ザ・グレート・展開予測ショー

『ふにゃあ』


投稿者名:黒犬&猫姫
投稿日時:(04/ 3/21)





 ぴと



 むに



「ほっぺぷにゅー」

「……何がしたいんだい、ひのめちゃん」










 ―――『ふにゃあ』―――










 昼下がり。
 西条輝彦の執務室は、突如として新品の赤いランドセルを背負ったおちび様のご無体に晒されていた。

「ヨコ兄ぃが帰ってこないので暇なんです」
「そうかね」
「寂しいので遊んでください」

 美神除霊事務所に行って誰かと遊べばいいだろう、と返したかったが、今日は事務所のメンバー総勢でかかる大仕事があると聞いていた。夕方まで帰ってこない事も知っている。

「ボクが仕事をしないと、隊長の鉄拳が火を吹くことを知っているかね」
「ヨコにぃから聞いてます」
「なら」
「どーせお仕事が終わっても女のひとのお尻を追いかけてるだけだって、聞いてます」

 西条は口を閉めざるを得なかった。
 事実だ。

「……あとで、横島君と個人的に話をさせてもらえるかな?」
「いやです。蜂の巣になったヨコにぃみるのいやです。16歳になったらお婿さんに貰う予定なんですから、傷モノにされると困ります」
「婿入りは決定事項なのか」
「意義や反対は却下の方針です」
「ライバルは多いよ?」

 その最筆頭が、実の姉だったりもするし。

「わかってます。でも、勝ちます。若さで勝負です」

 知らず気合が入ったのか、頬を抓る手にぐっと力がこもる。

「おお、西条さんのほっぺたのびるのびる」
「ひゃめなさい」

 幼心に未来を誓うひのめは微笑ましかったが、頬が痛かった。
 だが、素直に手を離すところを見ると、今は本当に構って貰いたいだけなのだろう。

「部下の中に、ロッカーを漫画倉庫にしてるヤツがいる。借りてきてあげるから、おとなしく読んでいなさい」
「西条さんが漫画もってくるまでひとりじゃないですか」

 眉をハの字にして口を尖らせる。まるっきり子供の仕草。

「それくらい我慢しなさい」
「絶対いやですぅぅぅ―――っ」

 振り向く西条のスーツを掴んで離さないひのめに、西条はふと苦笑を浮かべた。

「やれやれ、横島君も苦労するね」
「……お荷物みたいに言わないでください」

 これでもがんばってます。と、小さく言ってひのめは視線を落とした。

 振り返ってみれば、どこかしょげた様子のおちび様。
 普段、忙しい母姉やお婿さん(予定)の邪魔にならないように、虚勢を張っているのだろうか。

 ――邪魔に思われるのがイヤ。
 ――負担になるのがイヤ。

 そんなおちび様の表情に、西条は軽いデ・ジャヴを覚える。
 脳裏に浮かぶのは、かつて自分を「お兄ちゃん」と呼んだ少女の姿。

『パパがいなくたって平気なんだもん』
『ママが忙しくたって、ひとりでなんでもやれるもん』

 まったく、子供というものは。

 西条は嘆息する。

 母親にしても姉にしても件の煩悩青年にしても、彼女がもう少しわがままを言ったところで、喜びこそすれ迷惑に思う事などあるはずがないのに。

 幼稚で、愚かで、非論理的で。
 それでいて真っ直ぐなこの子に、自分は何をしてやれるだろう?

 大人として。
 知人として。

 小さな彼女の、友人として。

「…………よし」

 寂しげに肩を落とすひのめを抱き上げて膝に乗せ、そのままデスクに向かい直す。

「15……いや、10分間おとなしくしていてくれたまえ」
「…………?」

 どちらにせよ、普段が張り詰めた状態なのなら。
 自分の前でくらい、わがままを通させてやろう。

 始末書の一枚や二枚、かまうものか。

「10分で、今日の仕事にキリをつける」
「…………!!!」

 笑顔。花が綻ぶような。とびっきりの。

 泣いたカラスがなんとやら。

 これだから、子供ってものは――。 

「……ありがとです、西条おぢさんっ!」
「ボクは断じておぢさんではない!!」

 やっぱり、可愛いと思うわけだよ。

 なぁ?










 無理をしなくて良いから。
 自分の道をしっかりとみつめて。

 歩き出すその時のために。
 少しずつ、少しずつでも。










 夕焼け小焼けで日が暮れて。

「世話、かけちまったな」
「あぁ」
「西条おぢさん、またです」
「おぢさんではないとゆーに」

 バンダナの青年に背負われながら、ちっこい掌をひらひらと振ってくるおちび様に手を振り返す。
 母でも姉でもなく彼が迎えに来るところをみると、例の計画もあながち夢物語ではないのかも知れない。

「令子ちゃん、おキヌちゃん、シロちゃん……油断大敵だぞ」

 まぁ、ボクにとってはその方が都合良いな、などと胸中で呟きなから、夕焼けの紅に溶けつつある小さな小さな背中を見送る。

「……まったく、今度来る時は、仕事が立てこんでない時にしてほしいものだ」

 そうしたら――。








 今度は、もっと遊んであげられるから。


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