縛にも近いそれは、あたしの心に深く侵入していき、あたしは恐怖ではない畏怖に駆られる。
 そう、それは圧倒的な・・・心の底から湧き水のように這い上がってくる屈服感。
 あたしは脱力でもしたみたいに力を失い・・・

『おひさやな〜メドーサ。相変わらずエエ体してんな〜』

 不意に、今までの雰囲気をぶち壊すようにして背中からかけられた声に、あたしは思いっきり脱力した。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa