ザ・グレート・展開予測ショー

流れ行く蛇 鳴の章 伍話 中


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 3/ 5)


『なんだよ。あの女じゃねーのかよ』

 ゆっくりと貯水缶の影から、人影が浮かび上がる。
 それは体の末端部が異様なほどに鋭角化し、頭部には双角が生え揃え、そして人間離れしたほどに膨れ上がった筋肉。膨張したそれは、自身の服すらも破れ裂いている。

「きみひ・・・いや、彼の体を返してもらうぞ。チューブラー・ベル」

 唐巣は静かにそう告げる。
 チューブラー・ベルは喉の奥でクックッと漏らし、まるで―確実にそうなのだろうが―見下すかのように面を上げる。

『出来ると思ってんのか?オメーらがのそのそしている内に、俺がまさか何にもしてねーとでも思ってんのか?』
「種を誰かに植え付けたか!!??」

 とっさに唐巣は叫んだ。だが、帰ってきたのはそれに反する内容。

『あ?んなのは俺が死ぬかも知れなーから植えつけるようなもんだろ。
 だが・・・今の俺は誰にも負けるこたーねぇゼェェ。試してみるか?』

 そして、人差し指をくいっと曲げる。明らかな挑発だ。
 突撃すべきか否か、一瞬唐巣は迷う。だが、こうしている時間も惜しい。

「なら貴様の自信を砕いてやる」

 唐巣は聖書を構え、地面を蹴った。
 夜のように黒い帳をまとい、唐巣は加速する。一瞬だけ体が闇に覆われたかのような、そんな感覚。だがその意思は即ち光。唐巣はすぐさま呪文を唱える。

「殺害の王子よ!!」

 チューブラー・ベルは何もせずに黙って腕を組んでこちらを眺めている。その口の端は―まるで嘲笑するかのように―歪められている。

「キリストに道を譲れ!!」

 極限の集中状態から力が―圧倒的な霊力が腕からあふれ出る。
 唐巣は足を叩きつけるように踏みしめ、その勢いでもって体を振った。腕がまるで投げつけられるかのように獲物へと、チューブラー・ベルへと突き進む。

「主が汝を追放するッ!!!」

 突き出される腕は、まるで吸いこめれるかのように獲物へと突き進んで行き―とたんにチューブラー・ベルの姿が掻き消える・・・かのように沈み込んだ。
 唐巣の腕から放たれる力は、その行き場をなくして掻き消えてゆき、その代わりのように唐巣の懐に叩きつけられる衝撃。攻撃の直後に無防備な唐巣に、チューブラー・ベルの拳が突き刺さった。
 あまりの衝撃に唐巣の体が一瞬浮く、思わず迸る苦悶の表情。

『いいゼェェ、ずっとそれが見たかったんだよ。つんとすました天下の唐巣さんの苦しむ顔をよぉ!!』

 チューブラー・ベルの悦に浸った声が、唐巣は聞こえた気がした。
 しかし、実際に唐巣が認めることが出来たのは、既に拳を振りかぶった敵の姿。
 すぐさま腕を顔へともっていき、厚さ3ミリほどの霊気の力場を形成する。
 ミシッと力場を拉げるかのような音、そして叩き込まれるとんでもない圧力。人間では到底不可能な一撃を、チューブラー・ベルはいとも容易く放って見せる。
 力場がその圧力に耐えかねるように抗議の火花をちらつかせる。

「こうなれば破れかぶれだ」

 苦しげにそう叫んだ唐巣は、力場を形成したまま、軽く後方へと地面から足を離す。拮抗しうるほどの圧力のなくなった唐巣は、チューブラー・ベルの拳に押されるかのように後ろへと吹っ飛んでいくかのように仰け反り・・・その一瞬、唐巣は力場を解除。チューブラー・ベルの腕に絡みつくかのようにしがみつく。だがその勢いは当然殺せるはずもない。しがみ付いた腕から真紅よりも黒い赤の飛沫が弾ける。

「ま、まだだ!!」

 仰け反った体を総動員して、唐巣は腕にしがみ付いた状態でチューブラー・ベルの顔面へ向けて踵を送り込んだ。ついでと言わんばかりにたっぷりと霊気を込めて・・・完璧に決まるタイミングである。
 空を裂く強烈な踵は、しかし切ったのはチューブラー・ベルではなく、ただの暗闇。その代わりに唐巣は自分の影が、まるでチューブラー・ブルに掲げられているかのように持ち上げられているのを認める。

「しまった!!」

 とっさに唐巣はチューブラー・ベルから飛び降りようと体をずらす。すぐさまその足を捉えようとしてせまる太い腕。空中では上手く身を操れない唐巣は、たちどころに捕まれる。
 そして・・・

『死ねェェェェ!!」

 ぐんと足を強く引っ張られる感覚と共にくる浮遊感、強烈な風切り音。
 
 ―ええい、ままよ!!―

 すぐさま防御力場を形成、唐巣は負荷に耐えるために目を瞑り体を丸める。

 ドゴォオォォォ!!

