ザ・グレート・展開予測ショー

流れ往く蛇 鳴の章 六話 中


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 3/25)


『結界に歪み発生、歪曲率5%、これは予定されるシステム範囲外です』

 白い法衣を纏った青年が、そう短く事務的に告げた。そこは広い室内でありながら、足を踏むスペースが非常に狭く、入り口から入るとすぐ目の前にある機器の置いてあるテーブルへと足を運ぶと、もうほかに移動できるスペースが限定されてしまうような、そんな部屋。
 壁は乳白色で統一されてあり、そこかしこにやたらと複雑そうな神話だかなんだかが掘り込まれてある。
 そして、その壁画に囲まれるかのように部屋一杯に広がった何かの機械。一見すると丸い何かにも思えるが、よく目を凝らせば虹色に輝く無数の六角の何かが、その球体の周りで円を描いている。
 そして、その中のうちの一つの球体が、妙な唸りを上げて明滅しているのが見える。やたらと機械的な唸りを上げるそれは、明らかに緊急を告げているようである。

『被験者の精神同調率が予定値を越えました。これは・・・心理的変調でしょうか?』

 室内に響く声は、これらの危機の管理を任されている人物であろうか、ぶつぶつと呟きながら、機器についているキーを叩く。

『1−13−Kd・・・これは・・・メドーサ、ですね』

 彼はそこまで言ってから、ふとキーを叩く指の動きを止める。
 
『そういえば・・・弥勒様が仰っていました・・・か。彼女はもともと神族だった・・・とか』

 思い当たるフシでもあるのか、彼はフム、と一つ頷くと、また何事も無かったかのようにキーを叩き始めた。





 そう、それは確信であり、裏切りであり、疑問でもあり、不安でもあり・・・全てを兼ねながら何も無いこと。

『彼女は神族・・・それも我々の間では古(いにしえ)より伝わりし、中でも最も強力とも言われる種、竜族なのですよ』

 ふと、法衣を纏った人物が、そう言葉を紡ぎだす。

『で、同時にキーやんの中じゃ最も醜悪とも言われる種族、ドラゴンとか言われるやっちゃな』

 続けるようにして、黒い服を纏った人物がそう語る。
 だが、三人目の人物は、彼らをやや咎めるかのように口を開いた。

『人材のトレードをしたのですか?あまりいいこととは思えませんが・・・』

 黒い服を着た人物は無言で首を振ると、あっけらかんとした様子で続ける。

『そんなんちゃうで、なんちゅうか・・・自分からきたんや、わいらの方に』
『自分から・・・?』

 信じられないかのように、三人目は唸る。
 それも当然のことだろう。情勢的に見れば、デタントという一種の拮抗状態とは言え、地上支配層である彼の側から、『負け方』である黒い服を着た人物側へと向かう意図すら見えない。

『まぁ、あいつにもイロイロあったんや、イロイロと・・・な』

 そう言いながら、皮肉げに黒い服を着た人物は、隣に佇む法衣を着た人物へと視線を送った。





『魔族の波長持っていやがるから、今まで魔族だと思っていたがよ・・・傑作じゃねーか、テメーが神だったなんてよ』

 奴はあたしを馬鹿にするでもなく、嘲笑するでもなく・・・まるで台本が上手くいったときに浮かべるような笑みを、あたしに向けた。

『テメーが妙に人間どもに肩入れする理由がわかったぜ、神ならしょうがねーよな』
「あたしを・・・あたしを神だなんて・・・言うなっ!!」

 そう叫んだ瞬間、あたしは凄まじい勢いで転がる。あたしの鳩尾に鋭い蹴りが叩きこまれた。のど元から生暖かい何かが、溢れようと込み上げてきたけど、荒い息を吐き出すことで何とか踏みとどまる。

