ザ・グレート・展開予測ショー

夏の憂鬱


投稿者名:veld
投稿日時:(04/ 3/ 6)







 ―――そして、俺は彼女を思った。











 部屋の中で寝ていた。疲れきった身体を薄い毛布に包んで。
 何も考える間もない。夢を見ることもなかった。ここ最近は。
 慌しい日常の中で、そう、何か考える余裕さえ、無くしていたのかもしれない。
 それとも―――夢を見ることの悲しさを、知ってしまっていたからだろうか。









 残酷な夜。
 見せた蜃気楼。
 遠い日の、景色を浮かばせて、また。
 滲ませる、視界。



 ―――遠のいていく、季節。








 まばたきする間に変わる思考。
 まるで、何かに操られているかのよう。
 まるで、夢の中にいるかのよう。
 でも、それは現実で。











 目の前の彼女を知っている俺がいる。
 ショートカットに勝気な眼差し。やや厚めの唇。―――知的な眼差し。
 そして、少女は微笑んだ。


 『あぁ、そう言えば』

 『あぁ、俺は知っているはずなのに』

 『・・・あぁ、そうだ。そうじゃないか』

 『―――あぁ。どうして』



 唇を突き出した、少女の悪戯な眼差しに焦れていた。
 舌打ちをしても、彼女は表情を変えない。ただ、ほんのわずか、目を細めるだけで。

 唇は更に距離を縮める。
 紅色に目元がうっすらと染まる。
 雪が降っている窓から、差し込む陽光は翳っていた。

 ―――何故、彼女がそんなことをしたのか、と言えば。

 気まぐれに相違ないのだけど。

 「ずるい」

 と、言葉に出してみたところで。
 その魅力から目を背けることなど出来るはずもなくて。



 ―――目を閉じた。もう一度だけ。
 目を開くと、少女はいなかった。
 捲りあがった薄い白いシーツが腰から下を隠していた―――その上に、桜の花びらが幾枚、落ちていた。
 風が吹いたわけでもない―――それは宙に舞った。そして、流れ、消えた。





 気まぐれ。


 それは気まぐれだった。




 もう一度目を閉じた。
 そして、唇をやや、突き出す。
 すると、何か柔らかなものが重なった。
 唾液の温い感触が伝わってくる―――。





 瞼をきつく、きつく、閉じた。
 もう二度と開く事ないよう。
 けれど、駄目なのだろうか。
 目覚めることを強要する、朝の吐息に、身を震わせながら。

 目は、開いてしまった。



 そこには、誰もいなかった。

 ただ、白色の壁面に浮かぶ、舞い散る桜の影が見えただけ―――。













 何故だか。
 そっと唇を撫でると。
 乾いた唇の切れ目から、滲んだ血の味を感じながら。
 気付く。

 『誰か』








 さくら。サクラ。桜。

 悪戯な笑みを浮かべ―――窓の外、間抜けな顔を浮かべる俺を眺めた―――彼女を見た。

 ブラウンの色のコートは雪に濡れていた。
 差した傘に積もる雪がきらきらと輝いている。朝の中で―――。


 彼女が、そっと、背中を向けた。






 歩みを進め。
 足跡をぼんやりと眺めていた。





 幻。

 それは幻?―――俺は急いで服を纏い、部屋を出た。



 冷たい風が吹き荒れていた。静かな街の時間を壊すように。
 華奢な枝葉を砕くように、銀色の風が嘲笑っている。白色に凍てついた通りを見つめながら、俺はふっ、と息をついた。
 霧が視界を覆う―――それも一瞬。
 目の前に少女がいた。





 ―――やっと、逢えたね。

 そう、彼女が呟いた気がした。
 それは妄想なのか。幻想なのか。
 ただ、唇の動きだけで判断しただけ。

 声にはならない言葉。
 意味をなさない文字の羅列。
 無限の可能性を秘めているその中で、確信した、その言葉。


 そうだな。
 言葉を返そうとして。
 咽喉が声を止める。

 泣き出しそうになっているのに気付いて。
 間抜けな気持ちになる。



 冬だ。
 と、空を見た。
 幾億の光が、舞い落ちている。
 雪だよ。と。言った。
 言葉は途切れがちだった。
 言葉は言葉になっていなかった。
 それも、気付かなかった。



 視線を落とせば。
 彼女はきっと消えているだろう。
 そう、知っていたから、いつまでも空を見ていた。
 返って来ない言葉に期待しながら。









 『好きだよ、ルシオラ』

 吐き出した言葉さえ、意味を為すのか、解せなかった。

 ただ、無情に降り注ぐ雪が。
 何故だか、優しくも思えた、そんな気がした―――。






 『雪をみたい、と言った彼女の―――最後のあの日。』









 空は光に包まれ。
 ゆっくりと時が還る。
 薄情な空が、再び、また―――残酷な空へと還ってくる。



 陽光が雪を溶かす。
 もう二度と帰らない時間を堕とす。
 さよならを言う間もないのだろうか。



 ―――空をいつまでも見ていた。

















 ―――そして、俺は彼女を思った。

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