ザ・グレート・展開予測ショー

小鳩女豹大作戦 第一話 プロローグ(その3)


投稿者名:Dr.J
投稿日時:(04/ 3/30)


 伊藤仁明の指示で、座敷の畳と床板を引っ剥がすと、地下への入り口が現れた。

「ココダ、開ケテミロ。」

 意外なことに、上げ蓋には鍵もついておらず、横島が力を込めて、それを引き開ける。四人が階段を幾段か降りたところで、伊藤仁明が言った。

「フム……。ドウヤラ全員合格ノヨウダナ。」

「なによ、どういう意味?」

 意味ありげな言葉に、当惑する一同。

「コノ入リ口ヲ含メ、地下室全体ニ、私ノ生前ノ技ノ限リヲツクシテ、特殊ナ結界ヲ張ッテオイタ。信用デキナイ者ハ、決シテ入リ込メナイヨウニ。」

「え? それじゃ、信用できない人が入ろうとしたら?」

「ソノ報イヲ、タップリト味ワウコトニナル。」

「それであっさり承知したのか……。俺たちを試すつもりで。」

「ソウダ。ダガ安心シロ。コレ以上ハ何モナイ。」

 地下室入り口の扉を、伊藤仁明が数十年ぶりに開く───懐中電灯に照らし出された室内は、宝物殿そのものだった。アイテムを納めたガラスケースや木箱が、整然と並んでいる。もちろん空気はよどんでいるが、意外なことにほこりは殆ど積もっておらず、蜘蛛の巣も張っていない。扉を開けられたことが無かったせいか、伊藤仁明がときどき掃除していたのか。

「このガラスケースに収まった刀、すべて霊刀なのでござるか?」

「ソウダ、常人ガ使ウ分ニハタダノ刀ダガ、霊能者ガ使エバ、悪霊ヤ魔物ヲ切ル霊刀トナル。」

「ここに並んでいる手鏡はなに?」

「ソレハ照魔鏡ダ。ソノ鏡デ照ラセバ、ドンナ巧妙ニ隠レタ相手モ姿ヲ現ス。霊能者ガ使エバ強力ナ武器ニモナル。鏡ノ面ヲ相手ニ向ケテ、念ヲ込メルダケデ、聖ナル光ガ離タレルノダ。」

「ここにある、旧式の拳銃やライフルみたいなのはなんですか?」

「霊波銃ダ。使用者ノ霊力ヲ物質化寸前マデ凝縮シ、銃弾ナミノ速度デ撃チ出ス。遠距離ニイル相手ヲ攻撃デキルノガ強ミダ。」

「………それで、世に出すには危険すぎる品物ってのは、どれとどれだ?」

「…今ココデ処分スルノカ?」

「そのほうがいいだろう? あんたの言う通りなら、そんなものはさっさとこの世から無くしてしまうに限る。」

「モットモダナ。デハ、マズソレダ。」

 示された箱から出て来たのは、直径15センチほどの水晶玉だった。

「次ハ、ソノ杖ダ。」

 1メートルほどのねじくれた杖を、ガラスケースから取り出す。他にも二つ三つアイテムを取り出し、ひとまとめにして床の上に置いた。

「ソレデ、ドウヤッテ処分スル? 絶対ニ修復デキナイヨウニシナケレバダメダゾ?」

「まかせておけ、こうすればいい。」

 一個の文珠を、その上に落とす。文字は、『滅』。文珠の光の中で、それらのアイテムは見る見るうちに粉々になり、ひとかたまりの塵となっていった。

「…それで、これらはいったい、どういうしろものだったんだ?」

 自分がおかしな気を起こすのが恐くて、あえて誰も事前には訊かなかった。しかし、終わった後では訊いてみたくなるのが人情というものだろう。

「人間ノ性格ヲ変エラレル水晶玉トカ、相手ノ肉体ヲ傷ツケズ、霊魂ノミヲ攻撃デキル杖トカ、ソウイッタ物ダ。」

 その言葉に、一同が顔を見合わせる。それだけならば、大した物ではないように思えるし、使いようによっては、大いに世のため人のため役立つはずだ。それがどうして、伊藤仁明が言うほど危険なのであろう?

