ザ・グレート・展開予測ショー

僕は君だけを傷つけない!/(終)


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(04/ 4/25)


 ついに横島が目覚めた。目覚めてしまったのだ。
 これだけの大騒動の最中で、いつまでも寝ていられると思うのがむしろ不自然だが。
 日差しの眩しさに目を細め、手で瞼を擦る横島を、一同は見やっていた。
 多種多様の感情が視線へと込められ、あくびを漏らしている横島を射抜く。


 「おはよう、横島♪」

 「あれ、タマモか?」


 少女が腹部に乗っかっているのがわかった時、横島の反応はこの言葉で始まっていた。
 嫌な予感がひしひしと美神令子たちに伝わってくる。というか、タマモの性格が変じていた時点で予想はしていた事だが。
 少年少女によるハリウッド・恋愛映画的な光景は、夜の顔から昼の顔へと幕を変えた。
 どちらにしても全身が痒くなる類の光景なのだが。


 「こら。この私が何度呼んでも起きないって、一体どういう了見よ?」


 タマモの言に訝しげに目を細める横島を見やりながら、美神令子は早くも背筋が痒くなってきていた。
 青臭いなどという言葉では追いつかない。様にはなっているが、外見がティーン・エイジというのが精神的に痛すぎる。
 魔鈴がウソをついたのだろうか、という疑問まで生まれてくる中、シーンは早くも次の展開を迎えていた。


 「妙に顔が痒いと思っていたけど・・・・・・さっきから人の顔を弄っていたのは、お前だったのか?」

 「うふふっ。だって、ちっとも気付いてくれないんだもの。当然の報いよ」

 「もうちょっと寝かせろよ」

 「ダメ。もう寝かせてなんかあげない♪ ・・・・・・食べちゃおうかな?」


 令子は心臓が止まりそうだった。おキヌもほぼ呼吸困難寸前である。
 脳内回路は加熱状態で、通気口は大部分が塞がれたような状態だ。今の頭部に存在する血液量はどの程度なのだろう。
 気恥ずかしさと羞恥心の混在が、両人の頬を紅葉さながらに染め上げてしまった。

 こちらの年少組はと言えば、赤面の度合こそ微々たる物であったが、内心は壁の高さと厚さを実感していた。
 なんという『えっちっちー』な会話だろう。「寝かせてあげない」というセリフにここまでのレベルの違いがあるとは。
 セリフが様になるヤツとは確かに居るものだ。タマモがそうであることに、正直、かなりの忌々しさを感じる。
 なぜ『食べる』なのかはよくわからない。が、2少女の頬の膨らみ具合を見れば、河豚も驚くだろうと思われた。


 「ほら、起きなさいっ」

 「なにするんだよぉ」


 タマモが羽毛のように柔らかい動作で横島へと覆い被さり、彼の頬に唇を触れさせた。
 軽く眉をしかめ顔をややそむける横島も、また恋愛映画的な笑みを浮かべている。
 今度こそ、観客一同は仰天した。


 「またかぁぁっ!!」

 「よ、よ、よ、横島さんっ! フケツ―――ッ!!」

 「うわーっ、せんせぇ―――っ!!」

 「ヨ、ヨコシマっ! 気をしっかり持つでちゅよぉっ!!」

 「きゃー♪」

 「あう?」


 歴史は繰り返され始めていた。
 局地的にして短時間的。加えて個人的という、ささやかなレベルではあったが。




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           僕は君だけを傷つけない!/最終話

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 演劇や映画でもあるまいに、周囲の目がありながら恋愛モードには入れるのは、一体どんな才能なのだろう。
 ましてや男の日常が格好悪い分、ベッドの上という今の情景が様になっていること事態が、非現実的だといっても過言ではない。
 ハードボイルドというか、落ち着けばそれなりに格好良いのは確かなのだが、これはさすがに行き過ぎである。
 しかも本人の自覚、もしくは自意識外の出来事なのだ。ギャップを目の当たりにする美神たち観客としてはたまったものではなかった。

