ザ・グレート・展開予測ショー

小鳩女豹大作戦 第二話 女豹小鳩(その3)


投稿者名:Dr.J
投稿日時:(04/ 3/30)


 それからの数時間は、あわただしく過ぎていきました。まずオカルトGメンの東京支部へ行って、西条さんという人に会ったんです。美神さんのお母さんの弟子だそうで、30歳くらいの、しかしハンサムな男の人でした。以前どこかで会ったような気がして尋ねてみたら、三年前、私が横島さんと出会った直後に、何度か会っているということです。あの時の出来事があまりにめまぐるしかったために、忘れてしまっていたみたいで、小鳩は赤面してしまいました。
 そこから地下道を車で走って、着いた所は、地下に作られた神社のような場所でした。オカルトGメンの秘密の訓練施設だそうで、そこで、西条さんと美神さんのお母さんを前に、一通りの話をしたんです。美神さんのお母さんに会うのは初めてでしたが、美神さんによく似た、感じの良い女の人でした。

 そしていよいよ、横島さんの言っていた、『悪霊や魔物を人工的に再現する装置』です。直径4,50メートルのドーム状の部屋の中で、オカルトGメンの隊員さんたちが、銃とか鏡とか刀といった物を手に、本当に悪霊や魔物と戦っていました。幽霊の伊藤仁明さんが、それに立ち会っています。もちろん悪霊や魔物と言っても、擬似的に造られた物で、スイッチを切れば消えてしまうのだそうですが、見た目は本物と変わらなかったし、実際にも戦う分には本物と変わらないのだそうです。違うのは殺されることはないことだけだそうで、本当に私がこんな相手と戦えるのか、不安にならざるを得ませんでした。

 2時間ほどで一通りアイテムのテストは終わり、いよいよ私の出番です。更衣室で、美神さんのお母さんの前で、小鳩は豹の皮に入りました。もちろん一度、生まれたままの姿になってからです。身体の痛みはつらかったですけど、我慢できないほどではありませんし、何度か経験すれば、おそらくある程度は馴れると思います。豹の姿であのドームに踏み込むと、上の窓から、横島さんたちと美神さんのお母さん、西条さんを初めとするオカルトGメンの隊員さんたち、そして幽霊の伊藤仁明さんが、見守っているのが見えました。

「じゃあまず、動き回ってみて。」

 スピーカーから流れる声に、小鳩はあたりを駆け回り始めました。驚いたことに、あんまり運動神経の良くないはずの私が、ほんとに自由自在に動き回れるんです。壁を蹴ってジャンプし、空中で一回転して着地する、なんてことも簡単でした。窓を見上げると、中で美神さんのお母さんが、OKというようにうなずいています。ほんのちょっぴり、小鳩は得意な気分でした。

「運動能力はOKみたいね。それじゃ低級霊を一匹出すから、まずそれと戦ってみて。」

 いよいよ本番です。緊張で身体が堅くなるのが、自分でもわかります。部屋の中央に霊が現れ、いきなり襲いかかってきました。怖さに思わず、前足の爪で一撃すると───それだけで、霊はあっけなく消えてしまいました。

「雑魚では相手にならないみたいね。じゃあ、今より少し強い霊を三匹出すから、今度はあなたから仕掛けてみて。」

 最初の霊をあっさりと片づけて、私はちょっぴり自信が沸いていました。美神さんのお母さんが言うとおり、今度は自分から仕掛けることにします。最初の二匹は、前足の一撃であっけなく片づいたんですが、三匹目は、なぜか少し強い感じがして───爪ではなく、牙で噛みついてみることにしました。すると驚いたことに───実体のない霊のはずなのに、ちゃんと歯ごたえがあったんです。そのまま顎に力を込めると───その霊も、あっさり消えてしまいました。

「じゃあ次は、さらに強くて、しかも少しばかり知恵のある霊よ。今までみたいに簡単にはいかないから、そのつもりで。」

 確かに簡単にはいきませんでした。いわゆる「引かば押せ、押さば引け」で、こちらの攻撃をかわしては、後ろや側面に回り込んで来るんです。今の私ほど動きは早くないので、攻撃を食うことはありませんが、こちらの攻撃もあたりません。このままでは駄目だと思い、一旦引いて作戦を練ることにしました。でも相手も馬鹿ではなく、闇雲に攻撃しては来ません。部屋の中央、ジャンプしても攻撃できない場所に陣取って、こちらを見下ろしています。

