ザ・グレート・展開予測ショー

手のぬくもりと狼少女と


投稿者名:マサ
投稿日時:(04/ 4/ 1)

「今日のお夕飯のお買い物、横島さんと行って来てくれないかな?」
その日の朝、制服姿のおキヌがシロに言った。
何でも、かおりと魔理に勉強会に誘われたけれど、帰るのが遅くなりそうとのことだった。
ちなみに、前回事務所でやったときはその二人が集中力に欠けてしまうことが判明したため、かおりの家でやることになった。
「え!せ、拙者でござるか?!」
「え、う、うん…」
ばんっ、と食卓を叩いて椅子から立ち上がり、大きな目をきらきらうるうるとさせて詰め寄るシロにたじろぐおキヌ。
「で、今日は何にするでござるか?」
「えーと、何でも…」
「了解したでござる!拙者に任せてくだされ!先生とのでー……けふん、任務は必ずややり遂げるでござるよっ!!」
どっか遠いところを見つめながら握りこぶしを作って熱弁するもんだからおキヌも何も言えない。
とゆーか、この勢いを止めること自体が無理な領域に突入している。
そんなシロの姿を、寝ぼけまなこをこすってぼぉーっとしながらもきつねうどんをずずっとすすってタマモがにべも無く一言。
「何が嬉しいんだろ、この犬」




















「…で、俺ってこんな役回りばっか」
がっくし、とうなだれて本日の被害者(?)は悲しき叫びを揚げる。
そんな気持ちを知るわけも無く、怒濤のような足音が戻ってきて、目の前で急ブレーキをかけた。
「せんせー、早く行くでござるよ」
全身から嬉しそうなオーラを発し、満面の笑みを浮かべてシロが催促する。
「…わかった。わかったから、落ち着け」
「じゃ、行くでござる」
そう言って猛然と再びダッシュを始めようと、シロが地面を蹴った。
が、次の瞬間、何かに引っ張られる感覚と共にそのまま加速する事無くその場で止まる。

 どくん

「へ?」
シロは振り向いて心臓が跳ねたのをはっきりと感じた。
いや、振り向く前から犯人は一人しかいないのだから、驚くことも無いはずだ。
「話をちゃんと聞け」
シロの手をつかんだまま、横島が言った。
何も言えないままこくりと頷く。
「楽しいんだろ、買い物。ならゆっくりの方が長く楽しめるのと違うか?」
「は、はい…で、ござる」
照れくさそうに視線をそらして話す横島に対して、シロは上手く喋れない。

 どくんどくん

心臓の動きがだんだんと早まってくる。
シロはじっと俯いたまま、視線だけ上げて横島を見た。
いわゆる上目遣いだ。
しかも、どうも顔が紅潮している。
一瞬視線が合ってシロはまた視線を落とした。
「その…、先生」
「あ、ん?」
「手…」
「あ…」
遅くも無く、早くも無い速度で引いた手を所在なさげに1つ思案してから横島はズボンで軽くこすった。
特に意味は無い。
「んー」
自分でも聞き慣れなかったが(というより、そんな覚えなど無い)、切なげにシロが小さくうめいた。
「先生、そうじゃなくて、その…」
「ん?」
シロには珍しい歯切れの悪い話し方に横島は疑問符を浮かべる。

 どくんどくんどくんっ

心拍が速くなって息が苦しい。
懸命に突っかかりそうになりながらシロは言葉を押し出していった。
「手…をつないで…ほしい…で、…ござる」
どうにも消え入りそうな声だったけれど何とか言えた。
「はぁ?!」
「いえ、だから……でござる」
「……………」
「……………」
「ほれ」
そう言うと横島はぶっきらぼうに視線は彼方へ向けて、手だけ出す。
「言っとくが、このまま走り出すとかはなしだぞ」
「そ、そんなことしないでござるよっ」
            
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「ただいまでござる」
買い物を終えて住み慣れた屋根裏部屋に入ると、珍しく雑誌を読みながら自分のベッドに寝転がっているタマモにそれだけ言ってシロもベッドに倒れこむ。
「ん、おかえり」
そっけなく返すタマモの声も頭の隅でかすかにこだまする。
「(どうしてでござろう。今日は疲れたでござる。ずっとどきどきしていて…。そういえば、先生と手をつないで歩いたのは初めてのよう…な………………)」
少なくとも、走ったことはあっても歩いたことは無いな、と思う。
なにせ、いつもははしゃいでしまって、外に出たとたんに彼を引きずり回しているのだから。
そこまで考えたところで、彼女の意識は暗い霧の中へとかすんでいった。
「なにやってるのよ、バカ犬」
となりで寝息を立てはじめた相棒を一瞥し、タマモは静かにひとりごちた。



        ○        ○        ○     



「おキヌ殿、今日の買い物は何を買ってくるでござるか?」
次の日のシロの第一声がこれ。
「え、えーと、別に…」
 じいっ
「お豆腐…」
「承知したでござる!」
言うが早いか、ドップラー効果の効いた台詞を残してシロは文字通り事務所から飛び出した。
「シロちゃん、お金…」
後にはそんなおキヌの言葉がさびしく響く。
木枯らしが横から吹くなどというお決まり的なオマケ付きで。