「そんな物が、どうしてこの世に大災厄をもたらすのでござるか?」

「水晶玉ハ、ヤロウト思エバ、相手ノ心ニ自分ヘノ忠誠心ヲ植エ付ケルコトガデキル。杖ハ、相手ノ魂ノミヲアノ世ヘ送リ、残ッタ肉体ニ、別ノ霊ヲ取リツカセルコトガデキル……。」

「えー! それが本当なら、どんな人間でも……。」

「ソノ通リ、誰デアロウト、ドンナ相手デアロウト、自分ノ忠実ナ部下ニ変エテシマウコトガデキル。ソレラハスベテ、ソウイウ品物ダッタノダ。」

「ちょっと待ってくれ! 誰でも忠実な部下に変えられるってことは、やろうと思えば、国の一つや二つ乗っ取ることさえ……。」

「ソウ、タ易イコトダ。世ニ出スワケニイカナカッタ理由ガ、ワカッテモラエタダロウ。ソモソモソノヨウナ行為自体ガ、許サレテハナラナイコトダガナ。」

「……………。」

 四人は揃ってため息をついた。



「霊の説得に成功しました。明日にも、とは言いませんが、数日中には屋敷の取り壊しにかかれるはずです。」

「ほ! ほんまでっか! どうもおおきに!」

 そうやって南村氏を送り返した後も、一同は、背筋に悪寒が走るのを禁じ得なかった。伊藤仁明が、人を殺してまで隠そうとしたのも無理はない。もしあれらのアイテムが野心家の手に渡れば、最悪の場合、一年とかからずに全世界を征服されていたところだった。

 翌日、横島除霊事務所の一同は、朝から大忙しとなった。『ある廃屋の地下に、オカルトアイテムが多数保管されているのが見つかった。回収のため、信用できる人間を5,6人派遣してもらいたい。』との連絡に、美智江が自ら部下を率いてやって来たのである。無論西条も一緒だ。どうやって聞きつけたのか、美神令子までもがくっついて来ている。

『まずいなこりゃ……。隊長にひとこと言っておかないと。』

 そう判断した横島は、途中で詳しいことを説明したいから、ということを口実に、美智江と西条だけを自分の車に乗せることにした。

「……昨日も言いましたが、部下として信用できる人じゃなく、一人の人間として信用できる人を選んでくれましたか?」

「そうしたつもりだけど……何か特別なわけでもあるの?」

「実は……その場所を守っていた霊の話によると……。」

 伊藤仁明の言ったことを、簡単に説明する横島。

「……というわけで、美神さんの手にそれらのアイテムが渡らないようにするのはもちろん、美神さんが決して地下に入らないようにしてほしいんです。伊藤仁明の言う通りなら、大ケガすることになりかねません。」

「しかし、どれほど優れた霊能者でも、そんな特殊な結界を張ることが可能だろうか?」

 西条が疑問を呈する。

「俺の勘で見ても、あの時の状況から考えても、嘘とは思えないんだよな。それに、用心するに超したことはないだろ?」

「……そうね。超したことはないわね。」


───その言葉通り、地下室の入り口を前にして、美智江は自分の娘に釘を刺した───

「令子、私たちは今から地下のアイテムを回収するわけだけど、あなたはここで待っていなさい。これ以上先に進むことは許しません。」

「なによ! ここまで来ておあずけをくっていろって言うの?!」

「あなたが、あわよくばここにあるアイテムを、いくつかかすめ取るつもりでやって来たのはわかっています。でも私の立場として、そんなことが許せると思う?」

「もう持ち主のいないアイテムなんでしょ! 私の物にしてどこが悪いの!」

「そんな身勝手な理屈が通用すると思う? とにかく、ダメなものはダメなの。」

「ママは、自分の娘のために便宜をはかってやろうっていう気持ちはないの!」

「……令子、あなたがそういう人間になったのには、私にも少なからず責任があります。だからこそ、あなたの身勝手を、これまでかなり大目に見てきました。でも、もうこれ以上はなんとしてもだめ。こんど脱税や犯罪行為をしでかした場合はもちろん、暴力団や悪徳政治家からの依頼をあと一度でも受けたりしたら、脅しじゃなく親子の縁を切るわよ。しかもそれだけじゃなく、問答無用でGS免許剥奪、霊力永久封印の処置をとるわ。おまけに、場合によってはそのまま刑務所行きよ。そうなりたくなかったら、今後は正義の味方として生きること。それをやめたら、あなたにとってはもうすべて終わりよ。いいわね?!」

「くうっ!……。」

 歯がみする娘を尻目に、美智江は屈強な部下の一人を振り返った。

「田島君、この馬鹿娘をしっかり見張っていて。地下室の入り口や、回収されたアイテムに近づいたら、遠慮なく殴り倒してかまわないわ。」

「そうだな。シロ、お前もここで美神さんをしっかりと見張っていてくれ。必要なら斬りつけてもかまわんぞ。」

「なぜそんな必要があるでござるか? どうせ美神どのは地下室には入れぬでござるのに?」

「だあああああっ!」

 正直すぎるシロのセリフに、横島・美智江・西条がそろってずっこけた。もちろん、美神令子がこの言葉を聞きのがすはずもない。

「ちょっとシロ! それってどういう意味よ!」

「言葉通りの意味でござるよ。美神どのは、この屋敷の地下には決して入れぬでござる。」

「だから、なぜ入れないのかを訊いてるのよ!」

「そのお方の(と、伊藤仁明の霊を指し示して)話によると、この屋敷の地下には、特殊な結界が張り巡らされているそうでござる。美神どののような信用できない者は、決して入れぬそうでござるよ。」

