ザ・グレート・展開予測ショー

特別な明日に  後編


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(04/ 4/ 9)


  「そうだな・・・夕陽でも見に行けば良いんじゃない?」

  「・・・ゆう・・ひ?」

 ジュリエッタはベッドに足を組んで腰掛けたまま、上半身を乗り出す様にベスパへ聞き返した。

  「例えばの話さ・・・夕陽でなくたってどこでも見付けられるもんだよ。・・・たまたま夕陽を一緒に見たんだ。
  それだけで、命を賭ける事さえも出来て・・・」

  「・・・それって、あの、あんたの姉さんの話?」

 ベスパは笑って答えず、部屋の窓を開けた。窓の外から見える空には、一切の光を遮る分厚く黒い雲が
覆っている・・・昼も夜も無く、数百年、数千年変わる事のない魔界の空。
 その空に視線を投げたジュリエッタはベッドに倒れ込み、おもむろに口を開く。

  「でもあたしは夕焼けより、昼間の空の方が好きかな・・・それも、快晴じゃなくて少し綿雲が浮かんでいる
  ・・・知ってる?あの辺って、ここみたいな重たい雲が掛かっているか全く雲が無いかのどちらかで、
  綿雲とか筋雲ってめったに見られないんだよ?あいつと昼間外に出てそんな雲を見れたら・・・・」

 そこで言葉を途切れさせ、しばらく経って彼女は息を吐く様に「イイなあ・・・」と呟いた。

  「見付けたじゃん、特別にしたい事。・・・これでビッグニュースの借りは返したよ?」 







  『そんなの無いに決まってる、と言っちゃって下さい!そのままパピリオまで持って行きますので・・・。
  怒りの言葉を添えて下さっても結構です・・・っ!』

 ぺこぺこ頭を下げながら早口で出されるジークの言葉をベスパは『待って下さい!』と遮った。

  『え・・・・・・?』

  『すぐには・・・答えられない、と・・・伝えて下さい・・・』

  『ベスパ・・・さん?』

 ジークは顔を上げてベスパを見る。彼女は顔を赤らめ俯いたまま言葉を続けた。

  『次までには・・・答えられるようにします・・・ので・・・。』

 最早パピリオに伝えるように喋っているのか彼に直接喋っているのか、自分でも分からなくなっていた。







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           特別な明日に  (後編)

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 一斉に鐘が鳴った。
 地面が見えないほど密集した高層ビル群、その途切れた先に荒涼とした平原が広がるクレスフィアの全景。
 子供が悪戯しているのを止めないどころか親子揃って機械類に悪戯しようとしているので、警備員に
追い立てられるボガートの家族連れ。色々な種族のカップル。高層ビル群の中に垣間見えるファーストフードや
レストラン、ブティックのイルミネーション。ここの住民たちは見事なまでに人間界の影響を存分に受けていた。
 ベスパが今回待ち合わせに指定したこの場所はクレスフィア住民の人気デートスポットでもあった。

  「デートの・・・つもりだったんだな・・・。」

 ベスパは確かめる様に、自分の気持ちを呟いていた。ただのメッセージのやり取りだったら、こんな形で
彼が来ない事に寂しさなんか感じる筈が無い。―――それでも待っていたいとは、思う筈が無い。
 特別な場所を、選ばない。


 特別な答えを、用意しない。







  「ええーーーっ? “借りは返した”? 今ので?・・・交換される情報の重みは、
  均等であるべきだとは思わないかしら?」

  「何さ?大事な事じゃなかったのかい?」

  「大事な事だけど・・・あたしがあんたにあげた情報はもっと重かったと思うなあ・・・?」

  「あのさ・・・少尉と私は別にそんな事じゃなくて・・・大体彼は妹のメッセージを持って来るだけで・・・
  そんな気持ちで私に会おうとしている訳じゃなく。」

  「ここで問題なのは、あんたがどんな気持ちで彼に会うのか、なんじゃない?」

  「ううっ・・・!」

  「・・・自分でそれが“ビッグニュース”だって、認めてたわね・・・!?」

  「――ああっ!!」







  『理由、ですか?・・・そうですね・・・。』

 ベスパはジークの答えに耳を傾けた。神魔間交換留学は志願者選抜で行なわれる。彼が士官の業務を
半休状態にしてまで、妙神山行きを志願した理由を彼女は聞きたかった。パピリオの話から妙神山での
修行の日々、日常風景をある程度想像できるようになった頃にふと浮かんだ事だ。

