ザ・グレート・展開予測ショー

四つの奇妙な物語


投稿者名:777
投稿日時:(04/ 2/26)

 桜

 首都東京――その小さな都市では驚くほど多くの人間が生活している。まるで巨大な蟻の巣のごとく、うじゃうじゃと黒い小虫が蠢くように彼らは生活している。
 こう書けば、まるでどこもかしこも足の踏み場もないほど人間たちが散乱しているような印象を受けるが、それはあくまで中心部だけの話だ。ちょっと視線を別のところにやれば、まるで死角のごとく人の存在しない場所がある。まるで人が立ち入らないよう何者かが守っているかのように、そういう場所には人が寄ってこない。
 さて、そんな東京の死角、人の寄ってこない場所に、一本の古木がある。
 樹齢何百年にもなるだろう、黒く、太い、節くれだった見事な巨木だ。見るものが見れば桜だとわかるだろうが、一目では何の木だか分からない不気味な木だった。
 その桜が――咲いていた。
 季節は冬。夜には雪が降ろうかというほどの寒さである。桜など、咲くはずもない。だが――
 狂い咲いているのだ。
 凍てつくような寒さの中で、真っ黒な巨木に薄い桃色の花が満開に咲いている。落ちる花びらがまるで、雪のごとく美しい。
 美しいはずなのに――その光景は不気味だった。狂い咲いていることが不気味なのではない。もっと原初的な恐怖を――かの坂口安吾の名作、『桜の森の満開の下』を読んだ者なら、桜の根元に死体があると本能的に理解するような、そんな恐怖を見るものに与える。
 実際、その桜は人を殺している。
 人のいない死角といえど、地図上から消えるわけではない。巨木のあるその土地を開発しようという計画が持ち上がったのだ。
 無論、その巨木は切り倒されることに決定された。もう何年も花をつけない、ただ大きなだけの巨木だったため――近所の住人もそれが桜だとは知らなかった――周辺住民に反対されることもなかった。
 だが、業者が電動のこぎりを持って巨木を切り倒そうとやって来た時、咲かないはずの桜が咲いていた。
 それを見た業者は狂ったように笑い、その手に携えた電動のこぎりで自分の喉を掻っ切って死んだ。あっというまの出来事だった。
 切ろうとすれば事故にあう木、あるいは壊そうとすれば死んでしまう家など、そう言った怪奇話は建築業者の中に根強い。噂はすぐに広まった。
 困ったのは開発計画を持ち出した者たちである。木を切らなければ何もできない。困り果てた末、彼らは一人の専門家を呼んだ。
 怪奇現象の、専門家である。長い赤毛を風になびかせる、美しい女性だった。
 彼女は桜を一目見て、そして業者の死に様を聞いて不思議なことを言った。桜の呪いじゃない、と。
 巨木の呪いでなく、人間の呪いであると、彼女はそう言った。
 女性は死んだ男の人間関係を探り、彼に恨みを抱いていてかつオカルトを齧っている者を犯人として名指しした。名指しされた男は、がくりと膝をついて罪を認めた。
 狂い咲かせた桜によって、狂い裂かせて殺した、これはそんな話。




