ザ・グレート・展開予測ショー

小鳩女豹大作戦 第一話 プロローグ(その2)


投稿者名:Dr.J
投稿日時:(04/ 3/30)


 元々、卒業してちゃんとした待遇を与えてもらえなかったら、事務所をやめようかと考えていた。しかし、そのふんぎりがついたのは、女としての美神さんに未練がなくなったためだった。では、なぜ未練がなくなったのか? 高三の時妙神山で手に入れた、新たな力のためだった。

 もし、相手の心の動きが読みとれれば、戦いにおいて大いに有利になるのは、考えるまでもないだろう。特に駆け引きにおいては、絶大な威力を発揮する。俺は、何度目かの妙神山での修行で、その力を手に入れた。テレパシーと違って、相手の考えていることが読めるわけじゃないが、心情の変化が微妙な所まで読みとれるため、実質的に考えが読めるのと大差ない。相手が何かを企んだり、何かをやろうとすればすぐに判るし、いかなるフェイントも嘘も演技も、俺には通用しない。だがこの力には、俺にとっていささかありがた迷惑な、副産物がくっついていた。

 この世に『魂の美』というものが存在することは、誰でも知っているだろう。『顔じゃないよ心だよ』という言葉も。しかし、『魂の美』というものは、簡単に見えるものでもなく、第一観賞するということができない。それゆえ、ほとんどの者は、内面の美よりも外見の美を優先してしまう。もちろん以前の俺もそうだった。ところが俺の場合、心の動きを読みとる力の副産物として、人の魂の美しさ・醜さが、文字通り『目に見える』ようになってしまったのだ。
 どんな美人だろうと、内面の醜さを文字通り『見せつけられ』ては、興醒めもいいところである。それゆえ俺は、それ以来、外見の美しさと内面の美しさを兼ね備えた女性にしか、食指が動かなくなってしまった。そう、おキヌちゃんや小鳩ちゃんや、小竜姫さまやシロのような、である。
 おキヌちゃんの魂は、オパールのような優しい輝きを放っているし、小鳩ちゃんの魂は、真珠のような深みのある女らしさをたたえている。小竜姫さまの魂は、ルビーのような大人の女性の輝きを放っているし、シロの魂は、透きとおった水晶そのものだ。……いや、我ながらちょっとキザだな。
 ちなみにタマモの魂は、少しばかり濁ってはいるが、それは身勝手だからではなく、前世の経験からくる人間への不信感のためだとわかっているので、気にはならない。ちょうどガーネットやアレキサンドライトのような輝きと言えばいいだろうか。

 そして美神さんの魂は、俺が思っていたほど醜くはなかったが、はっきり言って人並み以下、中の下か下の上程度だった。冥子ちゃんの魂は、美しくはあったが、はっきり言ってその美しさは、底の浅い、安っぽいものだった。メッキの美しさ、安物の装身具の美しさと言えば、想像がつくだろうか。
 外見の美に比べ、内面の美がいかに稀少であるかを見せつけられたこともあり───俺は、この二人とは、仕事以外の縁を切る決心がついたのである。どうせ遅かれ早かれ決着をつけねばならなかったことでもあり、後悔はしていない。

 しかしもちろん、独立したての頃は苦労した。美智江隊長のおかげで、GSライセンスと営業許可証はすぐに手に入ったが、一般世間では無名の俺に、依頼など来るはずもない。当初は、ほかのGSの助っ人をしたり、オカルトGメンとGS教会から普通のGSなら受けない依頼を回して貰ったりして、しのぐ毎日だった。
 それでも本来なら、そこそこの依頼を週に一度も受けさえすれば、楽勝のはずだった。なんと言っても俺の場合、文珠というもののおかげで、必要経費をほとんどゼロに抑えられる。そうやって実績と資金をため、数年後に事務所を開設すれば良い───それで何の問題も無いはずだったのだが───。
 誤算があった。俺が事務所を辞めた時、シロはともかく、タマモも、最終的にはおキヌちゃんまでが、俺にくっついて来てしまったことである。おかげで、俺一人の時の四,五倍は稼がねばならなくなり───ほぼ毎日、仕事をせねばならなくなった。
 そして、さらなる誤算は、その三人全員から迫られて───結局なし崩しに、全員と関係してしまったことだろう。三人とも、俺を独占しようとして今の人間関係?を壊すくらいなら、このままでいいと言ってくれるのが救いだが。

