ザ・グレート・展開予測ショー

月に浮かぶは(後編)


投稿者名:tea
投稿日時:(04/ 3/16)



 横島は、怯えていた。
 言わずもがな、シロの事である。タマモの言に沿うのなら、今日が横島の命日となるからだ。
 タマモの話には言質が無い、と開き直る事もできた。だが、初対面の際の、アルテミスの生理的ともとれる程の男性への嫌悪感を思い出すに、どうしても事務所に行く事が出来ずたたらを踏んでいたのである。
 電気も付けずに部屋の隅で布団を被っている横島。ドアの前には、箪笥やテーブルなどで築かれたバリケードが、月明かりに暗いシルエットを映している。それらは、今にも動き出しそうな、のそりとした存在感を湛えていた。




 コンコン・・・

 不意に重い音が響き、横島の心臓は飛び上がった。声を聞かずとも、姿を見ずとも、それが誰なのか一瞬で分かったからだ。

「先生・・・?寝てるのでござるか?」

 些か落胆の色を浮かべるシロに、横島は激しく頷いた。だが、今日のシロはその程度で引き下がったりはしない。げに恐ろしきは月の魔力かな。

「先生?先生!」

 ボクシングのジャブの様に絶え間無く叩かれ続けたドアは陥没し、蝶番が外れた事で完全にその役目を放棄した。が、中に入ろうとしたシロの鼻頭に先程のバリケードが激突する。何かのまじないだろうかとも思ったが、これでは入れないので実力行使に打って出た。

 ドガアッ!!バキメシャッ!!

 解体作業の様なその音が破滅へのロンドに聞こえてきて、横島は思わず耳を覆った。やがて箪笥を貫いた霊波刀が見え、次いで見覚えのある赤いメッシュの入った銀髪が見える。

「ふう・・・妙神山の、鬼門殿よりは手強かったでござるな」

 箪笥が綺麗に寸断され、バラバラになった衣類が飛散する。些か問題のある発言をしながら、シロが全身をのぞかせた。

「ヒ、ヒイイイィィッッ!!!」

 横島が引き攣った顔で後ずさろうとする。だが、そこは既に部屋の隅である。袋小路と呼ぶに相応しい状況の下、シロはにこりと無邪気な笑みを浮かべた。

「先生。やっと会えたでござるな」

 シロとしては三日分の寂しさを込めた言葉だったが、横島にとっては「ここで会ったが百年目」と言われているに等しい。夜闇の中で霊波刀に照らされたその肢体は濃い陰影に縁取られ、それでいて顔は屈託なく笑っているのだ。ハンニバル・レクターも裸足で逃げそうな恐ろしさである。
 かつてない恐怖を前に、横島の背中に戦慄が走った。同時に、生存本能が凄まじい勢いでフル回転し始める。

 選択肢1・窓から逃げる   無理だ。人狼の能力に敵うわけはない。
 選択肢2・説得する     あの笑顔を崩すのは不可能だ。
 選択肢3・実力でなぎ倒す  出来るわけないだろーが!!色んな意味で!!

 弾き出された結論は「死」。文殊を使えばどうとでもなりそうだが、今の横島にそこまで考えるキャパシティはない。

(となると・・・「アレ」しかないか)

 横島の目が怪しく光る。何かを決意した横島は、立ち上がりシロと正面から対峙した。
 そして―――

 ガバッ!

「ごめんなさい!!もうしません!!どうか、どうか命だけはお助けをおぉ!!」

 選択肢4・ひたすら謝り倒す

 非常に情けない選択だが、消去法及び彼の才能(?)に基づき、本能はこれが最善と判断した。驚いたのはシロの方で、涙を流しながら土下座する横島にただ困惑している。
 
「あの・・・先生?」

 おずおずと声を掛けるシロのポケットから、文字の刻まれた文殊が転がり落ちた。描かれていた漢字は―――「鹿」だった。

「あ、それはタマモが渡しておけって・・・」
「うあああああああ!!!」

 三日前に聞いた話が、実体感を伴い鮮烈に甦る。狩人を「鹿に」・・・それを「猟犬」に喰い殺させ・・・
 
「となると、アレか!?俺が鹿で、シロが犬「狼でござる!」で!!女神を覗いて、文殊が喰われてえぇぇぇっ!!」

 意味不明な事を抜かしながら涙と、ついでに汗と鼻水を撒き散らす横島。完全にパニックに陥っている。だが、それでも横島は一縷の望みにかけて尚も頭を畳に擦りつけた。

「もー二度と覗いたりしませんから!!どうか、どうかお許しをー!!」
「えっ?」

 横島の懺悔に、シロがショックを受けたかの様に硬直する。手応えを感じた横島が、畳み掛けるように「うん!」「うん!」と首を縦に振りまくった。
 やがてシロの右手から霊波刀が消滅し、横島は心中で快哉を叫んだ。正に起死回生、である。断罪の刃が振り下ろされなかった事に安堵し、次いで晴れ晴れとした笑顔を浮かべて理解ある弟子を見た。

