ザ・グレート・展開予測ショー

#挿絵企画SS『マシンナーズ・ウルフ!!』


投稿者名:紫
投稿日時:(04/ 2/29)


 すっきりと晴れ渡る空の下、十五、六ぐらいの少女が歩いている。季節は早春。時刻は昼頃。とは言えまだまだ十分肌寒い頃のはずだが、その少女が身につけているものは片足だけ剥き出しのジーパンに白いTシャツ一枚と、やけに薄着である。そして首には特大の宝石のついたネックレスをかけていた。薄着に宝石、それだけならアンバランスな取り合わせであるが、この少女の持つ最も強烈な装飾品――輝くような白髪と合わさると妙に似合っている。絶世の美少女などとは呼ばれないだろうが、どこか幼い顔立ちと、溌剌とした雰囲気で誰からも愛されそうな、そんな少女である。名を、犬塚シロと言った。

「〜♪」

 鼻歌など歌って、機嫌良さそうにしている。足取りも軽い。その理由は彼女が引きずっているものにあった。
 肉塊。ではなくてぼろぼろの人間。たぶん男。どういうわけか彼女の腰に巻いたロープを握りしめ、気絶している。よく見ると握りしめているわけではなくて、ただ手首に外れないようにしっかりと巻き付けてあるだけだった。
 ちなみにこの男、彼女の師である。名前は横島。毎日毎日(嫌々ながらも)散歩に付き合ってくれる優しい先生。そう、彼女は彼と散歩に行けられればいつでも上機嫌なのである。

「いやあ、最近めっきりあったかくなってきたでござるなぁ!」

 シロが言うが、誰も答えない。当然である。周りに人影はないし、横島も気絶している。独り言なのだ。
しかし、誰かが注意深く観察すれば、その目がうろうろと落ち着きが無いことや、焦っているかのような冷や汗をかいているのが判っただろう。

「こんな日は張り切って散歩をしたくなるものなんでござるよ」

 なぜか、自分で言ったことに対してうんうん、と一人で頷いている。それは自分の考えが正しいことを確信しているというよりは、一生懸命自分にそう言い聞かせて、納得しようしているようである。

「だからまあ、ちょっぴり張り切りすぎて先生がずたぼろになっちゃったりとかも、するわけでござるよ」

「……」

 どうやら先ほどからの機嫌の良さそうな鼻歌なども、自分に対する言い訳の一環だったらしい。大げさな身振り手振りなども混じり始めている。

「……ええと、つまり先生が歩くことも出来ないぐらいぐったりしているのは決して拙者のせいではなくて、あくまでもこの無性にあったかい陽気のせいであって……」

「……」

 言葉が濁り始めた。自分でもこの言い訳に無理があることが判っているのだろう。

「……拙者は特になにも悪いことはしていない、と……」

「……」

「……」

「……」

「……先生」

「……なんだ」

「ごめんなさい」

 いつの間にか目を覚ましていた横島に、シロは素直に謝った。





「……やっと着いたか」

「あうう……」

 彼らの勤務先、美神除霊事務所を前にして、横島が嫌味を込めて呟いた。それを聞いたシロが気まずそうに呻く。いつもなら、横島はシロとの散歩が終わった後には、もっとゆっくり走れと文句を言ったり、もう一緒に行ってやらんと言ったり――それでも結局、毎回散歩に付き合ってくれるあたり、優しい人だとシロは思っていたが――するのだが、今回はそれが無く、あまつさえ嫌味まで口にしている。
 これはもう、かなり怒っているなと感じたシロは、どうやって機嫌を直してもらおうかと思案しつつ、事務所の扉を開けた。
 そして硬直した。

「……どうした?」

 扉の前で通せんぼをされる形になった横島がシロに声をかけるが、答えは返ってこない。訝しげに眉を寄せてシロの視線の先を見ると、四十絡みの目つきの鋭い大男が、目に涙を溜めてたたずんでいた。かなり不気味であるが、とりあえずそれは無視して、もう一度シロに声をかける。

「知り合いか?」

「……父上」

「なに?」

 シロは混乱していた。事務所の扉を開けてみると、何故か死んだはずの父親がいてこちらを見つめている。夢か幻か、それとももっと現実的に、幽霊なのか。幽霊ならば、何故今まで会う事が出来なかったのか。ぐるぐると思考は纏まらないが、とにかく一歩を踏み出した。

