ザ・グレート・展開予測ショー

とらぶら〜ず・くろっしんぐ(10)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(04/ 3/13)





「増えてるわね…」

 ぽつりとタマモがそう洩らす。
 ぐるりともう一度呪印を確認して周り、結局最初の部屋に三度(みたび)戻ってきた三人を出迎えたのは、最前より増えていた浮遊霊達だった。
 敵意も見せず、霊力を篭めるまでもなく振り払うとふらふらと漂い去っていく。

 それらを突き抜けて、休憩を取ろうと腰を降ろした時だった。
 大人しくしていた紫穂が、不意に立ち上がるなり振り返ったのは。

「ん、どした?」

「呼んでる」

 白くぼやけたカーテンを気に留めず、そう言って歩き出そうとする。 そんな彼女を制止したのは、タマモの素早く伸びた手だった。

「どうしたのよ?」

「呼んでるの」

 不審げな問い掛けに、紫穂はその一言をただ繰り返す。
 掴まれた手を振り解こうとしないものの、その視線は呪印の刻まれていた方とは反対側、恐らくは中心だろうと思われる方向を見据えている。

 タマモと横島は目を見合わせた。





 とらぶら〜ず・くろっしんぐ   ──その10──





 ──ヤバいわね。

 ──こっちの事は見えてるって事かな…

 視線だけでの遣り取り。
 状況が状況なだけに、考え込まざるを得ない。

 この巨大な封印の存在を……何かが封じられてると言う事を、知ったからの先制的なアクションだろう。
 それはつまり、こちらは相手の事が判らないのに対し、向こうは或る程度こちらの事を把握していると思われるって事。 はっきり言って不利な状況だった。
 だったのだが。

「やっぱ虎穴かなぁ…」

「そうね」

 嫌そうな彼の言葉に、タマモが苦笑混じりで頷いた。

 このままでは埒が明かないのも、また確かなのである。
 現状維持したまま来る筈の美神達を待つと言う手もあるが、それが何時になるかなんて解りはしない。 ここと外とで同じ様に時間が流れてるかどうかなんて事すら、定かではないのだ。 先の事を考えれば、リスクを負うのも已むを得ない。

「んじゃま、行ってみっか」

 気楽そうにそう言って、横島は紫穂の頭を軽く撫ぜた。
 それを合図に、彼女の足も動き出す。 真っ直ぐに、当然の様にソコに有る壁に向かう。

 予想通りと言うべきか。
 ナニモノかに導かれた紫穂は、そのまま壁へと足を踏み出した。

 遠隔暗示だろうか? ぼんやりとして、半ば催眠状態になっている様だ。
 そんな彼女の両の手を、掴んだままの二人が続けて壁へと向かった。

「うぅむ。 なんつうか妙な気分だなぁ…」

 紫穂の小さな手に引かれて壁に染み込んでいる様な己が手は、しかし何の感触も伝えて来ない。

「幻覚の類いなんだろうけど、私にも気付かせないなんて…」

 タマモが悔しそうに呟く。
 だがこれは仕方のない事だ。 彼女ではないナニカを封じる為のとは言え、ここは結界の中。 無意識に発動する様な霊能は、意識して強めなければ巧く働かない。 そこに有ると知っているならともかく。

 紫穂の歩みに連れられて、すぅっと壁を突き抜ける。
 仄かな明るさを持つ通路が、目の前には開けていた。 まっすぐにかなり先まで見えている。

 そこにも、浮遊霊達が何するでなく漂い、天井を埋め尽くしていた。
 外周では落ちてきた所にしかいなかったが、何の事はない こちらに引き寄せられていたらしい。

 横島は手にしたマグライトを、取り敢えず消した。
 左手は塞がっているから、右手は空けておいた方がいい。 明るさは問題ないし、上の霊団が今後も何もしないとは限らない。
 それをタマモが受け取った。 彼女の狐火には、そう言う縛りは無いからだ。

