ザ・グレート・展開予測ショー

僕は君だけを傷つけない!/(9)


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(04/ 4/25)


 「あり? なんでヨコシマってば、床で寝てるのでちゅか?」

 「ああっ、せんせぇ。ご無事でござるかっ!?」


 無邪気と心配がブレンドされた、自分の身を案じる声が二重唱で上から降ってきた時も、横島は身動きできそうになかった。
 なにしろ見事な一撃を食らってしまったのだ。脳味噌が程好くシェイクされ、吐き気まで生じている。
 タマモの狐火で尻を焼かれ、悪口のやり取りで脳が疲労し、加えてとどめがシロとパピリオの音響攻撃という三重苦だ。
 文珠で回復という手段もないではないが、生成のための精神集中も今は出来そうにない。気力が根こそぎ枯れている。


 「た、頼むから、安静にさせてくれぇ・・・・・・。今、何かあったら、本気で死んでまう」

 「いぃぃ・・・・・・い、今だけは横島に同感よ。さっさと出て行かないと本気で燃やすからね」


 生気を大いに欠いた声音は横島のものだったが、タマモが同意を出してきたのは珍しい事であった。
 横島だけでなくシロ、パピリオとしても意外である。もっともタマモとしては、身の安全を優先しただけの事なのだが。
 数千人規模のライン・ダンスにも等しい苦痛が脳内を責めたてるのだ。彼女の声音から気力が大きく削がれるのも当然である。
 が、騒音の主たるシロとパピリオに、自分たちが迷惑であろうという自覚は全くない。


 「むっ、タマモ。せっかく拙者たちが看病してやろうというのに、その態度はいかんでござるぞ?」

 「そーでちゅよ? お前たちは患者さん。と、ゆーことで、シロパピ総合病院へようこそでちゅ♪」

 「あの世と直通の病院なんかに入院した覚えはないわよっ!・・・・・・・・・あっつつつ」

 「か、看病もえーけど・・・・・・とりあえず、起こしてくれ・・・・・・いや、やっぱいい」


 ツッコミや、床から起き上がるだけの些細な動作で、ここまで気力と体力を消耗する事などかつてあっただろうか。
 むりやり起こされた日にはそのまま失神するかもしれん。自力で何とかしようと、横島は再び両腕に力を込め始めた。
 同時に、せめて暫しの静寂と休息を得るべく、彼女たちとの交渉を始めようと試みる。
 なんとか上半身を持ち上げ、視線をシロとパピリオの元へ送り込んだが、彼女たちの姿を見て、一瞬呆けてしまった。


 「な、なんだよ、二人ともその格好は・・・・・・って、白衣にナース服? な、なんじゃそりゃ!?」




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           僕は君だけを傷つけない!/その9

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 ほんのりと頬を染め喜色満面のシロと、滅多に着ることのない珍しい衣服を着用できて、すっかりご満悦のパピリオである。
 シロは普段着であるTシャツとカット・ジーンズの上に白衣を羽織っており、胸ポケットには何故か虫眼鏡が入っている。
 パピリオは何処から調達してきたものやら、頭のナース・キャップから身につけているユニフォームまで完全に看護師スタイルである。
 足元は薄手の白のタイツで包まれているが、白のハーフ・ブーツだけが違和感があるといえばあった。本人は気にしていないようだが。


 「えへへへ・・・♪ 似合うでござるか、せんせい?」

 「厄珍にもらったのでちゅ。美神のお使いに行ったら、おまけだって」


 シロは嬉しそうに笑うと、横島の目の前で軽やかに一回転し、白衣の裾を翻した。
 パピリオもこつこつと踵とつま先を鳴らし、胸を張って今の自分を誇っている。
 横島は目頭を押さえた。可愛い事は可愛いがタイミングが悪すぎる。新たな頭痛の種が2粒舞い込んできたようなものであった。
 無論、彼女達に悪気が無いことは百も承知しているが、それにしても時期と言うものがあるはずだ。
 今まで被った被害は数あれど、今日ほどあのグラサン親父を憎たらしいと思った事はなかった。


