ある青年の一日(最終話)
投稿者名:みはいろびっち
投稿日時:(04/ 3/24)
駅を降りてからも必死に駆けてきた彼女の目はついに捜し求める男の姿を捉えたのだった。
満面の笑みを浮かべ、愛らしい少女と手をつないだ、その姿を。
とたんに彼女の両の眉は急角度で跳ね上がる。
「よぉ、弓。お疲れさん。わざわざすまねぇなあ。」
のんきに話しかける雪乃丞に対し、弓はしばらくの間うつむき、無言で肩を震わせる。
「お〜い。どうしたんだ?弓?」
不思議そうな雪乃丞の声を聞いて、彼女はおもむろに顔を上げ、ギロリと男を睨みつける。
「どういうことか、説明していただけるかしら?雪乃丞さん?」
彼女の地の底から響き渡るような声を聞き、彼は急にあわて始める。
「い、いや。あの、その。ト、トリアエズオチツキマセンカ?弓サン?」
「ほぉ〜〜〜。何をどう落ち着けとおっしゃるのかしら?」
「エ、エ〜ト。」
まるで炎も凍るかのような彼女の視線に、ガクガクと震え始めた雪乃丞は救いを求め傍らの少女にすがるような目をやるが、幼い少女にこのような窮地を救うすべがあろうはずも無いのであった。
彼にとっては己のかけた電話によって導き出されるであろう当然ともいうべき結果すら頭になかったようだ。
ひとしきり慌てふためく雪乃丞をいじめたおすことによって落ち着きを取り戻した弓は、ようやく彼の隣にたたずむ少女に冷静な目を向けたのだった。
「あれ?あなた、ひのめちゃん?美神お姉様の妹さんの?」
「は、はい。は、はじめまして。美神ひのめといいます。」
いつも礼儀正しいこの少女であるが、今回ばかりはさすがに先ほどからの恐怖をすべて押し隠すことはできなかったようだ。
「あら、会うのは初めてじゃないのよ。あなたがもう少し小さいころに何度かあったことがあるわ。」
「す、すみませんっ。ごめんなさい。」
どうやら最も尊敬する女性の妹を完全におびえさせてしまったらしいと気づいた弓は、ただ引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。
完全におびえきってしまった少女の心を解きほぐすことは、六道女学院大学部一の才媛と噂される彼女にとってもいささか骨の折れることであるらしい。
しかし、雪乃丞に三人目のチケットと三人分の乗り物のフリーパスの代金を支払わせ入場したのちにも、多くの時間と労力をその一事に傾注することによって彼女はついにその偉業に成功したのだった。
「ねぇ、ひのめちゃん。次はあれに乗ってみない?」
これまでコーヒーカップ、観覧車、メリーゴーランドなど比較的穏やかな乗り物をこなすことによってゆっくりと少女の心を解きほぐしてきた彼女であるが、ひのめの様子からそろそろ己の最も好む乗り物の世界へと少女を連れて行くべきときが来たことを悟ったようだ。
「あれは……なんですか?」
目の前に聳え立つ大きな物体を眺めながらそう尋ねた少女に、弓はニヤリと笑って答える。
「いわゆる絶叫マシーンって呼ばれるものよ。ああいうの乗ったことある?」
「いえ、ないです。」
あたかも純真無垢な少女を引きずり込む魔女であるかのように、弓は微笑をたたえながら少女をいざなうのだった。
「あれ、乗ってみたくない?」
「のってみたいです。」
「じゃあ、決まりね。あそこに並びましょうか。」
そんな微笑ましい女性二人の会話に、まったく介入する隙を見出せず、ただついていくだけになっていた雪乃丞はいささかボーっとしていたらしい。
「身長制限は大丈夫かしら?」
雪乃丞の方を向き気遣わしげに尋ねた弓の言葉に憮然として答える。
「おまえなぁ、いくら俺の背が低いからって絶叫マシーンの身長制限になんか引っかかるわけねぇだろうが。」
「………ひのめちゃんに決まってるでしょ。あなた、バカ?」
