ザ・グレート・展開予測ショー

今昔首切草子  一の首


投稿者名:777
投稿日時:(04/ 3/14)

 山の中の空気は湿気ていた。頭上に厚く茂った雑木林のおかげで光が刺さず、昼間でもなお暗い。だが、元々薄暗かった山中の闇がますます濃くなってきたのを見てとって、伊達雪之丞は舌打ちした。また、夜が来る。

 修行のために山ごもりを始めたのはおそらく一ヶ月以上前のことだったろう。正確な日時は覚えていないが、用意した食料が一ヶ月分だったから少なくともそれ以上は山の中にいることになる。食料が切れそうだから下山を試みて――そして迷った。雪之丞は二日前から飲まず食わずで不眠不休で歩き回っている。獣なり木の実なりあれば取って食おうと思うが、どういうわけか見つからない。そろそろ、体力的にやばそうだった。

「ったく、ざまぁないぜ。こんなところで死にかけるとはな…」

 朽ちて倒れた大木に腰掛け、雪之丞はため息をついた。腹は減っているし喉は渇いている。都合よく眠れそうな場所もなかったから睡眠もとっていない。意識に霞がかかって、正常に思考が働かない。せめて休息を取ろうと腰掛けたまま目を瞑った雪之丞の鼻に、ぽつりと水滴が落ちた。――雨か。

「くそっ! 休ませてもくれないってのかよ!」

 雪之丞は天に向かって悪態を吐いた。こんな山の中で防寒具もなしに雨に打たれれば、体力の消耗は免れまい。食料の当てもなく、無事に帰れるかどうかも分からないこの状況、体力を悪戯に消耗するのは危険だった。雪之丞は大木から立ち上がり、疲れた足を引きずって歩みを進める。

 コンパス、などという上等な代物は持ってきていないから、雪之丞は勘に頼って移動している。といってもふらふらと彷徨っているわけでなく、斜面を下るように下るように歩いている。そうすればいずれ麓に出るだろうと考えての行動だったが、早急にせめて休める場所でも探さないことには危険だった。雪之丞は辺りに気を配りながら斜面を下る。

 ふと、進む先の下草に違和感を覚えた。ずいぶんと昔に何かが踏み荒らしたかのような、奇妙な生え方だ。熊や猪などの巨大な動物か、あるいは人間か。注意深く辺りを見回すと、獣道のような物が見つかった。もしこれが人間のものなら、この辺りは人間が踏み入った場所と言うことになる。雪之丞は意を決して、その獣道らしき跡を辿る。

 進むうちに、雨足が強くなってきたようだった。頭上に木が厚く茂っているため直接降られることはないが、ぽたぽたと水滴が落ちてくる。それに雨が葉を叩く音が大きい。雪之丞は獣道を走り出した。せめて休める場所を見つけなければ。

 小一時間ほど走っただろうか。全身がずぶぬれになり、息もぜいぜいと上がったところで、目の前で林が切れた。喜び勇んで飛び出せば、少し小高い丘のようなところに出た。丘の上に立つ雪乃丞の足下に、村があった。

 見渡す限りにおいて言えば、とても小さな村だ。家の数がせいぜい五十戸ほどしかない。その家々も、見る限りにおいて言えば酷く粗末な物だった。あばら家、という言葉がふさわしい。

 まるで――死んだ村だ。

 雪之丞は丘を降りて村に入った。人の気配が全くしないから、恐らくは捨てられた村だろう。過疎が進んで人がいなくなった村か。雪之丞の体力はすでに限界に来ていたから、特に気にすることなく家の中の一つに上がりこんだ。鍵はかかっておらず、雨漏りもしていないようだった。家の中には埃が積もっている。腹も減っているがそれよりもまずは睡眠だ。濡れた服を脱ぎ、囲炉裏に火を起こして雪之丞は目を閉じた。泥のように意識が沈んでいった。

 寒気を覚えて雪之丞は目を覚ました。妙な寒気が体に粘り着いてくる。いつのまにか火は消えていた。暗い。夜がきたのか。雨の降る音もまだ聞こえる。雪之丞は脱ぎ散らかした服を手に取った。乾いていることにほっとして、手早く着替える。

