ザ・グレート・展開予測ショー

続々々々・GS信長 極楽天下布武!!(7‐2)


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 4/10)

十歳の頃,両親が死んだ。



私の家は,それなりの資産家だった。
幼い私の代わりに家を継いだのは,父の妹――即ち,私の叔母に当たる女性だった。
この派手好きな女性を,私は余り好きにはなれなかった。
叔母の方も,私を好いてはいなかった。理由は……,何と言うか,こう言う事を言うのは少し憚れるのだが,彼女は余り造作の整った方ではなかったのだ。一方私は,どちらかと言えば美少女と言っても良い位の容姿を持っていた。不遜な言い方だが,事実なのだから仕方が無い。
何れにせよ,自分とは似ても似つかない整った容姿を持ち,少なくとも美人の部類には入るであろう母を娶った父に対し,少なからずコンプレクスを抱いていたらしい叔母は,当然,私に対しても良い目を向けなかった。
彼女は私を嫌っており,私も彼女を苦手としていた。
私と叔母の関係は,血縁関係が無ければ,直ぐにでも切れてしまう絆だった。


ならば,此方から切ってやる。と,そう思った。
自分で言うのもなんだが,幼い頃から激情の持ち主だった私は,両親の死から数年が経ったある日,家を出た。
それが,どちらにとっても一番良い選択だと思ったのだ。これ程迄に反りが合わないのに,無理をして同居を続けていれば,何時かとんでも無い事になっていたのではないかと,今でも思う。
この侭,後,幾つか歳を取ってもう少し大人になれば,その内,叔母とも笑い合える時が来るだろうと思っている。


しかし,世の中そんなに甘くない。
資産家のお嬢様が勢いで家出をして,それで真っ当な仕事に就いて生活していける程,世間は楽には出来ていない。
普通なら,恐らく私の末路は,奴隷として香港辺りに売られるか,良くても安宿の売春婦と言う所だったろう。
だが,幸いな事に私には才能があった。
霊能力と言う,才能が。




そして十七歳の時――,私は殺し屋だった。





「ソハ何者也ヤ?ソハ我ガ敵也!」
此処は,とあるビルの屋上。
私は此処に不法侵入し,魔法陣を展開した。そして今,呪いの儀式の真っ最中だ。
「我ガ敵ハ,如何ナルベキヤ?我ガ敵ハ――,滅ブベシ!」

ドカッ!

私が,手にしたナイフを呪い人形の胸に突き立てる。
それだけで,向かいの高層ビルで人が死んだ。
「ふう……」
呪殺を終えた私は,双眼鏡でターゲットの死亡を確認する。
「……」
長居は無用だ。私は,手早く魔法陣を片付けると,呪い人形を担いでその場を立ち去った。


家を出て街を彷徨っていた私は,もうどうにもならなくなり,餓死寸前で寒い路地裏に蹲っていた時,ある男に拾われた。
私は,その男の性の玩具となる事と引き替えに,その男から色々な事を学んだ。
孤独に耐える方法。世知辛い世の中の,裏の世界に生きていく方法。そして,人を呪い殺すありったけの方法――。
その男は,名の知れた“呪い屋”だった。
そして,私は霊能力に恵まれていた。特に,その男の好んで扱う“黒魔術”――,分けても呪いの類と相性が良かった。その方面への才能と言うかセンスの良さは,その男さえも凌いでいただろう。所謂,天才と言う奴だ。
私の才能に目を付けたその男は,私に自分の知識の全てを詰め込んだ。
理由など知らない。何れ,自分の手伝いをさせる気だったか,それとも単なる暇潰しだったか。若しくは,私が自分から離れられない様にする為か。まあ,恐らくそんな所だったのだろう。
何にせよ,私もその男も凝り性な所が有った為だろうか,私はその男の全てを貪欲に吸収していった。
そして,数年後にその男が仕事で“呪詛返し”に遭って命を落とした時には,もう少しでその男と同じレベルと言える所に迄,その才能は伸びていた。