「父上……」

「シ……」

 大男は両手をいっぱいに広げて、突進してきた。シロは本能的に避けようとしたが、間に合わない。人狼であるシロは人間とは比べものにならないほどの反射神経と運動能力を誇るが、それでもだ。数メートルの距離をほとんど瞬間移動したかのようであった。そして叫ぶ。

「シロおおおおぉぉぉぉっ!!」

 筋肉が潰れて関節が外れ、骨が砕ければこんな音が出るだろうか。そんな嫌な音が事務所の玄関に響いた。
……強烈な、あまりにも強烈な抱擁を受けて、シロはあっさりと意識を失っていた。ぐったりと白目をむいて脱力している。呼吸も止まっているかもしれない。

「ああっ!? シロっ!?」

「おいおい……なにがなんだかわからんが、やりすぎだろ」

 横島は呆れたような声――人狼の生命力を知っているからか、あまり心配はしていないようだ――でつっこんで、その男を観察した。シロは父上と呼んだが、顔立ちはあまり似ていないし、小柄なシロと比べるとかなり大きい。しかし腰から尻尾が生えている事を見ても、人狼であることは――人犬かもしれないが――確かなようだ。どうしたものか、と考える。男を見やると、何事か叫びながらシロの体をがっくんがっくんと揺さぶっていた。
 丁度その時、事務所の奥の扉が開いて彼の上司である美神令子が顔を出した。相変わらず美しいその顔に、今は妙に困ったような表情を浮かべている。大男と気絶しているシロと、ついでに横島を見た美神は、頭を抱えながら言った。

「とりあえず、シロも帰ってきたことですし、お話を伺います……一応、横島君も同席しなさい」





 部屋に入り、ソファーにシロを寝かせる。男はその原因が自分であることも忘れているようで、心配そうにその顔を凝視している。美神が話をしようと言ったにも関わらず、シロが起きるまでなにもする気が無いらしい。
 それを見た横島は、これ幸いと美神に事情の説明を求めた。しかし美神も、その男がシロの父親であると――事実はともかく――言い張っているとしか言わなかった。つまり、まだなにも聞いていなかったらしい。ついでに、この事務所の他の居候達はどうしたのかと尋ねたところ、それぞれ友達の所へ出かけているという答えが返ってきた。そうこうするうちに、シロが呻いた。起きあがりそうな気配である。

「ううん……父上っ!?」

 鈍い音がした。シロが跳ね起きたために、彼女の顔をのぞき込んでいた男と、しっかりと額をぶつけたのだ。二人でしゃがみ込んで痛みに耐える。横島は、そのうずくまる姿は似ているなと思った。美神は、なんだか面倒な事になりそうな予感を感じつつ、シロを寝かせていたソファーを指さして、男に向かって座るように勧めた。横島は適当な位置に立っている。美神が二つあるソファーの一つの中央に座り、それを占領しているため、座るところがないのだ。

「それで、シロのお父様……ええと、犬塚さん。失礼ですが、あなたはお亡くなりになられたと聞いていたんですが?」

 シロはまだ混乱している様子で、きちんとした話など出来そうも無いと判断した美神は、単刀直入に疑問を口にした。シロも横島も、確かにそれが一番に聞きたい事だった。

「あ、申し遅れましたが拙者、名を犬塚タロと申します。……確かに、拙者は一度死んでおります。しかしその死体は秘密裏に――長老とごく少数の者だけがそれを知っているのですが――死者の蘇生を研究する人間の秘密機関に送られたのです。人狼の強靱な生命力は、彼らにとって非常に魅力的な研究対象だったわけですな」

「ちょっ、ちょっと待つでござる! そんな死者を冒涜するようなマネを長老がするはずは……」

 シロが抗議の声をあげる。それはそうだろう。人間との接触を断っていたはずのあの里で、そんなことが容認されるはずがない。シロはそう考えていた。しかしその答えは何ともどうしようもないものだった。

「いや、それも仕方がないことなのだ。報酬が最高級ドッグフード一年分ではな」

「むう……それは確かに、抗いがたい魅力的なものでござるな。ちょっとぐらいの禁忌など、平気で冒せそうでござる」

「人狼って……」

 その話を聞いて、美神はなんだかもうほとんど無気力になりかけていたが、持ち前の精神力で何とかもちなおし、話の続きを促した。男――タロは一つ頷いて続ける。横島は欠伸をしていた。