 そして、横島の笑顔は固まった。

 横島とは反対に、シロは泣いていた。体を震わせ、必死に嗚咽を噛み殺しながら。横島が言った言葉と行った土下座の意味を、彼女なりに解釈した結果だった。
 それは、すなわち拒絶。自分の体など見るに値しない―――寧ろ勘弁してくれという、冷然とした返答。自身の魅力への否定を悟った時、シロの想いは霊波刀と同じく儚く夢散したのだ。
 シロは踵を返し、無言のまま部屋を出て行こうとした。だが、それを黙って見送るほど横島は酷薄な人間ではない。慌てて腕を掴むと、強引に体を引き寄せた。

「おい、一体・・・」

 「どうしたんだ」と続ける前に、横島は言葉を失った。仄かな月明かりに照らされたシロの泣き顔は、常日頃自分を引き回す少女とは対極にあったからだ。
 大粒の涙を湛えた顔は昂ぶり故に赤く染まり、不安げで、脆弱で・・・だからこそ、守りたくなるような、抱き締めたくなるような魅力に溢れていた。普段からは想像もつかないしおらしさと愛らしさに、横島の心臓は大きく高鳴った。

(なんだ・・・?どうしたんだ、俺)
「先生・・・」

 熱を帯びたようにぼんやりする頭に、シロの声が響いた。そこには、間違い無く悲哀の色が含まれている。

「先生、拙者はそんなに魅力がないのでござるか?事務所に来なかったのも、拙者に会いたくなかったからでござるか?拙者は・・・拙者は、それでも先生が・・・」
「バカ、何言ってんだよ。俺が事務所行かなかったのは、お前が怒ってるだろうと思って・・・」

 どうも会話が噛み合わない。そのおかしさに気付いたのは、横島だった。

「・・・なあ、シロ。一応聞いておくが、お前、俺を殺しに来たんじゃないのか?」

 本人を前にとんでもないことを尋ねる横島。当然ながら、シロは目を剥いて反駁した。

「何を言うでござるか!拙者は、先生が靡いてくれたと思ったから、アプローチしに来ただけでござるよ」

 それを聞いて、横島は全てを理解した。要するに、シロは横島が誤って覗いた事を「脈アリ」と勘違いし、アパートに乱入した挙句、「覗かない」=「興味ナシ」と解釈し泣き出してしまったわけである。種が割れれば落語のような話だが、命の危機を感じていた横島にしてみればたまったものではない。
 三日分の心労を吐き出すかのように、盛大な溜息をつく横島。すだれの下りたその顔を、きょとんとした表情で見詰めるシロに、横島は拳骨をくれる代わりにその髪をクシャクシャと撫でた。

「あう・・・先生」

 横島の温もりを感じ、シロの顔に漸く笑顔が戻った。少しはにかんだその顔は、見る者の内に暖かいものを流し込んでくれる。やれやれと横島は苦笑し、その腕にシロを掻き抱いた。

「せ、先生?」
「ったく・・・そんな顔できる奴が、魅力ないなんて言うもんじゃないよ」

 鼻の頭を掻きながら、横島は優しく言った。泣き顔も十分可愛かったけど、と心の中で付け足して。それを聞いて、シロは横島の胸から顔を上げた。

「えへへ・・・」

 向日葵の様に朗らかな笑顔に、横島は改めてどきりとした。まるで百面相のように様々な笑顔があり、そのどれもが違う魅力を持っている。それがどんなに恵まれた、幸せなことなのか。

(ま、シロには分かっちゃいないんだろうなあ)

 自分がその笑顔の大部分を占めている事など分かっちゃいない横島は、腕の中の大切な存在をもう一度その胸に抱き留めた。シロの喜びも悲しみも、その全てを抱擁するかのように。
 地震の後の様な惨状を呈する部屋の中で、二つの影が重なり合っている。天上の月が覗いたその光景は、どことなく滑稽であり―――思わず微笑んでしまいそうな、そんな優しい空間だった。




「ところでさ、シロ?」
「何でござる?」

 今思い出したといった感じで、横島がシロに問い掛けた。

「あの文殊、結局何だったんだ?」

 タマモが文殊を持っている事は不思議ではない。事務所のメンバーには、一定数の文殊が割り振られるからだ。横島が疑問に思ったのは、そこに刻まれた「鹿」の文字だった。

「ああ、そういえば「上手くいったらこれを渡せ」って・・・」

 記憶の糸を手繰りながら、シロがジーンズのポケットを探る。「鹿」が入っていたのとは逆の方に、もう一つ文殊が入っていた。横島が、首を傾げながらそれを受け取り―――きっちり五秒間停止した。

 そこに刻まれた文字は、「馬」だった。

 すなわち、「馬」と「鹿」を合わせて「馬鹿」。体良くからかわれた事を漸く悟り、横島は眩暈がする程頭にきた。感情に任せて文殊を叩きつけようかとも思ったが、こんなものが発動すればどうなるかわかったものではない。

「あのヤロウ・・・明日会ったら、この文殊ぶつけたる」

 歯軋りする横島を見て、シロは乾いた笑みを浮かべた。流石に、そこには横島を宥めるだけの力はなかったようである。


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