十七歳の時,私は殺し屋だった。
公安局の下請けで,尻尾が掴めずに逮捕出来ない犯罪人を呪い殺す“闇の公務員”。世間にばれれば不味い,何かあれば真っ先に切り捨てられる立場だ。

――この時殺した男は,麻薬の売人だった。




簡素な住宅街の一角に聳える,くすんだ色のマンション。それが,この時の私の家。
女とは言え,どうせ一人暮らし。それも,この平和な国ではどん底と言っても良い様な境遇を舐めた,裏の人間の部屋である。自分で見ても,殺風景だと思っていた。

ピーッ

留守番電話のランプが光る。
陰気な声が,電話のスピーカーから流れ出た。
『……公安の長井だ。ターゲットの死亡を確認……,良くやった。次の仕事は,追って連絡する』
「はいはい……」
長井は,私との連絡員をしている公安局の役人だ。やり手を気取ってはいるが,その裏に陰険な素顔が透けて見える嫌な男だ。まあ,扱い易いと言えばそうなので,此奴が窓口である事に不満は無い。寧ろ,楽で良い。此方を裏の人間と蔑んだり,飼い犬扱いするのには腹が立つが。
「ふう……」
急に,胸が苦しくなってきた。
時々あるのだ,不意に,どうしようもなく切なくなる時が。
「……」

ドサッ

堪らなくなって,ベッドに倒れ込む。
今の生活に満足している筈なのに,仕方無いと割り切っている筈なのに――。
「……っ!」
私の瞳から止め処なく涙が流れ,シーツに染みを作った。
もし,生まれながらにしてこうなるのが決まっていたのなら,こんな気分になる事も無かったのだろう。初めから,孤児だったのなら。“普通”の生活を,見えてはいても知ってはいなかったのなら……。
しかし,私はそうではない。ローティーン迄は,普通……と言うよりも寧ろ裕福な家で,何一つ不自由する事無く育ったのだ。
それを,わざわざ捨てたのは自分自身だ。そんな事は,百も承知している。
しかしそれでも,いや,それ故にか,そんな自分の今の境遇が,突然に無性に哀しくなってくる時があるのだ。
……何に?
それは屹度,堕ちた自分に。
「――……!」

私はその侭,眠りに落ちた。
自らの涙に,溺れながら……。




数日後の昼頃,私は次の仕事を片付ける為に,例に拠ってとある都内のビルの屋上に不法侵入すると,魔法陣を敷いた。
「さてと……,今回のターゲットは――」
双眼鏡で,ビルの下に広がる無駄に広大な屋敷を除く。
「えーっと……」
本当に,こんなに広くて豪華な屋敷,何の意味があるのだろうか。どうせ,物の値打ちも分からない様な連中だ。贅沢をしたって意味など無いだろうに。……いや,別に成り上がり者を馬鹿にする訳ではないが。
「おっ,居た居た」
双眼鏡が,今回のターゲットを捉えた。
レンズに映るのは,似合わないガウンに身を包み,ウイスキーと思われる液体の入ったグラスを持った,脂ぎったおっさん。
優雅などと言う言葉がこれ程似合わない人間もいないだろうと思わせるそのおっさんは,某暴力団の組長さんだと言う。
「ま,何でも良いわ」
私にとって重要なのは,あのおっさんを殺せば金が入ると言う事実。
――呪いと言うのは,間違い無く自らの手で人に危害を加えるのだが,例えば人殺しなどの場合に,首を絞めるとかナイフで胸を刺すとかの方法と違い,良く言う“人を殺した感触が手に残る”などの言う事は無い。
詰まり,それは人を殺したと言う実感が湧きにくいと言う事だ。
そして,その術を覚え,生きていく為に多くの人命を自らの一挙手で簡単にとは言わずとも奪ってきた私は,何時しか“他人”が何人死んでも,“他人”を何人殺しても,何とも思わない様になっていた。
勿論,殺人に躊躇いを感じる殺し屋なんて聞いた事も無いが。
「さて,じゃあ,ちゃっちゃと終わらせちゃいますか!」
景気付けにそう言って,私は呪い人形を引っ張り出した。
本当は,抑もが不法侵入なこの場所で,大声で掛け声を掛けるなど危険極まりない行為だったのだが,その時は私にも油断が有ったのだろう。呪い屋として,幾つもの仕事をこなしたと言う油断が。
若しくは,連綿と続く呪殺と言う日常に,少々飽きてきていたのかも知れない。慣れとは,緩みを生むものだ。
「さてと……」
とは言え,霊能力を使うには,一にも二にも本人の精神力である。精神を集中させ,呪殺の準備に入る。
そして,儀式を始めた。
「ソハ何者也ヤ?ソハ我ガ敵也!」
そう叫ぶと,人形に向かってナイフを構える。
「我ガ敵ハ,如何ナルベキヤ?我ガ敵ハ――,滅ブベシ!」

