ザ・グレート・展開予測ショー

鍵穴の向こう側


投稿者名:777
投稿日時:(04/ 2/27)

 子供の頃から、ずっと世界を疑ってきた。
 日が昇ったら目を覚まして、ご飯を食べて学校に行って友達と会話して、寄り道して遊んで家に帰って、日が沈んだらご飯を食べてお風呂に入って歯を磨いて寝る。特に変化のない日常。
 平穏で無事で安全で平和で、危険がなくて変化がない、疑いようもないこの世界を、だけど私は疑ってきた。
 理由なんてない。私ごときに見破れるほど世界は簡単にできていないから、ここがこうだから妖しいなんて言及することは不可能だ。強いてあげるなら違和感だろうか。世界に対する違和感を、私はずっと――多分生まれてからずっと――抱いてきた。
 この世界は、まるで偽物だ。表面だけを完璧に似せて作った偽物。完璧に似せているから絶対に気づかないんだけど、でもやっぱりどこか違う。
 もちろん親にも友達にも言ったことはない。子供の頃はそもそもこの違和感を違和感として認識していなかったし――ただいやな感じがして泣いているだけだった――、今言ってしまえばそれこそ気が狂ったとでも思われるだろう。
 私が世界を疑っていると分かったのは、世界に対する違和感をはっきりと意識したのは、実はつい最近だ。と言っても奇妙な体験をしたとかそういうことでは一切なく、嘘をついている友人に抱いた違和感が、友人への根拠のない疑問が、世界に対して抱いているいやな感じと同じだと気づいたと言うただ単にそれだけのことだった。
 だから私が奇妙で不思議で妖しげなその店で、奇妙で不思議で妖しい鍵穴に心惹かれたのも当然ことなのだった。
 ノートよりも少し大きいくらいの、重厚な扉を模した置物。綺麗な狐色のニスが塗られた木製の扉には、小さな鍵穴が取り付けられていた。お金持ちの家にしかない様な、鍵穴の向こうが覗けるタイプ。
 色眼鏡をかけてちょび髭を生やした小さすぎて妖しい店主によれば、これは『真実の鍵穴』という置物なのだそうだ。
 その鍵穴の向こう側には、世界の真実があると、そう言われている――らしい。
「でも、誰が覗いても世界の真実なんて見えなかったアル。高名なマジックアイテムの作者が作った物だから、絶対に何か効果があるはずなのアルが…」
 使い方が分からねばクズだと、店主はそう言ってため息をついた。私も覗いて見たのだけれど、確かに鍵穴の向こうには何も見えない。
 だけど、無性に気になった。この鍵穴の向こうに世界の真実があるなら、私の違和感を消してくれるかもしれない。考えて考えて考えて、必ず使い方を見つけてみせる。

 私は扉を買いとった。早速家に持って帰って、色々と試してみる。
 裏にしたり表にしたり、ドアノブを引っ張ってみたり、様々な方法を試してみたけれど、やはり鍵穴の向こうに真実なんて物は見えなかった。
 もしかしたら、鍵が必要なのかもしれない。鍵穴には鍵が必要だ。そう思って店に問い合わせてみたけれど、この扉の置物はそれ一つで完成していて、作者は鍵なんて作らなかったと答えられた。だけど私には、多分それで正解なのだと――この鍵穴には鍵が必要なのだろうと、漠然と理解していた。
 思い立って私は鍵屋に扉を持ち込んだ。この鍵穴に合う鍵を作ってくれと、そう願ったのだ。鍵屋の店主は目を白黒とさせていたが、仕事は仕事だと思いなおしたらしく、首をかしげながらも引き受けてくれた。翌日、私はぴかぴかと光る小さな鍵を手にしていた。
 期待にドキドキと胸を高ぶらせ、私は自室のベッドの上で鍵穴に鍵を差し入れた。ぴったりと鍵は鍵穴に納まる。興奮に震える手を押さえつけて、私は鍵を回した。かちり、と音がして鍵が開いた音がした。
 興奮は最高潮を迎えた。ドキドキと胸を鳴らしながら、私はドアノブを引いた。音もなく、扉が開いた。
 どうやらこの扉の置物、扉を模した小物入れだったらしい。小物入れにしてはずいぶんと厚さが足りないが、つまりは扉の内部は空洞だった。中には一枚のメモ書きが入っている。私はほんの少しだけがっかりしながら、メモ書きに目を走らせる。
 内容は英語だった。ずいぶんと年月が経っているうえに、文字がひどい癖字だったから解読に苦労したが、要約すればこんなことが書かれていた。
『鍵を作ると言う発想は正しい。ただ、アプローチの仕方が少し違う。世界の真実はもうすぐそこだ。けれど、世界の真実はあなたが思っているような物では絶対にないよ。見れば必ず後悔するだろう。それでもいいというならば、いっそうの試行錯誤をなしたまえ』
 つまりは作成者からのヒントと激励、そして警告なのだった。世界の真実は近い、だけど見れば必ず後悔すると、作成者はそう言っているわけだ。
 もちろん私は真実の追究を止める気はなかった。例え後悔しようと、この違和感がなくなるならば本望だ。
 扉を閉めて、もう一度鍵穴を覗き込んだ。どうせまた何も見えないのだろうと半ば諦め半分の行動だったが、けれど鍵穴の先には何かがあった。
 目がある。鍵穴の向こう側から、何かに覗かれている。
 悲鳴を飲み込んだ。背中に冷たい汗が流れて、心臓が興奮とは別の意味でバクバクと鳴った。ゆっくりと、向こう側を刺激しないように扉を目から離していく。不思議なことに、鍵穴の向こう側の目も遠ざかっていった。
 心臓が落ち着くのを待って、息を整えてから、今度は慎重に鍵穴を覗く。やはり鍵穴の向こう側には目があった。ただ、慎重に覗いたおかげでからくりが解けた。
 鍵穴の中には、いつのまにか鏡が張られていたのだ。おそらくは鍵を回したときに妙なからくりでも働いたのだろう。私は鏡の中の自分の目に覗かれたのだ。
 ほっとため息をついた。まったく、これではよくある怪談話だ。覗いた鍵穴の向こう側からさらに覗かれるなんて、よくありすぎて笑ってしまうけれど、自分が体感するとやはり怖かった。
 それとも、まさかこれなのか。鏡の先の自分と目が合って怖がる、それが作成者の意図なのか。つまりそれは自分が怖い――自己に対する恐怖。それが世界の真実だとでも言うのか。
 馬鹿馬鹿しい。こんな物は、真実でも何でもない。なにより私は後悔していない。それとも試行錯誤した結果がこれだからこそ、後悔するとでも言うジョークなのだろうか。馬鹿な、そんなはずはない! こんな物は私の知りたかった真実ではない。私の世界に対する違和感は晴れていない。
 いや、あの怪しげな店主はこの扉をマジックアイテムだと言ったではないか。これでは単なるからくりだ。だから、これは違うと。
 そう、思いたい。
 私はこの扉がマジックアイテムであるということに、それだけに縋った。最初は遊び半分で、こんな鍵穴で世界の真実がわかるならなんてお手軽なんだと、そう思って買ったはずだったのにいつのまにかこの鍵穴に心酔している。この鍵穴の向こうには確かに世界の真実があるのだと、私の疑問はもうすぐ晴れるのだと、半ば私は盲信している。
 私は高校時代の先輩のもとへ、扉を持ち込むことに決めた。彼女は高校卒業後すぐにGSの免許を取り、今や日本でトップクラスだと言う。この扉が真にマジックアイテムなら、きっと彼女が何とかしてくれるはずだ。

