ザ・グレート・展開予測ショー

今昔首切草子  三の首


投稿者名:777
投稿日時:(04/ 3/14)

 廊下の突き当たりの扉は、雪之丞を誘うかのように開かれていた。他に扉はないから、物音が聞こえたのはおそらくその先だ。明かりは点いていない。生きた人間が隠れているとは考えにくい。

 だが、雪之丞は導かれるかのようにふらふらと扉へ向かって歩んでいった。霞みがかった思考には危険を判断する余力が残っていなかったのだ。引き返そうなどとは微塵も考えず、雪之丞は扉に辿り着く。

 闇に足を踏み入れた。

 途端、闇から何かが飛び出し、雪之丞を襲いかかる。反撃しようと腕を上げたが、鉛のように体が重かった。唇に諦念の笑みを乗せ、雪之丞は目を閉じた。

「あ〜たたたたたたたたた! たぁ! ほぁたっ!」

 雪之丞に襲いかかったそれは、奇声を発しながら雪之丞を殴りつけた。感覚が麻痺しているのか、痛みはない。目を閉じたまま、やがて訪れる死の時を待った。だが、予想に反してなかなかとどめは刺されない。

 ひょっとしてもう自分は死んでいるのか? 不思議に思って雪之丞は目を開けると、目前でこちらを覗き込む女と目があった。ツインテールを頭の左右に垂らした女は、雪之丞が目をあけた事に気づいて嬉しそうに笑い、そして雪之丞に指を突きつけた。高らかに宣言する。

「あたしはもう、死んでいる!」

 かろうじて残っていた緊張感が、音を立てて崩れ落ちた。がくりと膝をついた雪之丞を不思議そうに女は見下ろし、何かを思いついたかのようにぽんと手を打った。

「最初の挨拶はうらめしや〜のほうが良かったかな?」

 力なく雪之丞は首を振った。なんだか全てがどうでもよくなったが、気力を奮い起こして女に質問する。

「お前は…何だ?」

「あたし? 聞かれたからには、答えないわけにはいかないねっ! あたしこそ、あたしこそ! 宇宙が誇る美女にして突撃幽霊娘! 誰が呼んだか水天宮瑠璃! 偽名じゃないよっ!」

 大仰な身振り手振りを交えつつ、女は瑠璃と名乗る。少なくとも敵ではないと判断し、雪之丞は安堵の息を吐いた。そんな雪之丞に瑠璃はびしっと指を突きつける。

「あたしが名乗ったんだからあなたも名乗るのが戦士の礼儀! 例えあなたが王子様でも礼儀知らずは許さないよっ!」

「王子様…? なんのことだ?」

 力なく聞き返す雪之丞に、瑠璃はきょとんと首をかしげる。

「あれ? あなたあたしのことを助けに来てくれた王子様じゃないの? 年下っぽいのがマイナスだけど、顔は合格だしっ!」

 雪之丞は目の前にいる瑠璃を幻覚なのではないかと疑いはじめた。何だ、こいつは。何故こんなにも陽気な幽霊――自称幽霊だが――がこんな場所にいる? 本当にここは、さっきまで自分が死にかけていた村の中なのか?

 目の前にいる女はまるで現実感がない。瑠璃、と名乗ったか。そうだ、それはあのハンカチに書かれていた名前――。死に際に脳が見せる幻覚に、瑠璃という女が登場しているだけなのでは? せめて、死ぬときには楽しい記憶を――。

 ふ、と雪之丞の唇に笑みが浮かぶ。これが幻覚だというのならば、疑ってもしょうがない。せいぜい楽しんで死んでやろう。浮世で見る、最後の夢だ。

「俺は雪之丞。伊達雪之丞だ。――王子様なんてのは、柄じゃねぇけどよ」

「じゃあゆっきーって呼ぶねっ! 年下だしため口でいいよねっ?」

 いいさ、と雪之丞が頷くと瑠璃はにっこりと笑った。その顔はあどけない可愛さに満ちている。ふと、ママに似ていると思った。どこがどうというわけではないが、なんとなく。

 ぼんやりと瑠璃の顔を眺めていると、ぐぅと腹が鳴った。ああ――腹が減った。幻覚なのにまだ空腹感は残っている。どうせなら無くなってしまえば良いのに――。

「腹が…減ったな…」

「乾パンとチョコレートでよければあるよっ! 食べる?」

 そうか、夢だから食べ物もあるわけか。最後に食うのが乾パンとチョコレートなのはあまり豪勢ではないが、だが自分にはふさわしい。雪之丞は瑠璃に向かって頷いた。瑠璃はちょっと待ってね、と言い残して振り向き、部屋の中ほどに横たわる何かを漁る。

