ザ・グレート・展開予測ショー

Q&A


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 4/ 9)



 ――Question――



 その日は特別な日だった。

 ちょっと洒落たレストランでの待ち合わせ。ここでやや遅めとはいえ昼食をとって、その後街へとぶらぶらと出かけていく予定だ。
 
 
 その日は特別な日だった。

 普段はこんなことはないだろう。彼女から彼に誘ったのだから。ふだんは反発することもあったろう。少なくとも彼女がこんなことをするだなんて、考えられることではそうそうない。
 だから彼は、嬉しそうに子供のように笑うのだった。

 
 服を選ぶのにも、化粧を施すのにも、髪のセットにも、それなりに時間をかけた。彼女は、レストランの窓から自分の姿を見つめなおしてみる。

 ウン、上出来だ。

 約束の時間よりはやや早くついたとはいえ、今はお昼時。昼食を取りに来た客たちで、店内は賑わっている。それほど店内は広くはない、茶色を基調としたこの店は、この近隣ではそれなりに有名だ。当然、そのお値段にも箔が付く。

 一人のウェイターが、彼女の元へとやってきた。その手には盆が乗っている。 

「ご注文は、お決まりでしょうか?」

 彼女はややにが笑いがちになりながらも、手をふりふりと振った。

「ごめんなさい、人を待っているの」
 
 ウェイターは腰を低くすると、理解を含めた笑みを浮かべた。

「左様でございますか、ならお待ちの方が起こしになられましたら、もう一度お尋ねしても宜しいでしょうか?」
「ええ」

 彼女はニッコリと頷くと、約束の時間が早く来ないものかと天を見上げた。





「ヤッベェェェェッ!!遅刻だッ!!」

 ご町内に多大な迷惑をかけながら、彼は爆走していた。
 

 今日は特別な日であった。

 今日は珍しく、女性と待ち合わせである。とはいえ、既知の人物であるが。
 大事な、そう・・・彼にとってとても大事な約束であるはずだった。

 だが、彼はその約束を守る、ということを疎かにしてしまっていた。鳴らない目覚ましに彼が気付いたのは、昼を過ぎたところ。
 彼の家から、約束の場所までは大分時間がかかる。車の無い彼にとっては、非常にイタイことである。

 彼が必死に走っているところ、ふと、一人の少女の姿が目に入ってきた。

「横島さん、どうしたんですか?そんな血相を変えて」
「おキヌちゃん」

 彼はその足を止めて、少女へとむきやる。
 それは、黒い髪にセーターといういでたちの少女であった。その手には、スーパーで買い物をしてきたのだろう、ビニール袋が握られている。中には、数種類の野菜や調味料の類も見える。

「どうしたんだい?」

 やや焦りながらも、彼は声をかける。本当は、すぐにでも走っていかなければならない事態なのに。

「いえ、これから横島さんのお家に行こうと思っていたんですけど・・・お昼どうしてるかな?と思って」

 ええ子やな〜・・・内心彼はそう涙を流していたが、今はそれどころではない。

「ゴメン、おキヌちゃん、ちょっと今回は無理かな?今急いでるんで・・・」

 そういうなり、彼は再び足の運びを再会しようとして・・・

「そうですか・・・そうですよね。やっぱり、ご迷惑ですよね・・・」

 どこか悲しそうにうな垂れる少女の横顔を、彼は見てしまった。
 彼の心の中の良心が、ちくりと体のどこかを刺す。

 ―ちょっと位、遅れてもいいんじゃないか?―

 少なくとも、既に遅刻は確定的。それなら十分が四十分になったとことで、同じだろう(同じか?)。

「め、迷惑だなんてことはないよ。全然かまわないさ。まぁ、いつも汚いところだけどさ」

 彼はやけになったみたいに笑うと、自分のアパートへ行くべく踵を返した。





 昼はもうすぎ、ランチタイムからティータイムへと時間は移行してきている。
 ナイフとフォークの代わりに、スプーンを持つ客もそこらにちらほらと見受けられる。

 彼女は心配になって、自分の時計を見つめた。

 ひょっとして、彼に何かあったのではないだろうか?もともと、彼はそんなに運のいいほうではなかった。
 車に跳ねられたか?ひょっとして何らかの事件に巻き込まれたのでは?そういう疑惑が生まれるが、同時に・・・他に『女』が出来たんじゃないのか?という破滅的な疑問すら出てきてしまう。