「そしてそこでの研究は成功し、拙者は……半機械化人狼――サイボーグとして蘇ったのです!!」

「……それで?」

 美神が淡泊な様子で促す。一般人ならにわかには信じられないような話であるが、普段から様々な怪奇現象と隣り合わせに生きている彼女である。さらに、過去に霊体兵器などを研究する機関を潰した事もあってか、あっさりと納得したようだ。

「……しばらくはこの体の性能テストやらなにやらをやらされていたのですが、いい加減嫌になりましてな。シロの顔も見たかったので、そこを逃げ出してきたのです。そこでお願いがあるんですが」

「面倒なことは嫌よ」

 思いの外普通の反応に、ちょっとだけ残念そうにしながら、タロは続けた。さらに、頼み込む内容を聞く前から断る気満々の美神の様子にも、表には出さなかったが怯んでいた。

「匿って欲し……」

「面倒」

「……そのかわりにしばらくただ働きを」

「さあ横島君仕事の時間よ!! 準備して!!」

 まあ、こういう人なんだよな。横島はそんな事を考えながら、武器庫へ行こうとした。反論はしない。どうせ無駄だからだ。しかし、背後での言葉を聞いて足を止めた。

「しかし……シロは美人になったなぁ。お母さんに――ハナにそっくりだぞ」

「そうでござるか?」

 ハナ、というのはシロ母親の名前だろう。娘を持つ父親なら、誰でも一度は言いそうな台詞である。特に不審な事はない。しかし横島は、何となく引っかかるものを感じて振り返った。タロの表情を観察する。……なんとなく、美人を前にしたときの自分の表情と――自分で見たことはないが――同じような気がする。そういえば、前に戦った人狼はロリコンだった。しかし、いくら何でも自分の気のせいだろう。そう思った。思っていた。

「拙者は、その顔を見ると……見ると……っ!!」

 がしっ、とシロの両肩を手で捕まえる。目が血走っていて息が荒い。敬愛する父親のその妙な挙動に、シロはかなり引いていた。体格が違うだけあって、かなり力が強い。ふりほどくのは難しそうに感じた。

「拙者は……拙者は……シロおおおおぉぉぉぉげふぅっ!?」

「やめんかああああぁぁぁぁっ!!」

「外道かああああぁぁぁぁっ!!」

 身の危険を感じた――どういう種類の危険かは判らなかったが――シロの右アッパー。よろめいたところへ美神の正拳突き。腹を抱えてうずくまると、後頭部へ横島の踵落とし。倒れたところで美神と横島が二人揃って踏みつけ。後はひたすら二人でどついている。長年付き合っているだけあって、身を起こす隙を与えない素晴らしい連携である。
 その様子を見ながら、シロは昔をぼんやりと思い出していた。父親が死んでからは、それについて良い思い出しか思い出すことは無かったが、しかし。

「……そーいえばこんなお人でござったな」

 シロは、死者との再会ってもっと感動的なものなんじゃないだろうか、と考えながら、ぼんやりと呟いた。





 そのうちに、私刑は佳境に入った。美神は神通棍を取り出し、横島は霊波刀を発現させる。繰り返すが、人狼はやたらと頑丈なため、素手の打撃ではいまいち効果が薄いのだ。しかし神通棍はともかく、霊波刀は人狼に素晴らしく良く効く。半人前の頃でさえ、かなり手練れのはずの人狼に、それなりに大きな怪我を負わせていたほどだ。彼はそれをすっかり忘れていた。
 気づいたときには、振るった刃先にタロの首が迫っていた。しまった、と思うまもなく、それはすぱっ、と通り過ぎていた。ごろん、と丸い物が転がる音が聞こえる。

「父上!?」

 シロは悲鳴を上げて、へたり込んだ。横島はさーっ、と血の気が引いて青くなっていた。美神は、しまったやりすぎた、責任は全部横島に押しつけよう、と考えていた。

「……先生……美神殿……」

 シロがゆらり、と立ち上がり、二人に詰め寄る。二人は揃って両手を降参の形に挙げて首を左右に振り、近づかれた分だけ後ずさった。そっくりな動作である。

「ああああのなシロ、おおお落ち着け、な? ええとあれだ、いいい今のは不可抗力ってやつであって……」

「そそそそうよ、ええと、あの、わわわ私はなにも悪くないわやったのは横島よ」

「……父上の……かたき……っ!!」

 二人の言い訳(?)を無視し、涙を流して霊波刀を構え、振り上げる。しかし、そのまま動かなくなる。なんといっても相手は横島と美神である。そう簡単に切る事などできなかった。
 とりあえずは止まってくれた事に感謝しつつ、横島と美神はこの自体をどう打開するべきか必死で思案していた。しかし、そんな都合の良い考えが浮かぶはずもなく、あうあうと呻きながら固まっていた。下手に動いたらその瞬間に切られると、直感的に理解していた。そのまま数秒が経過する。