 あれは――何だ? 人のように見えるが…。

 目を凝らすと、それはどうやら女のようだった。小さなリュックを背負ったツインテールの女――?

 瑠璃がそれを漁る動きに合わせ、それの顔がこちらを向いた。まだ腐りきってはいない、どこかで見た女の顔――

 ――瑠璃!?

 その顔は瑠璃の顔にそっくりだった。急速に景色に現実感が宿る。冷や水を浴びせられたかのように理性が覚醒する。よく見れば、それは紛れもなく目の前にいる幽霊の死体だった。瑠璃の死体は刃物のような物で切られて殺されている。首は――ある。

 ようやく瑠璃は目的の物を見つけ出したか、嬉々として雪之丞の元に戻ってくる。雪之丞の膝に瑠璃の手からぽとんと何かが落とされる。乾パンとチョコレート。日付はまだ新しい。

「それは…お前の死体か?」
 
 雪之丞の問いに、瑠璃は笑顔で頷いた。自分の死体を前にこんなに陽気な幽霊も珍しい。だが、雪之丞はもはや瑠璃を幻覚だとは思わなかった。これは現実だ。死に際の夢などではない、俺はまだ生きている!

「――いつ、死んだんだ? それほど時間は経っていないように見えるが」
 
「う〜ん、多分三日前かなぁ。死に際のことは、実はよく覚えてないんだ。気づいたらここで自分の死体を見下ろしてたから」

 どこか寂しそうに、瑠璃は言った。おかしな女だが――悲しんでいないわけじゃない。

「俺のことを、助けに来てくれた王子様だと言ったな? 何から助けてほしいんだ? お前は、もう――」

「うん、死んでるね。死後三日腐乱良好死因は心臓破壊による即死――ってとこかな。別に生き返りたいなんて言い出さないから安心してよ。あたしはただ――」

 もう眠りたい、と瑠璃は言った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 どん、と荒々しく扉が開く。同時に、男が三人飛び込んでくる。その手には鎌や鉈など、一目で殺傷用と知れる凶器が握られている。ついに来たか、と七篠は舌打ちした。

 こいつらこそが、殺人者だ。

 男たちの目は白く濁っている。肌は病的なまでにどす黒く、何より異常なのは男の一人の頭部が陥没していることだ。こいつらは――死んでいる。

 男たちが一斉に口を開いた。喉から奇怪な音をさせる。笑っているのだ。あまりにも禍々しい、悪意に満ちた哄笑が闇に響く。

 冷たい嫌な汗が背中を濡らす。心臓はばくばくと音を立て、足はがくがくと震えている。逃げなければ、と思うのに足が一歩も動かない。喉からはかすれたような音が出るばかりで、悲鳴すらあげられない。

 背後の瑠璃が服をつかむ手に力をこめた。七篠は瑠璃の存在を思い出し、ようやく気を取り直す。背後の瑠璃にだけ聞こえるよう、小声で話し掛ける。

「私が突破口を開く。ちゃんとついてきたまえ」

 瑠璃が頷く気配がする。それを確認して、七篠は雄叫びをあげながら男たちに突っかかった。両手で頭をかばっての突進。鉈が肩口をえぐったが気にせず突き進む。男を二人突き倒して、扉の外に出た。

「遅れるな、瑠璃君!」

 扉を振り返り、七篠は見た。遅れまじとこちらに駆けて来る瑠璃に、無慈悲な鎌の刃が振り下ろされるシーンを。刃は瑠璃を袈裟懸けに切り下ろし、心臓を破壊する。瑠璃は一瞬不思議そうな表情を見せ、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。

 ――確実に、致命傷。

 そう判断したから、七篠は瑠璃を置いて逃げ出した。突き飛ばした男たちが立ち上がろうとしていたし、危険を冒して助けたところで瑠璃が助かるわけじゃない。あれはどう見ても即死している。

 長い廊下を駆け抜ける。後ろから何かが追ってくる気配。振り返らずともわかる。あいつらだ! 瑠璃を殺したあいつらが、今度は俺を殺そうと追ってくる!