「あ……嬢ちゃんね。決まってるよな、ハ、ハハ…。」
弓のあきれたような言葉に、顔を真っ赤にしてただ引きつった笑いをうかべるしかない雪乃丞だった。
西の空が茜色に染まるころ、そこに存在する乗り物の大部分を乗り倒した三人はそろそろ帰途に着くことにしたようだ。
「ひのめちゃん、今日は楽しかった?」
「はい。とっても楽しかったです。」
微笑を浮かべ優しいまなざしでひのめを見つめながら語りかける弓の姿に、雪乃丞は彼女の新しい一面を見つけ自分が彼女に惚れ直したことを自覚するのだった。
「また、ここに遊びに来たい?」
「はい!また来たいです。こんどはお兄ちゃんもいっしょに。」
「そうね。今度は横島さんも入れてみんなでまた来ましょうか。横島さんのおごりで。」
聖母のような笑みをまったく崩さずひのめに語りかける弓の姿を見て、近い将来におとずれるであろう親友の不幸にそっと涙をぬぐう雪乃丞であった。
それぞれの自宅に最寄の駅につくころにはすでに日は落ち、辺りを照らすのは月明かりだけになっていた。
駅を出たところで三人は一人の青年を目撃することになる。
「お兄ちゃん。」
「おかえり、ひのめちゃん。」
「ただいま!」
真っ先に横島のことに気がつき彼の元へ駆けていったひのめに追いついた雪乃丞はあきれたように問いかける。
「わざわざ迎えに来たのか?」
「え?あぁ、まぁちょうど帰り道だったからな。」
自然に答える横島の姿に、雪乃丞はわらって心の中で『なるほど、懐くわけだ』とつぶやく。
「あれ?弓さんも一緒だったの?」
「えぇ、まぁいろいろありまして。」
追いついてきた弓の姿を見かけて意外そうに問いかけてきた横島に対し、弓はチラリと雪乃丞の方に目をやってからそう答えた。
あさってのほうを向いて口笛を吹き始める雪乃丞を不思議そうに眺めてから、横島は二人に礼を言う。
「二人とも今日はありがとうな。この埋め合わせはいつかするよ。」
「ひのめちゃんの相手ならいつでも歓迎しますわ。埋め合わせは次の機会にでも。」
にこやかにそう答えた後、横島に向かって意味ありげな笑みを浮かべる弓を見て不思議そうな顔をする横島を見ながら雪乃丞の心の中には一つの言葉が浮かんでいたという。
『知らぬが仏』
「私はこちらですので、この辺で失礼させていただきますわ。」
「俺は弓を送っていくよ。」
分かれ道にさしかかり、弓に続いて雪乃丞がそういい、互いに別れを告げる。
「では、さようなら。ひのめちゃん。横島さん。」
「さようなら。きょうはありがとうございました。かおりさん。ゆきのじょうさん。」
「じゃあな。」
「あぁ。」
「あ、そういえば。雪乃丞。」
「ん?なんだ?」
月明かりの下、二人きりでの帰り道、ふと何かを思い出したのか弓が雪乃丞に問いかける。
「あなた、香港帰りでしたわよね?」
「あぁ、そうだぜ。」
「私へのお土産はありませんの?」
弓の言葉に『しまった』という表情を浮かべる雪乃丞に対し、弓は目を細めてささやく。
「へぇ〜。そうですの。」
弓の言葉に雪乃丞の背中からはいやな汗が次から次へと湧き出しているようだ。
そんな雪乃丞に弓は追い討ちをかける。
「香港でお世話になってる道場主の娘さんにかまってばかりで日本の女のことはきれいさっぱり忘れていたという噂はどうやら本当のことのようですわね?」
「ド、ドコカラソンナハナシヲ……。」
「巷の噂ですわ。」
雪乃丞は弓の底知れぬ情報網にただ恐れおののくばかりであった。
「へぇ。今日はいろいろな乗り物に乗ったんだね。」
こちらの二人は今日の遊園地でのことを話題にしていたようだ。
「はい、とってもたのしかったです。」
「一番気に入った乗り物はなんだい?」
横島が何気なく尋ねたその言葉にひのめは輝くような笑顔で答える。
