流れ行く蛇 鳴の章 伍話 上
投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 3/ 5)
散乱したバッグの中身をあさっているあたしに、唐突に一人の男が声をかけた。
「そこまでしてなぜあなたはあの人間の娘を助けようとするのですか?」
あたしは作業の手を止めて、声の主を目で追った。
そこにはひょろっとした体躯の男が、にこやかにあたしを見詰めていた。
辺りは闇に覆われている。
路地には今までの静寂を取り戻し、あたしの足元には散らかった除霊道具が転がっていた。
そこからあたしは見鬼君を探そうとしてたんだけど・・・よく考えれば唐巣がもっていっちまったんだっけ?クソ!!なんて毒づいていたときだった。
あたしは機嫌も悪く、その男を追い払うための一言を出そうとして―でも背筋から来るヒヤッとするような危機感からそれをやめる。
あたしの頬から生暖かい汗が伝わった。
「ついに神直々にこのあたしを殺そうって動き出したのかい?」
あたしは警戒態勢を維持したまま、じりっと男から後退する。
あたしの目の前でのほほんと突っ立っている男は、一見不健康そうに見えるほど痩せた体躯だけど、その内在する力はそれこそ圧倒的。目に見えないオーラをまとう奴は、ただそこに立っているだけで圧迫感が辺りを包む。
「いえいえ、あなたを殺そうだなんて滅相もない」
男は能面みたいな笑顔で、両手をフルフルと振った。
そしてそのポーズのままにさらに続ける。
「ただ、危険人物リストにランクされているほどのあなたが、なぜ人間『ごとき』にそこまでするのかと思いましてね」
この男に敵意はないだろう―あればもうとっくに殺されてるし、こんな問答する必要もない―とは言え、あたしは警戒を解かないで、バッグへと近づく。
これほどの神族を前にしてるんだ、うかつな事を言うわけにはいかないよな。変な事言っていきなり攻撃態勢取られたら困るしなぁ・・・
あたしはふぅっと息を吐き出しだ。
「何で人間を助けにいくかって決まっているさ」
「ほう?」
興味深そうに向こうも合図ちを打つ。
「友情さ!!///」
「ブッ!!!」
顔の赤くなったあたしのすぐ脇で、何かを思いっきり吹き出すような音・・・ってブッて・・・言うまでもなく吹き出したのはあの能面男。
「あのメドーサが、ゆうじょ・・・くさ!くっさいよ!!・・・ゆうじょ・・・」
このヤロー・・・あたしだってそんなこと言いたくもないっつうのに・・・
散々笑いこけてから、男は笑い乱れした服をとりあえず直す。
「失礼」
「心にもそう思ってないだろ?」
「そんなことはないですよ」
あたしは髪の毛をかきむしってから、とりあえず気を落ち着かせる。こいつには何を言っても疲れるだけだ。
「・・・で、神族があたしに何の用なのさ」
殺しに来たわけでもないわけだろうし、それなら何のつもりで来たのか全然わからないね。まぁ、思い当たる節はそれこそ山のようにあるわけなんだけど・・・
「いえ、用というほどでもありませんよ。ただそれが気になっただけです」
シレッとこの男はそう言った・・・が、気になった・・・だって?
この発言にはこのあたしを今まで監視しているって示唆していることがみえる。
「いつから見ていた」
「ここつい最近ですよ」
だそうだけど・・・あまりにも答えが漠然すぎてよくわからないな。それにあたしがこの時代に来たのだって、ここつい最近だろ?
あたしはじろじろと無遠慮に、値踏みのような視線を男へと送った。
それに困ったような男は、微苦笑(能面だけど)を浮かべながら、フルフルと手を振る。
「そんな、実際最近としか言いようがないもので」
隠しているっていうわけでもないような表情(能面だけど)を浮かべながら、男は困ったような表情を作る。
で、そいつはコホンと咳を一つ突くと、話題を変えるみたいに口を開く。
どうやらここからが本題・・・いや、こいつの表情を見る限り、さっきのアレもアレで本題なのか?どんな意味があるかは知らない・・・って言うよりも表情以前にどこまで行っても能面だったけど・・・
「さて、もしあなたが本気で彼女を助けたいとお思いならば―彼女のいる場所まで送り届けても宜しいですが?」
って・・・なんっつった?こいつは。神が、たかだか地上の―いくら魔族が関与しているとは言っても―諍いごときに協力するとか言ったのか?信じられない・・・あたしはこの目の前の神を見詰める。
笑顔を垂れ流している目の前の男は、その能面みたいな顔からには何を企んでいるのか分るわけはない。でもなんかの罠ってことは十分あるわけだ。
信じられるか?仇敵ともいえる神が、だぞ。
男はそんなあたしの視線を感じて、朗らかな笑み(能面で)を浮かべながら手を振った。
「ああ、大丈夫ですよ。これでも仕事はちゃんとこなすほうですから。あなたを送り届けるといったら、ちゃんと送り届けますよ」
仕事・・・あたしを美智恵のとこまで送り届けるのが、仕事?