『飛び道具があれば攻撃できるのに!』

 そう思った瞬間、喉の奥が熱くなるのを感じました。

『えっ?』

 考える間もなく、口から何かが飛び出して行きます。───それが霊に命中すると───霊は、木っ端微塵に砕けてしまいました。

「霊波砲も使えるのか!」

 西条さんの驚いた声が、スピーカーから聞こえて来ます。

「やるわね。それじゃ、今までとはレベルの違う霊を出すわよ。もちろんプロのGSなら、確実に勝てる霊だけどね。本物だったら殺されかねないけど、ここではせいぜい気絶する程度だから安心して。」

 その言葉通り、2メートル以上ある大きな霊が現れ、素早い動きでこちらに向かって来ます。私は迷わず、霊波砲を一発。これはかわされたのですが、次の二発目は、至近距離からまともに相手を捉えました。『やった!』と思ったのが、一瞬の油断になってしまったのでしょう。次の瞬間背後に回り込まれ、そのうえ身体をつかまれてしまいました。
 霊につかまれているところから、感電したような衝撃が伝わってきます。この体勢では、霊波砲を相手に当てることもできません。なんとか相手の腕から逃れようと、必死でもがきました。ところがその時、不思議なことが起こったんです。私の目に、相手の『核』と言うべきもの───おそらくあれが、『霊的中枢』なのでしょう───が、ふいに見えたんです。咄嗟にその部分を、後ろ足の爪で蹴り付けました。
「ギャアア!」と霊が悲鳴をあげ、私をつかまえていた力がゆるみます。すかさずその腕から抜け出すと、霊的中枢へ向け、霊波砲を一発───しかし相手はそれをかわし、もう一度私をつかまえようと、腕を伸ばしてきました。身を沈めてそれをかいくぐると、私は咄嗟の判断で、相手の内懐へと飛び込みました。両の前足で霊を押さえ込み、霊的中枢へと牙を立てます。弱点への攻撃に、霊が凄まじい悲鳴をあげました。牙の間で、何かがぐしゃりと潰れる感触があり───それで相手は消滅しました。
 スピーカーから何も聞こえてこないので、上の窓を見上げると───横島さんと美神さんのお母さん、西条さん、幽霊の伊藤仁明さんが、何やら話し込んでいるのが見えます。ややあって、次のようなことが聞こえてきました。

「たいしたものね。じゃあ、次で最後だから頑張って。この霊に勝てれば、完全にプロのGSとして通用するわ。あと言っておくけど、相手に噛みついた状態で、霊波砲を撃とうなんて考えないように。自分の顎が吹き飛ぶわよ。」

───この霊に勝てるなら、除霊に加わっても、横島さんの足手まといにならずに済む───そう考えると、私は再び身が引き締まる思いでした。
 最後の霊が、部屋の反対側に現れ───体の一部を触手のように伸ばして来ました。

『えっ?!』

 私はちょっと驚いたのですが、すぐさま横っ飛びにかわし、霊波砲を相手に撃ち込みます。しかし相手は、わずかに横に動いてそれをかわすと、触手を鞭のように叩き付けて来ました。私は跳びのいてそれをかわしたのですが、触手の先端が左の前足をかすめます───軽く触れただけなのに、やけどしたような痛みを感じました。どうやら接近戦は避けたほうが良さそうです。
 それからしばらくの間は、互いに相手の攻撃をかわしつつ、遠距離攻撃の繰り返しになりました。ずいぶん長い時間に感じられたのですが、実際はせいぜい二,三十秒だったでしょう。文字通り一進一退の攻防で、このままではらちが開きません。この状況を打破するには、何かしら相手の意表を突く必要がありました。

『ならば!』

 私は、相手の触手をかわしつつ横にダッシュすると、壁に向けてジャンプし、さらに壁を蹴って空中に跳び上がりました。これはどうやら意表を突いたようで、触手も追っては来ません。そのまま相手の頭上から、霊波砲を一発───わずかに霊的中枢を外したようですが、手応えは充分ありました。かなりのダメージを与えたはずです。
 しかし相手も、そうそう甘くはありません。私が着地すると同時に、触手の一本が私の左後ろ足にからみつきました。足首の痛みにあわてて振り返ると、もう一本の触手が私の顔面へと向かって来ます───。『霊波砲を封じるつもりだ』と気がつき、逆に相手の内懐へ飛び込むことにしました。
 前の霊の時と同様、向かって来る触手をかいくぐります───なぜかこの時、時間の流れが遅く感じられ、余裕を持ってかわすことが出来ました───前回と違うのは、喉の奥で『気を練って』いること───。私はそのまま相手に向かってジャンプすると、至近距離から霊的中枢へ向け、それまでより強力な霊波砲を叩き込みました。その爆風で、私の身体が後方へはね飛ばされます───そのまま後方回転を決めて着地すると、霊的中枢にダメージを追った霊が、もがき苦しんでいるのが見えました。やがて限界に達したのでしょう。霊的中枢が砕けると共に、霊の体もばらばらになり、ちりぢりになって消えて行きました。