 さて、これからどうするべきか。喉の渇きは雨水で癒したが、相変わらず腹は減っている。多少睡眠をとったから体が軽いが、腹は食べ物をよこせと鳴いている。保存食でもないかと家を漁ろうとして――

 床に転がった女の生首と目が合った。

 女の首が床に転がっている。長い髪を振り乱して、ごろりと無雑作に、女の生首が床に鎮座していた。その生首の目がぎょろりと動いて雪之丞を見つめ――

 生首は狂ったように笑った。暗い悪意のこめられた壊れた声だった。雪之丞の背筋にぞっと戦慄が駆けた。

「なん――」

 思わず声をあげそうに鳴った喉を無理やり閉じて、雪之丞は目前に転がった生首に注意を払う。女はケタケタと笑い続けていたが、やがて消えてしまった。後には何も残らない――いや。

「これは、血痕か…」

 床に積もった埃の下に、どす黒い何かがこびりついていた。この上で寝ていたかと思うとぞっとする。ここが、あの女の死んだ場所か。自分の勘も鈍った物だと、雪之丞は自嘲する。いくら疲れていたとは言え霊能者たる自分が、まさかこんなところで睡眠をとるなんて。気づいてしまえばこんなにも強い霊気が漂っているのに――

 それに気づいて、雪之丞は今度こそ心底戦慄した。強い霊気。それはこの家だけに漂っているのではない。とんでもなく強い霊気が――それも悪意に彩られた凶悪な物が――この村中を覆っている。先ほどから感じていた寒気は、この霊気に体が反応していただけだったのか。

 こんな薄気味悪い村、一刻も早く立ち去らねばならない。何が起こったか知らないが、ここはとびきり性質の悪い悪霊どもの巣窟になっている。二日間何も食べていない自分が切り抜けられるかどうかは、正直微妙なところだ。情けないがここは逃げの一手を打つしかないだろう。

 戸口を開けて外を見やる。何故今まで気づかなかったのか判然としないくらい、強烈な霊気が辺りを覆っている。霞がかった意識が判断力を低下させたのか。まさかこんな村に立ち入ることになるなんて。

 足音を立てないよう注意して、雨の中に出た。大雨と言うほどでもないが、それなりに雨脚は強い。月も出ておらず、辺りは闇に包まれている。闇に目は慣れているものの、霊との戦闘になればやはり不利だ。

 目を凝らせば、闇の中を霊たちがふらふらと彷徨っているのが見て取れる。おかしなことに、その霊たちのどれもが、首を所持していなかった。首を切られて殺された悪霊たちだ。目も見えず何も聞こえないのか、悪霊たちはふらふらと彷徨っている。

 雪之丞は悪霊たちと接触しないよう、細心の注意を払って村の外れへと歩いていく。悪霊との戦闘はできるだけ避けたかった。負けるとは思わないが、仲間を呼ばれては面倒だ。

 村の外れまでは問題なく出てこれた。だが、その先が問題だった。村は、切り立った崖に囲まれていた。村に入るときに通った丘などどこにもない。

「――囚われたか」

 雪之丞は苦々しく呟いた。この村は現世と切り離されている。おそらくは異空間の類であろう。入ることはできても出れない類か――中で何らかの解決を図らない限り。

「やれやれ、面倒くさいこった。腹も減ってるってのによ」

 そうと決まれば行動は一つだ。雪之丞はくるりと踵を返し、村と対峙する。村はまるで雪之丞を飲み込もうとするかのように、妖しげに待ち構えていた。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「あれが、首切り村か」

 壮年の男が一人、小高い丘に立って眼下を見下ろしている。鷹のように鋭い目つきをしたオールバックの男だ。彼の眼下には人の気配のまるでない寂れた村があった。男は暫らくその村を見下ろしていたが、背後に荒れた息遣いを感じ取って振り向いた。

「もうばてたのか。だらしないぞ、瑠璃君」

 男の後ろには若い女が息を切らせてへたり込んでいた。豊かな髪をツインテールにした二十歳ほどの女だ。顔立ちは幼く、美しいというよりは可愛らしいと表現するべきだろう。小さなリュックを一つだけ背負っている。彼女の後ろには険しい山があるから、二人はそこを突破してきたのだろう。ぜぇぜぇと息切れしていた。