「なによ! 私が信用できない人間だっていうの!」

「美神どのは、自分が信用できると思っているのでござるか? 本気で信じているとしたら、それこそ傲岸不遜の極みでござろう。」

「このっ!」

 本当の、しかし痛いことを言われて腹を立て、シロに殴りかかる美神。その拳を、シロが持ち前の反射神経でかわす。

「そうね、少なくともお金がからむと、美神はまったく信用できなくなるわね。」

 タマモも、遠慮会釈なく本当のことを言う。

「あ、あんたたちねえ! いいわ………見てなさい!」

 止める間もあらばこそ、である。一瞬おいて、バリバリバリ!という激しい音と共に、強烈な電光が走った。

「ギャアアアアーッ!」

 耳をつんざくような凄まじい悲鳴があがる。バン!という音と共にはじき飛ばされた美神は、まったくひどいありさまだった。髪はチリチリになっており、服のあちこちにかぎ裂き、おまけに全身すり傷とやけどだらけ、という惨状である。

「な、なんなのよいったい……。」

「だから言わんこっちゃない……。」

「まったく言わんこっちゃないでござる。そもそも美神どのが、信用できるはずがないのでござるよ。」

「あんたねえ! ウグッ……!」

 シロに殴りかかろうとする美神だが、身体が痛くて起き上がることができない。

「言っちゃ悪いけど自業自得ですよ。美神さん。これに懲りたら、少しは行いを改めるようにしてください。」

「本当に自業自得ね……。でもしようがないわ。西条君、この馬鹿娘を、どこかの医者へ連れていってくれる?」

「わかりました、先生。」

 それから後は、ことはほぼ順調に運んだ。伊藤仁明の霊が見守る中、頑丈なトランクがいくつも地下室に運び込まれ、オカルトGメンの隊員たちが、アイテムをそれに詰め込もうとする。ところが───。

「チョット待ッテモライタイ……。美智江サントイッタナ、少シ話ガアルノダガ……。」

「なんでしょう、伊藤仁明大先生?」

「大先生ハヤメテクレ……アナタタチノオカゲデ、私モ、ドウヤラ成仏スルコトガデキソウダ。ツイテハ、ソコノ者タチニ、当タリ障リノナイ品物ヲ、イクツカヤロウト思ウノダガ……。」

「え、俺たちにですか?!」

 横島が驚く。

「ソウダ、オ前タチニハ感謝シテイル。オ前タチガココニ来ナケレバ、私ハ、マダ当分ノ間、コノ屋敷ニトドマリ続ケルシカナイトコロダッタ……。ドウダロウ、美智江サン、カマワナイカナ?」

「もちろんかまいません。本来、あなたの所有物なのですから。」

 自分の娘に対するそれとはある意味矛盾する美智江の言葉に、いささか呆れる横島除霊事務所の一同。もちろんそれは、美智江が彼ら四人を信用しているのに対し、娘の令子は信用していないという事実がもたらした結果にほかならない。

「オ前タチ、ソレデハ、ドレトドレガ欲シイ?」

「うーん……そうですね。みんなは何が欲しい?」

 伊藤仁明の言葉に、自分の助手たちを振り返る横島。

「拙者は、霊刀の優れたのが欲しいでござるっ!」

「バカ犬、自前の霊波刀を持ってるあんたが、さらに霊刀を持ってどうすんのよ。私はむしろ、遠距離攻撃ができるアイテムとか、探索系のアイテムとか、あるいは霊力を回復させるアイテムが良いと思うんだけど。」

「そうですね。私は、ネクロマンサーの笛を使ってる間はほかのことができないから、できればその間も、自分の身を守れるアイテムが……。」

───結局、霊波銃を二挺(拳銃型とライフル型)と、照魔鏡を二つ、あらかじめ霊力を蓄積して強力な防御結界を張れる数珠をもらうことになった。───ところが、伊藤仁明の話は、それで終わりではなかった。

「──トロコデ、ソノ代ワリト言ッテハナンダガ、オ前タチニ、一ツ託シタイモノガアル。」

「──え?」

 伊藤仁明が指し示したのは、縦横五十センチ、高さ三十センチほどの木箱だった。

「──コノ世ノ中ニハ、霊能者デナクテモ、悪霊ヤ魔物ト戦ウタメノ力ヲ必要トシテイル者ガ、数多ク居ル。コレハ、ソウイウ者ノタメノ道具ダ。コレバカリハ、官デハナク民ニ託シタイノデナ。」

