ザ・グレート・展開予測ショー

#挿絵企画SS『犬』


投稿者名:veld
投稿日時:(04/ 2/29)





 ある朝、シロが彼女の師匠である横島の部屋の前に訪れた時、音が聞こえてきた―――鈍く、それでいて鋭い音。何か硬質の何か、と、柔らかな材質の何かがこすれ合うような、そんな音だった。
 彼女は階段を息を潜め昇り―――それが朝であることもあって―――、一番上の階段に足を置く前に、のっそりと覗き込むように前方を見やると、そこには横島らしき人の後ろ姿があった。
 ドアを開き、ノブの辺りを覗き込んで、うんうんと頷いたり、手を動かして、何やら弄っているように見えた。
 でも、死角に入っていて見えず―――シロは諦めて彼の元に歩みを進めた。今度はやや、音を立たせて。
 彼女の足音に気付き、彼が彼女に目を向けた。

 「よぉ、シロ、おはよう」

 鼻をそっと撫でながら、彼が爽やかな声音で言う。彼女は微笑み返すと、頷きながら。

 「先生、おはようでござるっ、一体何をしているんでござるか?」

 ―――近くに行ってみて解った事は、彼がどうやら、ドアノブを変えようとしていたのだという事だった。今までのものと、何か変わりがあるか、と言えば、今までそこまで注視してみていたものでもないからわからないのだけど。
 ドアの傍に転がっていたノブにかすかな見覚えがあるから―――恐らくは、もう変えてしまった後なのだろう。

 横島はそっと、そのノブに手を触れて、笑顔を向けた。

 「ん?・・・いや。これはな。犬が触れるとノブから犬が嫌がる音が発生する、と言う優れものでな」
















 ―――時が止まったような気がした。






 「・・・先生?」

 シロは恐る恐る言った。
 その心の中に幾つものハテナマークが浮かび。そして、消える。
 まさか、いや、そんなはずはあるまい。

 「何だ?シロ」

 横島は先ほどの間に戸惑ってか、辺りを見回した後で、彼女を見つめ―――そして尋ね返した。
 その顔に後ろめたさと言うものは見られなかった。嘘をつくのが苦手な彼の事だから―――そう、きっと、後ろめたいことなど何もないのだ。
 だが、一応、聞いておこう。信じていないわけではない。
 信じていないはずなんてないのだ。

 「拙者は狼でござるよっ!」

 口からこぼれたのは見当違いの言葉。
 でも、これが答えを結びつける、引きだすものになりうることは確か。
 答えを待った。一息つく間。それが彼の答えが返るまでの時間。

 「あぁ、知ってる。だからお前には効果はないんだろうな。きっと」





 そして、彼は再び、ノブを眺め―――満足げに頷いた。
 軽く緩んでいる部分があったのか、接続部を皿のように細めた目で見つめ、手にしたドライバーを、その螺旋目を覗き混みながら突き刺し、回す。
 ―――シロはそんな彼を見やり、ほっとしたように、呟いた。
 いや、呟くような声音で、彼に囁いた。
 彼の背中にもたれ、耳元で、彼の横顔を見つめながら。

