ザ・グレート・展開予測ショー

壬生浪狼伝 二


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 4/ 4)

新撰組の屯所である前川屋敷より、小路を隔てた向かいに地名の由来ともなった壬生寺がある。
五山の山々が色付き始める頃になると、この境内にて壬生狂言が奉納される。
正しくは壬生大念佛狂言というが、京の庶民は「壬生さんのカンデンデン」と呼んで長い間親しんできた。
広大な境内は、市中はもとより洛外からも訪れた老若男女で溢れかえっていた。
この夏は世に言う禁門の変が起こり、京の街も大半が戦火に巻き込まれた。多くの家々が焼かれ、被害にあった人々は優に数万を下らない。
だが、そのような時勢なればこそ鎌倉の頃より続いたこの狂言を盛り立てる、それが庶民の意地でもあった。
「沖田君、大丈夫か」
山南は境内を埋め尽くす黒山の人だかりを見ながら、連れの若者を気に掛けていた。
「え、ええ、大丈夫ですよ。それにしてもすごい人ですね」
二人は舞台のある狂言堂からは少し離れて立っていたが、それでも噎せ返るような熱気であった。
「とても、いつもの寺とは思えないなぁ」
沖田があきれたように呟く。
いつも近所の子供たちと遊んでいる慣れ親しんだこの場所が、今日はまったく違う光景に見えた。
奥から、わあ、とした歓声があがる。
厄除開運の焙烙割りが始まっていた。
面をつけた演者が、次々と素焼の焙烙を投げ割っていく。綺麗に割れると願いが叶う、と言われていた。
「沖田君、君も奉納したのかね」
「ええ、しましたよ。山南さんはどうです」
「したよ」
「どんな願掛けしたんです」
「別にいいじゃないか」
「教えてくれてもいいじゃないですか。何をお願いしたんです」
「駄目駄目」
「ちぇっ、つまんないなぁ」
むくれる沖田を見て、山南は苦笑した。
新撰組に沖田総司あり、と言われて久しいが、どうしてどうしてまだ子供である。
それが、一度剣を振るえば鬼神の如き働きをするのだから、いやはや恐れ入るほかはなかった。
この沖田君といい、天賦の才とは如何ともし難いものだ、と山南は微かな嫉妬を覚えた。
そんな事を考えていると、舞台は次の演目に進んでいた。
壬生狂言は無声劇である。
ことさらに強調された滑稽な演技で、勧善懲悪で娯楽的だが世の理を伝える仏法としての演目が並べられていた。
安珍清姫の伝説で有名な「道明寺」
地獄の閻魔の裁きを教える「賽の河原」
三国伝来の金毛九尾の狐の化身を描いた「玉藻前」などが披露される。
そして、皆が楽しみにしていた大一番、「土蜘蛛」が始まっていた。
絢爛豪華で異形の土蜘蛛が糸を撒くくだりはこの狂言の最高潮であり、その糸を持つと御利益があるということで、観客は先を争って取っていた。
十重二十重に取り巻いた群衆が、浮きつ沈みつして動き回っていた。
その中で山南は見つけた。
一際大きく飛び跳ねている白い髪の持ち主を。
「沖田君」
興奮を抑えつつ、傍らの連れに声を掛ける。
「私は少し用事が出来たので、悪いが先に戻っていてくれないか」
「どうしたんです」
「話は後だ。では」
そう言って慌しく駆け出し、人の群れを泳ぐように掻き分けて行く山南を、沖田は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして見つめていた。
次第におかしさがこみ上げてくる。
「あっははは、山南さんも案外子供だなぁ」
さては馴染みの女でも見つけたか、沖田はそう思った。
無論、沖田が知る由もないが、当たらずといえども遠からずというところであった。

人込みに揉まれて行きつ戻りつしながら後を追って来たが、いつしか姿を見失っていた。
境内の裏手に来るとさすがに人影はまばらで、木の陰で睦み合っている男女の声以外には、それらしい気配も感じられなかった。
見失ってしまったか、と諦めかけたとき、
「どなたをお探しでござるか、山南どの」
と、背後から声を掛けられた。
あわてて振り向くと、記憶にある忘れ得ぬ顔が、微かな微笑を浮かべながら立っていた。
あの夏、祇園にて強烈な剣戟を見せた少年、犬塚シロであった。
「いつぞやは御無礼を致しました。御許しくだされ」
「私は別に何も」
「あのとき、お声を掛けてくださったのは、本当に嬉しゅうござった。改めて御礼を申し上げる」
そう言って初見のときとは異なり、赤い前髪の頭を深々と下げた。
山南はあらためて犬塚を見やった。
年の頃はやはり十四、五といったところであろうか。元服は済ませているようだが、まだ初々しさが感じられた。
青縞の小袖に袴をつけた身体はすらりとして引き締まり、凛とした気配が匂い立つ。
白銀と深紅に染まる総髪は異なるものであったが、不思議と調和の取れた趣があった。
だが、その奥にどこか人を寄せ付けぬ憂いが見て取れた。
「拙者をお探しかと存ずるが、いかがでござるか」
「いつかまた会って、お話を伺いたいと思っておりました。かまいませぬか」
「かまいませぬ。屯所のほうへ伺えばよろしいでござるか」
「いや、別のところがよろしいでしょう」
新撰組とは関係なく話がしたい、そう告げていた。
犬塚はその意を察し、
「御同道仕りましょう」
と言った。
未だ群衆で溢れかえる境内を外れ、二人は綾小路通のほうへ歩いていった。
その後を、そっと追う影のあることに気付く者はいなかった。

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