 煩悩少年・横島忠夫、17歳。
 すでに身を起こし、ベッドに腰掛けている姿には、どう見ても年相応のあどけなさというか、子供っぽさが感じられない。
 上半身は裸、ジーンズ一本を穿いただけで、足元は素足のまま。
 頭髪を纏めているはずのバンダナも見当たらず、寝癖で乱れた髪は四方に飛び跳ねている。


 「い、一体何がどうなってるのよっ!?」


 起きろ、起きないでじゃれ合う2人を尻目に、事務所員達は円陣を組み、ひそひそと会話を交わしていた。
 魔鈴の話が本当なら、横島、タマモの両人とも既に回復しているはずである。
 なのに現実はこの有様だ。治るどころか悪化の一途を辿っていた。医療行為なら訴訟ものだが、オカルト関係ではそうも行かない。

 美神令子としても、このままの状態でいることは精神衛生的にやば過ぎた。
 格好良い横島は、まぁ、彼女にしても存在意義が無いではないが、そのままでいさせる事はなぜか論外に感じていた。
 美智恵あたりに言わせるなら『素直じゃない!』ということになるのだが。


 「わたち達がヨコシマと一緒に寝る前は、いつもと変わりなかったのでちゅけど」

 「そうでござる! 拙者も見たでござるよ。先生もタマモも頭が痛いって、唸っていたでござる」

 「・・・・・・何なの? アンタたちも寝たって」


 令子とおキヌの白眼視にシロは少々怯え気味であったが、パピリオは明後日の方を向き、口笛なぞ吹いて気にした風も無い。
 苦虫を数百匹ばかり噛み潰していたが、ふとシロとパピリオの白衣姿に改めて目が止まった。
 今更ながらに気がついた令子とおキヌである。


 「そういえば2人ともどうしたの、その格好は?」

 「美神のお使いに行った先で、もらったのでちゅ」

 「厄珍が?」

 「はいでござるよ。横島先生が『二日酔い』に苦しんでおられるので拙者たちが代わりに、と話したら、お薬までくれたのでござる」

 「で、それを飲ませたと?」

 「はいでちゅ」

 「あんのヒゲ・グラサンチビはぁぁぁ!!」


 令子は一瞬で理解した。あの怪しさ100%の商売人は、またもや横島を実験台にしやがったのだ。今回はタマモまで巻き添えにして。
 美神令子自身も時折、厄珍と共謀して金銭絡みの策に当たっているくせに、えらい罵り様である。
 裏事情を知るおキヌは大汗混じりの引きつり笑いを浮かべ、美智恵は溜息混じりに頭を抱えていたが。
 よしよし、と美智恵の頭をなでるひのめの姿が、この場ではやけに愛らしかった。

 とにかく一同は事情を飲み込めた。
 体内に残っていた魔鈴の薬の残滓が厄珍の薬の効果と相俟って、何らかの副作用を引き起こしたものと推測される。
 はっきり言えば薬を併用してしまい、思わぬ相乗効果というか、弊害を生み出してしまったのだ。

 今度、何らかのお礼参りをすべきだろう。美神は決意していた。おキヌ、シロ、パピリオも同感である。
 年少者を、しかもシロとパピリオを謀るとは実に良い度胸だ。騙されたと知った2人は、八つ当たりも手伝って、復讐の念に燃えた。


 「薬の副作用って、本当に怖いわねぇ。ほほほほほ♪」

 「怖いなら、のんきに笑ってないでよ、ママっ!」

 「無論、薬事法違反の適用も出来るけどねー?・・・・・・脱税の摘発も含めて」


 じろり、と睨む母の目を、令子は見返せなかった。
 アナタも同罪よ、といわんばかりの視線が、擬音で言えば『ちくちく』どころか、『ぐさぐさ』とナイフのようである。

 そんな周囲の騒動も知らず、横島はベッド・サイドの洗面器に入った水で、無造作に手を濡らし頭髪を後ろへと撫で付けていた。
 バンダナが無いので、とりあえずの一時凌ぎといったところだろうが、水気を含んだオール・バックはこれまた妙に様になっていた。
 加えて、ベッドから立ち上がった後、椅子にかけてあったカッター・シャツを鍛えられた素肌の上にそのまま纏う。
 無造作なようで、ある意味、男前がいや増すコーディネイトである。
 横島忠夫という名の、1人のクール・ガイが誕生した瞬間であった。


