ザ・グレート・展開予測ショー

流れ往く蛇 鳴の章 伍話 下


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 3/20)


 怒り、迸るそれは力となる。溢れんばかりの怒気は体中を駆け巡り、霊気へと変換され、彼の持つ聖書の中へと取り込まれてゆく。
 
『許さなければどうなるってんだよ。あ?お前なんかにこの俺を殺せるとでも言うつもりなのかよ』

 揺るぐことの無い意思を振りかざしたチューブラー・ベルは、そんな唐巣を馬鹿にするように見詰めた。

「・・・そうだ」

 唐巣はそれに対し肯定の意思を己自身に確認させるために、深く頷いた。
 そう、命あれば殺せる。手の内など関係はない。心を覗かれていようが、殺すという結果さえ残せればそれでいい。
 それが一流の上に超が付く者のみが許される、ある種の力。
 
 もう言葉など必要はないだろう。相手にかける言葉も無く、唐巣は無言で息を吸い、吐き出し、そして腕をすっと伸ばす。
 伸ばされた腕から見えるのは、純然たる破壊の光。
 紡がれるは強大な魔を滅する呪文。

『救いの生贄
 天国の門を開けたもう御方よ
 我らの敵は四方より押し寄せる
 我らに力と助けを与えたまえ』

 それは聖歌。それは呪文。それは意思。
 ほとばしる霊気は朗々とした声により、その光を強めていく。
 チューブラー・ベルはそれを、避ける自信があるのだろう―腕を組んでニヤニヤと見詰めていた。

―そうやって余裕面しているのも今のうちだけだ

 心の中で、唐巣は鋭く毒づいた。
 だが、ひょっとして避けられるかも?避けられたら?唐巣の中で僅かな焦燥が募る・・・

 ―関係ない。そしたら次の手を講じるまで。どちらにせよ、手札は見られている。なら方法なんて無意味なだけだ。

 僅かばかりに生まれた疑念を、唐巣は勢いよく頭を振ることで吹き飛ばし、詠唱を続ける。

『三位一体の不滅の神よ
 父の偉大な御名が常に称えられるよう
 終りなき生命の日々をわれらに
 天の故郷にて与えたまえ』

 手のひらと言わず指の先にまで大きく広がる波紋、光は爆発的に高まっていく。
 それはまさに必殺。必滅。必浄。これこそまさに神の意思の代弁。

「き・え・さ・れ・ぇぇぇぇ!!!」

 裂追の気合を込めて、唐巣は叫ぶ―その瞬間、圧倒的な光量が地面を撫でる。塵や埃は、その力に耐えることも出来ずに完膚なきまでに消え去り、金属で出来ている塀は、前衛的なまでにひしゃげる。
 そしてその巨大な力を尊大に誇示するその光は、求めるべき獲物にその力を叩きつけるために、貪欲にまっすぐに突き進む。

 しかし、チューブラー・ベルはその光を視界に納めつつ、跳躍。それも人間では不可能な高さ、貯水缶の上へと着地する。
 光はその下を縫うようにして通過、そのままの勢いを持って、闇の彼方へと掻き消える。

『どーしたよ、神父。まさかもう終わりってんじゃねーだろーなぁ、ケケケ!!』
「心配するな。この呪文はただ一発放てば終わりってもんじゃない」

 いいながら、唐巣は立て続けに呪文を放っていない空いているほうの手で、素早く印を結ぶ。

『肉体とりし御言葉こそ 
 暗き罪の夜を照らす炎となれ』

 突如、急激な風切り音。そして向かい来る強烈な存在感。
 チューブラー・ベルは後方を振り返った。その直後、先ほど彼が避けたはずの光がその行く先を反転、そして爆裂したかのように真っ赤に燃え上がる。それはまさに不死鳥、その炎を止めることなど誰にも出来ることなどない。

「うおぉぉぉぉ!!」

 天を裂かんばかりに吼える唐巣は、印を結んだ手を力の限り振り上げる。
 すると、真っ赤に燃える光が二股に分かれた。分かれた光は、それこそ弾丸のような素早さでチューブラー・ベルを取り囲むように、瞬く間にとぐろを巻いて上昇を開始する。
 だが、それすらも既に察知しているチューブラー・ベルは、地面を蹴って一気に降下、唐巣へと加速する。それを凄まじい勢いで追跡する炎の蛇。蛇の体は地面に触れれば、真っ黒な焼け跡を残して全てを飲み込まんとせまってゆく。
 そして、圧倒的な速度を誇るそれは、ついにチューブラー・ベルを捕らえる射程範囲へと進入する。
 いや、それでもチューブラー・ベルは余裕の笑みを崩さない。
 
「その表情を保っていられるのも今のうちだ!!」

 さらに唐巣は立て続けに印を描く。
 すると、さらに光は膨張を開始。二本の光は四本へ、四本から八本へ。まさにそれはまさに巨大な霊波刀にも見える。言うなれば霊波帯といったところだろうか。霊力の要とも取れる聖書があってこその必殺。
 即ち、邪なる者は須く必滅。

「砕け散れッ!!」

 そして唐巣は胸の前で巨大な十字の印を結んだ。例え心を読まれて攻撃を回避されようが、全方位から攻撃すれば、ただではすまないだろう。
 そう、心を読まれていようが、いまいが関係はない。
 
 そして、光はチューブラー・ベルを滅すべく一斉に攻撃を開始する・・・ハズだった。


『いいのか?俺が死んじまえば宿主様も一緒に死んじまうぜ?』


 その一言さえなければ・・・
 ピタッと、獲物を滅すべく放たれたその光は、その動きを止め力も失われてゆく。
 その様を余裕を持って認め、にたにたとチューブラー・ベルは笑いながら続けた。