 無声劇

 美神令子は子供のころ、奇妙な無声劇を見たことがある。そのときの話をしよう。

 10年以上昔の話――令子がまだ小学生にもあがっていない頃のこと。令子は毎日一人遊びをしていた。
 令子はその遊びを影ふみ遊びと呼んでいたが、どうやら他の子の言う影ふみ遊びとは少々違った内容だったらしい。令子の遊んでいた影ふみ遊びの内容は彼女が一人で作ったものだった。
 ただ、影を探して踏む。それだけの遊び。一度踏んだ影はもう踏めない。延々と影を探して影を踏む。
 両親の仕事の都合上、令子は一人で遊ぶことが多かったから、誰とも会話しないままひたすら影を踏み続けていた。影は無数に存在するのだから、飽きることはなかった。
 だけど、ある日不思議なことに、踏む影がなくなった。
 今思えばとても不思議な話、おそらくは子供の令子の勘違いなのだろうけれど、当時の令子は踏む影がなくなって驚いたものだった。
 遠くまで影を探しに行こうか。でもママに怒られちゃう――。小さな令子は困り果てた。
 そして苦し紛れに、自分の影を踏もうと決めた。いつもいつもそばにくっついてくる、小さな影――。
 それからあとの出来事は、ぼんやりと夢現なのだけれど、令子が足を上げると影から足が離れたような、そんな気がする。
 結果的に、令子は自分の影を踏むことができた。そして――
 令子は、影になった。
 地面から、令子はもう一人の令子を見つめていた。もう一人の令子は嬉しそうに笑って、家に帰る。令子は置いていかれないよう、必死であとをついていった。
 当時の自分がどうであったか覚えていないのだけれど、今思えばあまり怖くはなかった気がする。ただ走る令子においていかれてはいけないと思って、必死に追いかけた。だって令子は影なのだから。
 追いかけて追いかけて、もう一人の令子は家の中に入っていく。家の中にはママがいて、令子に向かっていつも笑ってくれる。だけど。
 その日のママは、令子を見た途端急に怖い顔になった。もう一人の令子が怯えて身を竦ませる。その腕を捕らえ、ママは何かを言った。
 声は聞こえなかった。ママの口が動いているのは見えるのに、声が聞こえない。
 令子の腕を掴んだまま、ママは家から引きずり出す。令子が泣きながら何かを言っているけれど、声が聞こえない。またママが何か言った。聞こえない。影に耳はないんだ。
 家の外では夕日が真っ赤だった。影の令子はとても大きくなって、ママよりも大きくなった。また、令子の腕を握ったままのママが何か言う。令子は首を振る。聞こえない、何も聞こえない。令子はただ見ているだけで、それで。
 渋々とママに腕を捕まれた令子が足を上げた。影を――令子を令子は踏みつける。その途端。
 令子は、ママに腕を捕まれて立っていた。顔をあげると、いつものママが笑っている。また、ママが何か言った。
 声は聞こえなかった。
 その日から、令子は影ふみ遊びを止めた。

 子供の頃に見た、奇妙な無声劇の話だ。
 
 


 赤い靴

 月すら見えない夜だった。雲が出ているわけではないから、おそらくは新月なのだろう。東京は明るすぎて星が見えないから、頭上は真っ暗だ。
 毛皮のコートを羽織った女が一人、人の気配のない住宅街を急ぎ足で歩いている。女の進む先には切れかかった街灯がカチカチと音を立てていたが、女がそこに辿り着く前にふと光が消えた。辺りがまた少し薄暗くなる。
 女はびくりとして足をとめた。街灯の切れた先、見通せない闇の奥に何者かがいたような気がしたのだ。耳を済ませても何も聞こえない。何者かが息を潜めているのか、あるいは――。
 女は馬鹿らしくなって唇に微笑を浮かべた。そんなはずはない。この道はいつも通っている道ではないか。そんな恐ろしいものなど、いるはずもない。
 心の浮かんだ怯えを振り払い、女は足を動かす。のろのろと、まるで自分の物ではないかのように動きが鈍い。まるで体が何かを恐れているかのようだ。女の心に、また怯えが浮かぶ。何もいるはずはない、何も。
 少しずつ女は見通せない闇へと近づいていく。闇を抜ければ大丈夫。そう何度も言い聞かせて闇を見据え、女は闇に足を踏み入れた。
 がしり、と肩を捕まれた。悲鳴をあげたときにはそれの持つ斧は彼女の体に振り下ろされていた。悲鳴が途切れる――。
 何かがゆっくりと倒れた音がした。残った何かが踊りながら闇へと消えていった。
 奇妙な死体が発見されたのは、その翌日の朝だ。
 切れた街灯の下で、女の死体が発見された。不思議なことにその死体は痩せこけていて、まるで何日も飲まず食わずだったかのように見える。死体には足がなかった。両足首から刃物のようなもので切られているのである。周囲にはけして少ないとはいえない量の血痕がある。切られた足はすぐそこに転がっていたが、おかしなことにやせ衰えた女の死体とは切断面が合わなかった。
 警察の捜査によって謎はますます複雑になった。切られた足首と痩せた女は別人だったのである。周囲の血痕は足首の持ち主の物と断定された。痩せた女の死体の死亡推定時刻は昨日の夜で、死因は餓死だった。つまり、この事件の犯人はこの場所で誰かの足を切り、餓死した女の死体を捨て、足を切った女は連れ去ったのだ。世にも奇怪な事件といえよう。