 「おはようございます、みんな」

 「ちょ、ちょっとぉ・・・・・・・・」

 「よ、よ、横島さん・・・・・・?」

 「うわぁ・・・・・・」

 「い、『いめーじ・ちぇんじ』というやつでちゅかね・・・・・・」

 「まぁ、ステキ♪」

 「あうー♪」


 心なしか、いつもよりやや低めの声音で挨拶してきた横島である。作った声ではない。ごく自然な動作からの言葉だった。
 が、彼女達は挨拶も忘れている。それ以上に女性陣の受け具合から見て、横島の見栄えの良さは相当なレベルにあるものと思われた。
 無論、普段の印象もあるが、悪い意味での子供っぽさが無いし、外見と態度と雰囲気の3拍子がいつも以上にクールだ。
 というより、いつもの方が酷すぎるという意見もあるが。

 身支度を整えた横島は、手早く身の回りのものを確認すると、素足のままスニーカーを履いた。
 シャツのフロントはボタンを3個ほどかけただけで、裾は外に出したままである。
 ジージャンは身につけず、肩に引っ掛けただけだ。ちょっとした変化のはずなのにまるで別人であった。


 「おはよう、横島君。ご飯食べていく?」

 「あー♪」


 先んじて挨拶を交わしたのは美神美智恵とひのめである。
 それを聞いた一同も慌てて挨拶を返そうとしたが、一歩遅く、横島の声が先であった。


 「いえ、隊長。一度家に帰ります。着替えもしたいし、風呂にも入りたいので」

 「そうね。こう言っちゃ何だけど、ちょっとばかり汗臭いわよ」

 「すいません、不精者で」

 「でもまぁ、覚えておいて。女の子としては、時にはそんな匂いも悪くないんだけどね♪」

 「は?」


 美智恵だけがまともに会話できていた。
 令子、おキヌ、シロ、パピリオは場に乗り遅れたような気持ちのままで、タマモはベッドの上で膝を抱え、なぜか膨れっ面である。
 美智恵の言に目を丸くして、頭を捻っていた横島であったが、とりあえず後の課題とする事にした。

 軽く一礼して、ひのめの頭を撫でてから去ろうとしていたが、不意に後ろから声がかかった。
 タマモに呼び止められたのだ。


 「もう帰るの?」


 下着見えてるわよ、アンタ。
 と、ツッコミを入れる事すら、今の美神令子には虚しい行為であった。
 タマモの表情を見れば、引き止めているのは一目瞭然である。
 いくらなんでもチョコ・パフェの蜂蜜掛け・百人分に匹敵する甘さを、怒涛の如く味わわされるのは拷問ではないか。


 「今、隊長に言った通りさ。今日は引き上げるよ」

 「そう」

 「どうした?」

 「別に。帰るんなら、さっさと帰りなさい。邪魔だわ」


 拗ねる姿まで一流である。
 口調は言うに及ばず、態度ときては女王陛下並み。
 自分に跪かない男の存在なんて忌々しいだけ、とでも言いたげである。
 そんなタマモの姿に苦笑しつつも、横島は言葉を差し向けることを忘れなかった。


 「タマモ、今度飲みに行かないか?」

 「あら、貴方からのお誘いなんて珍しい。お目当ては何かしら?」


 先程と変わらぬ口調の素っ気無さだが、ちらりと横島を一瞥した視線には、確かに喜色が浮かんでいた。
 が、決して態度には表さない。まるで釣りに臨んでいるかのようだ。
 まだだ。まだ男の意見を肯定してはならない。焦っては逃げられる。
 女性の心中の駆け引き構築は、なかなかに大変なようであった。


 「考えてなかったよ。飲んでから考える」

 「相変わらずイヤな人ね。素直に言えばいいのに」

 「なんて?」

 「私が欲しい、って♪」


 でかい音を響かせ、美智恵とひのめを除いた事務所員たちは盛大にずっこけた。
 ただでさえ横島の誘いに呆然とさせられたのに、このセリフは痛い、キツイ、恥ずかしい。
 意図せぬ心理戦において、美神令子たちは敗北を喫しつつあった。