「霊能者でなくても除霊や魔物退治ができる? お札や精霊石の強力なやつみたいなもんですか?」

「チョット違ウ。コレヲ使エバ、誰デモ、霊能者ト同ジ力ヲ発揮デキル。ソウイウ道具ダ。」

「ええ?! そんな物、聞いたこともありませんよ?!」

 横島はもちろん、オカルトGメンの隊員も、美智江までもが驚く。

「ダロウナ。私モ、コレ以外ニハ聞イタコトモナイ。誰デモ使エル物デアルガ故ニ、コレニハ、特ニ強力ナ封印ヲ施シテオイタ。コレヲ使ウベキ人間ガ触レナイ限リ、決シテ解ケルコトハナイ。オ前タチハ、コレヲ、使ウベキ人間ニ渡シテモライタイノダ。使イ方ハ、コレ自体ガ教エテクレル。」

「……でも、霊能者でない人がそんな強力なアイテムを使えば、身体や霊的中枢に、相当の負担がかかるんじゃ?」

「ソノ心配ハナイ。コレニハ、地脈ヤ周辺カラ気ヲ吸イ上ゲテ、霊力ニ変エル機能ガアル。使用者ノ身体ヤ魂ニ害ヲ及ボスコトハ、決シテ無イ。」

「───へええ───。」

 一同は、感嘆しきりであった。





「……しかし、使うべき者に渡せって言われてもなあ。」

 事務所に戻った俺たちは、あの箱を囲んで他愛のないことを言い合っていた。

「霊能者でなくても除霊ができるアイテムとなれば、欲しがる人間はいくらでもいるでござろうが……。使うべき人間とは、いったいどんな人間なのでござろう?」

「あの霊の言ってたことからして、やっぱり、これを悪用する心配のない、信用できる人間っていうことじゃない?」

「それなら、先生やおキヌどのがさわった時点で、封印が解けているはずでござろう。何かしら、別の条件が有るはずでござる。」

 珍しく論理的なことを言うシロに、おキヌちゃんが応じる。

「……えーと、伊藤仁明さんが言ってましたけど、これって元々、霊能の無い人が悪霊や魔物と戦うための道具なんですよね? ということは……。」

「あ、なるほど。信用できる人間で、なおかつ、『霊能者じゃないけれども、悪霊や魔物と戦うための力を必要としている人間』ってことか?」

「そうですよ、横島さん。」

「…そうね。そう考えるのが一番妥当みたいね。」

「…拙者も同感でござる。」

「…と言ってもなあ………お前ら、おキヌちゃんも、そういう人間に心当たりあるか?」

 少なくとも俺は、まったく心当たりが無かった。

「私は、無いこともありませんけど。」

 おキヌちゃんがそう答えた時、誰かが事務所のドアを開ける音がした。

「ごめんくださーい。」

「あ、小鳩ちゃん、こんにちは。」

「貰い物ですけど、これ、お裾分けです。」

 そう言ってお菓子らしい包みを差し出す小鳩ちゃん。

「いつもすまないね。俺たちのほうが小鳩ちゃんより、ずっと金持ちなのに。」

 もちろんこれはお世辞じゃない。自分が貧乏なのに、頻繁に差し入れをしてくれる小鳩ちゃんに、俺たちは本当に感謝していた。

「なに言ってるんですか。家賃なしで住まわせてもらっているのに、これくらい当然です。」

 その言葉がお義理でないことがわかるだけに、なおさら感謝したくなる。

「あれ? 何ですか、その箱?」

 箱に目を留めた小鳩ちゃんが、そう訊いてきた。まあ、意味ありげに何かを取り囲んでいれば、そう尋ねたくなるのが人情というものだろう。

「ああ、これも貰い物なんだ。なんでも、霊能者でなくても霊能者と同じ力が発揮できるアイテムらしいんだけど……。」

「えー! そんなものが有るんですか?!」

「実を言うと、俺たちもまだ確かめてないんだ。なにしろ厳重な封印がしてあってね。」

「封印?」

「くれた人の話によると、これを使うべき人が触れない限り、絶対に解けないんですって。」

「選ばれた人にしか解けない封印…ですか。まるでアーサー王の伝説みたいですね。」

「特定の誰かにしか解けない……ってわけじゃないみたいですよ。今そのことを話し合ってたんですけど、ある条件に当てはまる人なら、誰でも解けるみたいです。」

「へえ……それなら私も挑戦してみようかな。」

 そう言って小鳩ちゃんが手を触れた瞬間、箱がぴきんと音をたてた。

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