───パチパチパチ───スピーカーから聞こえる音に、上の窓をふり仰ぎます。横島さんとおキヌちゃん、美神さんのお母さん、そして西条さんが笑顔で拍手してくれていて、小鳩はちょっぴり得意な気分でした。
 おそらくその気分のせいでしょう───魔が刺したとでも言うのでしょうか、この時小鳩は、ちょっぴりいたずら心を起こしてしまいました。その場で『元に戻りたい』と念じてしまったんです。またもや、あの全身の痛みが襲ってきて───しゃがんだまま着ぐるみから顔を出すと、窓の中の人たちが、さらに大きな拍手をしてくれました。
 裸が見えないように注意しながら、小鳩はドームから引き上げます。今まで窓の中で見守っていた人たちが、皆笑顔で出迎えてくれました。「よくやったね」とか「初めてでここまで戦えるなんて」とかいう言葉が聞こえてきて、なんだか本当に誇らしい気分です。『天にも昇る心地』とは、このようなことを言うのでしょうか───。





───時刻は少しさかのぼる───コントロールルームで次のような会話が行われていたことを、小鳩は知らない───。

「ダカラ言ッタデハナイカ、並ミノ霊デハ、相手ニナラナイト───。」

「確かにそうでなければ、こんなアイテムを造る意味がないでしょうが───そもそもあれは、いつどこで誰が造ったものなんです───?」

「ソレニツイテハ、私モ何モ知ラン。調ベテハミタガ、何モワカラナカッタ。ワカッテイルノハ、アレガドウイウ物カトイウコトダケ───。手ニ入レタイキサツニツイテハ、話スト長クナリ過ギルノデナ。」

「それにしても大変なものですね。全くの素人が、Cランクの悪霊を倒してしまうなんて。この分なら、修行と経験を積めば、最強クラスの悪霊も倒せるようになるのでは?」

「残念ナガラ、ソウ都合良クハ行クマイ。戦イ方ハ上手クナルダロウガ、人間ノソレト違ッテ、道具ノ霊力ハ伸ビルコトハナイカラナ。」

「──だとしても、こんなアイテムがこの世にあると、世間に知れたらまずいのでは?」

「ダロウナ。ツケ狙ウ奴、手ニ入レヨウトスル奴ガ、少ナカラズ出テクルダロウ。上手ク同ジモノヲ造ルコトガデキタラ、厄介ナコトニナリカネン。」

「盗まれないように、しっかり管理しないと……。」

「安心シロ、少ナクトモ、スグ悪用サレル心配ダケハ無イ。」

「は?」

「アレハ誰ニデモ使エル物ダガ、一度誰カガ使ウト、ソノアト数ヶ月間、他ノ者ニハ使エナクナル。」

「本当ですか?!」

「アア、私自身ガ確認シタ結果ダ。間違イナイ。」

「だとしても、やはり世間には秘密にすべきでしょうね。───じゃあ最後に、Bランクの、ただしかなりAランクに近い霊を出してみます。三流のGSでは無理ですが、二流なら互角には戦える、というクラスの霊です。今のあの子の力を、見極めてみたいので───。」





───ひと休みしてのち、小会議室の一つで、昼食をご馳走になりました。テーブルについているのは、横島除霊事務所の人たちと、美神さんのお母さん、西条さん、そして元のセーラー服に着替えた私です。食事を終えてのち、美神さんのお母さんが話を始めました。

「小鳩ちゃん、これは私からの忠告なんだけどね。あなた自信は嫌がるでしょうけど、業界と依頼主に対しては、あなたのこと、『獣の姿になると霊能力を発揮できる変身能力者』ということにしておいたほうがいいと思うの。」