 いつのまにか喉からは悲鳴があふれていた。悲鳴をあげながら七篠は逃げる。逃げて、逃げて、逃げて、ようやく屋敷から出て七篠はまた悲鳴をあげた。

 首がない!

 夜の闇の中で、首のない亡者たちがうごめいていた。それらはてんでばらばらに動いていたにも関わらず、七篠には自分に向かって亡者たちが殺到してくる幻覚が見えた。もはや言葉もなく、七篠は逃げる。

 どれほどの間、逃げ続けたのか――。

 気づけば、夜が明けていた。七篠は村を囲む絶壁を何度も登ろうと試み、そのたびにずり落ちて傷だらけになっていた。何度目かの登攀に失敗して落ちたとき、太陽が目に入った。ようやく七篠は恐慌状態から脱した。

 村を振り返る。禍々しい気配がどこか薄れているようだった。遠目には首のない亡者たちがいるようには見えない。幽霊は夜にしか活動できないというのが定番だが――。

 呼吸が落ち着き、冷静な思考が戻ってくる。古文書に書かれた村の真実が脳裏をよぎった。あの亡者たちがそうなのか。なるほど、確かに首切り村だ。

 おそらく亡者たちは夜にしか活動できないだろう。そうとはわかっていても、七篠は村に戻る気がしなかった。だからといって逃げ場もない。いったいどうすればいいのか。

 ふと、瑠璃のことを思い出した。こんな怪しげな場所にわざわざ希望してついてきた瑠璃。奇矯な行動をしていたが、どこか憎めなかった少女。

 瑠璃は七篠の教え子だった。机に座って楽しげにノートをとる姿はよく覚えている。授業を楽しそうに聞いてくれるのは、思えば瑠璃だけではなかったか。七篠の講義はつまらないと、いつか生徒の誰かがうわさしているのを聞いた。なのに瑠璃は、いつでも楽しそうに笑って――。

 なんだかひどく気分が悪い。もしや、瑠璃を見捨てたことを後悔しているのだろうか。七篠は自問する。違うはずだ。必ず守るなんて約束した覚えはないし、むしろ逆に危なければ見捨てて帰ろうと心に決めていた。予定通りの行動のはず。

 誰かを見捨てることは初めてではない。人の期待を裏切ることも慣れている。七篠は順風満帆な人生を送ってきたわけではないから、この程度のことで心を煩わされることなどない。――はずだ。

 そもそも、瑠璃は七篠のことをどう評していたか。悲鳴を上げた瑠璃を省みず逃げ出そうとした七篠に向かって、そんな教授が素敵ですと言ったではないか。それは七篠の助けを期待していなかったこと。自分のことは自分でやるという瑠璃の決意表明。だから、私は間違っていない――

 ――いや。

 あの時。書庫で亡者たちが立てた物音を聞いたとき。七篠が背後にかばった瑠璃は、不安そうに服をつかんでいた。あれは、頼っていたということではないのか? 口ではどう言おうと、瑠璃は怖がっていた。助けられたいと思っていた。七篠が助けてくれると思っていた。だから、瑠璃は七篠の服をつかんでいたのでは?

 なによりも――瑠璃を背後にかばったのは、七篠自身だ。あの時、七篠自身こそが瑠璃を助けたいと思っていたのだ。だから、瑠璃を背後にかばった。それを感じたからこそ、瑠璃は七篠に頼った――?