 「な、何考えとんのじゃ、あのオッサン・・・・・・」

 「横島の知り合いって、そんなヤツばっか?」

 「アホか! 美神さん繋がりじゃ!・・・・・・・・・・・・ぐわわわわ」


 頭痛のせいだけでもないだろうが、タマモの白眼視が妙に痛い横島であった。頭痛もますます響く。
 怯む必要などないのだが、なぜ自分が怯んでいるのかを考える思考回路は、ただ今ショート気味である。
 真っ先に思いついた話題に、あっさりと飛びついていた。


 「そういや美神さんとおキヌちゃんは?」

 「もうお昼でちゅよ? 美智恵おばちゃんとひのめと一緒に、魔鈴のとこにご飯食べに行ったでちゅ」

 「昼から外食かい。リッチやなぁ・・・・・・」


 横島の質問に答えながらもパピリオは、水を張った洗面器にタオルを漬け込んで絞る作業を行なっていた。
 パピリオが魔鈴の名を出しても、横島とタマモの昨晩の記憶が呼び覚まされる事はなかった。
 特に気をつけていたわけではないが、これはこれでまぁ良いか、とも内心で思うシロとパピリオである。
 というか、ヘタに昨夜の事を思い出されても返答に困るし、第一、乙女心がヤな感じ、というものだ。

 魔鈴の名がパピリオの口から出た時、多少の違和感が横島とタマモの心に芽生えていた。
 何か忘れているようだ。忘れているはずの記憶には、魔鈴という名がキー・ワードのようである。
 だが2人とも、現状での考察をあっさりと放棄した。何度目の思考放棄だろう。
 だが、今の頭でモノを考えるのは、工事中の公道でF1レースを試みるような物だ。懸命な判断であった。


 「先生、大丈夫でござるか? ささ、拙者につかまってくだされ」


 シロは横島を抱え起こし、肩を貸しながらベッドへと運んでいる。
 僅かながらも、くんくん、と嬉しそうに鼻をうごめかせているのは、横島の気のせいではなかった。
 尻尾がスピード無視のワイパーのような動きを見せていたからである。


 「なにか良い事でもあったのか、シロ?」

 「えへへへ・・・・・・。病気の先生をお世話できるんでござる。弟子としてすっごくうれしいでござるよっ♪」


 尻尾の振れる勢いが増した。シロはちょっと頬を赤らめたが、横島の頬もまた少しばかり染まっていた。
 こんなことを面と向かって言われると、さすがの煩悩魔人・横島と言えども羞恥心が目覚めさせられてしまう。

 シロとしては、美神とおキヌから留守番を頼まれた事もあるが、先程の昼食に肉が一杯だったことも機嫌の良さに拍車をかけていた。
 ましてや、病床にある横島の身の安全を守る、という任務を託されたのだ。
 脳内を占める文字はワン・センテンス。『せんせいと、いっしょ♪』だけである。

 嬉々として横島を介抱するシロを、恨めしげに軽く睨みつつも、パピリオはタマモの額に絞ったタオルを乗せていた。
 思いがけぬ優しさにちょっと驚き、少しは感謝しようかと殊勝な気持ちになりかかっていたタマモであったが、即、態度を改めていた。
 パピリオがやたらと興味深げに、自分の胸のあたりを軽く叩いていたからである。


 「ど、どこさわってんのよっ!」

 「うわー、タマモってば胸がちっちゃいでちゅねー。シロ先生、診断はどうでちゅか?」

 「はっきり言って、拙者の勝ちでござるな♪」

 「医療訴訟起こされたいの、あんたらっ!」


 ―――な、なんつー会話じゃ・・・・・・。


 煩悩が僅かなりとも反応しないのは、頭痛のせいだろうか、それともさすがに年少組であるからだろうか。
 布団の中から、げんなりとした顔を覗かせた横島は、痛さで半目になりながらも隣の年少3人組を見やった。


 「えーい、じっとしてるでちゅ。ほれ、のーみそをしぇいく・しぇいく♪」

 「拙者は武士でござるから、正々堂々と戦うでござる」

 「武士なら助けなさいよっ・・・・・・って、きゃーっ! や、やめなさいっつーの! ああああああ、め、め、めまいが・・・・・・・・・・・・おえ」


 診療という名の漫才は、やたらとかしましい響きを持って部屋中に響いていた。
 手出しできないタマモを、シロとパピリオが思う存分からかうさまは、普段の意趣返しとも取れるだろう。
 が、頭を揺らされる光景は観客としても見るに忍びない。ましてや同じ病人仲間である。横島は救いの手を差し出した。