 翌日、私は先輩の事務所に訪れた。先輩は高校時代と見た目はほとんど変わっていなかったが、社会に出てやはり苦労したのだろう、目つきが鋭くなっていた。着ている物もど派手な――ただ派手なのではなくどの付く程に派手なボディコン風のドレスで、ああこの人は変わってしまったんだなぁと、私はそう思った。
「久しぶりね」
 先輩――美神令子さんは私に笑いかけた。高校時代とは違う、どこか即物的な視線だった。そう言えば美神先輩の評判は悪い。お金に汚いとか、がめついとか、女性に対する悪口にはとても思えない。
「美神先輩も、お久しぶりです」
 私はぺこりと頭を下げたが、美神先輩は私のことなんかどうでも良さそうだった。あの優しい先輩はどこに行ってしまったんだろうと考えて、でも高校時代もそう言えばがめつかったように思い出した。
「悪いけど、私は慈善事業をしてるんじゃないの。昔の知り合いだからってただで仕事は引き受けないわよ」
 いっそ清清しいほどにきっぱりと美神先輩は言った。もちろん代金は払うつもりだったけれど、やっぱり少し寂しかった。
「はい、もちろん払います。それで、仕事なんですけど、この鍵穴を調べてほしいんです」
 私が扉の置物を持ち出すと、美神先輩は手にとってしげしげと眺めて、マジックアイテムね、と呟いた。その呟きはやっぱり扉がマジックアイテムなんだと確信させてくれて、私にとっては嬉しかった。
「どこでこれを?」
「厄珍堂っていうアンティークショップです。何でも鍵穴の向こう側に世界の真実が見えるんだそうです。ただ、使い方が分からないとかで、それで美神先輩に使い方を探ってほしいんです」
 厄珍堂ねぇ、と美神先輩は何か思うところでもあるのか暫らく沈黙していたが、ふと顔をあげて私を見つめる。
「世界の真実なんて、そんな物見ても後悔するだけだと、私は思うわよ。厄珍堂は眉唾なものも多いけど、これは確かに魔力が宿ってるわ。それもかなり強い魔力――。だからきっと、世界の真実って言うのは途方もないものよ。それでも、見たいの?」
 脅すでもなく、嗜めるでもなく、どうでも良さそうに美神先輩は私に尋ねた。多分それはきっと美神先輩の優しさなんだろうけど――
「はい」
 私は、きっぱりと頷いた。
 
 美神先輩はやっぱり日本最高のGSだった。彼女はすぐにこのアイテムの使い方を見つけてしまった。鍵穴の中に鏡があるのだから、鍵穴を鏡に映してその鏡に映った鍵穴に鍵を差し入れろと、美神先輩はそう言った。そしてお礼を言う私に、代金は要らないわ、と珍しいことを言った。
「ちょっと考えただけだもの、お金は要らないわ。だけどやっぱり最後の忠告をしておくわよ。世界の真実なんて、知らない方が絶対に良いわ。それでもあなたは、真実を知りたいの?」
 私は笑って頷いた。美神先輩はため息をついた。私は家に帰って、鏡の前に扉と、鏡を持って立った。鍵穴を鏡に映して、映された鍵穴に鍵を差し入れる。
 鍵は鏡面のはずの鍵穴に確りと刺さった。鍵を回すと、かちりと音が鳴った。鏡の中の扉が開いて――。

 そして私は発狂した。鍵穴の向こう側、世界の真実に耐え切れなかったから。

 まさか、まさか。私たちが、この世界が、まさか鏡の向こう側の世界だったなんて!
 鏡に映った世界こそが私たちの世界で、それはだから全部偽物だったなんて!
 そんなこと私には耐えられなかったから、狂うと言う道を選んだ。その選択を私は後悔していない。
 私は、狂ったのだ。

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