ザ・グレート・展開予測ショー

続々々々・GS信長 極楽天下布武!!(7‐1)


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 4/ 8)

天正十年、五月十七日。
安土城。
「筑前守殿の救援に――!?」
惟任日向守光秀は、そう言って特徴の有る眉を顰めた。
その台詞を吐かせたのは、主君・織田信長の小姓、森 蘭丸成利。織田軍団の最高幹部たる近畿方面軍団長の光秀に対し、余裕の笑みが憎らしい。
「しかし、未だ家康様の接待の仕事は――」
「上様の命令です」
光秀の反論を、成利は簡潔な一言で切って捨てた。
「蘭丸殿……!?」
「正式な辞令は、後程届けます。直ちに、全軍の出撃準備を――」
それだけ言うと、成利は身を翻して去って行った。
「……」
成利の背中を、光秀は釈然としない顔で見送った。
「殿……!これは、如何言う事です!?」
「……」
光秀の背後で、目を窪ませた男が忌々しげに眉間に皺を寄せた。光秀の家老、溝尾庄兵衛だ。
「殿は、只の家臣ではありません!近畿方面軍の司令官ですぞ!そのお方に接待などと言う仕事を申しつけ、労いも無く、突然出撃せよなどと!」
庄兵衛が、信長への不満を示す。
「しかもそれが、あの猿めの手助けとは……」
「口を慎め!家康様は、上様の掛け替えの無い盟友、私に接待させる事で誠意を示したかったのだ」
独裁者の居城で危険過ぎる言葉を口走る庄兵衛に、光秀は制止を入れる。
「……」
光秀は、溜息をついた。
分かっているのだ、頭では。しかし、プライドの高い彼には、如何にも感情が追いつかない。
自分を納得させる為に、更に言葉を続ける。
「それに……、筑前守殿は同じ軍団長とは言え、私よりも上様の下での働きは長い。必要なら、救援するのは当然だ」
中国方面の征服を指揮する羽柴筑前守秀吉の、歳を増しても愛嬌を失わない大きな丸顔を思い起こし、光秀は続けた。
「何より今、上様のお側に在って手の空いている軍は……」
其処迄言って、光秀は気付いた。
否、気付いてしまった。
「……」
柴田勝家は、前田利家や佐々成政等を率いて、北陸の雄・上杉景勝と対峙している。
惟住長秀は、四国征伐の為に、大阪に兵を集めて待機中。
滝川一益は、新領、上野厩橋の保持で手一杯。
佐久間信盛は、数年前に息子と共に高野山へ追放され、其処で没した。
荒木村重も、信長への謀反を企み、野へ降っている。
羽柴秀吉は、備中高松城に水攻めを敢行し、毛利輝元と睨み合っている。
そして徳川家康は、大した護衛も連れずに、京の町に居る――。
「……!」
瞬間、光秀は暴風が吹いた様な錯覚に陥った。
――今や日本の半分以上を支配する巨大な織田軍団の中で、今この瞬間、上様の側に居る軍は、我々だけ……!?
「天下人となられて、上様はお変わりになられました!最近は殿に直にお声を掛けられる事も無く、あの様な小者に用を取り次がせるだけ――」
「庄兵衛ッ!」
“何か”を唆す様な家臣の放言に、光秀は厳しい眼で睨んだ。
「もう止せ……!」
しかし、その眼は迷いに満ちていた。



五月二十九日。
惟任光秀は、里村紹巴等を招き連歌の会を興業、これを神前に奉納した。


時は今
雨が下しる
五月哉


時は、土岐源氏の末裔を名乗る明智(光秀の本性)家。
雨は、天。即ち、天が下しるで“天下”である。
五月は、明智の桔梗紋。

詰まり、光秀はこう宣言したのである。
天下人は、自分だと。



そして、六月二日未明。
桂川。
今夜は新月、空は漆黒に染まっている。
一万三千の自軍を見据え、光秀は言い放った。
「敵は、本能寺に在り!」
本能寺には、今、信長が百名足らずの臣と共に駐留している。
“敵”とは、即ち主君・信長――
「お、おい……」
「マジかよ……!?」
兵達が、ざわつき始める。
「矢張り、動揺が激しいか……」
光秀が、忌々しそうに言う。
「……」
溝尾庄兵衛が、再び声を張り上げる。
「逃亡者は斬るッ!今日から、我等が殿が天下人なのだ!全軍、下々草鞋取りに至る迄、悦び勇め!」
そうは言っても、動揺は収まらない。
「本気かよ、殿は!」
「おい、何だよ、殿は何だって?」
「えー、良く聞こえなかったけど」
「何か、『敵は,ほんのり塩味』だってよ」
「塩味ぃ?何だ、そりゃ」
「さあ……」
と言うか、後ろの方には正確に伝わっていなかった。
「ぬう……!」
侭ならぬ伝令に、庄兵衛が歯噛みする。
「仕方あるまい、庄兵衛」
「殿」
「攻め込むぞ。戦意など、勢いで付いてくるものよ」
「は……」
インテリタイプとは言え、光秀も信長から織田軍団の最高幹部に抜擢された程である。用軍の術は、人よりも心得ている。
「結果は、考える迄も無い……。京に居る織田軍は、会わせても百か其処等。寺の警備は極僅かだ。対して、我が軍は一万三千……」
馬を進めながら、光秀は呟いた。
「これは……、戦ですらない……!」