「ぜっきょうましーんです!」
「ぜ、絶叫マシーン??」
ひのめのあまりに意外な答えに横島は硬直する。
「はい。とってもたのしかったです。」
「へ、へぇ。そ、それはよかったね。」
「はい!こんどお兄ちゃんもいっしょにのりましょう。」
「そ、そうだね。い、いつかいっしょに乗ろうね。」
ひのめの純粋な誘いの言葉に、決してひのめを遊園地には連れて行くまいと堅く決心する横島であった。
帰途の行程も残り三分の一ほどに差し掛かったころ、ふと何かを思い出したらしくひのめは眉間にしわを寄せて横島に話しかける。
「そういえば、いきがけにゆきのじょうさんにいろんなおはなしをききました。」
「どんな話を聞いたんだい?」
珍しいひのめの表情に横島は不思議そうな顔をして聞き返した。
「お兄ちゃんのじょせいかんけいについて、です。」
「へ?」
ひのめの言葉に完全に硬直した横島に対し、ひのめは諭すように語り掛ける。
「お兄ちゃん、であった女の人みんなにいきなりだきつこうとするのはよくないですよ。」
「ハ、ハイ!スイマセン。ゴメンナサイ。モウシマセン。」
ひのめの言葉に直立不動になって謝る横島に対し、ひのめはなおも続ける。
「そんなことばかりしていては、こいびとができないですよ。お兄ちゃんもいつまでもわかくはないんですから。……。……。」
延々と続くひのめの言葉を聞きながら横島は一つのことを心に誓うのであった。
『雪乃丞〜〜〜。覚えてろよ〜〜〜。』
その夜、自室でくつろぐ弓の元へ彼女の恋人が実はロリコンであるという謎の密告電話がかかったという。
弓の情報源は案外身近なところにあるようだ。
『類は友を呼ぶ』という言葉はいつの世においても真実を表しているらしい。
−おしまい−
今までの
コメント:
- 短編連作の第三弾をお送りします。
今作はプロットは比較的簡単に出来上がったので、後はそれを文章にするだけと思っていたのですが、実際に書き始めてみるとまったく筆が動かず非常に苦労することになりました。
幾度となく途中で燃え尽きてはそのたびに皆さんの感想を読み、何とか最後まで書き上げることができました。
これまでコメントを書いてくださった皆様、本当にありがとうございました。 (みはいろびっち)
- さて今作では、前々作の真友康則少年、前作の一文字魔理さんにつづいて伊達雪乃丞に主人公を務めていただきました。
今回苦労したのはひとえに彼のせいであります(笑
横島との会話では脱線し続け、ひのめとの会話ではピタリと口を閉ざしてくれました。
作者としましてはした苦労に見合うだけの作品が仕上がったと信じたいのですが、いかがでしたでしょうか。
今作についての感想や彼ら登場人物の話し方についての意見、投稿の仕方についての意見などお寄せいただけるとうれしいです。 (みはいろびっち)
- 面白い・・・のですが,前後編か,若しくは一つで纏まったのではないでしょうか?
ログ流れ云々も勿論ありますが,乗ってきた所でブツブツ切られてしまったので,なかなか話に入り込めませんでした。
一気に読める面白いお話でしたので,無理に四つに分ける必要も無かったのではないかなと思います。 (竹)
- >竹さん
コメントありがとうございます。
もともと前後編でプロットを立て書いた作品だったのですが、実際に書き上げてみると前編、後編ともにサイズがオーバーしてしまいました。
三つに分けるのはサイズ的には可能かと思ったのですが、構成上厳しかったためこのような形をとらせていただくことにしました。
ログ流れに関しては本当に申し訳なく思っています。
もし今後このようなことがあれば何か良い方法を考えたいと思います。 (みはいろびっち)
- お父上を振り切って?行ったのに、
ひのめ挟まないと喧嘩とは、
いいのか?