 いけないいけない、なんて自分は懐疑的な性格をしているんだろう。相手を信じてやることくらいは、せめてやってやるべきだ。
 ―もっとも・・・ほかに『女』でも出来ているって言うようなら、まぁ後でどうするかは決まっている。

 
 ・・・ポツ・・・ポツ・・・

 
 ふと、彼女は窓から写る世界の微妙な変化に気が付く。先ほどまで明るかった世界は、微妙に暗く変色しており、そしてまるで何かの滴のようなものが、ぽつぽつと降ってきている。
 
 ―雨だ・・・

 まるで今の自分の心を表しているみたいに、それはポツリポツリと量を重ねていく
 そして、彼女はその水の滴を見るごとに、深くため息をつくのであった。





 彼は、走っていた。
 イヤ、さきほどまでは自分のアパートで可憐な少女と一緒に昼食をとっていたのだが―本当は食後急激な運動というのはよろしくはないのだが―細々と降り始めた雨、彼は少女に密かに感謝をした。
 事前に天気予報を聞いていたらしく、彼女は傘の柄を彼に、しっかりと握らせていたのである。

 とはいえ、傘を持っているだけで、雨から完全に逃れることなど出来たのなら苦労などしようはずもない。偉大な先人たちの苦労が・・・まぁ、そこは(以下略)として。

 ふと、走る彼の目線の先に、一人の人物が壁にもたれながら、ふらふらと歩いているのが見えた。
 黒いコートに黒い帽子と、街中ではちょっと目立つ格好。暗い夜道ではあまり遭いたい類ではない、ちょっと素敵な人物ともいえる。

「よぉ、雪之丞、どうしたんだ」

 息を切らせながら、それでも呼吸を整えようと、彼は何気ない仕草で声をかけた。
 男は、今こちらに気が付いたような瞳で、彼を認める。

「横島か・・・ワリィな、今はちょっとそれどころじゃなくてよ・・・急いでんだ」

 そう、静かに言うと、またよたよたと歩みを再会する。
 彼は、そんな様を心配そうに認めた。
 まだ少量とはいえ、雨の中に傘もささずに、しかも壁を頼りにしなければ歩けない状態。とても尋常な状態とはいえない。
 そこで彼はふと、気付く。男のコートが、この雨のせいだけとは思えないほど濡れているのを。そして、そのコートからズボンへと、滴が流れていった跡があり、そしてその滴は靴を伝わり、地面へと伝わり雨で流されていくところであった。

 赤い滴が・・・

「ちょっと・・・雪之丞!お前怪我してるじゃねーかよ!!」
「ウルセー!こんくらいで騒ぐんじゃねーよ!!」

 彼は、男の一括にビクリと震える。
 一呼吸してから、男は静かに口を再び開いた。

「行かなきゃ・・・ならないんだよ。約束があるんだよ。普段仕事であんまり合えないけど・・・今日は仕事の事抜きで会おうってよ。だから・・・行かなきゃいけないんだよ・・・」