「まあなんだ、これはちょっと拙者としても困ったことになったが、なにも殺す事はあるまい」

 その緊迫した場面で、妙に軽い声が聞こえた。タロの声だ。その場にいた全員が、その声のした方を向く。案の定、タロが首だけで笑顔を浮かべて口を開いていた。よく見ると、切断面が血肉ではなくてコードや鉄骨の束である。流石の美神も、息を呑んでそれを見つめた。

「ええと、大丈夫なんですか……?」

 横島が凄まじく間抜けな質問をした。それに対してタロも、苦笑を浮かべつつ答えた。微笑む――しかも電子機器付きの――生首というのは、なかなか気味の悪い光景だった。

「このとおり、まだぴんぴんしておる。安心されよ」

 それを聞くと、極度の緊張から解かれた三人はへなへなと床に座り込んだ。誰の口からか、助かった、という呟きが漏れた。





 それから数分後。まだ誰も立ち直っていない。無理もない。かなり衝撃的な体験をしたのだ。特に人殺しになりかけた横島は、何事かぶつぶつと呟いていた。ショックが大きかったのか、その内容は支離滅裂である。
 と突然、家の外が騒々しくなってきた。大型の車――トラックだろうか――の止まる音が何台分も聞こえる。そしてどやどやと妙な恰好の集団がこの部屋に押し掛けてきた。どこかの特殊部隊が着そうな迷彩服の者や、白衣の者達。あっけにとられる三人の前でその連中はてきぱきとタロの体を外に運び出し、白衣の女性――かなり美人だ――だけが残り、タロの首を持ち上げる。そこでやっと正気を取り戻した美神が声を出した。

「あんた達……人の家に勝手に上がり込んで、なんなのよ!?」

 尋ねながらも、だいたい相手の素性は予想していた。そして予想通りの答えが返ってくる。

「私たちは彼の蘇生チームです。彼は知らなかったようですが、あの体には発信器をつけていたんです。それを使って追いかけて来たました。私たちはすぐに撤収します。ずうずうしく上がり込んで、ご迷惑をおかけしました」

 意外と礼儀正しく頭を下げ、そして部屋を出ていこうとする。しかし、そこへシロが待ったをかけた。

「父上をどうするつもりでござる!!」

 白衣の女性はその声に立ち止まり、振り返った。驚いたように目を見はっている。しかしすぐに落ち着きを取り戻し、微笑みを浮かべて言った。その表情はとてもいかがわしい研究をしている人間には見えず、美神はおや、と思った。タロがなぜか黙りこくっている事も、なにかおかしい。

「責任をとってもらいます」

「責任?」

 シロは意味が判らず、疑問の表情を浮かべている。白衣の女性もシロが疑問に思うことが判っていたらしく、流れるように続けた。

「この人にはあなたの他にも子供がいる、って言ったら、あなた、信じる?」

 絶句した。自分は一人っ子だった。つまり、その女性の言う意味とは。

「……父上」

「……」

「……本当でござるか」

「……うむ」

「……」

「……」

 沈黙が降りた。タロはシロから目をそらし、シロは頭が真っ白になってしまったらしく、目の焦点がおかしい。美神も横島も黙っている。その様子を可笑しそうに見ていた白衣の女性は、さらにとんでもない事を言いだした。

「ちなみに、私の他にあと三人いるわ。それぞれ子供が一人ずつ」

 トドメ。まさしく、それだった。シロはぎぎぎ、と油の切れたブリキ人形のような動きで父親に再度目を向けた。そして言う。

「……父上」

「……」

「……処置なしでござる」

「……」

「……アホは……死んでも治らないのでござるな」

「シロ……それはちょっと酷くないか?」

 タロはちょっとだけ傷ついたらしい。一応抗議してきた。無視されたが。

「じゃ、連れていきます。あ、そうそう、シロちゃん? これ、普段のこの人の住所」

 白衣の女性――今やシロの義母――は呆然としているシロにメモを手渡すと、トラックに乗り込み、走り去っていった。





「父上の……どあほおおおおぉぉぉぉっ!!」

 いきなり義母と妹が一気に四人ずつ出来たシロは、とりあえず、そのトラックに向かって大声で叫んだ。叫ぶしかなかった。


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