・・・。
いいのだ。 (トンプソン)
- 横島と雪乃丞がお互いに密告し合ってる所や自分はロリコンではないと苦悩している所が面白く、雪乃丞がだんだんと横島に感化されていってるのがわかる非常に面白い話でした。そして最後の横島に説教するひのめちゃんが可愛すぎでした♪ (殿下)
- 横島君説教されちゃったね♪
ひのめちゃんが可愛さ爆発で最高でした〜vvv
雪乃丞もロリコンか〜 (紅蓮)
- みはいろびっち様のシリーズはひのめちゃんが実に可愛らしくていいですね。
みんなで寄ってたかって(誤用)教育を施した成果がありましたなあ。
ところで念のため。「雪之丞」です。「雪乃丞」はよくある誤字なのでご注意を。
長さについては「1」を読んだ時点ではもうちょっと分割の仕方があったのでは? と思いましたが、
それ以降の長さと構成を考えると妥当だと思います。 (林原悠)
- >トンプソンさん
コメントありがとうございます。
前作では作者の都合から弓には涙を飲んで登場を見合わせてもらったので、今作は『弓の救済』がコンセプトでした。
少しでも弓らしさが出せていたらうれしいです。
>殿下さん
コメントありがとうございます。
雪之丞はこの作品を書く上で非常に苦労させてくれたキャラでしたが、その分書き上げてみると愛着もひとしおです。 (みはいろびっち)
- >紅蓮さん
コメントありがとうございます。
ひのめはいつのまにかこのシリーズに欠かせないキャラになっていますね。
皆さんからも好評のようで彼女抜きには語れなくなってしまった作者としてもうれしい限りです(笑
>林原悠さん
コメントありがとうございます。
雪之丞についてですが、本人、原作で確認したつもりになっていたのですが、『つもり』だけでした。
まさか主役に選んだキャラの名前を間違っているとは……。
ご指摘ありがとうございました。
長さについてはそう言っていただけると大変ありがたいです。 (みはいろびっち)
- 第四弾について。
例によって現時点で第四弾にはまったく筆をつけてはいないのですが、とりあえずの大まかなプロットはできてきました。
企画どおり行けば第四弾でこのシリーズはとりあえずの一区切り、ということになります。
題名および登場人物は固まっているのですが、今回は秘密とさせていただきます。
かわりに、このシリーズ全体のタイトルを『ある人々の一日』ということにさせていただきたいと思います。
タイトルが無いと少し不便かなという気がしてきましたので(笑
もし続編が読みたいと思われましたら、どうかご声援のほどよろしくお願いします。 (みはいろびっち)
- 雪之丞も女心がわかってないのかわざとなのか、真面目な口調で遊園地に誘われた弓の期待感を考えると、そりゃ彼女も怒るでしょう。 ひのめも園児にして絶叫マシーンが好きな所は、さすが美神家の血を引いているだけのことはあります。 雪之丞も完全に弓の迫力に負けていましたし、この世界、女が強いことは変わらないようですね。 横島と雪之丞の友人関係、何年たっても相変わらずですし、ずっとこんな調子で友達やっていくのでしょう。 (ヴァージニア)
- >ヴァージニアさん
コメントありがとうございます。
確かに書いてみるとどうしても女性陣が強くなりますね。
ただ男性陣が情けないだけかもしれませんが(笑 (みはいろびっち)
- 第四弾について
今のところ第四弾は九割方完成しているのですが、この第四弾もこちらでは前後編に収まらなくなってしまいました。
そのためこの短編連作シリーズ自体を『ある人々の一日』という題名で『椎名作品二次創作小説投稿広場』の方へ移らせていただくことにしました。
このような形で途中で作品を移籍させるのもどうかとは思ったのですが、こちらに送るとほかの方々のログを流してしまうことになることから、こういう形にさせて頂きました。
もしよろしければ『椎名作品二次創作小説投稿広場』の方でも読んでいただけるとうれしく思います。 (みはいろびっち)
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