 私は、私を裏切ったのか――。

 七篠は村の方角を振り返った。遠目に、逃げてきた大きな屋敷が見える。あそこには瑠璃がいるはずだ。もう死んでいるとは思う、死んでいるとは思うが、もしかしたら生きているかもしれない。虫の息で、七篠の助けを待っているかもしれない。

 今ならば亡者もいないはずだ。危険なく瑠璃の元にいける。生きているならそれでいいし、死んでいてもせめて手を合わせてやりたい。瑠璃の元に行かなければ――。

 だが、もし亡者が闇に潜んでいたら。夜にしか活動できないのではなく、闇でしか活動できないとしたら。あの屋敷の内部は闇だ。殺人者が潜んでいる可能性は大いにある。



 結局、七篠は屋敷に戻らなかった。

 

 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――と、まぁこんなわけで、世界が誇る天才七篠教授と宇宙が誇る美女瑠璃ちゃんは、ここ首切り村にやってきたのであったー」

 どうしてここに来たのか、と瑠璃にたずねた雪乃丞は、自分の安易な発言を後悔していた。村にたどり着くまでの身の上話を数十分、瑠璃はノリノリで語ったのだ。それも微妙に重要そうな情報を小出しにするから性質が悪い。あまつさえ最後まで聞くとまったく重要でなかったというおまけつきだ。

「首切り村? この村は首切り村というのか?」

「うん、そうだよ。ちなみに調査動機は名前が面白かったから!」

 あはははは、と笑う瑠璃を捨て置いて、雪乃丞は思考する。食事をとったためか驚くほど思考がクリアーだ。今ならば村からの脱出法を思いつけるかもしれない。

「それで、その七篠教授はどうなったんだ? どっかでくたばったのか?」

「さぁ。まだ生きてるかもしれないし、死んでるかもしれない。あたしが死んだときはまだ生きてたよ。教授、びびりだから多分まだ生きてるんじゃないかな。危険に近寄ろうなんて絶対にしないし」

「この村に安全な場所なんざないと思うがな。その教授とやらは、お前を見捨てて逃げたのか?」

 意地の悪い問いかけだったろうか。瑠璃はその質問に答えることなくうつむいた。しばらくうつむいていたが、やがて笑顔で顔をあげる。

「教授は、あたしが生きてるときから危なかったら君を捨てていく、って言ってたからね〜。あたしもそれでいいと思ってたし。ただ、あたしは死んだときのこと覚えてないんだけど、なんかかばってくれた気がするんだ。だから、あたしは教授のこと恨んだりしてないよ。生きててほしいなぁ、って思う」

 そうかい、と雪乃丞が言えば、そうだよ、と瑠璃は笑った。だから瑠璃は本当に教授を恨んでいないのだろう。雪乃丞はこの陽気な幽霊に誰かを恨んでいてほしくなかったから、少しだけ安堵した。

「それで、結局お前らはこの村からの脱出法を見つけ出したのか? 調査にきたってことは頭脳労働なら得意なんだろ?」

 雪乃丞の言葉に、瑠璃はきょとんと首をかしげる。少し考えて、ぽんと手を打った。

「そういえばあたしたちって閉じ込められてたんだっけ。いやぁ、あたし死んじゃったからもう別にいいや〜とか思ったよ。そうだね、ゆっきーは外に出たいんだよね。う〜ん、だけどね、あたしたちも脱出する方法は見つけてないんだ。この村の謎は解けたんだけどねー」

「謎、か。話してくれるか?」

「うん、いいよ。あのね、あたしたちこの書庫で村の歴史についてかかれた古文書を発見したんだけど、そこに書かれていた事実が驚き桃の木山椒の木! なんとなんと、ここ首切り村は元は死刑囚の村だったのだっ!」

 ばばん、と効果音をつける瑠璃。少なからず、雪乃丞は驚いていた。

「死刑囚の村、だって? どういうことだ?」

「うん、つまりね。もうずいぶんと昔――500年くらい前らしいけど。この場所に、脱走した死刑囚とその家族たちの集団が隠れ住んだんだよ。彼らの刑はすなわち一家郎党皆殺し。親も子も孫も殺されちゃうわけだね。だから逃げてきた。そして彼らはここに村を作った」

