ザ・グレート・展開予測ショー

砂時計


投稿者名:tea
投稿日時:(04/ 4/ 6)




 さらさら

 砂の音が聞こえる。聞こえる筈もない程の、小さくささやかな音色。
 砂時計の落ちる様子を見ながら、タマモはぼんやりと耳を側立てていた。


 小脇にある「どん兵衛」は、砂が落ち切った時に完成する。三分で出来ることなど高が知れていたので、タマモは徒然なるままに小さな砂時計を眺めていた。

 さらさら

 修正液が乾くまでの間。接着剤がくっつくまでの間。タマモは、そういった無意味な時間を嫌う。しかし、今の時間は不思議と嫌ではなかった。
 眼前に見据える物が、不可視である「時」を具現化したものの様に思えるからだろうか。淀み無く流れ落ちる砂に、或いはそんな思いを重ねているのかもしれない。

 かちゃり、とドアが開く音がした。
 視線を向けると、馴染のあるバンダナと一張羅が目に映る。タマモと目が合うと、横島は軽く笑って挨拶した。

「よ。相変わらず、きつねうどんばっかだな」
「余計なお世話よ」

 横島の軽口を突っ撥ね、砂時計に向き直るタマモ。だが、横島はそれを見て複雑そうな顔をした。正確に言うと、タマモの隣にある砂時計を見て、だ。

「どうしたのよ」

 訝しげな顔を向けるタマモに、横島は自嘲気味に口を開いた。



「いや・・・最近、よく同じ夢を見るんだ。砂時計の砂に埋まって、窒息しちまう夢をさ」



 さらさら


 砂が落ちる。片方の天井から、片方の底辺に向けて。
 半分以上落ちた砂の中に、横島が埋まっている。手足をばたつかせ、虫の様にもがいている。
 なかなかにシュールな光景だが、タマモは何故か笑う事ができなかった。横島の顔に浮かぶ憂いの表情を見るに、それが単なる冗談でない事は容易に推察できたからだ。

「どれだけあがいても、全然這い出せない。それどころか、砂はどんどんと降って来るんだ。その内に、身動きもとれなくなっちまう」
「・・・」
「気が付くと、砂はべったりと俺の全身を覆っているんだ。まるでタールかセメントの様に。視界さえも閉ざされた世界から、汗だくで起きるのが最近の習慣になっちまったよ」

 そう言って、横島は力無く笑った。いつもの笑みではなく、見ている者を不快にさせるような自虐的な笑いだった。


 さらり


 砂が落ちた。
 横島は、まだ砂時計を凝視したままだ。魅入られた様に、囚われた様に。
 タマモは、重い溜息を付いた。横島の独白から導き出される、彼の深層とも言うべき弱さを垣間見てしまったからだ。

「いい方法を教えてあげるわ」

 タマモは備え付けの箸を割ると、横島の方を見ずにうどんの仕上げに取り掛かった。怪訝な表情を浮かべる横島に向けて、タマモは砂時計を投げ渡した。

「引っくり返せばいいのよ。そうすれば、全部流れて行くわ」

 湯気の立つうどんに、粉末スープと七味を加える。掻き混ぜる間、タマモは横目で横島の方を見た。明らかに、戸惑っていた。

「あのさ、タマモ。俺が言ってるのは、もっとこう・・・」
「同じ事よ。過去を悔やむ事と、落ちた砂時計に埋まってる事に違いなんかないわ」

 横島の胸に冷たいものが突き刺さった。今まで目を逸らしていたものを、突然目の前に曝け出されたような気分だった。

「アンタはまだルシオラの事を引き摺ってるのよ。忘れろ、とは言わないけど、今のアンタはそこに留まってるだけで前を見ていない。後悔や慙愧の念に雁字搦めにされて、過去という砂の中に閉じこもってるだけだわ」

 切り捨てるように言い放つと、タマモはうどんに箸を付け始めた。乾いた砂の音に変わり、ずるずると咀嚼する音が聞こえ始める。
 タマモの言葉に全身を打ち据えられ、横島は色を失う程の衝撃を受けていた。
 落ちた砂時計が表すのは、過去。夢の意味を理解した横島を待っていたのは、息が詰まる程の焦燥だった。つまり、自分は現実でも砂の中に埋没している。新しい時を刻んでいないのである。

「じゃあ・・・俺は、どうすれば」
「だから、さっきから言ってるでしょ?」

 苛立った声で立ち上がると、タマモは横島の手の平に収まっている砂時計を乱暴にむしり取り、おもむろに天地を逆転させた。


 さらさら


 砂時計は、再び動き出す。タマモはそれを横島の胸に押し付けた。

「これでいいわよ。後はなんとでもなるでしょ」
「なんとでもって・・・この砂時計、神通力でもあるのか」
「はあ?そんなわけないでしょ」

 呆れた様な目と声を横島に向け、タマモは椅子に座り直した。スープを飲む音が聞こえてくる。
 横島の内に、言いようの無い怒りが込み上げてきた。いいようにからかわれたのだろうか、などと考えたのを見通した様に、タマモが言葉を被せた。

「きっかけなんて、何だっていいのよ。要は、前に進もうって思う事が大事なの。アンタに貼り付いてる粘着質な砂粒だって、いつかは剥がれ落ちていくわよ。時間と共に砂が落ちていく様に、ね」

 タマモは、横島の持つ砂時計を指差した。砂は、清流の様に、全てを洗い流すかのように落ち続いている。
 横島は、タマモの優しさに触れたような気がした。物腰は淡白だが、閉ざされた時を強引にこじ開けようとしてくれているのが言葉の端々に浮かんでいる。自分の心と正面からぶつかってくれたタマモに、横島の内で何かが音を立てて流れ始めていた。
 スープまで飲み干すと、タマモは水を飲もうと席を立った。ドアノブに手を掛けたタマモの背中に、横島の声が届いた。

「・・・タマモ」

 穏やかで、優しげな声。この声を聞くと、どうにもペースを乱されてしまう。タマモは横島の方に振り向かず、「何よ」とだけ返した。


「・・・ありがとな」


 たった一言だが、思いが存分に詰まった言葉だった。
 タマモは、一瞬振り向こうかどうか迷った。おそらく、横島の顔にはいつもの笑みが浮かんでいるだろう。自然で、緩やかで、思わず見とれてしまう笑顔が。

「どういたしまして」

 やっぱり、やめた。今は、水を飲む事の方が先決だ。タマモはドアを閉めると、喉元を押さえながら台所に向かった。

「うー、なんだか喉が渇くわ。七味、入れすぎたかな」

 横島の為にいつになく饒舌になった事を誤魔化す様に、タマモは一人呟いた。


 

 タマモが出て行った部屋のテーブルに、空になった容器が置かれている。
 横島は少し笑うと、容器に寄り添う様に砂時計を置いた。





 さらさら





 砂が、流れて行く。




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