「ちょっと、待って、くださいよぅっ! あたしは、教授と違って、体力、ないんですからぁっ!」

 息も絶え絶えといった様子で瑠璃と呼ばれた女は男に反論する。男は退屈そうに鼻を鳴らし、興味を失ったように瑠璃から目線を外した。瑠璃は男のそんな態度に憮然とした表情を見せたが、男の眼下に広がる村を見てわぁ、と嬉しそうな声をあげる。

「あれが首切り村ですかっ。うわぁ、雰囲気出てますねぇっ!」

 男は鷹揚に頷いた。瑠璃はそんな男を気にも止めず、今までへばっていたのが嘘だったかのように元気よく立ち上がる。びしっと音を立てるように村に向かって指を突きつけ、そして胸を張って朗々と口上を述べる。

「あれこそが! あれこそが! 日本に残る最大の謎にして最後の秘境、首切り村! だけどその謎も今日限りで解かれる事になるっ! なぜならば、なぜならば! 世界が誇る天才こと七篠七郎教授と、ご存知宇宙が誇る美女こと水天宮瑠璃ちゃんの最強タッグが訪れたからだぁっ!」

「いやに説明的な台詞だな、瑠璃君」

 男――瑠璃の説明によれば七篠七郎――は特に感情を見せることなく奇矯な行動に走る瑠璃に接している。もはや慣れきったとでも言わんばかりの態度である。そして実際に七篠は瑠璃の奇矯な行動に慣れているのであった。

「補足すれば私はあえて君を選んで連れてきたわけでなく、希望者が君しかいなかったから仕方なく君を選んだわけだが。君とタッグを組んだことなど私の記憶には残っていない。ましてや――最強などと」

 七篠は鼻で笑う。だが、瑠璃は特に気にすることなく――というよりは聞きもしないで――村へと駆け下りていった。七篠は一瞬憮然とした表情を見せたが、やれやれと呟いて瑠璃の後を追って丘を降りる。

 ふと、七篠の首を風が撫でた。生暖かいようでいて薄ら寒い、奇妙な風だった。七篠は顔を曇らせて村の方を見やる。

「嫌な予感が…するな」

 村はまるで二人を飲み込もうとするかのように、妖しげに待ち構えていた。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 

 雪之丞は生首と出会った家に戻ってきていた。身を落ち着け、これからの方針を思考する。

 とりあえずは手がかりを集めなければならない。この手の異空間は『親玉を倒す』か『依代を壊す』等、根元を破壊してやれば解ける事が多い。かといって、何もかもを破壊できるほど雪之丞に体力は残っていない。頭を使って根元を見極めなければならない。

 まず考えるべきは――やはりあの悪霊たちのことだろうか。何故、ことごとく首がないのか。おそらくは首を切られて死んだためだろうが、では何故そんな首を切られるなどと言う殺され方をした者が多数いるのか。供養もされずに悪霊と化したのはどういうわけか。――わからない。次に進もう。

 この村についても考察しなければならない。入ることはできても出ることはできないこの村は、一体何者がどんな意図を持って作り上げたのか。内部には首のない悪霊どもが蠢き、おそらくは生者と見れば殺しに来るだろう。悪意に塗れているし、何より――こんな人の来ない山奥である理由がわからない。人を殺すことが目的ではないだろう。ならば、何かを隠すためか。人が決して寄ってこないように、人里離れたこんな山奥で、万が一人が寄ってきた時のために悪霊たちを配置して――。

 いや、それはおかしい。人を寄せ付けないように、というのはいい案かもしれないが、だからといって村を丸ごと占拠するのはやりすぎだ。労力が多すぎるし、規模を大きくすることはそれだけ目立つと言うことだ。村を丸まる一つ切り離すことは愚策といっていい。ならば――。

 殺すことが、村を壊すことが目的だとするならば、どうだろう。村にいる者全て皆殺し、それが理由ならば入ることが出来ても出れないこの構造にも説明がつく。入ってきたから殺されるのだ。しかし、理由は何だ?