 村を作った死刑囚たちは、自分たちの子や孫に『我等は死刑囚だ』と言い聞かせて育てたという。一家郎党皆殺しの刑を受けた死刑囚の子孫、それはすなわち殺される対象であるからだ。
 少なくとも50年、平和な暮らしが続いたという。たまに外の血を入れながらも、村人は村を出ることなく平和に暮らした。死刑囚の血は外から入ることはあっても外に出ることはなかったのだ。
 だが、ある日のこと。一人の男が村にやって来た。彼は村に溶け込み、一年のときを過ごす。しかし、それは巧妙な罠だったのだった。
 一年後の満月の夜、男は村を結界で覆った。男は死刑執行官であり、有能な術者でもあったのだ。村は立ち入ることはできても出ることができなくなった。逃げ場を封じられたのだ。
 村人たちはもちろん反撃した。その反撃は予想外にすさまじく、とうとう男は殺されたらしい。男の躯は八つ裂きにされてあちこちにばら撒かれた。男が死んでも、結界は解けなかった。
 
「しょうがないからってことで村はそのまま存在し続けた。外には出れないけれど、入ってくることはできたし、もともと村はそういう生活を送ってたから特に不便もなかったんだね。だけど、悲劇はむしろここから始まった」

 殺された男は、村の権力者の娘と暮らしていた。そしてその娘は身ごもっていたのだ。権力者の娘の子供だったため、その赤子は殺されることなく育てられた。やがてその赤子は成長して所帯を持つ。そして400年余りが過ぎた――。

「つまりね、この村に住んでた人たちは、その身に死刑囚と死刑執行官、両方の血を引いてるんだよ。殺す側と殺される側が同じなんだねっ!」

 そう言って瑠璃は締めくくった。雪乃丞の脳裏に、天啓のごとくひらめきが生じる。殺す側と殺される側が同じ。だからこそ、村人は抵抗することなく殺されたのか。という事は、すなわち――

 村は一人の男によって支配されたのだ。血筋という見えない鎖によって。

 村人たちに首がない理由がわかった。首を切られ晒されたのだ、古来の死刑の慣習に従って。この屋敷にいた三人の亡者に首があった理由がわかった。それは彼らが男の直系の子孫であり、だからこそ死刑執行官を勤めたのだ。この村の目的がわかった。村に入った時点で死刑囚と定義され、だから殺されるのだ。

 雪乃丞はうめいた。謎は解けた。謎は解けたが、しかし――

「解決法が、ねぇじゃねぇか。400年以上も続く結界だと。冗談だろ?」

「そうなんだよね〜。謎は解けても、脱出法がわからない。もしかしたら教授だったら何か思いついてるかもしれないけど」

 教授は頭いいからね、と瑠璃は笑う。

「なるほどな。まぁ、教授ってくらいなんだから俺よか頭はいいか。生きてりゃいいんだがな…」

「ん。おやおや? 教授探すの?」

 まぁな、と雪乃丞が頷く。瑠璃はじゃあねぇ、と言付けた。

「教授に会ったらさ、あたしは教授を恨んでなんかいないって伝えてくれない? 別にここまでつれて来いなんて言わないからさっ!」

「自分で伝えればいいだろう」

「だめなんだよ。あたし、地縛霊っていうの? この部屋から動けなくて。だから、伝言」

 瑠璃は扉から外に出ようとしてみせたが、何か妙な力に押し留められるようにその先には進めなかった。瑠璃は雪乃丞を振り返り、満面の笑みを見せる。

「じゃあね、ゆっきー。お話できてうれしかったよっ! もし結界を解くことができたら、あたしがここで死んでるって外の人に伝えてほしいなっ! やっぱり供養はしてもらいたいからねっ!」

 OK、と片手をあげて、雪乃丞は書庫を後にした。その背中を、瑠璃がどこか寂しげに見守っていた。




 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 あれから、何日たったんだ?

 わからない。何もわからない。そもそもあれとは何のことだ?

 謎は解けた! 結界を解く方法がわかった!

 だが、動くわけにはいかない。どこに亡者が潜んでいるかわからないからだ。

 それに、彼女がいる。瑠璃君がまだ戻っていない。だから私はここを動くわけにはいかない。

 ああ、それにしても。

 何だ、これは。

 私の足元に転がるこの男は、いったい誰なんだ?

 まるで死体だ。それも私と同じくらいの年頃の。

 そうか、わかったぞ。亡者だ。私は亡者を倒したのだ。だからここに亡者の躯が転がっている。

 いや、しかし――

 亡者は躯を残すのか?

 ならば、これはいったい誰なのだ?

 教えてくれ、瑠璃君――。

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