ドカッ!

私の投げたナイフは,寸分違わず呪い人形の胸元を貫いた。
それだけで,おっさんは黄泉の国へ旅立つ――筈だった。
しかしその時は,少しばかり様子が違っていた。
「――!?」
ナイフが人形の胸に突き刺さってから数瞬後,私は,自分の胸に鈍い痛みを覚えた。
一拍置いて,呼吸迄もが苦しくなっていく。
「が……!」
この時の私にも,自分が緩んでいると言う自覚は有った。故に,何が起こったのかは瞬時に把握出来た。
――“呪詛返し”だ。
おっさんが,誰か私より強い霊能力なり呪的技術なりを持つゴーストスイーパーか何かを雇っていたのだ。そして,私の呪いは其奴に破られた。呪いとかそう言う類のものは,破られると術者自身にそれが返ってくる。
詰まり,この時私は呪殺を試みたのだから,当然,呪詛返しされたのなれば私は死んでしまうと言う事になる。
「ぐ……!」
私は,誰も居ないビルの屋上で苦痛に転げ回った。
呪詛返しの危険性を顧慮していなかった訳ではない。何せ,私の師に当たるあの男は,それで死んだのだから。
だが,油断はしていた。今迄,仕事でヘマをして呪詛返しをされた事などなかったから。即ち,なまじ私は平均よりも強力な呪術師だったから。
長井は,この仕事を『簡単な仕事』と言った。故に,面倒だったのもあって呪詛返し対策を満足に為さない侭に呪殺に及んだ。その結果がこれだ。或いは,長井は……と言うか公安局は最初から,こうする事によって私を始末する気だったのかも知れないな,とも思った。
何れにせよ,この侭では私は死ぬ。
今更,血と泥にまみれた人生に未練など無かったが,これが公安の連中の狙い通りかと思うと,途端に悔しくなってきた。こんな所で,誰にも省みられず,孤独に死んでいくのかと思うと,情けない自分に怒りが湧いてきた。
「……っ!」
私は,萎えていく力を振り絞って霊力中枢――所謂“チャクラ”と言う奴に,全身の霊気を込めた。

ゴォッ……

呪詛返しをした奴が幾らか霊力を上乗せしていたとしても,元は私の呪いだ。霊的防御を固めれば,やり過ごせないと言う事はないだろう。
「……!」
そして,酷く長く感じた一時が過ぎた。
それは,本の数十秒だったのかも知れないし,或いは何十分も掛かっていたのかも知れない。何れにせよ,私には酷く長く感じた。

ォォォ……

暴風が過ぎ去った。
「ふう……」
私は,自嘲と自戒を込めて溜息をついた。
本当に死にかけた……。これからは,どんなしょぼい仕事でも,万全の体制で望む事にしよう。自分が,大きなリスクを背負った行為を選んでいると,常に自覚して。
とは言え,本当にこれが公安の仕組んだ事だったら,これから仕事は来ないかも知れないな……。これから,どうやって食っていこうか。
実際問題,私程の力が有れば,幾らでも食い繋ぐ手段は見付かる気がしていた。それこそ,資格試験を受けてゴーストスイーパーとやらになっても良い。公安の下請けで殺し屋をしていたなんて,ばれたにしても公には出来ないから,罪に問われる様な事は無いだろうし。只,今更自分が表の世界で生きていけるのか……と言う,漠然とした,今にして思えば馬鹿らしい不安は有った。
「ぐ……,つっ」
痛む胸を押さえて,立ち上がる。
仕事に失敗した以上,早々に立ち去らねば。
ふらつく足取りで呪い人形に手を掛けようとした時,私は,此方へと向かって来る巨大な霊力に気付いた。
「……!?」

ガシャーン!