 結局、犯人は捕まらなかった。

 日のあたる公園のベンチで、幼い娘を連れた母親が絵本を読んでいる。
 十日ほど前に近くで奇妙な餓死事件があったせいだろうか、母娘の他に人の姿は見えない。母親は娘を膝に乗せて、絵本のページを手繰る。
「カーレンから切られた赤い靴は、踊りながら森へと去っていきました。カーレンはもう踊らなくてすむけれど、二度と歩けなくなってしまったのです」
 母親が読んでいるのはアンデルセン童話の『赤い靴カーレン』のようだ。美しいけれどどこか怖いその話を聞かされた娘は、それでも怖がっている様子は見せなかった。絵本が閉じられると、娘は母親を見上げて問うた。
「ねぇ、ママ。赤い靴はそれからどうなったの?」
 娘の問いに、母親は少しばかり驚いたようだった。少し考えて、それから娘に笑いかける。
「もしかしたら、今も踊り続けてるのかもしれないわね。令子も、赤い靴を見かけたら気をつけなさいね」
 令子と呼ばれた赤毛の少女は、母親の言葉に素直に頷いた。だがふと首をひねると、でもね、可愛らしく首をかしげる。
「でもね、ママ。ずっと足だけで踊ってたら飽きちゃうかもしれないよ。きっと体がほしくなると思うよ」
 母親は令子の頭を撫ぜて、笑った。
「そうね。もしかしたら、どうにかして体を手に入れて、今でも踊ってるかもしれないわね」

 母娘の背後から、女が踊りながら近づいてくる。女の手にはぎらりと光る斧が携えられている。
 女はまるで何日も何も食べずに踊り続けたかのごとく痩せ細っていた。空ろな目つきで母娘を見つめて、踊りながら迫る。
 赤い靴を履いた踊る女は、何も知らない母親に向かって斧を振り上げた。
 
 
 