 彼はその背中に掛けられた感触に少しどぎまぎしながらも、手を止める事もなく、彼女の顔を見ることもなかった。

 「・・・先生」

 「何だ、シロ」

 「これは拙者を追っ払うつもりでつけるものではないんでござるな」






 ぎくぅぅぅぅ。






 「ははは、そんなわけないじゃないか」

 「何故目を逸らすんでござるか」

 「それはともかく・・・だ。よし、ついた」

 「先生、目を逸らさないで拙者の目を見て言って欲しいでござる」

 ―――彼が彼女の目を見た。
 口元が何故かふるふると震えていたが、彼女は気付かないフリをした。

 「何を?」

 朝の冷たく、爽やかな空気を吸って、吐いて、一息。
 目を細め、シロは言った。白く散った空気を切り裂くように。 

 「一生面倒見てやる、って」

 「断る」

 「何故でござるか!?」

 「あほかっ!!何でこの年でむざむざ人生の墓場、しかも犬付きに入らなあかんのだっ!!」





 ―――がぁん。










 犬付き。
 犬付き。
 犬付き。

 人生の墓場、の意味は良く分かりはしなかった。
 けれど、少なくとも良い意味ではないだろう。
 墓場だし。
 ―――それはまだ良い。

 犬付き。
 やはり、彼は自分の事を犬だと思っていたのだ。











 シロは顔を強張らせると、ノブを眺めた。
 寂しげな眼差しに浮かぶ色はどんよりと重い雲に覆われた空のよう。


 「・・・先生、拙者が嫌いなんでござるか?」

 「嫌いじゃないぞ」

 「じゃぁ、どうしてこんな仕打ちを?」

 「言っている意味が解らんな」

 ―――そっと、そのノブに触れようと手を近づける。けれど、触れる前に手が離れてしまう。

 彼を見た。
 そこには少しだけ、冷たい目をした彼が見えた。

 「・・・せ、拙者は狼でござる。でも、一歩間違えば犬、犬っぽい、とか言われたりするような」

 「・・・まさか、お前は不安なのか?」

 「なっ!?」

 「これに触れたら犬、とばれてしまうことが不安なんじゃないのか!?」

 「そんなわけないでござるっ、先生、幾ら何でもそのお言葉はあんまりでござるよっ!」

 「じゃぁ、触ってみな。そして・・・お前が狼であることを俺に証明してみせろっ!!」

 「解ったでござるよっ!先生っ!拙者、頑張るでござるよっ!!」











 ぺた。
 ・・・。
 ・・・。
 ・・・。







 ―――触れたまま、動かないシロ。
 そして、その様を眺め―――、一筋汗を垂らす横島。
 ノブは一向に動かない。回らない。引けない。
 見れば―――ノブから湯気が立っていた。そして、そこから汗が滲み―――流れ伝って落ちる。

 「・・・」

 「・・・」

 二人の間に言葉はなく。

 それから何秒経っただろうか。

 横島は頭を振り。
 口を開き、閉じた。
 どんな言葉を掛ければ良いのだろう。
 


 ―――とりあえず、肩をたたく事にした。


 こちらに顔を向けるシロ。
 無表情で、何を感じている様子も見れない。
 あえて見るとするなら、その口元が震えているようにも見えるが。
 気のせいかと言われれば、そう思えないこともない。

 自然、出た言葉はこの状況を打破するには一番であるように思えた。




 「シロ・・・。で、どうだったんだ?」

 「何がでござるか?」

 きょとん、とした顔をし、口を開くシロ。
 その唇の震えは気のせいじゃなかった。急に―――顔が引き攣りだした。

 「いや、これ、人には聞こえないんだよ」

 「・・・どういうことでござるか?」

 「高周波・・・てのか?犬にしか聞こえない音らしくて。で、どうだったんだ?」

 「・・・・・・何がでござるか?」

 激しく身を震わせている。
 が、声音からは何も感じ取れない。

 「・・・シロ、お前・・・やっぱり」

 「な、何を言っているんでござるか!?先生!!いや、本当に何を言っているんでござるか!?」

 「お前、俺の声、聞こえてないんだろ?」

 「せ、先生っ!拙者、全然、全然、聞こえてないでござるよっ!全然平気でござるよっ!!」





 ―――絶対、聞こえてない。
 いや、聞こえている、と言うべきなんだろうか。
 というか、これってそんなに効果があったのか。
 安売りの品にしては物凄い威力なんだな。いや、ひょっとしたら―――普通の犬とは違うから、ここまでの威力になったのかも。
 どういう理論なのかは知らんけど。―――







 横島は溜め息をつき。
 そんな彼を見やるシロに、言った。
 簡潔に、見たままを。

 「いや、涙とか鼻水とか涎とかだらだら流しながら言われても」

 「先生っ!拙者、全然平気でござるよっ!」

 「・・・シロ、無理はするなよ」



 してないでござるっ!!
 と、シロは言おうとしたんだと思う。
 けれど、それは声にならなかったようだった。
 ただ、唇だけが歪に歪み、吐き出されない言葉がそこに留まっていた。