それから一刻程後。
本能寺は、怒声と剣戟の音に満ちていた。
「謀反か……!」
織田信長が、寝間着姿の侭、小姓の森 成利に訊いた。
「何処の何奴の仕業だ?」
「……」
成利は、一瞬、何かを後悔するかの様に押し黙り、苦渋の表情で喉の奥から言葉を絞り出した。
「……明智軍と思われます!」
「!」
信長の目が見開かれた。
「其奴は……、しょうがねえな!」



人間五十年
下天の内を比ぶれば
夢、幻の如く也

一度、生を得て
滅せぬ者在るべきか――



この日、戦国の覇者・織田信長は、家臣の惟任光秀に襲われ、四十九年の生涯を閉じた。
世に言う、“本能寺の変”である。




六月四日。
備中国高松城を挟んで中国の太守・毛利輝元の軍と対峙する、羽柴秀吉の陣。
「……!」
羽柴筑前守秀吉が信長の死を知ったのは、惟任光秀が毛利輝元に送った密使を、羽柴軍が捕らえたからであった。
「……そんな……」
羽柴秀吉、この時、四十六歳。
織田軍団の最高幹部として高禄を得ていながらも、持ち前の愛嬌とある種の“甘さ”は変わっていなかった。
「……」
それきり、秀吉は絶句して動かなくなった。
眼には、大粒の涙が浮かんでいる。
「……」
その秀吉に黒田官兵衛考高が近付き、耳元で囁いた。
「修理亮殿より先に、日向守を討ちなされ。そうすれば、殿が……」
「黙れッ!」
だが、秀吉は考高を一喝した。
「……」
考高は、面食らって呆然とする。
「黙れ……!」
震える声でもう一度言うと、秀吉はそれきり黙ってしまった。
「し、しかし、殿……」
バキィ!
尚も食い下がる考高を、誰かが殴り飛ばした。
「……!?」
殴ったのは、“もう一人の秀吉”だった。
羽柴秀吉。その名は、一つで二人の人間を指す語なのである。
もう一人の秀吉(これを、“秀吉”とする)が、尻餅を付いた考高を見下ろして吐き捨てる。
「黙れっつってんだろ……!」
「な……っ」
普段、今、泣いている方(“藤吉郎”とする)よりも冷徹で計算高いと思っていた秀吉迄もが自らの言葉に耳を貸さない事に、考高は驚いた。
「し、しかし、殿!これは,又たと無いチャンスですぞ。上手くすれば、殿が天下人となられるやも……」
「分かってるよ、そんな事は!」
秀吉が、声を荒げて応える。
「なら、何故……?」
「分かってる、分かってるよ……!だけど――」
その時、秀吉の眼からも、涙が零れ落ちた。
「!」
考高は、更に面食らった。
あの秀吉が、涙を流すとは。演技か?確かに,敬愛していた主君を弑した逆臣を討つと言う方が、大義名分は立つが……。
「だけど、今位は良いだろ……?」
「……」
策士を気取る考高には、策に溺れるが故に人の心の機微などは分からなかった。
主に、天下盗りを進言する――。この時の出しゃばった行動が、秀吉に不信感を与え、彼を九州の片田舎に押し込む事になる。
「分からねえだろうな、お前には……」
「え?」
「利害なんて関係無く、命を預けてみたいなんて言う主君に、出会った事の無いお前には……」
秀吉には、藤吉郎の気持ちが痛い程に分かった。
信長に心酔する藤吉郎を、長年、誰よりも近くで見てきたから。そして、それに負けない位、自らも信長を愛したから。
「……」
秀吉の頬に、次から次へと涙が伝う。
藤吉郎の頬にも、涸れる事無く雫が落ちて行く。
二人で一つの名を持つ男達は、仄暗い静寂の中、ただ、泣き続けた。