 無題

 もう二百年以上昔の話である。
 当時マリアとカオスはヨーロッパにいた。裏社会に身を隠すことなく、表社会で栄光と名声を浴びていた。
 毎晩のようにパーティーの招待され――もっともカオスは気が向いたときにしか行かなかったが――二人は貴族社会の中でも顔を知られた存在だった。
 そんなある日のこと、カオスはまたもパーティーに招待された。ホストがカオスの研究に投資してくれるスポンサーだったため、腰の重い彼も渋々招待に応じるようだった。カオスはため息をつきながらマリアに言った。
「マリア、何でも良いからドレスを見繕ってきなさい。貴族社会では同じドレスでパーティーに出席することは恥となる」
 渡された皮袋には金貨が幾枚も入っていた。かなり高級なドレスでも釣りが出る。
 マリアは頷いて退室し、町へ出た。彼女に寄り道といった概念はないから、その足で貴族御用達の服屋に直行する。今まで何度も世話になっている店だ。
「これはこれはマリア様。ようこそいらっしゃいました。ドレスをご入用ですか?」
 店主はマリアの顔を見知っていて、馬鹿が付くほどに腰の低い対応をする。このときのカオスは資金も潤沢、服屋にとっては上客だったのだから当然か。マリアは店主によってドレスを大量に見せられる。
「どうでしょう、どれでも好きなものをお選びください」
 渡された大量のドレスに埋もれながら、マリアは困惑していた。マリアに好みはない。そんなプログラムは設定されていない。
 マスターであるカオスは何でも良いといっていたから、ランダムで選んでもよいのだろう。そう思って、マリアが大量のドレスから一つ選ぼうとしたとき――
 赤い、赤いドレスが目に入った。肩を大きく開いた、真紅のドレス。まるで上質のワインのように、あるいは血の色のように――どす黒く紅い。
 無性に気になって手に取った。店主が満面の笑みを浮かべる。
「いやはや、マリア様はやはりお目が高い。これは極上のシルクを薔薇で染めたドレスにございます。マリア様の白い肌に映えるでしょう」
 マリアは頷いて代金を支払った。値段もそれなりに高かったが、やはり釣りが出た。ドレスを抱えてマリアが屋敷に戻ると、カオスはどこかに出かけているようだった。パーティーの場所と時間を記したメモ書きが残されているから、現地で会おうということだろう。
 主人のいない部屋で、マリアはドレスに着替えた。店主の言ったとおり、マリアの白い肌に赤いドレスは映えた。時計で時間を確認して、マリアは家を出た。貴族の女性ならば馬車を使うのだろうけれど、マリアはてくてくと歩いていく。歩いて十分間に合う時間だったからだ。
 貴族社会において屋敷の大きさとは一種のステータスだ。金があるもの、権力のあるものほど屋敷は大きい。カオスのスポンサーである今日のパーティーのホストの屋敷も、異常なまでの大きさを誇示していた。
 門番はマリアの顔を見知っていた。馬車に乗らず歩いてきたマリアに奇異の視線を示したものの、あっさりと屋敷に通してくれる。パーティーはまだ始まって間もないようだった。
「マリア、ここだ!」
 カオスを探して招待客の間をうろうろしているマリアを、探し人はすぐに見つけたらしい。マリアが振り向くとワイングラスを片手にカオスが手を振っていた。カオスは仕立ての良いタキシードに身を包んでいる。
 カオスの隣では豊かな髭を蓄えた紳士がマリアを好色な目で眺めていた。今日のホスト、カオスのスポンサーである。じろじろと嘗め回すように、マリあの方や胸元を眺めている。
「やぁ、マリア君。元気そうで何よりだ」
 マリアには人の好意悪意はよく分からないが、カオスはどうやらこの男を嫌っているらしい、ということは知っている。今もカオスは男を見下したような目つきで眺めている。スポンサーは大切だ、とカオスが昔吐き捨てるように言ったことを、マリアのメモリーは覚えている。
 とりあえずマリアは男に頭を下げた。特別親しくする必要も邪険にする必要も見出せなかったからだ。男は顔を歪めて笑い、マリアの肩に腕を回す。ふと、肩の開いたドレスを『失敗した』とプログラムが判断した。理由は不明。
「いやはや、実は今、カオス殿に巷で噂の『人食いドレス』について話をしてもらっていたところなんだよ」
 馴れ馴れしく、男はマリアに語りかける。カオスの額に青筋が浮かんだが、何も言わなかった。
「人食い・ドレス・ですか?」
 マリアが尋ねると、男は顔中に下卑た笑みを浮かべた。唇の端に涎をたらしているのが見えた。
「貴族間の噂でね、人を食うドレスがあると言うんだよ。根も葉もない噂かと思いきや、本当に死体があるという。――そう、マリア君の着ているそのドレスが、もしかしたら人食いドレスかもしれないねぇ」
 ひひひひ、と男は気持ちの悪い笑い方をする。カオスの額に青筋が増えた。
「――私も死体は検分したが、確かに人の殺し方ではなかった。といっても食われたというわけじゃない。死体からは、血がなくなっていたんだ。強いていうなら吸血ドレスとでも言ったところか」
 カオスはワインを飲み干した。息が酒臭いから相当量飲んでいるようだが、表情はまだ平常を保っている。
「退屈な話になるからマリアは向こうにいなさい。ダンスに誘われたらできるだけ答えてあげなさい」
 マリアは一礼して男から離れた。男は残念そうにマリアを見ていたが、カオスに何事か話し掛けられてマリアから視線をはずす。マリアは二人の邪魔をしないよう、テラスに出た。
 青白い月が浮かんでいる。月光に照らされながら、マリアは待機する。カオスが迎えに来るまで、このままここにいたい、そう思った。
 やがて、パーティーは盛況のうちに終わったようだった。テラスから馬車が何台も走り去る様が見下ろせる。
 カオスの話ももう終わったろう、そう思ってホールに帰るとホールからは既に客が引けていた。ホスト役であった男だけが残っていて、カオスの姿はない。にやにやと下卑た笑いを唇に乗せながら、男はマリアの手を取った。
「カオス殿なら他の客人たちと話をしているよ。僕は君の相手を頼まれてね。もう楽団を返してしまって曲はないが、ダンスの相手をお願いしたい」
 カオスから入力されたコマンドは健在だったから、マリアは男の誘いに答えた。マリアと手をつなぎ、もう片方の手で肩を抱いて男はステップを刻み始める。さすがにダンスには慣れているのか、男は軽やかに踊る。
 マリアは最初男に誘導されて踊っていたが、途中で男はパートを変えた。マリアのプログラムにもダンスは入っているから、おとなしくマリアは男を導く。
 そしてマリアは、ドレスに血を吸われ干からびたミイラと延々と踊り続けることになる。マリアの着ていたドレスは、ダンスパートナーの血を吸ったのだ。

 マリアはプログラムの停止を言い渡されるまで、延々と踊り続ける。

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