 それはまるで、泣いて駄々をこねる子供のようであったのかもしれない。意固地になってワガママを貫く少年のようなのかもしれない。

 だが・・・

「ほれ、傘くらい持っていけよな。ずぶ濡れで行ったらみっともないだろ?」

 彼は、少女から手渡された傘を、何の躊躇いもなく男に差し出した。
 男は、そんな彼を意外なものでも見るかのように、じっと見詰める。

「どうしたよ、受け取れよ」
「なんで・・・俺に傘を?」

 男は、やっと言葉に出せたように、そう呟いた。
 彼は、軽く首をすくめる。

「なんでって・・・そりゃぁ友達がずぶ濡れで人と会いに行くってのが許せないだけだろ」

 彼は顔をカァッと火のように赤くしながら、そう答えた。

 男はそんな彼を認めると、ニッと唇を吊り上げた。

「そっか・・・やっぱりお前はオレと似てるな・・・」
「ウルセエ、さっさと行けよ」

 男は彼からもらった傘を差し、彼はくるりと踵を返した。
 行く先は違えども、どこかしら同じ道を歩んでいく。
 彼と男は、そうして別れていった。



 ――Answer――



 既に日は翳り、ティータイムから早めのディナーへと客達は移行していくところであった。
 
 雨はまるで彼女の心を移しているのだろう、先ほどまでは小雨だったはずなのに、今では既に大粒の雨。ザーザーという効果音が、いやに大きく聞こえてきている。
 
 彼女は拳を固く握り締めて、俯いていた。
 先ほど彼女に語りかけてきたウェイターが、同情の視線を彼女に向けている。それ以外にも、客の何人かは彼女のほうへと憐憫の視線を飛ばしている。
 何とも言えないほど、彼女はいたたまれない気持ちへとなっていた。

 今日こそは言おうと思っていたのに・・・ずっとこの日の事を思って店だって予約したし、新しい服も買ったし、この日のために・・・たった『この日』という一日だけのために。

 彼女は静かに席を立ち、椅子に掛けてある鞄を肩に下げる。
 彼女の視線の端で、ウェイターが何事かを言おうと、口をモゴモゴとさせていた。だが、どんな言葉をかけていいのか判らないように、なかなか言葉を切り出せないでいるみたいである。
 彼女はそんなウェイターの肩を、一つポンと叩いてから呟いた。

「ありがとう・・・」

 なるべく冷静に言ったつもりだ。慎重すら入っていたのかもしれない。だが、ウェイターが聞いたその声は、どこか掠れていて、寂しそうでいて、悲しそうでいて・・・小さな女の子の泣き声にも聞こえないでもなかった。

「あ・・・あの!」

 ウェイターが、やっと声を絞り出せたとき、ガチャン!という、来店を告げる店のドアが乱暴に開かれる音。
 彼女とウェイターの視線が、店のドアへと集中した。

 そこにはウェイターよりもやや小さめな、黒いコートを纏った人物がそこに立っていた。その手には、一つの傘が大事そうに握られている。

「・・・雪之丞」

 思わず、彼女は呟いた。

「すまん・・・待たせたな」

 彼女は、うっすらと流れそうになった涙をそっと静かに拭い、深く嘆息を漏らす。


「・・・・・・遅いですわよ」

「・・・・・・すまん」





 さて、そのころ『彼』は・・・

 既に雨脚も収まってきているところであった。彼はそっと、一つの施設へと足を運び入れる。
 施設の中では光が溢れかえり、その光に映し出された影たちは、楽しそうに賑わっていた。時折、高い声でキャッキャッとはしゃぐ声が妙に可愛くて、彼は思わず失笑してしまう。

 ここは・・・まぁ、要するに幼稚園。
 そう、彼はここで『彼女』と約束をしていたのだ。



『にーに、あしたおむかえにきてね』

 かわいらしく彼女が笑った。

『あら、横島クン、モテモテね〜』

 彼女を抱きかかえた人物が―彼女に非常によく似ている―ニッコリと笑いながら、そう言った。

『遅刻しちゃだめよ。約束はきちんと守らなくっちゃね』

 明らかにからかっているような口調で、その人物は笑っていたのだが・・・



「ゴメン、ひのめちゃん。おそくなった」

 彼は園の一室に一人ぽつんと座った幼女へと近づいていった。彼女は幼い瞳に涙をいっぱいに溜めて、彼のほうへと視線を向けた。
 瞬間、彼を襲う罪悪感。
 幼い子供にとって、約束とは大事なことだ。少なくとも、自分を信頼してくれているものにとっては、それは真理となり真実となりうる。
 彼は、幼女と同じ高さまで自分の目線を下げてから、深々と頭を垂れた。

「ごめん・・・本当にごめん」

 彼女はしゃくり上げながら、声を上げた。

「こんどはもうおそくならない?」
「ならない」
「なら・・・ゆるしてあげゆ」

 笑顔・・・には遠いものの、彼女はそういって涙をふき取った。

「・・・ごめん」

 謝罪の言葉と共に、彼は幼女をゆっくりと抱え上げた。

「そして、ありがとう」

 幼女も、そんな言葉を聞きながら、笑みを取り戻してゆくのだった。



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