 一方で、うれしい誤算もあった。独立して半年後、美智江隊長が、俺に二億という金を持ってきてくれたことである。何でも、美神さんが、俺に支払ったことにして、ごまかしていた金だったらしい。隊長の話によると、美神さんは、今までの脱税がついに税務署にばれ、刑務所行きを免れるのと引き替えに、全面的な修正申告に応じざるを得なくなったのだという。罰金も含め、美神さんの財産は、結局七割がた税務署に持っていかれたらしい。もちろん金のことで、あの人に同情する余地はゼロであるが。

 その美神さんだが、俺の独立直後は、業界で噂の的になった。曰く───「美神令子が、今まで使っていた助手全員に逃げられたらしい。」「助手の内で一番実力のある奴が、待遇の悪さに耐えかねて辞めてしまい、他の者も、みんなそいつにくっついて行ってしまったんだそうだ。」「つまり実力はともかく、人望の点で自分の助手に負けたということだな。」「その助手なんだが、噂によると、すでに実力でも美神令子を凌いでいたらしい。」「それじゃあ辞めたくなるのが当然だな。結局は自業自得ということか。」

 俺たちが辞めて以来、六道女学院の生徒を何人かバイトに雇って仕事をしているらしいが、その噂と、脱税のことがマスコミに叩かれたせいで、依頼そのものが激減、と言うか、ほとんど来なくなっているらしい。俺にはもう関係のない話だが、おキヌちゃんには、美神さんの所へ戻ろうかという気持ちがあるようだ。ただしそれは、美智江隊長に止められている。俺やおキヌちゃんが戻れば、美神さんを精神的に甘やかすだけだと───それは結局、美神さん自身のためにならないと───事実その通りで、反論の余地もないから、おキヌちゃんもできないでいるけどな。

 隊長が持ってきてくれた金で、今のアパートを土地ごと買い取って、事務所に仕立てることができた。出来れば建て替えて、もっと大きな建物にしたかったのだが、それにはさすがに、二億では足りなかった。
 俺は多分、隊長に一生頭が上がらないな。美神さんや六道家と違って、他人に理不尽な要求をするような人じゃないから、頭が上がらなくなっても困りはしないけど。

 ちなみに、俺の『魂の美しさを見る』能力について、知っているのは小竜姫さまと斉天大聖老師と、そしておそらくヒャクメだけだ。美神さんはもちろん、隊長にも話していない。話したところで何も変わりはしないし、そもそもGSの仕事にはほとんど役に立たない能力だ。意味がない。───そもそも、今更こんなことを考えること自体、意味がないんだろうけどな。


───閑話休題───


 車を走らせておよそ一時間、横島たちの視界に、田んぼの中にポツンと立つ屋敷が入ってきた。

「あれですか?」

「ええ、あの屋敷です。ごらんの通りもうボロボロでして。」

 百メートルほど手前の、路肩に車を止める。

「それでは、ここで待っていてください。危険ですから、これ以上は近づかないように。」

 そう南村氏に念を押し、屋敷へと向かう。純和風の、ずいぶんと大きな屋敷だ。ただし南村氏の言う通り、もうボロボロである。庭も含めて荒れ放題で、確かにこれでは、一度更地にして、建て直すしかないだろう。敷地に足を踏み入れてすぐ、かなりの霊気が感じ取れた。

「……確かに、相当強力な霊のようでござるな。」

「ここからでも、かなりの霊圧を感じるわ。」

「でも、ちょっとおかしくありませんか、横島さん。」

「ああ、確かに変だな。これだけ強力な霊なら、ほかの霊を山ほど引き寄せていて当然なのに……。」

「そう言えば、ほかの霊の気配がまったく感じられないわ。」

「邪悪な気配も感じられないでござる。ひょっとして、悪霊ではないのではござらぬか?」

「でも、悪霊でないのなら、なぜ工事のじゃまをしたり、GSの人に怪我させたりしたんでしょう?」

「何かわけありなのかもしれんな。だとしても、放っておくわけにもいかんだろう。どんな霊なのかは、会ってみればわかることだ。」

 横島が先頭に立ち、玄関の扉を開ける。敷居が嫌なきしみ音をたて、一同の神経を逆なでした。

「……ヤハリ霊能者カ。オソラクマタ来ルダロウトハ思ッテイタガ……。」

 その言葉と共に、霊が姿を現す。姿形ははっきりしないが、どうやら意識と知性は、充分に残っている霊のようだ。そのことを察し、横島が話しかける。

「意識が残ってるんなら話は早い。この屋敷を買い取った人が困ってるんでな。あんたがなぜこの世にとどまっているのか知らないが、おとなしく成仏してくれないか?」

「残念ナガラソウハイカナイ。私ハ、マダ当分ノ間、アノ世ニ行クワケニハイカナイノダ。ドウヤラコノ間ノ男ヨリハ上手ノヨウダガ、オトナシク帰レ。私ハ、無益ナ争イハ好マナイノデナ。」

 やはり、この霊は悪霊ではないようだ。横島の超感覚で見ても、魂が汚れていないことがわかる。ほかの霊を引き寄せることがなかったのも、おそらくはそのためだろう。

「どうやらお前さんは悪霊じゃないようだな。しかし、それならなぜ、工事のじゃまをした? なぜ、やってきた霊能者に重傷を負わせたりした?」

「イマ話シタデハナイカ。私ハ、マダアノ世ニ行クワケニイカナイノダ。アノ男ニ怪我ヲサセタノハ、タダ、降リカカル火ノ粉カラ自分ヲ守ッタ結果ニスギナイ。」

「……あんたがなぜ、ここを離れるわけにいかないのか、俺たちは知らない。しかしこっちも、できれば手荒なまねはしたくない。差し支えなければ、そのわけを話してくれないか。」

「…話スワケニハイカナイ。ソレヲ知ラレルト、取リ返シノツカナイ結果ニナリカネナイノデナ。」

「……なるほど、それでどうやら読めたよ。語るに落ちるとはこのことだな。」

「ナンダト?!」

「あんたは、この屋敷にある何かを守ってるんだ。他人に渡すわけにはいかない、知られるわけにもいかない、何らかの秘密を。」

「クッ……」

「その秘密は、この屋敷が取り壊されれば、否応なく見つかってしまう。多分、地下室にでも有るんだろうな。だからこそ、そうならないように、工事のじゃまをした……違うか?」

「……コンナコトハシタクナイガ、知ラレタ以上ヤムヲ得ナイ……。」

 霊から鋭い殺気が放たれるとともに、その場の霊圧が急激に高まっていく。

「俺たちを殺そうって言うのか? そんなことをしても無駄だぜ。そうなれば別の霊能者が、今度は何人も、束になってやってくるだけのことだ。」

 横島のこの言葉は、むろんハッタリである。彼らがやられれば、おそらく南村氏は、この屋敷をあきらめてしまうだろう。しかしそんなことが、霊の側にわかるはずもない。

「ナラバ、ソイツラモ全員殺シテヤルダケノコトダ!」

 そう叫んで襲いかかる亡霊。しかし、横島たちの側にも油断はない。ネクロマンサーの笛が響き、タマモの狐火が相手を牽制する。シロが先頭に出て、霊波刀で他の三人をガードする。一瞬霊が動きを止めたところへ、すかさず横島が文珠を投げつける───文字は『浄』。カッと閃光が走り、それが消えた後には───まだ、霊の姿があった。

「何!」

 一瞬呆然とした彼らだったが、相手も消滅こそ免れたものの、霊力の大半を失っているようだ。それに気づいた横島が、素早く次の文珠を投げつける。文字は『虜』。小爆発から半透明の結界が広がり、それが霊を包み込んで空中に固定した。

「これでもう、何もできないでござるな。」

「ウヌッ!」

「あんたが人を殺してまで守ろうとした秘密がなんだったのか、話してもらうわよ。」

 タマモの言葉に、亡霊がいまいましそうな視線を、横島に向けた。

「ドンナ霊能者カト思ッテイタラ、マサカ文珠使イトハナ……。」

「何!」

「横島さん! この人!」

「文珠を知っているということは……ひょっとして!」

「もしかして、生前は霊能者だったのでござるか?!」

「ソウダ。我ガ名ハ、伊藤仁明(いとう・じんめい)。」

「伊藤仁明ですって! まさか!」

「おキヌちゃん、知っているのか?!」

「以前、美神さんの所で読んだ本に書いてあったんです。戦前の有名な霊能者で、日本の近代GSの、草分けみたいな人だったと……。」

「本当でござるか!………道理で強かったはずでござる……。」

「しかし戦前のってことは、六十年以上も前に死んでいるってことだろ? もしこいつが本物の伊藤仁明なら、今頃どうして出てきたんだ?」

「…今マデハ、ソノ必要ガナカッタダケダ。」

 観念したように語り始める、伊藤仁明の亡霊。

「十年ホド前マデ、コノ屋敷ニハ私ノ子孫ガ住ンデイタ。故ニ秘密ガモレル心配ハナク、私ガ表ニ出ル必要モナカッタ。シカシ嫡流ノ子孫ガ絶エ、傍流ノ者ガコノ屋敷ヲ手放シテシマッタ以上、私ガ自分デ守ルシカナカッタ……。」

「あんたが守ろうとした秘密とは何だったんだ? まさかこの後に及んで、隠そうとはしないよな?」

「?」

 横島の言葉の意味が(なぜ、「隠そうとしない」と言い切れるのかが)わからないおキヌたち三人。しかし伊藤仁明の次の言葉が、彼らを納得させる。

「今サラ隠シテモ意味ナドナイ…。モハヤ、秘密ヲ守ルニハ、オ前タチヲ味方ニツケル以外方法ガナイ…。」

「だから、その秘密ってなんなのよ!」

「コノ屋敷ノ地下ニハ、私ガ生前ニ集メタ、様々ナ道具ガ保管サレテイル……。」

「道具? 除霊のための道具か?」

「ソウダ。本来ハ悪霊ヤ魔物ト戦ウタメノ道具ダガ、人間相手ノ戦イニモ使エル。中ニハ、マッタクノ素人ニモ使エル物モアル。使イ方次第デ、コノ世ニ大災厄ヲモタラス物スラアル。モシソレラガ悪用サレレバ、大変ナコトニナル……。」

「…そうなることが恐ろしくて、この世にとどまってたって言うんですか。」

「ソノ通リダ。コンナ思イヲスルクライナラ、生前ニスベテ処分シテオクベキダッタト、後悔シテイル。」

「でもそれなら、それらの品物を託す相手さえ見つかれば、成仏できるんじゃないのか?」

「私モ最初ハソノツモリダッタ。スグレタ霊能者デ、ナオカツ信用デキル者ヲ探シテ、スベテ託スツモリダッタ。ソウシテ、世ノタメ人ノタメニ役立テテモラウツモリダッタ。ダガ、迂闊ナコトニ、死ンダ後ニナッテ気ガツイタノダ。タトエソノ本人ハ信用デキテモ、タチノ悪イ者ニ盗マレデモシタラ、同ジダトイウコトニ。」

「……そうならないよう、きちんと管理できる者でなければならない、そう言うことだな?」

「ソウダ、ソノヨウナ者ガ居ルト言ウノカ?」

「危険すぎる物は処分し、残りはオカルトGメンに託すというのはどうだ?」

「おかるとGめん? ナンダソレハ?」

「悪霊や魔物がらみの事件専門の警察……と言えばわかるかな。」

「今デハ、ソンナモノガアルノカ……。」

「ああ、れっきとした国の機関だからな。そこに託せば、悪用される心配はまずないし、何かあった時には、世の中のために役立ててくれるだろう。」

「ソレガ本当ナラ、私ニトッテハ願ッテモナイ話ダガ……。」

「幸い俺は、オカルトGメンとの間に結構太いパイプがある。連絡すれば、明日にでも来てくれるはずだ。」

「……ヨカロウ、トリアエズハ信用シヨウ。タダシ、マダ、完全ニ信用スルワケニハイカナイ。おかるとGめんトヤラガ本当ニ信用カツ信頼デキル組織ナノカ、最後マデ確カメサセテモラウ。」

「ま、あんたとしては当然だろうな。」

「トコロデ、ソロソロ、コノ結界ヲ解除シテハモラエナイカ? オ前タチヲ信用スル以上、オ前タチモ私ヲ信用シテモライタイ。」

「いいだろう。」

 横島が、伸ばした霊波刀で結界を破壊する。伊藤仁明には知るよしもないが、いかなる嘘も演技も見破れる横島にとって、信じるとか信じないとかいうこと自体、意味のないことなのであった。

「ところで、あんたに一つ頼みがあるんだが。」

「何ダ?」

「差し支えなければ、地下に保管されている品物とやらを、見せてもらいたいんだが。ああいうことを言われて、好奇心にかられるなと言うほうが、無理な話だろう?」

「……イイダロウ。ツイテ来イ。」

 何か考えがあるのか、あっさりそれを承諾する伊藤仁明。

「ちょっと待った……。シロ、すまんが車から懐中電灯を取って来てくれ。」

「了解でござる。」

 断られるのを承知で言ったことをあっさり承諾され、当惑する横島。事実この時、相手が腹に一物あるのを感じ取っていたのだが、悪意が無いのも同時に感じ取っていたため、あえて何も言わなかったのである。

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