「和解……、だと?」
毛利輝元は、眉を顰めて目の前の男を見た。
「は……」
安国寺恵瓊、毛利家の外交僧である。
「条件は?」
「……城主・清水宗治の切腹と引き替えに、高松城の包囲を解く……と、筑前守殿は申されております」
「むう……」
輝元は、突然に和解を申し入れてきた、敵将・羽柴秀吉の真意を計りかねた。
「如何思われますか、叔父上」
輝元は、そう言って背後を向いた。
其処には、今は亡き父の同腹の弟である、吉川元春と小早川隆景の姿が在った。
「こんな状況で和議などと……、何かの罠に決まっておるわ!」
忌々しげにそう吐き捨てた大男は、輝元の父・隆元の直ぐ下の弟、吉川元春だ。
確かに、この状況での和議など、思いも寄らない。戦況は、確実に秀吉に有利、後一歩で大毛利に勝利を収める事が出来そうなのだ。この戦で全てが決まると分かっているからこそ、惣領の輝元自ら,此処迄出張っているのだ。信長にとって、毛利は何時か潰さなければならない存在なれば、此処に来ての和議などは秀吉にとって自らの努力を水泡に帰すばかりか、主君・信長の逆鱗に触れるかも知れない危険な行為だ。それには、何一つ利など無い。
「しかし、我等は最早敗北寸前。この申し出が、願っても無い天佑なのは事実……」
そう呟くのは、隆元の次弟・小早川隆景。元春とは対照的に、線の細そうなインテリタイプの男だ。
その頭脳を以て鳴る隆景も、今回の戦においては秀吉の奇策と周到な根回しに翻弄されてきた。一夜にして高松城が湖に沈んだ時は、心臓が止まる程に驚いた。正直、此奴には勝てないと思い知らされた。
「馬鹿を言うな!みすみす騙されて如何する!?お前らしくもない……」
元春が、弟を怒鳴った。
「しかし……、では、この侭、織田に踏みつぶされるのを待てと……?」
秀吉が、京の信長に救援要請を出したと言う話は、毛利家の耳にも入っている。主君に花を持たせて周囲の嫉妬をかわそうとの、秀吉の計略であろうが、毛利にとっては絶望的な知らせだ。
秀吉だけでも苦戦しているのに、この上、信長が来たら如何なるのか。全面対決において、勝てる自信など輝元には全く無かった。
「ちっ……、大体、俺はあんな猿野郎の言う事なんか信用出来ねえんだよ!恵瓊、手前え、やけに奴に肩入れしてるが、裏切ってんじゃねえだろうな!?」
元春の疑念の矛先は、恵瓊へと向かった。恵瓊が秀吉を買っているのは周知の事実だが、しかしそれにしても、最近の恵瓊の活動は親羽柴の色が濃すぎるとは、衆目の一致する所だ。
「や、そんな事は……」
「け、如何だか」
「まあまあ、兄上……」
隆景が、兄を宥める。そして、甥の方を向いて裁決を仰ぐ。
「で、如何しますか?殿……」
「ん……」
シュチュエーションは、幾つも考えられる。しかし、その全てに対応出来る答えは一つだけだ。
「――受けよう」



羽柴陣。
「殿」
「弥兵衛か、如何した」
「は……」
浅野弥兵衛長政。
藤吉郎の正妻・ねねの妹、ややの夫で、古くから藤吉郎や秀吉に仕えている。秀吉配下の古参メンバーの中では珍しく、経理に明るく小才の回る男で、後の豊臣政権下では、五奉行の筆頭を務めた。
「清水宗治殿、切腹の儀、準備が完了したとの事です」
「うん……」
頷くと、藤吉郎は椅子から立ち上がった。
「行こうか」
「はっ」
その時、天幕の向こうから幼い男の子が現れた。
「あ、藤吉郎にーちゃん!」
男の子は、その侭藤吉郎に抱き付く。
「八郎殿か、如何致した?」
「見て見てっ!これ、彼処で捕まえたの!」
そう言って、手に持った飛蝗を、嬉しそうに藤吉郎の鼻先に翳すこの少年。
宇喜多八郎秀家。
岡山の梟雄・宇喜多直家の嫡子で、この時、僅か十一歳。先年急死した直家に代わり、羽柴勢の中核を成す宇喜多家を率いている。
藤吉郎と秀吉は、この宇喜多家にも信長の死は伏せていた。知られた所で二人を“にーちゃん”と呼ぶ(藤吉郎も秀吉も、実年齢よりもかなり若く見える)秀家や、二人の後見で宇喜多家の実権を握った宇喜多忠家が背くとは考えられないが、所詮は外様、用心するに越した事は無い。