 再び引き寄せられる様に、小さな足が動き出す。 二人は一度目を合わせると、手を放さず黙ってその動きに従った。

 この通路は、造りこそ先程までの通路同様だったが、長さは然して無くすぐに行き止まる。
 が、紫穂の歩みは淀みなく。

「のわっ?!」

 続こうとした横島が、壁に突き当たって声を上げた。

 即座にタマモが紫穂の手を引っ張って、向こうに行き掛けていた彼女を壁から引きずり出す。

「やってくれるわね」

 猶も戻ろうとする紫穂を引き止めながら、愚痴が突いて出た。

「っちち…」

 顔を押さえていた横島が、見兼ねて小さな身体を小脇に抱きあげる。
 持ち上げられた紫穂は、ただおもちゃのロボットの様に手足を動かしていた。

「さて、どうしたもんだかなぁ?」

 一瞬、視線を合わせた二人は、途方に暮れた顔を互いに浮かべる。
 見上げれば、壁を白くぼやけた幽体が、雲の様にゆっくりと出たり入ったりしていた。

 呆然として居たのは、ほんの僅か。

 先に口を開いたのはタマモだった。
 この頃は事務所総出の仕事や分散して動かなければならない仕事の時など、シロ程ではないが駆り出されていて、彼女も相応に場馴れしていた為だろう。

「まずは、この子が今どうなってんのか、それを見極めないとね」

 横島ならこのまま抱え続けていても、然して負担ではない。 …勿論、戦闘などに捲き込まれない限りだが。
 それに、さっきの様に分断を謀ってくるなら、こうして居た方が安全でもある。

 しかし…
 繰り返すが、頭上に舞う連中だって、何時牙を剥いて来るとも限らない。 今後何が起きるかだって、ほとんど予測はついていない。 可能な限り避けたい事だが、それでも戦いを余儀なくされる事も有り得るだろう。
 その時に、僅かな妨害でもされれば、彼等をして雑魚相手に不覚を取るかも知れない。

「見たトコ、半分くらい意識が無いって感じかしら」

 紫穂の顔の前で手をひらひらさせながら、タマモが呟く。
 こちらの言葉に反応しない訳ではないけれど、その応えのタイミングはワンテンポ遅く、会話それ自体も噛み合わなかったりして、まるで寝ぼけている様な感じなのだ。
 その上で、変わらず前進しようと手足を動かしている。

「なら、無理矢理起こすか?」

 手に文珠を取り出して、タマモの方へと顔を傾げる。

「最終的にはそうするしかないんだろうけど…
 それよりも、なんでこの子だけだったんだろう? ソレ判んないと、後でおんなじ事されたらイタチごっこじゃない」

「何が、だ?」

「分断しようと思うんなら、私でもあんたでも……って言うか、この子だけじゃ足を引っ張るのが精々。 あんまり意味ないじゃない」

 顎に手を当てて考え込む彼女に、横島もちょっとだけ首を捻った。

「ん〜 俺らにゃあ出来ないって事なんじゃないのか?」

 仮にも本職である。 仕掛けられれば察知くらいはするし、シロウトの紫穂の方が容易い事は容易い。 …まぁ、尤も横島は囓歯類に操られた前科持ちなので、そう大差は無いかも知れないが。

「その可能性も有るだろうけど…
 私達に全く何もしてこないのが、なんか腑に落ちないのよ」

 これだけの結界の中だから感覚は押え込まれているし、周囲に漂う霊達が霊感を攪乱していて目眩しにもなっている。
 今なら、抗えない可能性だって有った筈なのだ。

「そっか… ダメモトでも、いい訳だもんな。
 って事は、一人に対してしか出来ないか、この3人ン中じゃ紫穂ちゃんにしか効かないか、の、どっちかって事か?」

「結界の中(このなか)だから、一人に仕掛けるのが精一杯、ってんならいいんだけど…」

「こんな大掛かりな閉じ込められ方してる奴に、なのかも知んないんだよなぁ」

 かも知れない、どころではない。 二人共、やったのは十中八九、封印されている当人だろうと踏んでいた。 過小評価なぞ、当然する訳にはいかない。
 嫌そうに顔を顰める横島に、タマモも了解してるとばかりに頷いて応えた。