呪い人形を取り落とすと,私は給水タンクの下に在る下へと続く階段の,鉄で出来た扉に耳を着けた。

カンカンカンカン……

聞こえる……。
階段を上ってくる音が。
「……」

カンカンカン……

一人。
恐らくは,私の呪いを呪詛返しした霊能者だろう。
返された呪いは,その侭術者に返還される。それを辿って行けば,即ち術者の元へと辿り着く訳だ。
私の呪いを解く程の能力者だ,呪気を辿る事位,簡単に出来るだろう。
「くっそ……!」
どうする?
奴が何の目的で私と接触を図ろうとしているのかは分からないが,何にしても私にとって良い事ではあるまい。
とすれば,出来れば顔を合わせたくないが……,この状況では逃げ道も無い。奴は,私に染み着いた“死の臭い”を追ってきているのだから。こんなコンディションで少しばかり逃げた所で,直ぐに追い付かれ,捕らえられてしまうだろう。
ならば,選択肢は一つしかない。
――迎撃する。
とは言え,勿論奴は十中八九私より格上だ。こんなふらふらの状態で勝てると思う方が可笑しい。
しかし,それは逆に言えば奴にもそれ故に油断が出来ているかも知れないと言う事。最も油断していて且つ動きの制限される瞬間――即ち,奴がこの階段の扉を開けた時に,出会い頭を攻撃すれば或いは……。
成功率は絶望的に低いが,他に妙案も思い付かない。
私は,人形の胸からナイフを引き抜くと,両手で掴んで構えた。

カンカンカンカン……

足音は,何時しか耳を澄まさずとも聞こえる様になっていた。
……もう直ぐだ。
私は,震える手を押さえ付け,息を潜めた。
この手で直接人を殺す事になるのだが,そんなものは,自分が死ぬかも知れないと言う恐怖に比べれば,意識もしない様な恐怖だった。生への執着が強まったのは,一度死にかけて,生還してしまったからだろうか。

カンカンカンカン……

足音が一際大きくなり,そして,私の目の前で止まった。
この,扉一枚を隔てた向こうに,奴が居る……。
私は,全神経をナイフを持つ両手に集中させた。
気配も,そして霊波さえも絶ち,奴を殺す事だけを考える。
呪い屋としての誇りも,霊能者の奢りも,全ては死の恐怖の前に消え去っていた。この時の私に有ったのは,身の安全の為に目の前の人間を殺すと言う,俗にまみれたシンプルな欲望のみ……。

ガチャ……

「……!」
鉄扉のノブが回った。
そして,ゆっくりと――そう感じたのは,私の錯覚だったかも知れないが――扉が開いていく……。

ギイィィィ……

徐々に開いていく扉の向こうに黒い影を認め,私は,迷わずアスファルトの床を蹴った。
「あぁあぁあッ!」

ドカッ!

出鱈目な掛け声と共に,私はその“影”へと突進し,ナイフを突き立てた。
だが……
「……!?」
可笑しい,何かが違う。人の肉を突き刺す感覚と言うのは,こんなものなのか……?昨日,鶏肉を捌いた時だって,もう少しはそれらしい感触が……
「はっ!」
我に返って,ナイフを見る。
ナイフは,黒い鞄に深々と突き刺さっていた。
「しまっ……!」
咄嗟にナイフから手を離すと,後方へ跳び退る。

ザッ

侭ならぬ足取りで必死に間合いを取ると,今は全てが陽の光の元に曝された“影”を,最後に残った気力を振り絞って睨み付ける。
「――何でぇ,女かよ」
そう言ってきた“影”は,私と同年代位の男だった。
妙な具合に逆立てた髪に,学ランとそして通学鞄。一見して,普通の不良高校生にしか見えない出で立ちだ。
だが,此奴から立ち上る遠慮の無い霊気が,ただ者でない事を告げている。
「ったく,教科書が使いもんにならなくなっちまったじゃねえか。ま,普段殆ど使ってなかったから良いけどよ」