 雪之丞は思考を止めた。手がかりが少なすぎて、全体像が見えてこない。可能性など論じるだけ無駄だろう。結局は行動だ。考えることには慣れていない。

 まずはこの家を探索することにする。他の家に入ったわけではないが、この家は多少の手がかりが残っていそうな気がする。なぜなら、首があったからだ。外で見た悪霊たちには首がなかったが、この家で見た悪霊は首だけだった。その違いは何なのか。

 部屋を探索する。埃が積もっているからおそらくは数年――厚さからして十年は経っていないだろう――人が足を踏み入れていない。血の古さもおそらくは数年前。彼女が死んでから誰も足を踏み入れていないということか。

「そう言えば――死体が、ないな」

 雪之丞はふとひとりごちた。死体の跡は残っている。血痕の量からしてここで死んだことは間違いない。だが、死体がない。数年前だから白骨化はしていても塵になっているなどというわけはないだろう。誰かが始末したのか。供養はせず、悪霊化させて。

 悪霊化――そう、悪霊化だ。いくら何でもこの村には悪霊の数が多すぎる。誰かが――おそらくは殺人者――が故意に悪霊化させたに違いない。ならば死体は――

 辱められたか。

 殺された挙句、死体を辱められれば、十中八九人は悪霊と化す。おそらくは殺された村人全ての死体が辱められたのだろう。何をしたか、などは想像したくもないが。

 雪之丞が不快な思いで舌打ちしたときだった。何の気配も感じさせず、ひやりとした手が雪之丞の首に絡みついた。死体の冷たさを持った手だった。心臓が跳ね上がるのもつかの間、雪之丞は魔装術を纏って腕を振り解き、振り返る。

 背後には女の霊が立っていた。赤い女物の着物を着ているし、胸元が膨らんでいるからには女なのだろう。判然としないのはその肩の上に首がないからだ。顔が分からない――いや。

 床に、首が転がっていた。はじめに見た女の首。長い髪を振り乱した女の首が、こちらを見て笑っていた。悪意に満ちた笑み。霊の殺意が伝わってくる。

 体勢を立て直す間もなく、女の胴体は襲い掛かってきた。青白い手でこちらに対して掴みかかってくる。女の笑い声が響く。

 だが、所詮はただの悪霊でしかない女が、魔装術を纏った雪之丞に敵う道理はなかった。女の攻撃を避けようともせず、雪之丞は女の腕を掴み、そして霊力を纏った腕で女の胴体をなぎ払った。胴体が二つにちぎれ、女の首が悲鳴を上げる。断末魔の悲鳴をあげて、女は消えた。首も胴体も消えてからには、二つで一人というわけか。

「ってぇこたぁ、外の奴らも首だけは家にいるって訳か?」

 女の胴体も外にいたのだろう。首が侵入者を見つけたから、胴体が戻ってきたというわけなのだろうか。首は家に待機していて、胴体だけが彷徨っている。なるほど、悪夢だ。

「迂闊に家に踏み込むわけにゃあいかねぇって事か」

 首が家に待機しているのならば、家に踏み込めば霊に見つかるということだ。その点でいえば外を出歩いている悪霊たちは目が見えないのではないかとも思うが、油断は禁物だろう。霊の感覚など雪之丞に分かるはずもない。

 そう言えば、一体なぜ悪霊は雪之丞に気づかれることなく背後に回りこむことができたのだろう。村に入るときのように油断していたわけではない。むしろ警戒していたはずだ。一流の悪魔ならばともかく、あの程度の悪霊の気配を感じ取れないわけがない。

 少し考えて解が出た。この村全体が強い霊気に覆われているせいで、悪霊の霊気を感じ取れないのだ。霊を確認するには視認するしかない。厄介なことになった。

「とりあえずここから離れるか。やれやれ、本当に面倒くさいな」

 女の断末魔のせいで霊が集まってくるだろう。一体一体は弱いだろうが、何体も相手にしていては体力が持たない。戦闘はできるだけ避けなければならないのだ。

 魔装術を解いて戸口から出る。遠目に、何対かの霊がこちらに近づいてくるのが見えた。その手に持たれた武器を見て本当に嫌になる。霊は鎌やら斧やらで武装していた。魔装術を纏った上でならともかく、生身であれを食らえばさすがにダメージは免れまい。霊気で悪霊の接近を感知することが不可能な以上、気がつけば殺されている可能性もあるということだ。つくづく厄介極まりない。

