ザ・グレート・展開予測ショー

特別な明日に  前編


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(04/ 4/ 9)

   (ザァァーーーーーーーーッ)

  「ねーっ、このアイラインとパウダー借りててもいいかな?左端にまとめて置いてあるやつ。」
  「ちょっと、ダメよその辺のは!明日からの巡回任務で持って行くんだから。・・・隣のにしなさい。」
  「えー?結構気に入ってたんだよな、コレ。」
  「あたしもよ。だから、あんたも自分で揃えときなさいって・・・いつも言ってるでしょー?」


   ――姉さんにもよくそんな事言われてたかな・・・。


 シャワーを済ませたルームメイトのジュリエッタがバスタオル姿のまま、鏡の前のベスパに呼び掛ける。

  「そーいや、あんたは明日から休みなんだっけ。」

  「ああ。何か悪いな・・・そっちは人間界での任務だってのに。」

  「あら?あたしはその巡回任務こそが、お待ちかねのお楽しみ、なのよ。
   あんたも知ってるでしょ?」

 ジュリエッタは情報部所属のサキュバスで、人間界にて男を篭絡し協力者に仕立てる任務を行なっていた
・・・・・・そうやって近付いた中の一人と、現在、遠距離恋愛中だった。

  「まあね。」

  「惚れさせても、溺れ狂わせても、自分からは惚れるな・・・それがこの任務の鉄則だったのに・・・。」

  「しょうがない、そーゆー事もあるさ。私ら、下っぱ魔族は惚れ易いんだよ。」

  「“私ら”?・・・あたしは軍曹よ?一緒くたにしないでちゃんと上官に敬意を払いなさい、ベスパ上等兵。」

  「イエッサー、サージェント・ジュリエッタ。」

 ベスパが振り返り挙手敬礼で返事すると、二人顔を見合わせてクスクスと笑う。
 互いの服務中は別として、宿舎やオフタイムでは上下関係なしにしようとジュリエッタの方から、
入隊したばかりの新兵だったベスパに提案したのだ。
 魔界正規軍で、アシュタロスの配下だったベスパへの周囲の風当たりは厳しいものがあった中、
親切にここでの生活を色々と教え、時には庇ってくれたのがこのルームメイトだった。
 笑いながらもベスパが尋ねた。

  「そんなに、いい男なのか?そいつ?」

  「まさかぁ!全然・・・。だって、サキュバスに普段獲物として見出される様な奴よ?
  まず人間の女には縁がないわね。顔は品のなさそうなブサイクだし、中身はもっと下品だし、
  意志は弱い・・って言うより一片も無いし、仕事でも無能らしいし、
  当然金なんて無くて借金まみれだし・・・」

  「フフッ、その言い草と顔がかみ合ってないねえ・・。」

 ベスパの言う通り、男の悪口を並べ立てるジュリエッタの表情は、まるで美点を語る時のそれだ。

  「とどめに物凄いバカなのよ、そいつ。あたしの正体と目的に気付いた時、普通は怯えて逃げるなり、
  怒るなり、GS呼ぶなり普段は祈らない神様に祈ってみたりするじゃない?
  それをいきなり抱き付いて来て、
   “俺みたいな奴を抱いてくれたんだ。もし、お前が来いと言うなら俺は地獄にだって
    ついて行ってやる。だから、その代わりに・・・・・・また、来てくれよな・・・。”
  ――なんて、まだ取り憑かれてないのに言ってるのよ?・・・信じられない程の、馬鹿・・・・・・。」

  「・・・そいつは、ひょっとして日本人か?」

  「違うわ、南米のXXXXXって国よ。典型的なヒスパニックだし。・・・何で?」

  「いや・・・。」

 ――あいつでは、ないのか。・・・結構あちこちにいるもんだな、そーゆー奴。
 だけど、あいつの事を思い出すと姉の事を思い出す・・・あの悲劇を思い出す・・・・・・あの方の事を思い出す。
 噂は入って来るが・・・あいつは、幸せに生きているんだろうか?

  「じゃあ、明日からは任務と称してその恋人とデートし放題なわけだ。」

  「そうも行かないわ・・・任務は任務。最低でもリストアップした17件を処理しないと・・・。」

 17件の処理・・・17人の男を誘惑し、交わり、虜にする――恋人に会いに行く前に。
 ジュリエッタが置かれた状況の厳しさを今更ながら実感する。
 だが、深刻な表情を浮かべたベスパは彼女に咎められた。

  「こら、そんな顔しない!
  サキュバスとして400年生きて来たあたしを何だと思ってるの?色欲と誘惑があたしの本性で基本よ。
  ・・・まあ、あんたは根が彼そっくりの思い込んだら一直線の体育会系だから余計に、あたしが辛そうに
  見えたんだろうけど。」

  「彼・・・・?」

  「何ボケてんのよ。ここで彼と言ったら彼に決まってるでしょ?あたしの所の上官、ジークフリート少尉殿!!
  そうそう、ビックニュースを忘れてたわ。彼、ちょうどあんたの休暇中に妙神山から帰って来るわよ。」

  「―――――え?」







     ―――――――――――――――――――

           特別な明日に  (前編)

     ―――――――――――――――――――






 下からの風が強く吹き上げている。
 ベスパは薄暗い―明るい光が射した事のない―その展望テラスに来てから十数回目のため息をついた。
 魔界有数の近代階層都市クレスフィア、その上層部にある公園。
 クレスフィアは有数の大都市の中でも飛びぬけて、人間界の都市に近い雰囲気である事でも知られていた。
 ―――二人が軍施設の外で待ち合わせるのは、これが最初になる。
 背後にあった時計台・・・約束の時間はとっくに過ぎていた。

  「もともと、時間通りに来れる見込みはない・・来れないかもしれないって話、だったけどな・・・。」

 2ヶ月に一度、妙神山から帰還した際に行なう書類整理と伝達事項。
 今回はそれが彼の予想を遥かに上回る量だったと言う。

  『二時間ほどは待って貰えたら嬉しいのですが・・・この辺り、それもクレスフィアの上層部なら風が冷たい
  でしょうし、無理をせず、適当な所で切り上げて自分のお買い物などに・・・。』

 いくら陸軍と情報部、別命令系統とは言え、魔族の士官から一兵卒に対してのものとは思えないほどの
丁寧な口調でジークはベスパに断りを入れた。
 ――彼はいつもそんな感じだ、最初に待ち合わせをした時から・・・。
 最初に声を掛けて来たのはジークだった。

  『今日か明日、時間が空いている様でしたら個人的に会ってお話したいのですが・・・よろしいですか?』

 軍に入ってから彼と言葉を交わしたのはそれが初めてだ。
 次の日の訓練終了後、軍施設内のレストランで待ち合わせた。その時の彼はかなりラフな私服で現れた。

  『軍服を着ると言葉使いまで軍人になっちゃうんですよ、僕・・・』

 そう言われても、ベスパは元々軍人としてのジークしか知らなかった。
 彼の話は、主にパピリオからの伝言だった。近況報告、またベスパからの話も聞きたいとの旨、
ジークを通して色々こちらの事を話して欲しいと。ベスパはパピリオに話す様に、自分の近況を彼へと伝えた。
 それからと言うもの、ジークが帰還する度に、伝言として何度も色々な話をするようになった。
 最初の頃はジークの方から、次第にベスパの方から帰還した彼を呼び止め、会う場所や時間を
決める事が多くなった。



  『パピリオから・・・あなたに・・・質問が、ある・・・そうです・・・。』

 ある日の待ち合わせで、ジークが珍しくやたらと口篭もりながら切り出した。
 穏やかな口調の時でも軍人らしくハキハキと喋る彼にしては異様な姿だった。
――心なしか、顔も紅潮している。

  『はい・・・・?』

 ジークの態度に不審なものを感じながらもベスパは普段通りに続きを促す。

  『え・・ええとですね・・・べ、ベスパさんは・・僕・・ジークの事を・・ど、どう・・思っていらっしゃる・・の、
  でしょうか・・と・・・た・・だの・・メッセンジャーでは・・なく・・ひ、一人の男として・・気に・・なったりは
  しません・・か・・?と・・』

  『――――はぁ!?』

  『す・・・すいませんっ!
  そんな訳ないだろうとか・・せめて僕の伝言じゃなくて見えない様に手紙にでもしてくれと言ったんですが
  ・・どうしても僕の口から尋ねろと言って聞かなくて・・・・っ!答えもベスパさんから僕が直接聞け、と・・・っ!
  すいませんっ!ごめんなさいっっ!』

  『・・・・あ、あ、あ・・あの・・・マセガキゃああーーーーッ!!』

 今度はベスパが顔を赤らめる番だった・・・辺りの空気を震わせて怒鳴り、
壁を壊しかねない程の霊波を放出しながら。
 その後、巨大中華包丁をちらつかせた身長が3メートル近い豚顔のシェフに、
二人揃ってたっぷり説教され、ひたすら謝り倒す羽目となった・・・。







  「でも・・・違い、が欲しいわね。」

  「違い・・・・・・?」

  「そっ、違い。・・・あたしだって、この400年でこんな気持ちになったのは初めてだから。
  ・・・よく、分からないのよ。上手く言えないけど・・・
  任務で獲物を見付けてする事と、あいつに会ってする事とが、全く同じなのが・・・何か、嫌なの。
  ・・・不安になるのよ。・・・何でも良いから、違いが欲しい。」

  「つまり・・・“特別な事”って意味か?そいつとだけの何か。」

  「そう!それよ!!“特別”。・・・でも、それで何をすればいいのか、分からない。」







 最初に待ち合わせた日、ベスパから言伝を預かった後のジークが言った。

  『ベスパさんは・・・宿舎でジュリエッタ軍曹と、同室だそうですね?・・・パピリオへのお話なのに割り込んで
  申し訳ありませんが、あなたが彼女と仲良くされていると聞きましたもので。
  ・・・彼女は、僕の部下なんですよ。』

  『ええ、知っています。入隊してからずっと一緒の部屋で・・・
  何だか色々と面倒見てもらっちゃってますねぇ。ハハハハ・・・』

  『そこであなたにお聞きしたいのですが・・・普段の彼女、どんな様子ですか?』

  『え?・・・と、言いますと・・・?』

  『・・・何かで深く悩んでいたり、傷付いて落ち込んでいたり、苦しそうだったり・・・
  そんな様子は、ありませんでしたか?』

 普段のジュリエッタ。思い浮かべてみる――――ジークが言う様な姿は見られない。
 ベスパが『いいえ』と答えると、彼は少し考え込んでから沈んだ表情を浮かべ、口を開いた。

  『彼女の任務については、知っていますね?・・・お分かりかもしれませんが、
  そのプランを作り命令を与えているのは、この僕なんです。』

  『・・・・・・。』

 ジークが何を悩んでいるのか、ベスパにも何となく分かって来た。彼は言葉を続ける。

  『服務中は・・・何とも思ってないんですよ。それが情報部にとって必要な事であり、軍人である僕や彼女の
  任務だと確信して・・・それを遂行させる意志しかなくて。だけど、素に戻ると・・・。
  ジュリエッタ軍曹は僕にとって最も信頼できる部下の一人です。そして一番の努力家かもしれないと
  思っています。・・・だが僕は時々・・・まるで自分がロッドバルトになってしまった様な気分になるんです。』

  『―――ロッド・・バルト?』

  『遥か昔、まだ駆け出しだった僕が初の単独任務で戦った魔族です。奴は人間界での限度外な滞在と
  干渉とで情報部から手配されていました。僕は奴によって白鳥に変えられた娘達、その一人オデットと
  出会い彼女を助けたいと思って・・・』

 彼が語ったのは形を変えて人間に広く知られた物語でもあった。
 ジークはロッドバルトの企みによってロッドバルトの娘オディールに惑わされ、オデットは悲しみのうちに・・・


  『奴は倒しましたがオデットも、父親に従い加担するしか道が無かったオディールも僕は、
  助け出す事が出来ませんでした・・・。
  僕の至らなさがその結末を生んだ、そう思った僕はその後一層軍務に励みました。
  だけど、今その果てに僕がしている事は・・・ロッドバルトそのままではないですか・・・。』

  『彼女にはよく言われます。男を誘惑し交わり、溺れさせて回る事はサキュバスにとって
  呼吸の様な物で、それを軍務に役立てているに過ぎない、と・・・。
  だけど、本当にそうなのでしょうか?僕はご覧の通りの朴念仁でサキュバスの生態や
  物の感じ方どころか、女性一般のそれさえ全く分かりません。』

  『僕は軍人の顔の下で物凄く残酷な事をしているのではないのかと・・・
  彼女は苦しんでいるのではないかと・・・不安になるのです。』


 ベスパは彼の悩みに答えられなかった。
 ジュリエッタが―サキュバスがその事をどう感じるものなのか、未だに良く分かっていなかったから。
だが、その分だけ彼の葛藤は理解できた。・・・そして、見る目が変わった。
 実際その時まで、ジュリエッタにそんな命令を平気で出すジークへ、軍人の顔の下でどんな事でも出来る
冷酷な奴だと言う印象を抱いていた。しかし、今自分の目の前にいる男――うつむきながら葛藤の答えを
探している彼――は、むしろ自分と良く似ている―――ベスパはそう感じた。

 私だって・・・既に出ている結末の正しい答えを、未だに迷っている。


 




   ――――「特別な明日に 後編」へ続く――――



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