 「バカ言うな。俺を犯罪者にする気か?」


 意外にも横島の反応は一般常識的であったが、この場合、常識は容易く非常識へと座を乗っ取られた。


 「私が良いと言えば、それは犯罪ではなくなるのよ。おわかり?」

 「やれやれ、困ったもんだ」

 「ふふっ、諦めるのね。悪いのは貴方なんだから♪」


 嬉しそうに微笑むタマモは、勝利を確信していた。彼女としては、取引以前に、女としての手練手管に一歩磨きをかけた瞬間である。
 笑う美智恵とひのめに、唸りながらも会話の内容を吟味し首を捻るシロとパピリオを除き、令子とおキヌはずっこけたままであった。
 床で蠢くその様は、ほとんど痙攣状態に等しいものであったが。



 ――――――――――――――――――――――――★――――――――――――――――――――――――



 階段の上から見送る皆の表情は、一部を除いてお世辞にも良いムードとは言えなかった。
 美智恵は好奇心一杯、ひのめは指をくわえてご観覧中。
 シロとパピリオは膨れっ面、おキヌは拗ね、令子は仏頂面と、全然変化が無い。
 横島が階段を降りていく後姿と、壁に寄り掛かって背中を見送るタマモ。そして階段の上から美神たちが眺める、という形の見送りだ。


 「じゃ、また今夜」

 「今夜ね。ちゃんと聞いたわよ」


 除霊の仕事が入っているのだが、皆の介入が無いとわかっていての、タマモのセリフである。
 それにしても度を越した恋愛的会話は、周囲にほとほと疲労感をいや増させるものらしい。
 美神令子と氷室キヌはその典型的なサンプルだ。階段の手すりに寄り掛かった姿は、まるで病人の一歩手前であった。


 「了解了解。だが仕事はちゃんと、な。タマモは約束できるか?」

 「約束しても良いわよ?」


 横島としては、仕事が済んでからタマモの用件に付き合う、という意味で言っていた。
 が、タマモには仕事などどうでも良かった。
 言うべき事を言えないままじゃ、お揚げだって美味しく食べられないのだから。


 「そう、私は・・・・・・」


 告げたい言葉を口にするには、数秒の時間とほんのちょっとの勇気があればよい。
 軽く片方の眉を上げて次の言葉を待ち受ける横島に、タマモは組んでいた腕を解いて見せた。


 「貴方だけは、傷つけない」

 「・・・・・・うそつきめ」


 Tシャツ一枚の姿で、裾が風になびくままの彼女に、横島は微笑んだ。
 窓越しの日差しと、ドアから吹き抜けてくる涼風。かすかに巻き上がる埃だけが二人の間を阻んでいる。
 言い換えれば、他の面々は完全に蚊帳の外なのだが。


 「じゃ、俺も約束しよう」


 横島の少し湿った髪の一部が、ふわり、と風になびいた。バンダナがないので、乾いた髪が前へと垂れてきている。
 今ごろ、妖精の『鈴女』は昼寝の最中ではないだろうか。暖かい日差しと涼風が、好きになった人の次くらいに好きな彼女だから。


 「俺は君だけを、傷つけない」

 「ウソつき♪」

 「ほら見ろ。お互い様だ」


 双方ともウソつき呼ばわりの割には、浮かぶ表情は陰の無い笑顔である。
 しかし素面でこんなセリフを言える神経構造とはいかなるものか、美神令子は脚本の有無を問いただしたくなる。
 上から見下ろしていても、答えなど出ようはずもない。
 もはや背筋の痒みは消えていた。少しは慣れたのかもしれなかった。あんまり嬉しい事じゃないけど。


 「それじゃ、また今夜来ます。美神さん、隊長。またな、みんな」


 一礼して去っていく横島は、最後の最後までボケなかった。
 後に残ったのは、黙って見送るタマモと、呆然として見送るおキヌ、シロ、パピリオ。
 憮然として見送る美神令子と、笑って手を振る美智恵とひのめである。


 「これも『朝帰り』と言うのかしらねぇ」


 互いに手を振って分かれる横島とタマモを見やりながら、美智恵はやけにしみじみと呟いた。
 すがすがしい一夜の青春もあったものだ。再び階上へと上がっていくタマモの後姿を見ながら、そう思う。
 やはり魔女の妙薬は、良くも悪くも様々な効果があるということだろうか。
 ほのぼのとした空気を感じる美智恵であったが、後ろではシロとパピリオの年少組が、再び心の炎を再燃させていた。


 「ま、まだ手ぬるかったでござるかっ! くやしいっ・・・・・・くやしいでござるっ。『きせーじじつ』だけでは、まだ足りぬとっ!」

 「上には上がいるでちゅね・・・・・・。わたちもまだまだ『しゅぎょーぶそく』でちたか・・・・・・」


 シロのセリフはともかく、パピリオの言葉を聞けば、保護者の小竜姫が大喜びすること間違いなしであろう。
 ただし込められた意思と内容を知らなければ。
 床に跪いて、拳を固めるシロであったが、突然のパピリオの呼びかけに、ちょっと驚きながらも顔を上げた。
 決意に満ちた口調であったからだ。


 「シロ! こーなったら、あれしかないでちゅ!」

 「む、あれとは?」

 「『とれんでぃー・どらま』でちゅ。テレビで男女の『のーみつ』な『あばんちゅーる』をべんきょーするのでちゅよっ!」


 握った拳は小さかったが、込められた意思は地球よりも大きかった。
 そんなパピリオの意欲は、すぐにシロにも伝わったらしい。目が爛々と輝きだしていた。


 「そ、そうかっ。まだ道はあるのでござるな、パピリオ! 拙者は決してあきらめないでござるぞ!」

 「おうっ! とゆーわけでさっそく、もうすぐ始まる『恋の始まりはステゴロで』を見にいくでちゅよ」

 「うむっ! では、拙者は『ぽてち』と『じゅーす』を準備してくるでござる」

 「わたちは『おれんじ』♪」


 最近人気の昼のドラマを見るべく、お子様女医とお子様看護師は、足早にテレビのあるリビングへと向かっていった。
 どどどど、と埃っぽい道ならば、砂埃が巻き上がりそうな勢いで部屋を駆け抜けていく。
 残されたのは4人だが、美智恵は年少組の元気溌剌さを見て満足げに微笑むと、階段でへたばっている女子2人に告げた。


 「じゃ、私はいったんGメン本部に戻るわね。また今夜お邪魔するわ」

 「は、はいぃ・・・・・・お疲れ様でした、隊長さん・・・・・・」

 「はーい・・・・・・って、ま、また来るの?」


 令子のしかめっ面を笑いながら、美智恵はひのめと共に玄関口へと歩み寄った。
 子を抱いていようとも、その律動的な歩調は決して隙を見せない。


 「ほらほら! 2人ともシャキッとしなさい? どんな事があっても、とりあえず身体が資本なのよ♪」


 ウィンクとひのめの『ばいばい』を残して、強き母子は去っていった。
 涼風が柔らかく吹き抜けていく。
 2人きりとなったが、なぜか今すぐ立って動く気にはなれない。
 おキヌは尽きぬ疲労感の中でそう考えていたが、美神は違っていた。


 「み、美神さ〜ん・・・・・・」

 「おキヌちゃん。今日・明日・明後日の仕事は休みね」


 堂々と告げる美神令子の口調に迷いは無い。おキヌは一種尊敬を込めて、この道楽上司を見やっていた。
 道楽商売と言われようと知ったことではない。今日という今日はもう寝る。絶対に寝てやる。起こしたヤツは撲殺だ。
 美神令子は風呂に入るべく、シャワー・ルームへと向かった。
 おキヌもその後に入浴するべく、衣類を整えようと部屋へと向かった。

 両人とも覚悟を決めたようだ。両眉に決意の皺がこびり付いていた。
 今日はお休み! そしてのんびりする!
 次回。ひょっとしたら今夜にも公開されるはずの、ハリウッド・スタイルのラブコメ・パニック。
 暫しの休息を取り、騒動に対処すべく身体を休ませるのだ。2人は決意した。
 美神美智恵の助言どおりに。

 春の息吹が色濃くあれども、世はなべて、事ばかり。
 美神除霊事務所の愛すべき混乱は、まだまだ終わりそうに無かった。










                 とりあえず、おしまい♪

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