ザ・グレート・展開予測ショー

月に浮かぶは(前編)


投稿者名:tea
投稿日時:(04/ 3/16)


 それはいつもの光景であり、また、いつもとは少し違っていた。





「こんの色欲魔人があぁぁっ!!」


 ドガシャアアァッ!!


 怒声と共に容赦無い鉄拳が横島を襲う。そのまま錐もみ状に吹き飛んだ横島は、顔から壁に激突し奇妙なポーズで床に崩れた。陥没した壁から、ぱらぱらと破片が降り注ぐ。
 それを見下ろすのは二対の瞳。一対は肩で息をしている美神のもので、もう一対は雪女も一瞬で凍る程に冷然としたおキヌのものだった。
 事の発端は一時間程遡る。日課である覗きを敢行すべく、横島は屋上からお目当ての場所へと近づいていた。ロープの長さを調節し、蛸の様に壁にへばりつく。音もなく窓を開けると、そこには湯気の立ち昇る魅惑の世界が広がっていた。
 とまあこれだけならば本当にいつもの事なのだが、この日はひとつだけ違っていた。
 その時入浴していたのは、美神ではなくシロだったのである。散歩の結果泥まみれになって帰ってきたシロを、美神が有無を言わさずバスルームに蹴り込んだのだ。
 顔の上半分だけを覗かせた横島は、馴染のある赤と銀の髪を見て化石化した。無駄なまでに鋭い第六感を働かせたシロが、「曲者!!」と叫んで霊気の刃を飛ばしたのもほぼ同時だった。

 

 シロの視界が捉えたのは、綺麗に寸断された命綱と・・・奈落へと落ちていく、見覚えのある赤いバンダナだった。



「だから、あれは不可抗力だったんですってばああ!!俺はシロを覗こうかとか考えてたんじゃなくて、そう、要するに事故みたいなモンなんですよ!!」

 血ダルマになりながらも必死で釈明する横島。だが、美神は元より普段はフォローに回るおキヌでも、シロを覗いたとあっては流石に洒落にならない。今後の為にも、ここはキッチリと血の制裁を加えなければ。

(まあ、横島さんだから死んだりしないよね)

 全く嬉しくない形で信頼されている横島だった。結局彼の主張は悉く却下され(当たり前だが)、最後には美神によってサッカーボールの様に外に蹴り出される有様だった。荒々しく閉められた事務室の扉を見て、横島は力無く溜息をついた。

「あ、横島。その様子だと、随分酷い目にあったみたいね」

 そこに現れたのは、さっきまでシロと共に屋根裏部屋にいたタマモだった。整形に失敗した、というより福笑いに失敗した、と言った方が妥当な程崩壊したその顔を見て、タマモが淡々と感想を述べる。

「タマモ・・・あのさ、シロの様子、どうだった?」
「まだ動揺してるから、今は会わない方がいいわね。下手したら暴走するかも」
「・・・そっか」

 後悔に満ちた声で、うめく様に横島が呟く。自分が何をやったのかを改めて思い知らされ、裏切りともとれる軽率な振る舞いをした自分に嫌気がさした。本当は一言謝ってから帰りたかったが、今の自分にその資格はあるまい。
 肩を落としたままとぼとぼと歩き出す横島を見て、タマモは心中で嘆息した。

(暴走してアンタが押し倒されたりしたら、色々と面倒だしね。しっかし、ホント鈍感よねコイツ)

 本当の所、シロは横島が考えている様な心の傷はまるっきり負っていなかった。それどころか、「先生がやっと拙者の魅力に惹かれたでござる!」などと興奮気味にのたまうシロに、タマモは二日酔いよりもタチの悪い頭痛を感じた程だ。
 そんな苦労も露知らず勝手にへこむ横島を見て、タマモの内に微かな同情と大いな悪戯心が生まれた。小悪魔を彷彿とさせる笑みを浮かべ、タマモはわざと沈んだ口調で言った。

「けど、これでアンタともお別れね。短い付き合いだったけど、暫くは忘れないわ」

 不意にそう言ったタマモに、横島が訝しげに振り向く。確かに今回の事はクビになっても仕方ないが、タマモの言い方ではまるで今生の別れの様ではないか。

「不吉な言い方すんなよ。第一、まだクビになると決まったわけじゃ・・・」
「違うわよ。アンタ、忘れたの?アイツの中には、アルテミスの気質が眠っている事を」

 忘れるはずが無い。あの時のシロのはち切れんばかりの胸・・・もとい力は、かのフェンリルとも互角に渡り合った程だ。特に美神と同化した際の鬼神の如き強さは、ある種の畏怖を以て横島の内に刻まれている。
 だが、その事とシロの入浴を覗いた事に何の関係があるのか。不可解な表情する横島に対し、タマモは顔を伏せて低い声で言った。

「処女神である彼女は、その潔癖さから男嫌いの傾向があったの。こんな話があるわ・・・ある時水浴びをしていた彼女は、偶然それを覗いた狩人に激怒したの。で、彼女は狩人を鹿に変え、彼の連れていた猟犬に喰い殺させてしまった・・・」

 そう言って、タマモは横島の方を見た。痛々しいまでの憐憫の思いを含んで。
 寒々とした雰囲気が漂った。脂汗を浮かべた横島の中で、いくつもの事象が繋がりまた消えては構成されていく。そして、それは最悪の結論を導き出そうとしていた。

「て・・・てことは、俺はシロに・・・」

 ごくり、と唾を飲み込む横島。その顔は、死人のように青白い。

「ま、命までは取られないかもしれないけど、せいぜい気を付けなさいよ。特に、満月の夜なんかは・・・ね」

 ひらひらと手を振ってその場を去って行くタマモ。唯一人後に残された横島は、焦点の合わない瞳を床に落としたままその場にへたりこんだ。


 三日後


 煌々とした満月が、夜闇をくり抜いたかの様に厳かに浮かんでいる。その光に導かれるかの様に、シロは駆け足で横島のアパートに向かっていた。
 あれから三日経つが、未だに横島はバイトに現れていなかった。アパートに行っても、「偶然」会えない日が続いた。居留守かも、などとは欠片も考えないのがいかにもシロらしい。
 美神やおキヌは「少しは反省してるって事でしょ」などと言っていたが、シロとしてはすこぶる不満だった。

「折角先生が拙者に靡いてくれたのでござる。千載一遇のこの好機、指を咥えているわけにいかぬ!」

 完璧にシロの勘違いなのだが、暴走する乙女心に理性というブレーキはない。ただひたすら突っ走るのみ。然るに、人狼の女性が最も美しく色映える今宵の満月は、正にあつらえたかの如しだ。
 月夜に照らされた静寂の世界に、シロの軽い足音だけが木霊していた。

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