『別にオメーが怒り狂って後先も考えねーで俺を殺してもよぉ、何もなりゃしねーぜ?ッつーか冷静になってモノ考えてみろっつーの。イイのかよ?俺の宿主様もブチ殺しちまってよ。こんな殺人級の威力で攻撃したら除霊中の事故とかじゃすまねーんじゃねーのか?神の使徒がそんなことしていーと思ってんのかよ』
「ク・・・!!」

 額から冷たい汗が滑り落ち、唐巣の喉から痛みとは違う苦悶が流れた。
 確かにチューブラー・ベルの言っていることは正しい。いくら怒っていようが、唐巣も殺人までは出来ないだろう。法的に無罪だろうが、何だろうがそれを善しとする人物ではない。
 だからといって、このまま目の前の魔を野に放つようなマネをする人物でもない。

 ―こいつを世に放ってはいけない。これは厄災だ。力のないものが急激に力を手に入れたことで起こる、言うなればそう、暴走を起こしている。それも魔族が・・・である。ここでこいつを放ってしまえば、一体これから何人の犠牲が出るであろう?これはGSという一個人である自分だけの問題でもない。

 唐巣は静かに目を閉じた。

「許せ、公彦君・・・君の死を私は無駄にするつもりもないし・・・私もすぐ後を追おう」

 唐巣は胸の前で、深く―深く十字を描いた。

『テメェ・・・自爆する気か?』

 すぐさま唐巣の考えを読み取ったのだろう、今度こそチューブラー・ベルは唸った。
 今まで余裕の表情を崩さなかったチューブラー・ベルが、明らかな狼狽を見せ始めている。そのことに唐巣は暗い満足感を覚えた。

「そうだ、貴様に隠し事なんて無意味だからな。今から私は自分の身を挺してお前を浄化する。並みの術で避けられればお前を逃がすことになりかねないからな。
 それに・・・公彦君一人だけを逝かせてしまったら・・・可哀想だろう?」

 そう、唐巣とはそういう人物なのだ。人を殺すことをよしとはしない。だがこのままではこの魔族のために幾人もの人物が犠牲になるだろう。ならば、自分がその責任を負わなければならない。責任を持って目の前の邪悪を滅ぼさなければならない。そして、自ら命を絶つという責任をも、果たさなければならない。
 唐巣は両腕に力を溜め始めた。彼の持つ聖書が、ひとりでにパラパラとめくれていき、一番最後のページを示す。そのページには赤い文字で何事かが書かれてあった。 
 そこに描かれている文字を唐巣は見ながら、最後となりうる呪文を唱えようと彼は口を開こうとした。
 後方から接近してくる人物がいるとも知らずに・・・

『汚(よど)み穢れし争いに 
 子よ、集いて旗を持て
 我が・・・』

 そして、闇夜に白刃が翻る。



 
 ――ゴッ!!!

 突如として、鈍い異音が暗闇を震わせ、そしてそれとは別に赤い飛沫が飛び散る。
 鈍器か何がで、それこそ凄まじい力で殴られたかのような感覚が、唐巣の後頭部に走った。視界は急激に暗転し、意識は凄まじい勢いで霧散してゆく。それと共に、構成されていた呪文も同時に霧散していき、唐巣は地面に片膝を付いた。
 頭から、生ぬるい何かが滴り落ち、それは地面をゆっくりと湿らせていった。
 そんな状態で、唐巣は消えゆく意識を総動員して、ゆっくりと後ろを振り返る。
 そこには・・・

「・・・み・・・美智恵君・・・」

 そう呟きながら、唐巣の意識は暗沌とした場所へと向かっていった。




『ケケケケ・・・馬鹿な奴だよな。この俺が無策でオメーと向き合うかっつーの』

 チューブラー・ベルは勝利の笑みを浮かべていた。その正面には神通棍を携えた美智恵が、無機質な表情で唐巣を殴りつけた姿勢で固まっている。

『美智恵の奴が寝てる間に精神支配かましておいたに決まってんだろ?ケケケ、便利じゃねーか、この宿主様の能力はよぉぉぉ、ケケケ!!』

 チューブラー・ベルは拳を握り締めた。この力さえあれば、簡単に上級魔族なんぞという『箔』だって付く。地上だけじゃなく、魔界、神界、月にまで自分の名が轟く日だって近い。

『ケケケ、すっげーイイ気分だぜ!!なんで公彦の馬鹿はこの力を嫌ってたのかはしらねーけどヨォォ、これからはこの俺様が使っておいてやるゼェェ。
 この気分を言ってやればよぉぉ、最高にハイってやつだぁァァァ!!』

 天に向かって、チューブラー・ベルは叫んだ。天下に名高い唐巣を倒したこと、それはつまり最高のGSである彼に勝てる人物などそうはいないことからして、この地上では最強になったことにすら等しい。
 彼は既に動かない獲物に止めを刺そうと、ゆっくりと唐巣へと近づいて行く。
 止めはあくまで自分で、それは彼にとっては最高の快楽であり、残虐性の現れである。

 ―なんて素晴らしいことだろう。

 彼は心の中でそう一人ごちる。
 だが、唐巣へと向かうその足は、ぴたりと止まった。同時にその頬はゆっくりと笑みの形を作る。
 自分にとって、最高のおもちゃでも見つけたかのように。

『そういえば・・・だ。あの女に美智恵の死ぬ様を見せてやるって、言ってたんだっけ?』

 彼の瞳の先に移るものは、隣のビルの外階段を凄まじい勢いで駆け抜ける、ラフな格好をした少女だった。



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