ザ・グレート・展開予測ショー

流れ行く蛇 鳴の章 死話 下


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 2/26)


 ようするにだ。あたしの足元に転がっているのは呪いのあれだったり、不幸を呼ぶあれだったり、つまるところ曰く付きのあれ。
 あ、だから周りの空気はどろどろとっていうか、凄く寒気がするって言うか。
 あたしはとりあえず、邪魔なものを蹴っ飛ばそうとして・・・慌てて振り上げようとした足を降ろす。いや、決してそこにたまたまあった人形と目があったわけじゃないぞ。
 ・・・ウン、人形って言うか・・・あたしが目を向けたそこには、奉納されたものを一纏めにするためにだろうけど、人形一式がずらっと並べられていた。そのかず10体。
 髪の毛が微妙すぎるほど長くて、顔にかかっている奴とか、赤黒く染まった―血・・・?―顔してる奴だとか。唇が構造以上に吊りあがった―って言うか笑っている?―奴だとか・・・そんなのが10体もちょうどいい具合にこっちを見詰めている。

 その中であたしの見知っている人形、尚且つ熊であるポンたんは一目で発見できる。背中や顔の約半分が赤黒いものに包まれたそれに、あたしの総毛は泡立つ。
 一度縫われたと思われる古い糸は、ブチリと強い力で千切られており、部算に引き裂かれているそれは、確かに見覚えがあった。
 
 そうだよ、すっごく簡単なこと。見覚えがあるはずさ。
 背中からかき切られる様にして出来上がった痕は、車に引かれたから出来た痕じゃないんだろう。
 壊れたポンたんを、母親は縫ってやると約束してくれたそうだけど、無残に引きちぎられた痕はいまだに新しい。
 あたしは、そっとポンたんを胸に抱くと、思いっきり息を吸い込んだ。


 あの美智恵の無茶な除霊中に襲い掛かってきた一つの霊体。あまりにも一瞬で、そしてあまりにも記憶に残っていなかったのかもしれないけれども、確かにそこにいた彼女の母親。
 小さな熊のぬいぐるみを抱きしめてきたのは、ひょっとしたら彼女の母親じゃないのか?

 そうなれば、果たして除霊を行うことって言うのは、一体なんなんだ。

 霊を見る力も、話を聞いてやる力も、その願いを叶えてやることだって出来るはずだろ!?
 何でそれをしてやらないんだ?

 武器もって弱者を追い回すことが、霊能力者か?
 術で抵抗する奴を吹き飛ばすのが、強いって事か?
 それとも、か弱い娘一人を吸引しちまうことが一流だとでも言うのか?

 あたしは右の腕で壁を、思いっきり叩きつける。
 ゴン、って言う大きな響き。安普請の壁にくっきりと拳の痕が残る。

 クソ、苛立たしい。
 確かにいちいち死人の言うことに耳傾けるよりは、さっさと成仏させたほうが楽だし、効率的にもいいさ。
 でも!だからあの娘は悪霊になったんだろうが!!
 あの娘はあのまま一生ママを探して、いろんな奴を恨んでいくだろうさ。既に死んでいるどころか、とっくに『無理やり』に成仏させられて確実にいないママを探し続けて!!

 あたしはグッと拳を握り締める。
 そんなあたしの心情を表すみたいに、突如簡易結界が大きく揺れる。結界符に何か強烈な一撃が叩き込まれたからだろう。と言っても、その正体は簡単に知れる。
 続く衝撃、今度は結界といわずに、建物全体が大きく揺れ渡る。あたしは慌てて手近にあった柱にしがみ付いた。
 見ると、娘の体は青白い炎のようなもので体を包み込み、泣き叫んでいるみたいな表情で簡易結界へと突っ込んでいた。それも激しく、自分に返るダメージなど気にも留めないみたいな勢いで。

「バカ!止めろ、お前それこそ死ぬぞ」

 あたしはとっさに叫んだ。何でだ?てきに気を使う義理も余裕だってないだろ?
 それでも娘の霊は、結界に激しく体をぶつけ続ける。

「ママは!!―ママを―!!」

 それは―いや、むしろ慟哭なのかもしれない。後悔にも似た何か。あたしもよく知っている、それでいてそれを感じてしまえば何かが崩れそうになる何か。

「ママ・・・を?」

 あたしはたまらずに聞き返した。
 あたしの言葉が聞こえた瞬間、娘の体はビクッとすくむみたいに痙攣し、先ほどの勢いも火に水がかかったかのように一気に消え去る。

「そういえばさっきママの仇って言ってたよな、お前、本当は自分の母親が実は死んでいたって・・・気付いてたんじゃないのか?」

 あたしは何のなくそう思った憶測を、口にした。
 娘からあふれ出ていた炎のようなものは、一気に掻き消え、その代わりに静寂だけが場を包み込む。
 そして、娘の口からあたしの想像もしていない言葉が吐き出された。

「違う・・・」

 ぼそりと響く、娘の声。

「なんだって?」

 よく聞こえなかったあたしは、とりあえず聞き返す。

「・・・違うもの・・・ママを殺したのは・・・」

 ・・・ん?ママを殺したのは・・・違う?何が違うって言うんだ?・・・って言うか『殺した』?
 娘は泣き出しそうになった顔で、さらに続ける。

「あたしがのり君に苛められてるからって、ママは・・・新しい場所へ行こう、引っ越そうって言ってくれて・・・」

 何言ってるんだ?こいつは・・・あたしは首を捻りながら、それでも黙って聴いていた。

「大きな荷物を抱えていたの・・・あたしがママを助けるために後ろから押さえていて・・・」

 ・・・え?ちょっとまて、どういうことだ?