『ならなんだっていうんだ?半魔か?出来損ない、何でもいいんだぜ?』

 奴はいたぶるように、あたしに嘲笑を浴びせる。あたしは、悔しくて拳を握り締めた。
 力さえあれば・・・こんな奴にやられることも、こんな目にあうこともなかったのに。

『アア、操作、オメーにも今のオレみてーな力さえあればなぁ、無様に地べたを這うこともなかったのになァァ』

 既に勝利の雄叫びを上げて、奴がそうあたしに言った。
 残虐で、全てを壊し、支配できる力・・・まさにそれは確かに最強と呼ぶに相応しいのかもしれない。
 
 だけど・・・あの時あたしが欲しかった力は・・・こんなもんだったのか?
 あたしは・・・ただ皆に認めてもらいたい・・・それだけだった。
 
 遠い記憶が瞬く間に駆け巡っていく。

 帰想―帰源―・・・あたしは苦しさの中で、昔・・・遥か昔の情景を思い出していた。










 遠い、遠い遥かなる記憶。人知も及ばないほど、気の遠くなる程の遠い昔、それが彼女の抱えるものであり、また同時にそれが神と魔との摂理に生じる矛盾。





 彼女を語る上では、彼女の生い立ちを無視するわけにはいかない。その生い立ち、過去こそが人を語る上では、あるいはその人柄よりも優先され、それこそがアイデンティティーになる。
 さて、彼女は竜神なる種族、東洋では神の化身ともいわれるほどの力、知識、知恵、そしてその体から溢れんばかりの偉大なオーラに、人々は畏怖し、膝を地に付くとも言う。
 また西洋では魔の尖兵とも言われ、常に人々から倒破の対象であると見られている。だがしかし、強大な力や知恵は同じく強大である。
 だがしかし、その形状は必ずしも同じというわけではなく、東洋のそれは蛇を基調とし、西洋では蜥蜴である。これらのことから、双方が同一の存在であると見ることは難しい。とはいえ、文化体制、思想の半統一、さらにその存在が浸透するに従い、時代や地域ごとに形状の変化が行われたのであろうか、必ずしも別であるとも言い切れない。少なくとも、人間たちにしてはこれらの違いなどはどうでもいいのだろう。
 いや、当人者にとってもどうでもいいことなのだが・・・



 男は凄まじい勢いで持って、長い長い渡り廊下を疾駆していた。その様はまさに風、神とも呼ばれる存在でも、さらに強力な力を持っている竜神だからこそ、できる所業である。
 男は身なりの調った着物を見にまとい、しかしその表情は衣服とは裏腹に必死さを持っていた。
 男の向かう先は、神でもめったに出入りはしないであろう小さな、それこそ小さな建物。
 遠目でもわかるほど、その建物を覆う雰囲気は薄暗い。周りにある建物は大陸色を基調とはしているが、神々しき雰囲気を放っている、のにである。
 ここは神が駐屯している踏鞴場(たたらば)。長い間、それこそ年などと言う単位では計り知れないほどの年月を戦に費やしてきたからこそ、発展した一種の集落。群れることでこそ、より大きな戦火を収めることができ、群れるからこそ、何かを守れる。そして群れることは、より管理をしやすい環境を作ることでもある。当然、竜神とも呼ばれる存在でも、より大きな神の命によって武器を持つことは当然である。
 その事はこの男も同じこと、よくその姿を見れば至るところに小さな傷ができている。まぁこの程度ならば、すぐにでも回復できることである。それに、男はそんなことなど気にはしない。
 建物にたどり着いた男は、フゥ・・・、と大きく一息。未だどきどきと胸を叩く心臓に、腕を添えて小さく呟く。

「・・・落ち着け、落ち着いてくれよ・・・」

 真っ赤になった顔をぺちぺちと2、3叩くと、ガラッと戸を開ける。

「何さ、ノックもしないのかい?」

 部屋の中央には、小さな赤子を抱き上げた少女のような女性が、冗談を秘めた視線でこちらを見詰めていた。
 男の顔が、とたんにほころぶ。

「ああ、すまん。ついな」

 女もそんなことは気にしていないことが、容易に判る。そんなことよりも、今はこっちに早く来るように、視線で催促しているようにも捉えられる。

「女の子だ」

 近づく男に、短く女は言った。
 男は、何も言えずに緩くなった顔でその赤子を持ち上げた。

「でも・・・やっぱり因子が出てきたよ・・・」

 不意に・・・女の表情が曇る。言おうか言うまいかを迷ったかのように・・・だがその結果もたらされた答えに、後悔などないかのような色を覗かせて。
 男も、女の言った事を既に承知であるかのように、コクリと強く頷く。

「そんなこと、かまいやしないさ」

 だがしかし、明らかに男の瞳には憂いが漂う。だが、そんなものは今は無視、男は暗い話題を打ち消すかのように女へと向きやる。

「そうだ、このこに名前をつけてやらないといけないな」

 女も、力強く頷いた。

「それなら・・・この子の名前は・・・・・・」





 異端である。
 あえて言うならば、そう・・・異端というしかない。
 少女はそれを憎んだ。自分を産んでしまった両親を強く、ただひたすらに憎んだ。
 魔族と神族のクォーター。母親がそうであったらしい。自分はいわば、壮大な先祖がえり。子供心に、それは疎ましい以外の何者でもない。

「魔族だ!!」
「魔族が来た!!」

 戦火の最中、それは非常に危険なアイデンティティーになる。いじめ?そんなもんじゃない。生か死かを常に問われる、そんな過酷な状況。
 少女は悲しい瞳で宙を仰ぐ。この世に救いを与えてくれる神などはいない。そんな悲しい気持ちであろうか、それとも今はもう既に亡き両親への慟哭か。頬を伝うのは悲しい雫だけ。





