ザ・グレート・展開予測ショー

名前の無い、言葉。


投稿者名:hazuki
投稿日時:(04/ 4/22)


ふと、感じるときがある。
それは、夕暮れ時に外をぼんやりと見る人を見つめる時だったり、今までみせなかった滲んだような笑みを見たときだったり。
彼が、いままで見せなかった哀しいような、切ないような、痛みを堪えるような表情をみる瞬間。
────傷口をみせられる瞬間。


ぎゅうっと、おきぬは心臓を掴まれるような苦しさを感じる。
何もできない自分に。
その傷を癒す事をできない自分に。
だって、知っているのだから。
それは自分でしかどうにかできないと。
亡くしたひとがいる。
もう、還らないひとがいる。
おきぬは、知りすぎるほどしっている。
どんなに泣いても、苦しんでも人は還らない。
胸の痛みに苦しんで、苦しんで、苦しんで、そして穏やかな思い出になるのを待つしかできないのだ。


こんなに好きなのに。
そう心でひとりごちる。

(横島さんは、私にたくさんのことをくれたのに)

辛い時や哀しい時や落ち込んだときにたくさん言葉をくれたのに。
自分には言葉すらかけられない。
好きな人になにもしてあげられない。
それがひどく哀しく感じる。
それは、おきぬが誰よりも「失う」ということを知っているだからであるが。
知りすぎている人間は、臆病になるものなのだ。
知らないからこそいえる言葉があるのだ。
知っているからこそ、いえない言葉がある。


そして今横島に必要なのはその『知らないからこそ』の言葉なのだ。


おきぬは、それを知っていた。
だけども、それをいえない自分も知っていた。





たった一言。
それを言えなかった。






ある日曜日。
すかっと突き抜けていきそうなくらい青い空。
もう桜の季節も過ぎ、新緑の季節へと移って行く時。
世界が一番美しく見える季節だ。
生命力に溢れる緑の木々をみておきぬはコタツ布団をせっせと干していた。
美神がコタツがなくなるのは嫌だとダダをこねていたが、もうそろそろ片付けないとである。

(空が青いなぁ)

あまりの気持ちよさに思わず眼を細めてわらってしまう。
今日は一日中晴れだというし、絶好の洗濯日よりである。
こう気持ちがいいと掃除機をかけるのも力がはいる。
やっぱり掃除をするのなら天気のいいほうがいいに決まってる。

「〜〜〜♪」

(あと、台所の片付けと、あそろそろ衣替えだから夏物の用意もしないと)
鼻歌を歌いながら、おきぬは楽しそうにこれからの予定を考えていた。
普通高校生(いや300年眠っていたのだが)といえば遊ぶ事ばかり考えてこんなふうに喜んで家事のことはしないのが普通である。
だが、おきぬは家事が好きだったのだ。
嫌々やってるというわけではなく心底楽しんでいる。
家の中を綺麗にするのも、人がすみやすいように、部屋を整えるのも、美味しいご飯をつくるのも。
シャツにしてもよれよれよりも、アイロンをかけてぱりっとしたのが気持ちいいし、家のなかが明るくて気持ちいいのがいい。
ご飯を美味しいといってもらえれば嬉しいし、やり甲斐もある。

何より美神や横島、シロにタマモ。
みんなおきぬは好きなのである。
好きな人のために役立つことがあるのだ。





───これくらいしか役にたてないから。







そっとそんな思いを底に沈めおきぬは家事に精を出す。


「おきぬどのっ」

ぱたぱたっと尻尾を揺らしながらシロである。
手伝うでござるっと走りながらくる姿はもう、とてつもなく可愛らしい。

「でももうお洗濯おわっちゃったわよ」
くすくす笑いながらおきぬ。

「ええっもう終わったでござるか?せっかくサンポから帰って来ておきぬ殿のお手伝いをしよーっとしたでござるに」
額にじっとりと汗を滲ませながらシロ。

「でも、これから台所のお掃除しないとだし手伝ってくれる?」
おきぬは、シロの汗をハンドタオルで拭きながらふんわりと笑う。

「もちろんでござるっ」
なんでも言ってくだされ!
シロはどんっと胸を叩き言う。


「あ、おきぬ殿、今日先生がお昼ご飯食べにくるでござる」
先生がおきぬ殿に伝えてくだされと言ってござった。

「え?」
どきんっと胸が鳴った。

「今日横島さん食べにくるの」

「お金がないでござるって先生いってござったぞ」
いつでもないでござろうにな〜
さらっと核心を突くシロの台詞を聞きながらおきぬはどきどきと鳴る胸を抑えていた。


(今日は、逢えないとおもってた)

だからだだろうか?
あえないと思っていたから合えることが嬉しい。

「…ああなんて私ってお手軽なんだろう………」
どうせ私に会いたいんじゃなくてお金がないからくるだけなのに。
ぼそりと、自分ひとりに聞こえる程度の声でおきぬは呟いたつもりなのに───

「お手軽でござるか?」
シロはきょとんと眼を見張りおきぬに言う。
まあ考えてみれば、普通の人間ではともかく人狼であるシロの耳に聞こえないわけは無い。

「えっとそのあのっ」
なんでもないよっ
わたわたわたわたわたっと手を左右に振りながらおきぬは足早に歩いていった。



「変なおきぬ殿でござるなあ?」




いつからだろう。
この気持ちは名前をつけれないものだとしったのは。

恋というほど熱い感情ではない。
愛というほど深い感情ではない。

だけどもこれは好意というのには行き過ぎた感情だということは、知ってる。
だってこんなに苦しい。
横島がまだアノ人に囚われていると思うと苦しい。
幸せになってほしいのにと思う。
笑っているのが、なんの悩みもないようにへらっと笑っていているのが似合うのだ。
怒りも悲しみも喜びも、そのまま表しているひと。
そんなふうにしているのがとても似合っていた。
あんなふうに、苦しそうに顔を歪ませているのは似合わない。

だけど、他の人と笑っているのを思い浮かべるのは同じくらいに苦しいのだ。
どろどろとした感情でおもう。
自分の傍でだけわらっていてほしいと。
人から奪うきも気持ちをこちらに向かわせる気もないくせに。

シンクを磨きながら思う。
恋は、熱いものだと誰かいっていた。
なら、これはなんと言うのだろう。
この感情は。
愛というほど深くも綺麗でもない。

どろどろとしたものが渦巻く。
自分と一緒にいてほしいと思うくせにそれで他の人を傷つける覚悟が無い。
自分が傷ついた方がいいというわけではない。
ただ、出来ないだけなのだ。


ただ、自分が臆病なだけなのだ。

おきぬに追いついて台所の掃除を手伝っているシロに言う。
「横島さんのこと好き?」

「もちろんでござるっ」
即答である。

そのあまりの一本気な言葉におきぬは苦笑する。
自分とはえらい違いだ。


「じゃあ、いっしょにとびっきり美味しいのを作らないとね」


「もちろんでござるっ!!」

おきぬには一つの確信めいた予感があった。
この感情は誰にもいうことなくなっていくであろうことが。
なぜなら、横島は既にほかのひとを見始めている。




誰よりも横島をみているおきぬにはそれが分かる。
どうかと思う。
どうか幸せでいてほしいと。
どうかどうか、囚われたままでいないでほしいと。
自分には囚われているひとを開放することはできないけども。
どうか、しあわせになってほしいと。


貴方の幸せが私の幸せなんて言うつもりはない。


それでも笑ってるほうがいいから
あんなふうに、哀しそうにしているよりもいい。
見てほしくないと思うのと同じ強さでそう思う。



どろどろとした綺麗じゃないこころでたったひとつ尊いと思う思いをかみ締める。



よこしまさんが、しあわせだと、いいなあ










そんな気持ちこそ、恋というのだけど。


おわり。

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