「私達『だと』ダメな理由じゃなく、この子『じゃないと』ダメな理由がある、って考えた方が良さそうね」

 同じ様に顔を顰めた彼女の前を、ぼやけた白い影が遮る。 さっと手を振ると、押される様に浮遊霊は遠のいた。

「あ…」

「何…? どうしたの?」

 視線を流れて行った影へと向けて呟く横島に、タマモが首を傾げる。

「あいつらが何かしたなら… って、違うか。
 あいつらに何かしてあったんかも知んないな」

「どう言う事よ」

 滅多に発揮されないが、彼の頭の回りは けして悪くない。

「この子に有って、俺らに無い一番大きなのは、読めるかどうかって事だろ。
 美神さんの親父さんの話を考えたら、対象は幽霊であっても構わないんじゃないか?」

「ああ…」

 漸く腑に落ちたように、彼女も頷く。

「思えばさ、さっきの広間に戻って、増えてた連中を突き抜けてからだろ? 紫穂ちゃんの様子が変になったのは。
 俺達は幽霊の事なんか読めないから問題なかったけど、この子は出来た……ってより、しちゃったんじゃねぇかな…」
「あいつらに暗示が仕掛けて有ったんなら、って事ね?」

 意識の希薄な浮遊霊だ。 簡単な思考なら上乗せ出来るかも知れない。 状況を鑑みるなら、おそらく出来るのだろう。
 事に依ると、そもそも上での一件だって怪しい。 犯人はテレパシストだったのだから。

「ま、可能性はあんだろ?」

 相変わらず腕の中でぱたぱたと動いている少女を見て、横島の顔に苦笑が浮かんだ。

 と、タマモの表情が急に引き締められた。
 横島も、彼女の様子を見て気持ちを切り替え、周囲へ警戒の視線を送る。

『なかなかに聡いな。
 それに反応も悪くない』

 二人の見据える先……先程、紫穂一人だけを通そうとした壁の向こうから、しわがれた声が掛かった。

 何時の間にか、潜り戸の様な小さな……見た限り高さは1mちょっとと言ったところの……扉がそこに姿を現わしている。 開かれたその中から、背が曲がった紫穂ほどの丈の老人が、こちらを覗き見ていた。
 くしゃりと潰れた皺だらけの顔。 皺の一本かの様な細い目は、しかし瞳だけ炯々と輝いている。 禿げ上がった頭と、地に着きそうな程伸ばされている色褪せた白い髯。 やはり色褪せた直衣の様な白い衣を纏い、その辺で折ってきた様な枝を杖にしている。

 横島は相手を視認するなり、文珠へ『醒』の文字を刻んで紫穂へと使った。
 ぼやっとした光りに包まれると、動かしていた手足が止まり、瞳に意識の光が戻る。

『ほう…
 たまさかに奇しき伎を見せて貰った』

 どこか面白そうな相手に対し、タマモと横島は緊張を隠せない。
 自身の感覚が鈍っているとは言え、警戒していて尚、声が届く所まで接近されていたのだ。 ちなみに紫穂は、目覚めたばかりで自身が何故抱えられてるかも判らずに、横島の腕の中できょとんとしている。

『諍う気は無いぞ』

 ちらりと視線を合わせた二人が動き出そうとしたその瞬間、間を測った様な声が流れを停める。
 絶妙な気の逸らし方だ。 理屈だって解ってる訳ではないが、タイミングを読んだだけで制止させられたのだと、横島にもその事は判った。

 見えない力量に内心舌打ちしつつ、タマモが睨む様に口を開く。

「どう言う事?」

『儂は確かにその娘に……儂の招きに応えられる、さとりの裔に用はあったが、別段危害を加える気なぞ無い』

 そう言って躬を翻す。
 さっさと奥へ入って行く姿を眺めて、横島達はどうするでなく立ち尽くしていた。





 【続く】



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……ぽすとすくりぷつ……

 まずは長期の沈黙、ごめんなさい(__) …って、未だこの『とらくろ』を気にしてくれてる人は、はたしてどれくらい居るんだろうか?(^^;
 言い訳になっちゃいますが、色々有って書く余裕が全然無いんですぅ(泣) こんなに期間を空けといて、進捗はほんのちょっぴりなのがまた泣ける。 身体がねぇ、儘ならんのですよ(T_T) 今年の医療費、もう100k越えちゃった、テヘ(泣)

 毎週とは言えなくても、なるべく早く続きは上げますです(__) いや、センセのページ、更新止まってて… 煮詰めに入ってて忙しいんだろうなぁと。 って事で、時間がそもそも残ってないですし(^^;
 他の連載物も完全に止まっててそっちもこなしながらなんで、はっきりと確約出来ないのが悲しいところ(^^; まぁ『狐』はどの道すぐに公開出来ないんで、『仮面』を仕上げればいいだけなんですけどね(苦笑)

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