「君には資格がある。この私と一緒に来ないかね?」

 男が少女にそう尋ねる。
 少女は目の前に広がる光景を、ただただ不思議そうに見回した。
 あっち行けとばかりにこちらを見詰めてきた老人の家はいまや前衛的な形状へと変わり、よってたかって髪を引っ張ったり叩いてきたりした同い年の少年の家は巨大な力で潰されたかのよう。
 その他多くの家々、皆少女の敵であったが、それぞれ皆平等に壊れている。
 そして、赤―赤―赤―・・・一面の赤。極めて黒に近い赤。そして赤を垂れ流す前衛的な何か。何かの塊?赤黒い何かを流すそれは、酷く汚らわしい反面、酷く滑稽で爽快感すら憶える。

「この私と、一緒に来ないかね?」

 男が、もう一度少女に尋ねる。大きな男だ。漆黒の鎧には、この場によく似合う、そしてあの前衛的なものが垂れ流していたものと同じ色の、赤黒いものが付着していた。

「君は神々と一緒にいてはいけない。彼らは閉鎖的だからね。いずれ殺されるだろう。
 だが・・・我々はむしろ解放的だ。誰でも望みがあるというなら迎え入れようじゃないか」

 男はそう言うと、低く笑った。
 少女にはその言葉の意味はわからなかった。ただ判るのは、差し出された手を握り締めたとき、妙に冷たかったということだけ。

「名前を聞いていなかったね。君の名は?」

 少女は、今までは口にも出したくはない己の名前を、なぜか己の口の中で確認するように反芻する。
 そう、神々に呪いをかけられ、ペルセウスに首を掻き斬られたと言われる呪われた人物。自分のそんな名を心底呪い、だが今はそんな名前すらもむしろ開放的に言える気がする。

 そう、彼女の名は・・・・・・

「メドーサ・・・そう、あたしはメドーサ」





「こちらメドーサ、敵主力部隊の交代を確認、これより追撃を開始する」

 少女から女性とも呼べる段階へと成長した彼女は、いまや一個中隊を率いる身になっていた。
 人間の言葉で言うなれば、それは傭兵とも言えるだろう。手に巨大な鉾を握り締め、戦場を誰よりも速く駆け抜けるその様は、まさに鬼神。死に物狂いで生き延びようと、本来ならば長くて美しい髪すら振り乱して、敵をなぎ倒す。
 それは、元神族であったころの自分を『殺す』ため、身も心も魔族だということを証明しようとすることへの裏返し。そう、敵を屠ることによって、彼女は確実に魔族だと言うことを証明しようとしていたに過ぎない。
 そんな彼女の瞳に、一人の幼子の姿が写った。

 ぼろぼろの服を着た、一人の幼女である。

『おかぁぁさぁぁぁん、おとぉぉさぁぁぁん・・・』

 ふと、彼女は周りを見渡す。ここは神たちが営む集落であった。それはいまや戦火に晒され、見るも無残な光景だけが、そこに残されている。無論、それを行ったのは彼女の部隊。
 幼きころの自分を重ねたのか、彼女はいたたまれない気持ちになり、その幼女へかけるべき言葉を捜していた。

 ―だが・・・

 彼女はふと思い出す―『自分は魔族である』ことに。『間違っても神族』なんかではないことを。
 何で自分はこの幼子の心配なんかをしなければならないのか?そもそもこの幼子はこの集落にいたのだ。
神族と考えるのが妥当だろ?そんな存在を心配することなど、おかしいとしかいえない。ここでこいつを助ければ、いつか仕返しにあって死ぬのは自分だぞ?死にたくなければ、殺すしかない。

 それに・・・

 ・・・神は排他的だ。奴らにされたことを思い出せ。

 彼女は、どこかでざわめく自分の心をどこかに押し殺して、鉾を振り上げた。いまだ泣き続ける幼子に向けて・・・





 いつしか、その行為が―過程が結果へと向かっていく。
 いつしか、それを楽しんでいる自分がそこにいることに気が付いた。
 始めてそれを意識したのはいつのころだろう?そう、それは竜の姫と刃を交わしたとき。

 自分と同じ種でありながら、一方はエリートとも言える人生を歩み、そしてこちらは不幸な生き方をしてきた。無性に腹が立った。殺してやるとも何度も心の中で呪った。

 それと同時に・・・刃を交わす悦楽を味わう自分も確実にそこに存在した。
 中空で鮮やかに舞う鋼の光沢、派手な金属音をまき散らかせてはじける火花、一瞬ごとに繰り出される必殺の一撃。
 こいつは自分と同じだ。戦うことでしか、自分を表現できない。そう思っていたのに・・・

 自分が繰り出したたかだか下級竜族ごときを庇った相手、その身を挺して、もはや戦闘困難な怪我を負った竜の姫・・・
 激しく馬鹿だとあざ笑い、それと同時に落胆すら感じる自分がいた。



 ―だが・・・


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