 「おいおい、2人とも。オレたち一応病人なんだから、おとなしく寝かせてくれよ。っつーか、さすがにきついんやけど」

 「あ、そーでちた。お薬、用意しといたでちゅよ」

 「美神どの、おキヌどのから任せられたでござるからな。誠心誠意、務めさせて頂くでござるっ」

 「そ、そ、そ、それならそうと、さ、最初っから薬だけ、わ、渡しなさいよ、まったく!」


 白い錠剤が2粒とコップ1杯の水が手渡された途端、横島とタマモは一気に飲み込んで、水を含み嚥下した。
 この頭痛から介抱されるなら何だって飲む。飲まずにいられようか。
 水を飲み干し、一息ついた2人は再び休息を取るべく布団を引き上げた。
 さすがに限界である。もともと疲れ果てている上に、先程からの年少組の漫才に巻き込まれてしまった。


 「んじゃ、おやすみ、2人とも・・・・・・・・・・・・もー、下に降りてて良いぞ・・・・・・・・・」

 「さ、さっさと・・・・・・行きなさいよっ・・・・・・・・・おえっぷ」


 態度の違いこそあれ、さっさと静寂を取り戻したい2人は、シロとパピリオを階下に追いやるべく共闘戦線を展開した。
 が、現状では敵の方が遥かに強大であった。


 「い・や・でござる。まだ寝かせてあーげない、でござるよっ♪」

 「い・や・でーちゅ。まだ寝かせたげない♪」

 「なにやらかす気よ、今度は!?」


 返答ができたタマモは、ある意味真面目であると言えた。
 横島は真剣にここからの逃亡を考え始めていた。なんとか文珠の生成を成さねばならない。
 だが、精神の集中を試みる暇もなかった。

 満面の笑みと共に、シロとパピリオが横島たちの眼前に取り出したものは、MDラジカセと2本のマイクであった。
 背筋に寒気が走る横島とタマモである。表情から下がった血の気が尋常ではない。
 こんな所でカラオケ大会でも始めるつもりだろうか。
 日常生活のお祭行為が、これほどの恐怖を伴ってやってきた事は、今までそうはなかった。


 「退屈でござろうから、拙者たちが歌ってさしあげるでござるよ、せんせい♪」

 「シロとデュエットするでちゅ。よーく聞いてるでちゅよ? めったに見られないでちゅから♪」


 ぺこり、と揃って一礼する年少2人組である。
 押し売りしていないはずの好意だが、ならば何故、こうも脳内の温度が冷え切っていくのだろう。
 横島とタマモは一言も発せられずにいた。気のせいか頭痛まで波が引いていくように、痛みが薄らいできている。
 まるで津波の前の、潮の引きのように。


 「や、止め止め! い、医者のやるこっちゃないっ!」

 「ち、ちょっと待ちなさいよ、あんたたち!」


 口から言葉が出た時には、既に音楽にかき消されていた。
 ボリュームはほぼ最大限。マイクの音量はそのちょっと手前だろうか。
 大音量が響く中、横島とタマモは、台風にでも煽られたかのように身を硬くしていた。

 テクノ・ポップとでも言うのか、電子音の様々な重なり合いが次第にメロディーを紡いでいく。
 ドラムの音が、シロとパピリオの軽やかなステップと同調し、部屋全体を振動させる。
 マイクを構えた2人はウィンクを交わし、そして歌いだした。
 


     ♪ 仔猫がティー・ポットのふたを、ほんのちょっと蹴飛ばせば
     ♪ マーブル模様のキャンディーみたいに、くるくる回って輝いて
     ♪ ねぇ、ステキでしょ? 毎日がこんなふうにお菓子みたいな・・・・・・



 歌う女医と看護師とは、えらい病院もあったものである。
 歌声も踊る仕草も、おしゃまでちょっとおませさんといった感じだが、なかなかに秀でている。
 有象無象のアイドルも顔負けだろうが、確かに珍しくも歌っている可愛らしさは、2人とも天下一品であった。
 惜しむらくは、ステージの設置場所と状況。そして患者の健康状態が悪すぎた事であったが。


 「寝かせてくれ――っ!!」

 「うるさーいっ! バカ犬、バカチビ、バカよこしまぁ――っ!!」


 長期間の苦痛を味わっていた二人は、ここに至って目を回し、瞬時に気絶した。
 心身ともに力を使い果たして。


 「あれ、もう寝ちゃったでござるな」

 「気絶したんじゃないでちゅかね?」

 「うーむ・・・・・・おキヌどのが申されていた通りでござる。『ふつかよい』とは怖いものでござるなぁ」

 「おかしいでちゅねぇ。美神令子は『二日酔いなんて病気じゃない』って言ってまちたが?」


 まるまる一曲を歌い終わって、横島たちの気絶にようやく気が付く年少2人組である。
 あらら、うっかりさん♪ と互いに微笑み合っていたが、自分たちが原因であるとの思いには、決して至らないのがすごい。
 もっともこのくらいで手酷いダメージを負うような横島とタマモではない、という考えが根底にあったためでもある。
 そんな考えを聞かされたところで、嬉しがる横島たちとも思えなかったが。


 「仕方ないでちゅね。と、ゆーことで・・・・・・」

 「なんでござるか?」


 漫画的表現なら、ぐるぐると回転する渦巻きが両目に宿っているはずの、いまや完全に寝込んでいる横島とタマモである。
 そんな2人の布団を直しつつ、パピリオは『いたずら大好きっ子』の面目躍如とも言うべき、含み笑いを見せていた。
 まさしく小悪魔的と評し得る笑みである。口元の微妙に上向きの曲線からは、ネコ的笑いとも表現できるが。
 きょとん、と目を見開いていたシロに向かって、パピリオは胸を張って宣言した。


 「れっつ・添い寝 de おひるね・たーいむ♪」

 「あっ、ずるいでござるよ、パピリオ! 拙者も拙者もぉっ!」


 女性看護師が患者のベッドに潜り込み、負けじとその後ろを慌てて女医が追いかけて行く。
 あと十年も経てばまことにきわどく、かなり『えっちっちー』なシーンであるが、現在の所は罪の無い、可愛げのある光景であった。
 右側にシロ、左側にパピリオが陣取り、もともとそれほど広くないベッドが、表面を完全に覆い尽くされてしまった。
 互いの腕と腕がしっかりと掴むのは、横島のTシャツであった。胸元に描かれたジョーカーがすっかりしわくちゃだ。
 さすがに暑かろうという事で、上着のジージャンとカッター・シャツは、2人がベッド・サイドの椅子にかけて置いてある。


 「あー、あったかいでちゅねー。こーりゃ極楽でちゅよ♪」

 「おなかもいっぱいでござるし、まさに至福でござるな♪」

 「んじゃ、わたちは寝るでちゅ」

 「拙者も寝るでござる」


 涼しく天気が良い日に皆でお昼寝できるのは、結構楽しいものである。シロとパピリオは新たな発見をした気分だった。
 昼食後ということもあり、10分少々ではあったが、少し横になっていただけで眠気がシロとパピリオを包みかけていた。
 あくびで肺一杯に空気を入れ替えると、眠気が一層増す気がする。


 「ふぁ〜・・・・・・ねむ・・・・・・」

 「・・・・・・・・・はわぁ・・・・・・んん〜」


 何度目かの二人揃っての大あくびに、濡れた目尻を一擦り。
 シロに至っては、目尻の涙を横島のシャツに擦りつけて拭う始末で、彼をほとんど抱き枕扱いである。


 「・・・・・・・・・うふふっ、これでタマモに勝ったでござるな♪」

 「おやすみ、ヨコシマ。・・・・・・ルシオラちゃん♪」


 2人はそのまま目を閉じ、眠りの園へと向かっていった。
 昨夜は美神令子とおキヌに止められてしまったが、今日はラッキー・デイである。
 美智恵の後押しがなかったら、こうやってお昼寝できる事はなかった。今度、お礼を言わねばならない。

 暖かい日差しと窓からの涼風に包まれながら、目を回す1組の少年と少女、そして2人の少女は4重唱の寝息を立て始めた。
 それは図らずも、シロとパピリオが望んだ『きせーじじつ』が成立した瞬間であった。



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 「そうだったんですか。申し訳ありません、皆さん。とんだご迷惑をかけてしまいましたね」


 昼食時のラッシュが一段落し、『レストラン・魔鈴』にも暫しの休息が訪れていた。
 新しい客足も途切れたようで、店内には歓談中の客が2人ほどと、奥の部屋で食事中の美神除霊事務所・ご一行のみである。
 ご一行と言っても、美神令子を筆頭に、おキヌ、美智恵、ひのめの4人であり、実質は美神家とその友人であった。
 店のオーナー兼料理長である魔鈴めぐみは円卓につき、彼女達の報告を受けていたのである。

 美神令子は額に青筋を立て、おキヌは恥ずかしがりながらも困ったように。
 そして今日も元気な声を上げるひのめを抱いて、楽しそうな笑みを浮かべる美智恵を先頭に、店の中に入ってきたのである。
 正直なところ、おキヌを含めた美神親子の来訪を、魔鈴は珍しく思っていたものだが、話を聞くにつれ呆気に取られてしまったものだ。
 黒猫を呼びつけ、その場で謝らせはしたものの、本人、もとい本猫に罪の意識があるかどうかは定かではなかった。


 「ったく、飼い猫の躾ぐらい、ちゃんとしといてよねっ」

 「ま、まぁまぁ、美神さん・・・・・・」


 黒猫の今夜の晩御飯は、少しお仕置きの意味を考えておいた方が良いかもしれない。
 そう思っていた矢先に美神令子の膨れっ面から叱責が飛んで来たのには、さすがの魔鈴も苦笑せざるを得なかった。
 自責の念からではなく、美神とおキヌの並んだ顔がどことなく姉妹のようにも見えたからである。
 気の強い姉と、ちょっと気弱な妹といった感じで。しかも怒っている内容は同じ。

 とにかく経過はどうあれ、薬の効果は抜群であったようである。ただタマモまでが飲んでいたのには驚いたものだ。
 しかも彼女達の口振りから察するに、魔鈴としては、昨夜になにか一悶着あったらしき事が推測される。
 横島とタマモという組み合わせは意外であったが、これも何かの巡り合わせだろう、と勝手に納得してはいたのだが。


 「すみません。薬の量から考えて、一晩で効果はほとんど切れるので、横島さんもタマモちゃんももう大丈夫だとは思います」

 「いいのよいいのよ、魔鈴さん。うちの娘も好き勝手やってるから、たまにはいい薬よ。私も面白いものが見られたし♪」

 「は?」


 魔鈴の謝罪は美智恵の明るい声でやんわりと返された。
 その余りの楽しげな口調は、美智恵を見知っている者からすれば、かなりのはしゃぎっぷりだと断言できるものであった。
 魔鈴は軽く目を見張り、事情を詳しく知る令子とおキヌは仰天して、彼女の口を押さえにかかろうとする始末である。


 「ど、どういう意味よ、ママっ!」

 「た、隊長さ〜ん!」

 「あ、おほん・・・・・・いえいえ、こっちの話よ。ほほほほ♪」

 「はぁ・・・・・・?」


 とんでもない夜であったようだ。改めて魔鈴はその推測を確かなものにした。
 美神令子、おキヌがむくれるだけならともかく、美智恵はえらくうきうきしている。


 「あぅぅ・・・・・・・・・」

 「うぬぬぬ・・・・・・・・・」


 見ているだけで興味津々。誰しも、猫を殺すとわかっていても好奇心は押さえがたいものだ。
 しかし表情に出すほど魔鈴も世間知らずではない。伊達に客商売に携わってはいないのである。
 なんだかんだ言いながら、最近は常連客となってきている美神除霊事務所の面々である。
 客に対しての失礼は、魔鈴のプライドが許すところではなかった。


 「それにしても、よくあんな薬が調合できたものね。さすがとしか言いようが無いわ」

 「ありがとうございます。もともと薬物的なアプローチを試みた調合だったのですが・・・・・・・・・」


 美智恵の差し向けた話題は、魔鈴の思惑と相俟って、なごやかな雰囲気を構成しつつあった。
 皆の昼食も滞りなく済み、食後の紅茶が馥郁たる匂いを部屋中に振りまいている。未だにむくれている美神令子は別としても。
 平和なひと時がようやく訪れていた。おキヌは後にこう語ったものだ。
 今日という一日が、ずっと、あのお昼ご飯の時みたいなら良かったのに、と。










       「やぁ、皆さん。唐巣です。主のお導きかどうかはわかりませんが、第10話をご覧下さい。神の祝福がありますように」

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