 ため息をついて雪之丞は雨の中を走り出した。
 
 


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「出られない? それってあたし囚われのお姫様って事ですかっ! 王子様が助けに来てくれるわけですかっ!」

「閉じ込められたということだ。助けは期待しても無駄だろうな。人里離れた山の中のことだし、何より私はどこを調査するか誰にも言っていない。手続きが面倒だったからな」

「面倒だったらしょうがないですねっ!」

 あはははは、と瑠璃は笑う。いつもの風景ではあるのだが、場合が場合だ。七篠は少しばかり教え子の神経を疑った。

 七篠たちは村に閉じ込められていた。村に入ってすぐ、無性に嫌な予感がした七篠は瑠璃をおいて村を出ようとしたのだが、そこに先ほどまで確かにあった丘はなく、村は断崖絶壁に囲まれていたのだ。仕方がないので村を彷徨っていた瑠璃を探し、人のいない家に上がりこんでこれからの対策を練っているというわけである。

「でも、教授も鬼ですよねっ! 嫌な予感がしたからって女の子見捨てて引き返しますか普通。せめて一声かけてくださいよぅっ!」

「勝手に先々行く君が悪い。それに君は殺されても死ななさそうだったからな。キャラ的に」

「んなわけないじゃないですか。いくら宇宙が誇る美女でも死ぬときは死にますよ。って言うかあたし体力ないですし、死ぬときは一瞬ですよ」

「そんなものかね」

 そんなものです、と瑠璃は頷いた。諸手を上げて賛成する気にはなれなかったが、少なくとも今は瑠璃のキャラを論じている場合ではない。七篠は思考の方向を修正する。今考えるべきは村からの脱出法だ。

 七篠の目前では瑠璃もなにやら考えているようだった。七篠の知る限り瑠璃の知能は高い。無論七篠自身は言うに及ばずだ。いずれ七篠自身かあるいは瑠璃が解決法に辿り着くことだろう。だが――何なのだろう、この嫌な予感は。

「教授。崖を登る訳には行かないんですか? 教授の体力なら並大抵の崖なんて登ってしまいそうですけど。崖を登り切れれば後は何とでもなるでしょう」

「無理だな。あれは崖と言うより絶壁だ。何の道具もなしに登れるものじゃない。それにもしこれが何らかの超常現象であるとするなら、そんな容易い脱出法は通じんだろう」

「なるほど。確かに超常現象ですね――。小説やら漫画なら、異空間脱出物はたいがい内部で何らかの謎を解くことで脱出できるケースが多いんですけど」

「つまり謎を解かせるために閉じ込めるというわけか? この場合もそうだと? ならば何らかの謎が私たちの前に提示されなければならないだろう」

 瑠璃が言葉をとめて思索にふける。この瑠璃という少女、真面目に頭を働かすと奇矯な言動がなりを潜める。七篠にとって言えばこちらの方がはるかに付き合いやすい。七篠が見守っていると、瑠璃は暫らくして顔をあげた。

「そう言った物語の場合、目的は謎を解かせることではないのです。大概は不運にも異空間に入り込んでしまった者を殺すことを目的としています。ですが物語において主人公は閉じ込められた側ですから、殺して終わりでは駄目なんです。『いかにして脱出するか』を物語にするわけですからね。そう言った主人公たちは、脱出するための行動を通して手がかりを発見し、謎を解きます。あたしたちに必要なのは思索でなく、まずは手がかりを発見することではないでしょうか?」

 七篠は顔をしかめた。瑠璃が言いたいのは行動を起こせということだけではないだろう。即ち――

「つまり、私たちは殺されるかもしれないと?」

 緊張して強張った顔で、瑠璃は静かに頷いた。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa