ザ・グレート・展開予測ショー

続々々々・GS信長 極楽天下布武!!(6‐1)


投稿者名:竹
投稿日時:(04/ 4/ 6)

「長政の奴が,裏切りやがった」
元亀元年,四月二十八日。
越前の朝倉義景を討つべく,軍勢を進める織田信長の駐留する寺院。
この日,急遽此処に信長配下の諸将が集められた。
そして,彼等の前で信長が吐いた台詞がこれである。
「浅井が,背いた」
そう言うと,信長は脇の菅屋九右衛門長頼を顎で指した。それに応えて,長頼が昨夜からの情報を総括した情況判断を語った。
浅井長政は,配下の全軍を招集して北国街道を封鎖すると共に,六角義堅や磯野員昌,阿閉貞征等とも約を結び,愛知川以東の全域を押さえた。又た,琵琶湖の湖族を取り込んで湖西に兵を送る準備をしている。六角義堅等は,近江各地の一向一揆等にも蜂起を呼び掛けている。云々。
「流石は,お市の婿だ。長政の策は,良く出来ている」
自嘲を込めて,信長は薄く笑った。
前方の木の目峠は朝倉勢の堅陣で塞がれ,背後は浅井や六角に閉ざされた。織田軍三万は,正に袋の鼠である。
此処で,信長が採り得る方策は三つ。
一つは,全力で目の前の朝倉勢を撃破し,後方の浅井・六角等の攻撃に備えると言う強行策だ。
これが,成功する可能性は低い。浅井や六角が味方になったと知れば,朝倉勢は専守防衛,援軍が来る迄,決戦を避けるだろうからだ。
もう一つは,今,最前線に出ていてこの場には居ない,徳川家康や柴田勝家,明智光秀等の兵も含めた全軍を金ヶ崎城周辺に集結し,朝倉・浅井の連合軍に決戦を挑むと言うものだ。
織田勢三万に対し,敵軍は多くみても二万数千,数字だけで見れば勝ち目が無くはなさそうだが,実際は絶望的だ。敵は,援軍を得て士気旺盛な朝倉勢に,かねてより信長との不和が取り出さされる征夷大将軍・足利義昭の命を得,逆賊信長の打倒に燃える浅井・六角等。一方,味方は予想外の危機に怯えている。又た,長期戦となれば補給が途絶え,留守の本領も荒らされる。到底,持ち堪えられるものではない。
最後の一つは,緊急の撤兵だ。
勿論,これにも危険が付き纏う。逃げるとなれば兵は怯え,列は乱れる。後衛は敵の攻撃に曝されるし,先陣は土一揆や落武者狩りに狙われる。その上,信長の敗北を知れば,各地の味方が動揺し,敵は活気づく。幾内の武将からも離反者が出るだろうし,一向一揆や比叡山も動き出すだろう。
諸将は皆,三つの案を頭に思い浮かべ,一つ一つの難しさを思い,否定した。
「備中守様は,何故に又たその様な事を……」
誰かが,そんな事を呟いた。
「浅井家に使いを出して,翻意を求めては……」
と言う声も出た。
しかし,信長は問題の先送りに一時の慰めを求める様な愚図な男ではない。
「へっ!是非に及ばん」
信長は,今迄営々と積み上げてきた巨大な軍事々業に,素早く見切りを付けた。即ち,第三の策を選んだのである。
「退く。全軍,直ちに京に引き上げるぞ」
瞬間,緊迫した沈黙が場を覆った。
追い打ちを掛ける様に,信長が言葉を飛ばす。
「殿払いは,誰がするか」
撤退の時は,進軍中の各組が現在地で反転するのが普通だ。進軍で先駆けだった精鋭が,撤退では殿となる。前方で手柄を立てる機会の多い部隊が,撤退での危険も負担するのだ。狭い道路と限られた情報手段に頼るこの時代の軍隊では,行動順序を入れ替えるのには手間と混乱が付き纏う。
だが,今回のケースにおいてはそうもいかない。
何故なら,進軍の先頭を行くのが,遠来の客将・徳川家康の部隊なのだ。織田家の戦いで徳川勢に大損害を負わせたのでは,同盟に罅が入る。特に,今回の徳川勢は将軍御屋敷の感性祝いで来たのだから,人数の割に上位の武将が多い。徳川家康は強かな男だが,流石にこれは呑めないだろう。
さりとて,この局面での殿払いは文字通り決死隊,戦死の可能性がかなり高い。
皆,怯えた様に顔を見合わせては目を伏せた。
「……」
信長の睨む中,重苦しい沈黙が続いた。
「今だ」
と,木下藤吉郎は思った。
木下秀吉,二人で一つの名を持つ男。
藤吉郎の勘が,今こそ命を賭けるべき時だと告げていた。
「……」
傍らに居る自分の分身,時空違いの双子の兄,日野秀吉に視線を飛ばす。
「……」
秀吉が,挑発的な目で頷いた。
「……」
藤吉郎も,緊張した面持ちで頷き返す。
そして,徐に口を開いた。
「畏れながら……」
「む?何だ,猿」
藤吉郎の声は,信長の耳に入った。“猿”とは,藤吉郎と秀吉――此処では藤吉郎の事である(秀吉は,“猿二号”)。
「撤退の殿……,俺達に務めさせて下さい!」
藤吉郎は,緊張で片目を瞑ったまま,声を大にして言い放った。
「ふ……」
信長の顔に,笑みが浮かんだ。
それは,如何言う意味だったのか。
何れにせよ,藤吉郎の嘆願は通ったのだった。
「よし,撤兵の殿,木下藤吉郎秀吉に命じる!金ヶ崎の城に籠もって,明日の朝,陽が昇る迄は持ち堪えろ!」
「ははッ!」
藤吉郎と秀吉が,寸分違わぬその声をダブらせて命を受ける。
「うむ……」
一つ頷くと,信長は立ち上がった。
「猿」
「はっ!」
そして,もう一度藤吉郎を呼んだ。
「……死ぬなよ」
「無論です!」
藤吉郎は,力強く返事をした。
「……よし……」
それを見た後,信長は諸将を見渡すと,右手に拳を作り,それを振り上げた。
「全軍,撤退じゃあ!」



「浅井家が裏切った」
自分の陣屋に戻った木下秀吉は,三人の腹心――木下小一郎秀長,竹中半兵衛重治,蜂須賀小六正勝――を呼び,それを伝えた。
「……」
誰も,驚かない。
二人が軍議に出ている間に,この陣屋でも浅井離反の噂は広まっていたのだ。
「引き揚げる。殿は,既に出立なされた。今頃は,二里程先だろうな」
秀吉の言葉に,今度は三人の顔に驚きの表情が浮かんだ。
が,
「殿払いは,我等が致す事となった」
続いて放たれた藤吉郎の言葉には,三人とも凍り付いた。
「今から,金ヶ崎城に入るぞ。彼処は無血開城だったから,兵も櫓も無傷で残ってるし,兵糧や鉄砲も存分にあるからな」
秀吉が,構わずに後を続ける。
「……しかし……」
そう声を上げたのは,誰だったか。
確かに,守るだけなら当分は持つかも知れない。しかし,救援の見込みの無い籠城,それは即ち,死である。
それを見て,藤吉郎が付け加える。
「いや,長い事じゃないよ。明日の朝,陽が昇る迄だよ」
余談だが,最近,藤吉郎と秀吉は言うべき事をわざわざ二人で分けて喋ったりする。声が同じとは言え,見ている方は鬱陶しくて仕方無い。
閑話休題。
「成程……」
と,重治が呟いた。
如何やら,皆,納得したらしい。一瞬,最悪の予想をした三人には,縦え本の僅かでも生還の可能性が有るのが,救いと思えた。勿論,藤吉郎と秀吉が,それを狙っていなかった訳はないが。

木下秀吉は,逃げる味方から旗印や鉄砲を貰い受け,先鋒の徳川家康が金ヶ崎城を通り抜ける迄,良く,これを守った。
後に太閤伝説として語られる事となる,“金ヶ崎退き”の顛末である。