 溜め息が、また、漏れた。
 そっと彼女の手に触れ、撫ぜる。
 彼女は、はっ、とした表情を向け、叫んだ。

 「先生っ!先生ぃぃぃぃ!!」

 「ええいっ、うっとうしぃわぁぁぁ!!」

 シロの手を掴み、無理矢理にノブから剥がす。
 するとシロは倒れこみ、その場にしゃがみ込み、荒い息を立てた。




 ひょっとして、こいつは。
 ノブから手を離さなかったのではなくて。
 離せなかったのではないだろうか?

 横島は額から滝のように汗を流しながら。
 シロを見下ろし、そして、その背中をそっと撫ぜた。

 「はぁん・・・」

 心地良さそうに息を吐きながら―――しかし、シロは横島を睨み、吼えた。


 「はぁはぁ・・・ど、どうして離したんでござるか!?拙者、全然平気でござったのに!」

 「平気だった奴は涙だらだら流しながらそんなこと言わんわっ!あほんだら!」

 「こ、これは、風邪気味なだけでござるよっ!」

 「お前さっきまでは全然平気だったろぉがぁぁぁ!!」





 横島の叫びと共に四方八方から飛んできた何かが。

 近所迷惑の意味を彼に教えた。























 とりあえずの所。
 あのノブは取り外す事になった。
 ホームセンターで投売りにされていたものだったので、別にそこまで惜しむほどのことでもない。それは良い。
 ただ―――。




 部屋の中、転がった螺旋とボルトとくだんのノブを眺めながら、横島は溜め息をついた。









 ―――ペナルティーはきっとでかい。



















 そう、心中で呟きながら。









 真昼、街を歩く横島とシロ。
 やや日差しは強い、けれど、冷たい風が吹き、ノースリーブで歩くシロの姿は街中では浮いて見えた。
 それを気にしているわけでもないだろうが、横島の顔は浮かない。
 いつもの散歩のように、彼がシロを連れて散歩に行っている、と言うよりも寧ろ。
 シロが彼の首輪を引いているようにも見えるかもしれない。

 不機嫌そうに腕組みをして、横島の前を歩くシロと。
 そして、その後を歩く横島。
 互い譲らず、その場を歩く。


 情けない声音で許しを乞う横島と、それを許さないシロ。
 何時もとは、少し違った光景に見えた。





 「・・・シロぉ・・・もう勘弁してくれよぉ・・・」

 「先生っ、拙者、もう怒ったんでござるよっ!ぷんぷんでござるよっ!」

 「いや、お前が怒る理由が俺にはわからないんだけど」

 「何故、あんなものをつけて、拙者を試すような真似をしたんでござるか!」



 ―――振り向き、尋ねるシロ。
 何故か、と問われれば。
 散歩が面倒臭かったから、なんだけど―――



 「酷いでござるよっ!先生、拙者凄く傷ついたんでござるよっ!」

 「いや、あのな、シロ、聞いてくれよ」

 「いやでござるっ、拙者、ぜっったいに許さないでござるよっ!!」

 許さない―――か。 

 ―――立ち止まれば―――。



 彼女の足も止まる。
 そして―――背中に張り付いた尻尾も止まる。




 さっきまでは、勢い良く上下に振られていた尻尾も。


 そういうことなのだ。結局は。



 ―――再び歩み始めれば―――

 彼女の足も動く。
 そして―――背中に張り付いていた尻尾も動き始める。


 「・・・なぁ、シロ、もういい加減、許してくれよぉ〜」






 許さない、と言うスタンスで始まり終わる散歩は。
 50kmを超えたところで終わったようだった。

 「シロ、本気で勘弁して下さい」

 「先生、土下座はなしでござるよぉおぉぉ」




 終わり♪(コラ)

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