「一体誰からの命令だい?」
あたしは顎に手を当てて、尋ねる。
「我が父君、とだけ言っておきましょう」
そういうなり男は、あたしの手を有無を言わさずに握り締めた。
「ちょっ・・・」
あたしの制止の入った声に、男は動きを止めて、意外そうにまじまじとあたしの顔を眺めた。
「なにさ」
「あのメドーサが男に手を握られて動揺を!?」
「・・・埋めるぞ、このヤロー」
男は慌てて笑いながら、冗談ですよと一言謝る。赦すかっての。後でメモに書き込んでおこう。
「ではいきますよ、私にしっかりとつかまっていて下さい」
「ッていきなりかよ・・・まぁいいけど」
男は下半身を撓め、爆発的に霊力が膨れ上がる。
あたしは男に言われるまま、ギュッと男に抱きついた。
その瞬間、視界がグニャリと暗転―猛烈としか言いようのないほどの速度で吹っ飛んでゆく意識―あたしは気を失わないように意識を総動員する。吹っ飛んでゆく意識と並行するみたいに、体も分解されるみたいな妙な感覚、そして不安定に拍車をかけるみたいな浮遊感。
そしてひたすらに長い時間を駆け抜けていくような、そんな曖昧な感覚・・・
突如として浮遊感が収まる。あたしは目を開けて―暗転していると思ってたら、実はいつの間にか目を瞑っていたり―辺りを見回した。
そこは寂しげな路地ではなく、高く高く聳え立つ摩天楼、足元を照らす街頭、先ほどとはうって変わった景色にあたしはピンとくる。
「転移・・・か」
「はい」
男はこともなげに頷く。
ッて事は・・・待てよ・・・
「じゃぁ、何でつかまってろなんていうんだ?別に転移先を指定して目標を捕捉できればいいだろ?」
「はっはっは。決まっているじゃないですか」
男は顔を空に向けると高く笑った。
「ほう、言ってみな」
「私が気持ち良いからに決まってるでしょう!!」
・・・ブチッ・・・とあたしの何かが切れるような音。
「死ね!ッて言うか殺す!!できなくても殺す!!」
あたしは腰に吊り下げていた神通棍の柄で男を殴打した。ゴリって言う凶悪な音と見事な手ごたえ、男は凄まじい勢いでぶっ倒れる。
「むぅ、痛いですね」
と、次の瞬間には復活していたりもするわけなんだけど。やっぱり効くわきゃないよなぁ。
「フム」
と、唐突に奴は思案するみたいに唸りを上げる。
「なんだよ」
「いえ、なんでもないです」
と奴はチラリとこちらを一瞥してから、指を摩天楼の中からひときわ高いビルへと持っていく。
「あそこに聳え立つビルのうえに、彼女は捕まっています。お急ぎください」
「わかった」
あたしはすぐさまそのビルまで駆け出そうとして、最後に一度だけ振り返った。
「何で魔族のあたしなんかにこんなことしてくれるんだ?人間でもなくて、ましてや神族であるお前がさ」
男はニッコリと笑みを崩さず、地面に法陣を描き始める。その作業を止めもしないで、あたしに顔を向けた。
「主は―負けることがイヤなのですよ。例えそれがイカサマでもね」
「―は?」
あたしは男の言ったその意味もわからず、聞き返した。
それに手を振って応じた男は、ちょっと口調を変えて続ける。
「いえ、まぁそうですね・・・あえて言えば」
「・・・言えば?」
「趣味です」
「死ね!!」
ガス!!
一発では倒れない男はすかさず立ち上がった。
「やっぱり女性に抱きつかれるのは嬉しかったわけで・・・」
「だぁぁぁもういい!!さっさとけーれ!!」
ッてまぁ、そんなあたしに答えたわけじゃないんだろうけど・・・光り輝く術に包まれながら、あのヤローの姿は掻き消えていった。
くっそ!今度あったら今度こそ素粒子レベルで分解してやる・・・ってそんなことやってる場合じゃないだろ!?
あたしは慌ててあの男が指し示したビルのほうへと振り向く。
その屋上では、地上からでもわかるほどの強烈な光が短い間断でいくつも明滅していた。既に祭りは始まっているらしい。
でもまぁ・・・
「真打は最後に登場するってよくゆうだろ?」
そう一言こぼすと、あたしはそのビルに向かって駆け出していった。
流れ行く蛇 鳴の章 伍話
ヴゥゥゥゥゥ・・・ン・・・ゴトン・・・ゴトン・・・
狭い室内に一人、室内というにはあまりにも狭い、言うなればそれは箱、というかエレベーター。
そんな中で彼はタバコの箱を取り出した。
底を軽く叩いて、一本のタバコを出す。そしてライターを擦って、火を熾す。最後にその火をタバコの端に押し当てれば、煙が出てきて着火した事を知らせてくれるはずだった。
ふと、彼はタバコを持つ自分の指が、、手が・・・いや腕とも言わず体中が哀れなほど震えているのを悟った。
「らしくないな・・・除霊作業は今まで多く積んできたはずじゃないのか?」
彼―唐巣は震える自分の体を、そっと抱きしめる。
そう、彼は今まで多くの除霊をこなして来た。そして今現在、日本ともいわずに世界レベルでも有力なGSとして、仕事をこなしていたはずだ。当然これから合間見える敵よりも強力な、強大な相手とも向かいあって生きてこれた。
そんな彼がなぜ?己の体から出てくる震えは、ひょっとして何らかの予兆では?いや、そう考えるのは多少無理があるのかもしれない。きっと弟子と依頼人が人質になっているからだろう・・・が。
しかし、ひょっとしたら・・・その程度のことですら、GSは見逃してはならない。それが既に自分の生死を隔てる何かになるのかもしれないから。
ゴトン・・・ゴトン・・・ゴトン・・・・・・・・・ゴウン・・・!!
エレベーターが停止を告げる。
ゆっくりと、重い扉が開かれた。
唐巣は警戒を怠らないように、壁を背にしつつ外に出た。
ビルの屋上には何もない・・・飛び降り帽子の柵や貯水缶、空には満天の星空。いい加減寒くなってきた冬だから、空気も乾燥して星が見えやすい。
仕事の忙しさ、そしてその時間帯なども相まって、その光景は確かに美しい。
「主よ・・・この星空に廻り合せて下さった事を、感謝します」
唐巣は胸で十字を描く。
そんなときであった。何かの物音が背後から聞こえてきたのは。
今までの
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