ドサッ

男はそう言って,ナイフが突き刺さった侭の鞄を放った。
「……!」
「そう,恐え顔すんなって。もう,俺と戦るだけの力は残ってねえんだろ?」
男は,吊り目を(吊り目は,私も人の事を言えないのだが)下品に歪ませて余裕の笑みを作って言った。
何が狙いか分からないが,兎に角私はそれを見て無性にむかついてきた。
何より,相手は一見すると普通の高校生。私の様な人種は,こう言う“普通”と言う名を冠する者に非常な敵意を持つものと相場が決まっている。
力は残ってないのは事実だが,この侭此奴に屈服するのも癪に障る気がしてきた。
「――巫山戯るんじゃないわよッ!」
当て身を喰らわそうと,男に体当たりを仕掛ける。
自慢じゃ無いが,私は体術云々には全くと言って良い程自信が無かった(今も無いが)。まあ,それこそ“普通の”連中と比べれば少しはマシかも知れないが。
当然の事,私は男に軽く捻られる事となった。

グイッ!

「あっ……,うっ……!」
「へっ」
両手を捻られ,私は全く身動きを封じられた。分かっていた結果ではあるが。
「参ったな……。美人な上に,勇気も有るとはな。惚れちまいそうだぜ!」
「戯れ言を……!」
軽口を叩く男を精一杯睨んではみるが,最早絶望してしまっている今となっては余り意味も無い。
「……」
私は,屈辱に震えた。
何故だろう,今迄,どんなどん底に堕ちようと,屈辱を覚えた事など無かったのに――。
「おっと,舌噛んで死のうとか思うんじゃねえぞ?」
俯いて歯軋りをする私を見て誤解でもしたのか,男がそんな事を言ってきた。死ぬ気なら,最初からそうしている。
「そんな事しないわよ……」
強気な声でそう言ったつもりだったが,耳に届いた自分の台詞は,何か酷く弱々しく聞こえた。
「あんた,あの組長のおっさんに雇われたんでしょ。私を,どうするつもり?」
私は,男に問うた。
男のクライアントであろう組長のおっさんが私を捕らえるよう指示を出したとすると,私がこれからどうなるか,想像するのも恐ろしい。
が,帰ってきた返事は私の予想とは百八十度違ったものだった。
「別に?どうもしねえよ」
「えっ……?」
意外すぎる答えに,私は間の抜けた声を出してしまった。
構わずに,男は続ける。
「あんたの呪いが,凄え綺麗だったからよ。どんな奴が仕掛けたのか,一つ面拝んどこうと思ってな。それだけだ,特に深い意味はねえよ」
「……」
嘘臭い……。私は,訝し気な眼で男を見た。
「んじゃ,俺の用はそれだけだから,此処等で退散するとしとくわ」
だが,男はそれだけ言うと,本当に身を翻した。
「――っと」
階段の鉄扉を閉めようとした所で,男が振り返る。
油断させておいて,矢張り何か魂胆が?と思ったが,その後に男の口から出てきたのは,たわいも無い台詞だった。
「折角知り合ったんだから,名前を聞いとこうか。俺は,ゴーストスイーパー・織田信長!あんたは?」
「……」
何かの罠か?とも思ったが,この状況で私に選択権は無い。仕方無く,私は仕事用の名前を言った。
「……小笠原帰蝶」
「偽名か?」
「まあね……」
呪術師にとって,本名を知られると言う事は,首根っこを掴まれるも同然だ。だから,普段私は仕事用の偽名を使っている。一種のコードネームの様なものと思ってもらっても良いかも知れない。
「ふーん……,ま,良いか。じゃ,又た会おうぜ!」
そう言うと,男は今度は本当に立ち去ってしまった。

キィ……,バタン!

鉄扉が荒々しく閉まる音だけが,静まり返ったビルの屋上に響いた。



これが,私と織田信長との出会いだった。

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