 まるで大砲のような派手な音、そしてそれに見合うだけの激しい衝撃。唐巣が叩きつけられたコンクリートは丸いクレーターが出来上がり、そしてその中央には埃だらけの唐巣がその身を抱いていた。
 その表情から窺える顔には苦悶の色が濃い。

「ぐ・・・ぁ・・・ぁあ」

 何も言えず、ただひたすら呻くだけしか出来ない。
 チューブラー・ベルはそんな様を満足げに見詰める。止めも刺そうともしないそれは、ただ苦悶の表情を見入ることに、悦に入っているかのよう。

『言ったとおりだろ、今の俺は無敵なのさ。今ならどんなGSが雇用とも返り討ちできる自信があるぜぇ?』

 そんな言葉を聞いてか聞かずか、唐巣は荒い吐息を漏らしながら、這うように立ち上がる。
 その膝はガクガクと笑い、腕から、頭部から滴る血の量は危険とはいかなくとも、放っておいていい量ではない。この攻撃に耐え切った唐巣の技量には、流石と言わざるを得まい。
 だが、その唐巣にここまでの攻撃を叩き込んだチューブラー・ベルの力も尋常ではない。
 
 ―いや・・・

 唐巣は痛みと、更には先ほど叩きつけられた時に出たのであろう脳震盪で、くらくらする頭を勢いよく振った。正直まともに立つことすらできない、足は行き場も無いかのようにふらふらし、視界は定まらない。
 
 だが、唐巣は自分の心にとぐろのように渦を巻き始めた思いを、口に出さずに入られなかった。

「きさま・・・は、奪ったのか・・・」

 チューブラー・ベルの口がそれを肯定するかのように、ニィッと吊りあがった。
 
「公彦君の心を読む力を!!」

 月を背景にするチューブラー・ベルが、異様なほど唐巣には大きく見えた。

『知ってるか?蚊とか蝿の中にはよ・・・」

 ゆっくりと・・・ゆっくりとチューブラー・ベルは唐巣へと近づいて行く。まるでそれが獲物をいたぶる事だと知っているかのように・・・

『他のイキモンの中に卵産んでよ。それが孵化したとたん宿主を食い破るっていう奴がいるんだそうだぜ』

 そう言いつつ、チューブラー・ベルは自分の頭を指差した。公彦の記憶から読み取ったということだろう。唐巣はそれを忌々しげに見詰める。

『まぁ、要するに今までの俺はそれとまったく同じ事をしていたわけなんだが・・・』

 一歩、また一歩づつ唐巣へと近づくチューブラー・ベル。それから逃げるように唐巣は後ろへと下がってゆく。動かない体を酷使して。

『だが知ってるか?強い生き物ってのはその個体数とかもすくねーし、何よりもいちいち寄生する必要なんかもねぇ』

 指をポキポキと鳴らし、拳を固く握り締める。

『そう。俺は最強の生き物になったんだよ。
 強く!GSに怯える事もねぇ!!
 バカみてーにこの俺様を取り出そうとしてくれたこの宿主様に感謝しねーとな!!ギャハハハハ!!』

 下卑た笑いを、チューブラー・ベルは上げた。そう、笑った。心の底から笑った。
 これこそ魔族の悦び。魔族だからこその歓び。魔族にしかなしえない慶び。

「ふざけるな!!」

 突如としてチューブラー・ベルの下卑た笑いを、唐巣は遮った。

「どんな気持ちで公彦君が美智恵君に力を使ったか!!貴様には判らないだろう!!」
「あん?わかるかっつーの。判ればなんだ?生き残れるのか?どーなるッつーンだよ」

 唾をアスファルトに吐き出しながら、チューブラー・ベルは唸る。

「罪深き者め・・・神は・・・神はそれでも許して下さると思っていたが・・・」

 唐巣は聖書を天高く掲げた。まるでそれが力になるかのように。

「それでも私は貴様を許しはしない!!!」

 そう、彼を支えているのはまごう事無き信仰心。数多を支えてゆける心。幾難の嵐が来ようとも貫いてゆけるもの。
 そして―・・・そして怒りであった。
 そしてこの言葉を主に捧げよう―唐巣は十字を胸の前で切った。

「・・・アーメン」

 それは唐巣の見せる、久方ぶりの怒りであった。

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