初めてドアを一度立ち止まってから開ける。
拙者は病気なんでござろうか、などと思うくらい心臓が早鐘を打っていた。
落ち着いて、いつも言っている言葉を。
「せんせー、さんぽにいくでござる……あり?」
室内を見回す。が、そこに横島の姿は無かった。
「どこ行ったんでござろう……」
「どした?」
「はにゃぁぁぁ〜〜〜?!!!!」
「のわっ!」
「せ、せんせー、おどかさないでくだされ」
「それはこっちの台詞やないけ、こら」
おどろいた拍子にコンクリートの床に叩きつけた尻をさすりながら、胸を押さえてぜぇぜぇと息をしているシロに抗議する。
まあ、そんなことしても不毛(と言うより言い合いが始まっても終わりそうにない)なので、ともかく気を取り直す。
「……で、何の用だ?」
「あ、そうでござった。せんせー、さ……」
「却下」
「あぁあぁ、違うでござる!違うでござる!買い物に行くでござる!」
シロの顔がみるみるうちに赤くなる。
「は?昨日行ったはずじゃ……」
「今日はおとーふでござる」
両手で握りこぶしなんかを作ったりして力説するシロ。
「……おまえ、熱無いか?」
そう言って横島の右手がシロの前髪を書き分け、額に当たられ、持っていたコンビニの袋を地面に置いてからになった左手を自分の額に当てる。いわゆる年上が年下をいたわる代名詞的な動作……と言うかどうかは知らない。
そうすると、もうシロの方は首の付け根から上が真っ赤になって湯気が立ちそうだった。さっきおどろいたときよりも心臓がまたひときわ高く跳ね上がった―――ような気がする。
急いで一歩後ろへ下がる。
「熱っぽくないか?」
「そ、そんなことないでござるよ」
「そーか?顔赤いぞ、すごく」
あうあうっ、せんせーはどうしてこう、変なときにしくこく訊いてくるんでござろう、などと思いつつも、この心遣いも当人としてはちょっぴり嬉しかったりもする。
何にしても、ここでこうしていても始まらない。
「せんせー、そんなことはいいでござるよ。早く行くでござる」
さっきまでシロの額に触れていた行き場のない横島の右手首をひっつかんで彼女は歩き出した。
「あああああ〜〜〜っ、俺のひさびさの大奮発がー!目玉焼きののったキムチ納豆豚丼ぐぁ〜〜〜っ!!」

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「何で買い物に行きたがるかなー」
よりにもよって、近場のスーパーではなく商店街の外れにある普段ならずぇっっったい行かない豆腐屋のおじいさんに若いモンはちゃらちゃらしていかねぇ、そこの譲ちゃんのその髪の色はどうたらこうたらなどとさんざ言われながら目当ての豆腐を手に入れて帰る途中、横島はうんざりした様子でぼやいた。
「だって、そうすれば一度止まる必要ができるでござろう?」
「何のこっちゃ」
言葉の意味は取れなかったけれど、今日はずっとシロがにこにこしていたことは横島もどことなく嬉しかった。
「ともかく、今日はありがとうございました!でござる」
「おうっ」
立ち止まり、正面を向いておおげさに礼をして見せるシロと、それに笑って返す横島。
「せんせー、手、……つないでくだされ」
「…………」
「…………」
「ほれ」
「わーい」
「おいおい。。まったく、昨日も今日も変だぞ」
「変でいいでござる」
そんなことを言って心のそこから嬉しそうにしているシロを見て、横島はつい笑ってしまった。
(今の拙者と横島せんせーの距離はこれくらい。……でも、もう少し―――がんばりたいでござる)
「おい、シロ。しがみつくな。歩きづらい」
「やーでござる」
ぺろりと舌を出して、頬を朱に染めた人狼族の少女はそうのたまわった。




















「なー、相棒」
「何?どうでも良いけど、その呼び方背筋が寒くなる」
タマモは仰向けのまま、目を眇めて声の主を見る。
どうでも良さそうな表現ではないことをどうでも良いなどといっている辺りが彼女の素直なようで意地っ張りなところかもしれないが。
「拙者、変でござるよ。もしせんせーが怪我しても、今の拙者にはヒーリングできそうにないでござる」
「何で?」
「分からないでござる。今は、せんせーとあまり目を合わせていると胸の辺りがぼわぁっと熱くなって逃げたくなるでござる」
わからない。なぜ、いきなりそんなことを言い出すのよ。やっぱりあんたはバカ犬よ。
胸のうちでは次々と言いたいことがたまっていくのに、なぜか声に出そうとはしなかった。
結局言ったのは一言だけ。
普段通りの意地っ張りな一言。
「ふぅん、役立たずね」
「そうでござるな」
自嘲気味にシロは微笑した。
「もう遅いわよ。早く寝なさい」
今日のこいつはおかしい。早く寝て明日はいつものバカ犬に戻りなさい。
心の中で命令しつつ、タマモは眠りについた。
「すまぬな、相棒……」

「拙者はいつも走り回ってばかりで、気付かなかった。……あの時、分かったでござるよ。拙者はせんせーという人をしっかり見ていなかったって。せんせーの手は暖かくて、どきどきして、拙者、どうしていいかわからなくなって。でも、とっても嬉しかった。それで、気付いたでござる。散歩だと、拙者はどうしても走り出してしまってダメでござる。だから、買い物ならいいかなって……。拙者にとってせんせーとの買い物は特別なんでござる。拙者、発見したでござるよ。今の拙者の好きは前までとは違うでござる」
窓辺で夜空を眺めながら、シロはひとり星に向かって語る。
今は、ただ静かに聞いてくれる相手がほしかった。
そして、最後の一言は、もういびきをかいて寝ているであろうあの人へ。
「……横島せんせー、だぁいすき、でござるよ」










それ以来、シロが事務所内で時たま鋭い視線を向けられることがあるらしいが、何事もな……いわけないか。

                  ―おわり―

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