この後、秀家は藤吉郎と秀吉の子飼い武将として生涯忠誠を貫いた。後に、彼が豊臣政権五大老の一人に,最年少で選ばれたのも、その忠誠心が評価されての事である。



城主・清水宗治の誇り高き死を以て、高松城は水攻めの悪夢から解放された。本能寺の変から、僅か二日後の事である。
藤吉郎が和議を成立させている間、秀吉は京都へ全軍をUターンさせる段取りを整えていた。勿論、信長の死を毛利に知られぬよう、藤吉郎が巧みに情報操作をしている中での事である。
そして六月六日、藤吉郎と秀吉は、羽柴勢・三万三千もの大軍を率い、本拠地の姫路へ向かって折り返した。
羽柴軍が姫路城に着いたのは、何と二日後の六月八日。重い甲冑を背負って、夜を日に次いで六十七キロもの距離を走り抜けたのだ。
だが、勿論これで終わりではない。
姫路城で、部下達に自らの米と財宝を分け与え、戦意を昂揚させた藤吉郎と秀吉は、再び三万三千の兵達を走らせた。二日で八十キロを走り抜け、尼崎に。そして十三日の午後には、摂津富田に到着した。
本能寺の変から、十日。藤吉郎と秀吉は、神業とも呼べる猛スピードで打倒光秀の準備を整えた。
世に名高い、“中国大返し”である。




「馬鹿な!」
吉川元春が、机を叩いた。
「矢張り、筑前めの詐術に嵌ったではないか!直ちに、追撃すべきだ!」
毛利家が本能寺の変を知ったのは、六月六日の午後、紀伊の雑賀衆が送った船に因ってである。その直後、陣を払い京都へ撤退する藤吉郎から、その旨、知らせがあった。無論、信長の死を隠していたとなると、後々弱みになるかも知れないからだ。
「そうだ!他の事は兎も角、毛利の忠臣、清水宗治を切腹させたのは許せない!」
声高にそう主張するのは、元春の嫡子・元長。
「落ち着きなされ」
その吉川親子を宥めるのは、矢張り小早川隆景だ。
「事情は如何あれ、我々は筑前守と約を結んだのだ。製紙の血判も乾かぬ内に、これを破るのは不義。信長の喪に乗じるは不祥だ」
「しかしだな、隆景……」
何時もながら冷静な弟に、元春は歯噛みする。
「殿!殿のお考えは、如何で」
兄の不満を、隆景は甥に話を流す事で回避した。
「……」
毛利輝元は、暫しの沈黙の後、口を開いた。
「……連年の出兵により、我が家の財政は破綻している」
「……」
輝元の低い声に、その場に集まった毛利家の諸将達は震えた。
「従軍の国人や地侍達も、帰郷を望んでおる。ましてや、これから反転追撃を試みたとしても、筑前を捕らえると言う事は出来まい」
輝元は続ける。
その通り、一旦帰路に就いた将兵を再び戦場に向かわせるのは、容易な事ではない。
「なれば、余計な波風は立てず、この侭、筑前と好を結んでおくが得策と思うが、如何か」
結局、この鶴の一声が毛利家の趨勢を決めた。
毛利輝元、及び小早川隆景は、後に豊臣政権下において、二人揃って五大老の席に列せられている。



三河国。
「ふう……」
徳川家康は、溜息をついて背後に跪く伊賀忍軍の頭目・服部半蔵保長に声を掛けた。
「まさか、信長にーちゃんがこんな所で殺されるとはなあ……」
「は……」
家康は、大きい目を精一杯細めて続ける。
「良う知らせてくれたな。どさくさに紛れて、あの目障りな穴山梅雪も葬る事が出来たし……」
「……光栄です」
保長が、その皺深い顔に笑みを刻む。
「にしても、日吉にーちゃんがこないに早う帰ってくるとは、思いもせんかったわ」
「……」
「我が敵は、筑前……やな」
天正十年、歴史の主役が交替した。
次の主役は、前任者との対決を思い浮かべ、その多難に冥く笑った。



電光石火の速さで京都へ戻った羽柴勢は、池田恒興、惟住長秀等と合流、光秀に宣戦布告した。
一方、こんなにも早く秀吉が中国から戻ってくるとは夢にも思っていなかった光秀は、如何する事も出来ない侭に迎撃戦を展開しなければならなくなった。この時点で、両軍の兵力の差は、二倍以上。勿論、羽柴軍が明智軍の二倍なのである。
藤吉郎と秀吉は、隙の無い戦略と数の論理で圧勝。光秀は、小栗栖の藪の露と消えた。時に、五十五歳。
“山崎の戦い”である。


斯うして、羽柴筑前守秀吉は織田信長の後継者として、その最初の一歩を大きく踏み出した。
豊臣秀吉――二人で一つの名を持つ男達。後に、史上初の全国統一を成し遂げる英雄の、これは、若き日の“夢”の物語……。




そしてこれは、そんな世界から少しずれた時空のお話。











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