  『噂だと、小竜姫目当てで志願した奴なんかも多かったらしいですねぇ・・・?』

  『――――!!・・・僕もそうだと!?――めっそうもないです!そんな、恐れ多いっ!』

 慌てふためくジークを見てベスパはフフフと笑う。
 ただの報告会みたいだった待ち合わせも、繰り返すうちにこんなやり取りが増えて来ていた。
 落ち着きを取り戻したジークは再び何かを思い出すような表情を浮かべ、しばらくそうしていたが、
やがて一言呟いた。

  『世界全体のって意味でもそうですけど・・・違う未来が見られるんじゃないかと思ったんです。
  ・・・僕、自身の。』

  『違う、未来・・・?』

  『僕も姉上も元々、大昔は神族だったんですよ・・・。神界内勢力と人間によって魔界へ追いやられるまでは。
  ・・・そんな事もあって姉上なんかは極端に人間を嫌い、軽蔑していましたし、僕もそれほどじゃないにせよ
  良い感情は持っていませんでした。
  だけど、薄々は感じていたんです。・・・このまま争って優位を決める未来を見ていてはいけないって。』

  『・・・・・・。』

 “このまま見ていてはいけない未来”。ベスパは胸の内に何かざわつくものを感じた。
 思い浮かべたのは・・・・・・未来に絶望した男。―――道化の役割を永遠に繰り返す未来に。

  『あそこに行けば、まず確実に僕の神族や人間を見る目が変わると・・・実際物凄く変わりました。
  老師様や小竜姫様などの尊敬出来る師匠に出会って、美神さんや横島くん、雪之丞・・・、
  そんな信頼できる人間の戦友達に出会って。』

  『・・・まあ、アイツら見たら確かに人間観変わりますよね・・・』

 ジークは言葉を切って、妙な納得をしているベスパに微笑みかけた。

  『思っただけなんですけど・・・同じ、じゃないんですか?
  ベスパさんが人間界に残らず正規軍に入隊したのも。』

  『え・・・・!?』

  『最後までアシュタロスに忠誠を誓っていたあなたがあえてこの立場を選んだのは・・・
  彼の見てしまった未来について、そしてルシオラさんの見付けた未来について、
  思う所があったからですよね?』

 私がこの魔界へ来た理由―――人間界で生まれた魔族である私がその全て――
 戦いの中で選んだ道。姉の、そしてアシュ様の思い出。そして生き残った妹。
 それら全てを置いて軍隊に入った理由・・・・・・全て彼の言う通りだった。
 打たれた様にジークを見るベスパに、彼は笑顔のまま、答えた。 

  『・・・僕も、そうだったんですよ。』







 「私から見た彼」について今尋ねられたならば、一言でこう答えられるだろう・・・。
 ―――「何もかもが、アシュ様とは正反対だ。」と・・・。

 彼は、人間と比べるならともかく、魔族としてさほど強大な力は持っていない・・・
パワーだけでなら私以下かもしれない。
 あの戦いでは敵だった・・・しかも大して戦力になる事も無く終戦を迎えた敵。

 あの方は無尽蔵の力を持ち、味方と言うより父であり絶対者であった・・・・・・。

 そして・・・彼は世界に、そして自分の運命に絶望していない。満足している訳じゃない。
・・・だが、何とかして乗り越えようとしている。世界を、そして自分の位置を変えようとしている。

 あの方は、世界か、あるいは自分が終わる事を望まれた・・・・・・誰にも止められなかった・・・・・・私にも。
 私は知る事を望み、それは叶えられたが、あの方の為に私が出来る事など最初から何も無かった。



 ―――そうか、つまりそう言う事か。
 待ち合わせて、色々な事を話して、私はいつの間にかアシュ様と比べられる程に
彼の事を知ってしまっていたんだ。 
 違う未来を・・・特別なものを見付け、特別に見付けてもらえる未来を期待してしまう程に。







  「念の為に来てみたのですが・・・まだ待っていらっしゃったのですか・・・。」

 吹き付ける風を遮るように、左に気配を感じた。ベスパは顔を上げないままジークに答えた。

  「待ちました・・・。」

  「すみません・・・。」

  「待つのって、寂しいものですね・・・。」

  「すみません・・・・。」

  「寂しいけど・・・帰るには惜しく、楽しくもあります・・・。」

  「・・・・・えっ?」

 ベスパは顔を上げてジークを軽く睨み、次に微笑みを浮かべた。

  「だって・・・こんな気持ちで待つのって、特別じゃないですか?」



 あまり綺麗な眺めではなかったけど、特別な思い出はここにもあった。
 その気持ちがある、私の中に。







  「魔界正規軍情報部所属ジュリエッタ軍曹!貴様は現ノルマの終了を以って軍曹業務の終了とし、
  曹長に昇格となる!
  それに伴い人間界に常駐の上、XXXXX国GS協会理事フェルナンデス枢機卿の誘惑と
  周辺状況の調査とを任命する!」

  「サー・イエッサー!」

  「残りノルマ25件を終了次第、直ちにこの任務へ移行しろ!」

  「サー・イエッサー!」

  「ノルマの消化、後の者への引継ぎを迅速に的確に行なえ!」

  「サー・イエッサー!」

  「・・・・・・良い事ばかりではない。・・・・・・それは、分かっているか!?」


  「サーッ・イエッサーーッッ!!」







  「あんたがいなくなったらあたしの化粧品、どーなるのさー?」
  「だから、これを機会に買い揃えなさいって。カタログとか置いて行くから。」
  「これ全部、人間界のじゃん・・・私は任務でもない限り行けないって・・・!」
  「だったら少尉にねだって買って来てもらえば?」
  「またまたぁーー。」



 ジュリエッタの新しい生活――巡回から帰って来てすぐ、妙神山へ戻る直前のジークから下された辞令。
 それはターゲットが一人に絞られ人間界での自由時間が増える事、つまり恋人と過ごせる時間が増え、
・・・やりくり次第では人間に化けて一緒に暮らす事さえ出来ると言うものだった。

 ジークの言う通り、良い事ずくめの話でもなかった。
 その一人のターゲットとの接触が長くなる為、情が移り易くなる・・・またはより身近になったサキュバスを、
その本性や任務を恋人が受け入れられなくなる・・・互いを特別に感じなくなり、嫌な面ばかりが見える様に
なる・・・などの可能性を伴うものだった。
 そしてもっと根本的なリスク・・・今までの民間人相手と違い、霊的な警備も厳重な重要人物への接触は、
捕まり除霊される危険も遥かに大きいものとなる。

 もちろんそれらの事はジュリエッタ本人にも、話を聞いたベスパにも十分分かっている事だった。
 だけど、それでもベスパは初めて出来た親友が一つ見つけた、その未来を祝福したかったのだ。


  「大体少尉のあの口振りじゃあ、絶対バレてるわよ!?あたしが向こうでしてた事!!
  ・・・ベスパぁ、あんた・・・・・・何か、喋ったわね!?」

  「いやマズかった?少尉が前さあ、あんたが何か任務の事で悩んでるように見えて心配だ
  っつってたから、つい・・・」

  「――!!何て事してくれんのよあんた!?相手がジーク少尉だったから良かったものの
  重大な軍規違反で抹消されてもおかしくない話なんだよ!?」

  「まあ・・・少尉だったんだから良かったじゃん?鋭くて、しかも部下思いで、話も分かると。ハハハ・・・」

  「――良くないっ!!」







 ジークは再び妙神山へと向かった。また2〜3ヶ月後には戻って来るだろう。
 ・・・・・・その時にはまた約束して、待ち合わせよう、何時間でも待っていよう、そうベスパは思った。

 あの後・・・私の答えを話す時、二人とも、前以上に真っ赤になってカチコチになってた。
 ・・・思い出す度に笑いが込み上げて来る。
 でも、まだまだだ。そんな「特別なもの」を私はこれからも沢山、見付けて行く。















 今は会えない人達との特別な思い出が、未来へつながる様に。









   ――――「特別な明日に」 END――――



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