「えっ?」

───なぜそんなことをしなければならないのか───と目で問う私に対し、美神さんのお母さんは、困ったような顔で答えてきました。

「理由は二つあるわ。第一に、これは横島君たちも納得してくれたんだけど、『誰でも霊能者になれるアイテム』なんて物がこの世にあると知れたら、困ったことが起こりかねないということ。盗み出そうとする者も出てくるでしょうし、もし複製の量産に成功すれば、『銃器の拡散』どころの話じゃなくなるわ。もう一つは、そういうことにしておけば、GS資格を取ることもできるということよ。」

「私、GS資格なんていりません。」

 もちろんこれは本心です。私が霊能力が欲しいと思ったのは、横島さんやおキヌちゃんたちと一緒に仕事するためであって、それ以外の理由なんて無いのですから───。

「そう言うだろうと思ってたけど、除霊で何かあった時、あるいは今後何かあった時に、GS資格があるとないでは大違いなんだ。取れるものなら取っておいたほうがいい。」

「でも、『獣の姿になれる変身能力者』だなんて。そんなことが知れ渡ったら、私、世間からどんな目で見られるか───。」

 横島さんの言葉に、小鳩は思わず本音を吐いてしまいました。それに対し、美神さんのお母さんが反論します。

「もちろん、業界と依頼主に対してだけよ。一般世間に知らせる必要はないわ。依頼主に対しては、できるだけ表面に出ないようにすることと、人間の時の顔と名前を知られないようにすればいいのよ。事情が事情だから、正体を徹底的に隠したとしても、誰も不自然には思わない。良識のある人なら、詮索しようともしないはずだわ。」

「でも、もしGS資格を取った後で、本当のことがばれたらどうするんですか。私が実は霊能者でもなんでもないことが知れたら───。」

「オカルトGメンには私が箝口令を敷いておくし、ばれる可能性は低いと思うわ。『獣の姿になると霊能力を発揮できる変身能力者』というケースは、非常に珍しいけれど、過去にいくつか報告されているの。おそらくGS協会も信じるはずよ。それに、もしばれたとしても、GS資格を無くすだけよ。それ以上のペナルティは無いし、能力を無くすわけでもない。GS資格を持った別の人と、常に一緒に仕事をすれば、違法行為になる心配もないわ。そもそも、道徳的に問題のあることをするわけじゃないんだしね。」

───口にこそ出さなかったけれど、私はこの時、『こういうところは、本当に美神さんのお母さんだなあ。』と思いました。





「横島さん、これで小鳩を、横島除霊事務所の一員にしてくれますね?」

 帰りの車の中で、私は横島さんにそう切り出しました。

「もちろんだよ。高校を卒業するまではバイト扱いだけどね。それで給料なんだけど、シロやタマモの給料との兼ね合いで、時給のほうはそんなにたくさん出せないんだ。そのかわり、一回除霊に参加するごとに、依頼料の5パーセントを渡す。これは全員で仕事する場合で、二手に分かれて仕事する場合は、その二倍になる。」

「じゃあ、それ以上に分かれて仕事する場合は?」

 私の言葉に、横島さんは苦笑します。

「うちでGS資格持ってるのは俺とおキヌちゃんだけだから、二手以上に分かれて仕事することはできないんだよ。」

「あ!」

 今日は本当に、赤面してばかりの一日です。

「今うちでは、月に千五百万から二千万ほどの依頼があるから、そのすべてに参加すれば、月に70万から100万。半分に参加するとしても、35万から50万ほどが小鳩ちゃんの手に入ることになる。」

 ということは、時給を含めれば月に40万円以上……昔のことを思えば、まさに夢のような金額です。その金額に見合うだけの仕事をしなければと、改めて自分に喝を入れました。

 夕方、お母さんと貧ちゃんに、昨日からの出来事すべてを話しました。二人とも、あまりの急展開に頭がついていかない様子で、特にあの皮については、実際に目の前で変身して見せるまで、信じてはもらえませんでした。意外だったのは、二人とも、私が除霊の仕事をすることについて、特に反対しなかったことです。私が横島さんを好きなことは、二人ともわかりすぎるほどわかっていたはずですから、おそらくそのためでしょう。ほかに、横島さんに対しては、私たちはいくら感謝してもし足りない、という事実のせいでもあったと思います。

 明日から小鳩も、横島除霊事務所の一員です。豹になるのは正直つらいけど、希望と共に不安も一杯あるけれど、小鳩は負けません!

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