それから三年後,元亀四年,八月二十七日。
木下改め羽柴秀吉の軍勢を含める織田信長軍は,浅井久政,長政父子の籠もる小谷城を囲んでいた。
「京極丸から攻め込めと,殿のご命令だ」
自陣に戻った藤吉郎は,そう,秀吉に言った。
「マジかよ……」
秀吉は,そう言って頭を押さえた。
盟友,朝倉義景を失い孤立無援となったとは言え,小谷城は堅固,そして浅井父子とそれに従う四千の忠実な将兵が死に花を咲かせんと待ち構えているのだ。
これを,前でも後ろでもなく,中間の京極丸から攻め掛けると言うのは,危険極まりない作戦だ。
「殿は,お市様に死んで欲しくないのさ」
口元に複雑な笑みを浮かべ,藤吉郎は秀吉を宥める。
浅井備中守長政の正室は,信長の異母妹・お市の方(小谷の方)である。信長に良く似たきつめの美人だが,一寸不味い領域に迄入っちゃってるブラコンだ。
それは兎も角,美人の誉れ高く,“四方様”と呼ばれた妹を嫁がせた長政は,信長にとって,徳川家康と共に自らの天下の両脇を固めるべき盟友だった。それだけに,裏切られた時の怒りも凄まじかった。
とは言え,信長はだからと言って怒りに任せて長政を責め立てる程愚かではないし,腹違いとは言え簡単に妹を殺せる様な非情な男でもない。
しかし,それはこの小谷城攻めの指揮を預かる羽柴勢にとっては,足枷にしかならなかった。



小谷城,本丸。
「市……,すまぬ……」
浅井長政は,項垂れる正妻に頭を垂れた。
「いえ……」
憔悴した表情で,お市の方は呟いた。
最早,長政の言葉さえ性格に耳に入っていないのかも知れない。最愛の夫と,理想の男性と慕う兄が争うなど,市には思いも寄らぬ事だった。正に驚天動地,遂には,流す涙も涸れ果てた。
「市……,お主は娘達を連れて逃げろ……。城攻めの大将達は,お主には敵意を持っていない様だから……」
「……。そんな……,市も……,市も長政様とご一緒に……!」
「死ぬと申すか」
「……」
「馬鹿者。それでは,娘達は如何なる。むざむざ助かるかも知れぬ命を捨てさせ……,お主,それでも母か?」
「……。そう申されますなら……」
「何だ?」
「何故……,お兄様に背くなどと言う真似を……」
「……。それは……」
「こうなる事など,目に見えていたではありませぬか,このファザコン!」
「……」
妻の暴言に,長政は反論の言葉を見付ける事が出来なかった。



藤吉郎と秀吉は先ず,あらゆる手掛かりを頼って内応者を探した。そして,京極丸の守将の一人,大野木土佐守秀俊を内応させる事に成功した。
一方,異父弟秀長に兵の大半を与え,南に突き出た小丸を断続的に攻め立てさせた。北の方でも,大嶽砦に入った柴田勝家や不破光治が盛んに兵を動かし出した。敵の注意を前後に逸らせる為だ。


やがて,日が暮れた。
晴れているが,月は無い。
藤吉郎は,暗闇に乗じて蜂須賀正勝や加藤光泰等からなる精鋭部隊五百を選りすぐり,小谷山の中間尾根の東側を登り,京極丸を襲った。


京極丸を落とした羽柴勢は,続いて浅井下野守久政の籠もる小丸を攻め,久政を自陣に追い込んだ。
そして,久政の死んだ二十八日の夕刻,織田軍は,遂に小谷城本丸に攻め込んだ。



「長政様ーーッ!」
お市の方の叫びが,戦場の喧噪に消えていく。
「お市様,いけませんッ!」
涙を流し,炎上する本丸に戻ろうとする市を制止する藤吉郎。その背中では,市と長政の長女・茶々が,気丈に涙を堪えている。
「小六様!」
「ちッ!」
藤吉郎は,傍らを走る正勝に合図した。彼は藤吉郎の部下なのだから呼び捨てにして然るべきだが,如何にも自分に自信の持てない藤吉郎は,未だに彼を様付けで呼んでいた。
「御免ッ!」
正勝は,近くにいた兵に持っていた銃を投げると,市を腰から担いだ。
「いやっ!長政様があっ」
「いけません!本当に死んでしまいますよ!?」
藤吉郎は,何とか市を落ち着かせようと務めるが,戦場と言う極限状態の中で,如何しても言葉が荒くなってしまう。
「長政様が死ぬなら,私も死ぬわッ!」
「何を申されます!備中守様が,如何なお気持ちでお市様にお子様方を託されたか……,それを踏み躙るおつもりですか!?」
「黙りなさい,下郎!貴方などに,長政様の何が分かりますッ!」
「下っ……!」
これは,藤吉郎,及び秀吉に対しては禁句だ。下賤の生まれである事は,二人にとって強烈なコンプレクスとなっている。
「こンの……っ!」
思わず拳を握ってしまう,藤吉郎。
「藤吉郎迄切れて,如何すんだよ!」
正勝が,藤吉郎を諫める。戦場なので,此方も昔通りに敬語が無くなっている。
「長政様ぁっ!」
「ったく……!」
自分の肩の上で,依然泣き叫ぶ市にも,正勝は叱責する。
「落ち着けよ!」
「これが,落ち着いて……」
「好い加減にしろよ!?甘えてんじゃねえよ!」
「!?」
正勝の剣幕に,市も思わず気圧され,押し黙った。
「お前だけが辛いとか思ってんじゃねえぞ,こら!あ!?お姫様!」
「ちょっ……,小六……」
流石に無礼に過ぎると,藤吉郎が制止に入る。
が,正勝は構わず続ける。
「見ろッ,この娘達を!この状況でも,健気に泣きもしないで頑張ってるじゃねえか!それを,母親のあんたが何だ!?」
「……!」
市の表情が変わる。
「戦で夫を亡くした未亡人なんて,大勢いる!裏切り裏切られてなんてのは,世の常だ!悲劇のヒロイン気取るのは良いが,少しは手前えのガキの事位,考えろよ!」
「……」
ダッ……
「あっ……」
「ふん……」
躰を翻す。
信長の指定した,信長の三弟・長野信包の陣へ向け,市は自らの足で走り始めた。

「……っ!」
大粒の涙を,流しながら。



二十九日の朝,浅井長政は自刃して果てた。享年,二十九歳。
その所領,北近江三郡十二万石は,ほぼそのままの形で羽柴秀吉に与えられた。
あの“金ヶ崎退き”から三年余り,多くの城主を帰属させ,年貢徴収から治安維持迄のシステムを確立していった彼等の功績が,信長に認められたと言う証だった。

羽柴藤吉郎秀吉――後の太閤太政大臣・豊臣秀吉は,三十七歳にして,遂に一国の主となったのである。




そしてこれは,そんな世界から少しずれた時空のお話。











カラカラカラ……
「御免下さーい」
「応,いらっしゃイ」
此処は,霊能アイテムの卸売りを専門に扱っている,ショップ『蜂須賀堂』。
店長の蜂 須賀は,扉の開く音に読んでいた新聞を降ろした。
「何だ,信長の所に新しく入ったねーちゃんカ」
「はい,注文しておいた物を貰って来いと織田さんが」
そう言ってカウンターに向かうのは,長い黒髪を無造作に束ねた少女。『織田除霊事務所』に所属するGS,勒鶴義堅だ。
Tシャツにジーパンと言うラフな服装で,肩には九本も尻尾が生えている仔狐が巻き付いている。
「分かっタ。一寸ばかし,待ってナ」
須賀は,そう言って店の奥に引っ込んだ。


「ふう……」
須賀が戻ってくる迄の間,義堅は手持ち無沙汰にカウンターに寄り掛かっていた。
「あー……,何か眠くなるなあ……」
GS資格を取って憧れの『織田除霊事務所』の,しかも本オフィスに就職出来た。コネが有ったとは言え,ラッキーだった。
それからの事務所での仕事は,楽しい。単に所長の織田信長のファンだからと言うミーハーな理由で入った除霊事務所だったが,日常がこんなにも楽しめる職場は,そうも無いだろう。
だが……
「……」
時折,ふっと淋しくなるのだ。
喪失感,いや……,何かが足りないと思えてくる。
「はあ」
恐らく,それは無い物強請りなのだろう。
若しくは,人生に疲れるなどとは誰にでも有る事だ。一々気にして,ナーバスな気分になっていても仕方無い。
何にせよ,今,自分は仕事を楽しんでいる。人生も……,それなりに頑張って楽しんでいる。一応,今現在は順風満帆と言っても良いだろう。
「……」
店の,木で出来た天井を見上げる。
木目が,意味の有る形に見えてくる。だから何だと言うものでもないが。
「……」
自分でも意識せぬ内に,呆けた様に薄く口が開いた。
「久秀さん……」
口をついて出たその言葉は,既に命を落とした,嘗ての“同志”。
「義久さん……,元親さん……,輝虎さん……」
自分は,“その事”自体には,余りこれと言った思いも無かったのであるが。それでも,一時は仲間として共に戦い,散っていった人達。
幼馴染みの絹女光佐に引きずられて,何となく荷担した彼等――『魔流連』の計画だったが,義堅は,それで生まれて初めて,自らの手で人を殺した。
人を殺した感触が,手に残っているとか言う訳ではない。寧ろ,あの時はテンパっていて良く覚えていない。
人を殺したと言う十字架に,怯えていないと言う訳ではない。いや,彼女はブッティストであるが。
しかし,それでも一般より幾らかゆっくりな時を刻む日常を過ごしていく上においても,支障が出る程でもない。あれを通じて,良い意味でも悪い意味でも何か吹っ切れた様な気がする。
「……」
……………………。あれ?
「……えっと……」
何て名前だっけ?出て来ないな……。
ああ,そんな事思ってたら,顔も怪しくなってきた。あの人,こんな顔だったっけ?
「えと……,そう……,あれよ」
そうだ,義……,義……
「義飽さん!」
正解は,義昭である。既に鬼籍に入っている,『魔流連』のリーダーだった男だ。
「あれ?矢っ張,何か違う様な……」
そんな事を呟く義堅の耳に,突如,轟音が聞こえてきた。


チュドォォォーン!

ドゴォ!
次いで,須賀の巨体が店の奥から吹っ飛んできた。
「うわぁ!何事!?」
「いつつつツ……」
須賀は,腰をさすりながら立ち上がった。
「な,何かあったんですか?」
無い訳はないだろうが,一応,義堅は須賀に訊いてみた。
「いや……,地下のヒラテの奴の研究所でヨ……」
須賀が,口を開く。
因みに,魔法アイテムの製造にも興味を持つ須賀は,店の地下をかの天才錬金術師,『ヨーロッパの魔王』と呼ばれたドクター・ヒラテに貸し出している。
「ええ,地下で何が……」
ドギュン!
「……え?」
倒れた須賀と,それを覗き込む義堅の間を,素早く“何か”が擦り抜けて行った。
ドゴーン!
更にその“何か”は,店の扉をぶっ壊して外へ出て行ってしまった。
「な,何が……」
義堅が呆然と壊された扉を眺めていると,店の奥から老人と妙齢の女性(少なくとも見た目は),そしてセーラー服の眼鏡っ娘が現れた。ドクター・ヒラテと彼の作った史上唯一の人口霊魂搭載型アンドロイド・フカン,そして,ヒラテの押し掛け弟子である義堅の幼馴染み,絹女光佐である。
「何と,外へ出てしもうたか」
「イエス,ドクター・ヒラテ。これ,非常に・不味い」
真っ白い頭をぺちんと叩くヒラテに,冷静な突っ込みを入れるフカン。
「……けほっ,けほっ」
光佐は,舞い散る埃で咳き込んでいる。
「なっ……,何があったの,こーちゃん」
義堅は,光佐に訊いた。訊くべきではない様な気もしたが,目の前で此処迄やらかされておいて,今更無関係は装えない。如何せ巻き込まれるのなら,状況は正確に把握出来ていた方が良い。
「あ,よっちゃん。いや,実はさー,試作したロボットが又た失敗作でさー」
光佐は,霊能古学に青春を掛けているマッド・サイエンティスガールだ。フカンに次ぐ第二の完全自立型アンドロイドの製造を目指し,日夜研究を続けている。
「しかも,外に出て行っちゃったの〜?」
「って,まさか,外に出たら――」
「うん,危ない代物だね」
光佐は,事も無げに言う。
「おい!」
「と言う訳で,回収するの手伝ってよ」
「マジでぇ?」
「うん,お願い」
ポン!
その時,義堅の肩の仔狐が床に降り,コミカルな音を立てて人間となった。
九つの尻尾を現す様な,金色に染まった九房のポニーテール。金毛白面九尾の妖狐,黒田考高である。
「――じゃ,私はこれで」
「逃げちゃ,いやん」
我知らぬ顔で扉へ向かおうとする考高の腕を,義堅が掴んだ。
「……」
「……」
暫し,白けた沈黙が流れる。
「何でよ,帰らせてよ,私は関係無いじゃない!」
「駄目よ,自分だけ逃げ帰ろうったって,そうはいかないわ!」
言い争う,義堅と考高。
「私を,引きずり込もうとするなぁああ〜〜〜〜!」
狭い店内に,考高の絶叫が響いた。

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