「でもポンたんが・・・ママに縫ってもらったポンたんが落っこちて・・・」

 ポンたんが落っこちて・・・当然後ろを押さえてた奴がいなくなればママはよろめくよな・・・よろめいていって・・・
 丁度そんな情景とフラッシュバックするかのようにして、あたしの脳裏に映し出される新聞の切抜きの情景。車は塀に激しく激突して、熊の人形はどす黒い赤に染まっている。

「じゃぁ事故とは言え・・・お前のママを殺したのはおまえ自身だった・・・?ってこと、か?」

 あたしの言葉は、ただ闇の中に引き込まれてゆく。
 事故で死んだママを探し続けて、いや、公彦のところに母親の霊がいたことを考えれば、既に彼女たちにとっての一種の安息は得られていたのかもしれない。それこそ彼女たちにとっては新天地だったのかも知れない。
 それを、美智恵の一声、いや、そもそも唐巣という異能力者の力に引きずられている感はあるが、それによって成仏された母親。つがいの鳥は片方が居なくなれば寂しさで死ぬとか聞くけど・・・この娘の霊は生と死、あるいは霊であることすら判断できない。力だけが暴走して行き・・・

 
「ちがう、ママを殺したのは、お姉さんたちだ!!」

 娘はそうして狂気へと彩られてゆく。自分を正当化するためか?それとも現実から目をそらしたいからか?娘ははたから見て判るほどに狂気に染まってゆく。

「違うだろ・・・そんなんじゃ何も終われない!悪霊として向かう先は、それこそ『死』だけなんだよ!!」

 一気に力だけが膨張したみたいに娘の体が一瞬だけ膨れ上がり、今度こそ何度も叩きつけられて磨耗した結界をぶち抜く。衝撃が部屋中を縦横無尽に駆け巡り、曰く付きの物品とやらをそれこそ根こそぎに吹き飛ばした。あたしは吹っ飛びそうになるのを、何とか柱に捕まることで防ぐ。

「あたしは!誰も許さない!!」

 涙を・・・それこそ赤く染まった涙を流しながら、娘は叫んだ。

 幼い精神には、母の死はどの様に写っただろう。
 自分の死を、どう認識しただろう。
 公彦の下に流れ着いて、他の霊たちとどう暮らしてきたんだろう。
 その新しい暮らしを破壊した霊能力者に・・・いや、あたしらを、どう認識したんだろうか?

 なんか・・・違うだろ、それは。

「違うだろ!?確かに死んでもママたちと一緒になってればそれはそれで幸せだろうさ。
 じゃぁ公彦はどうすんだよ。GSってのは因果な仕事さ。所詮は生きているやつのことしか保障は出来やしない」

 あたしは叫んだ。吹き抜けるような衝撃は、今は既にない。両手を腰に回して、二兆のボウガンを取り出す。
 取り出しざまに、さらに声を張った。

「だけど、それでもせめて来世でも生きてもらいたいから、GSってのは除霊をするんだろ!?
 何がどう正しいとか、間違っているとか!ましてや誰にとっても幸不幸なんて関係ないだろ!!
 少なくとも狂気に染まった奴は、誰も幸せになんか出来ないし、おまえ自身幸せになんかなれない」

 あたしは下半身に爆発力を備えるために、思いっきり力を溜める。

「狂気・・・?」

 娘は意外そうに、そして小さく声を上げる。
 あたしは黙ってくまの人形を娘に投げつけてやった。

「『あのとき』のお前のママはきっと公彦にこういったろ?
『娘の暴走を止めて欲しい』ってな」

 意外と見えていたんじゃないか?年月と共に重ねていく『何も変わらない』って言うこと。それは精神的に負荷でしかない・・・歪んでゆく心。とは言え、憶測でしかないけど。でも死んだことすら否定し続けることは、悪霊にしかならないだろ。

「違う―違う―違う!!」

 娘は耳を塞ぐみたいに、しゃがみ込んだ。やはりそれは子供特有ともいえる様子、子供特有のストレス発散方に見える。

「・・・ヤバイ・・・かも」

 いや、正直考えが甘かったって言うか・・・死んだってこと証明すれば自然と成仏してくれるかな、なんて思っていた自分が甘いことに気付く。
 あたしは溜めていた力を、突進に変えて一気に娘へと肉迫した。
 こうなったらもう成仏だとかにかまっていられない。一気に除霊させるしかないだろ。
 あたしは走りながらもボウガンの矢を一気にばら撒いた。凄まじい速度で疾駆するそれは、一気に目標へと突き進み、内在する破壊力をぶちまけようとする。
 しかし、矢の先が獲物へと叩き込まれる瞬間、娘の腕が大きく肥大。その腕がまるで掻き消えるみたいに弧を描く。突発的に描かれた弧は、破壊を象徴する矢をいとも容易く捻じ切り、更には衝撃波を生み出す。
 その生み出された衝撃波は、あたしの軽い体重を簡単に押しのけて、後方へと吹っ飛ばす。吹っ飛ばされたあたしは、境内の柱へと叩きつけられた。ボウガンは手から滑り落ち、苦悶が喉の奥からほとばしる。
 クソッ・・・失敗した。まさかこんなとこでやられるなんて・・・このあたしが。
 娘はすでに腕だけとは言わずに、全体的に突起したり肥大化したり、それはまさに魔装術に近い形状なのかもしれない。純粋な悪霊、その姿は災いを呼び込むまさにそれ。

『ウウウウ・・・・・・』

 既に言葉にもならない唸り声を上げえ、太い左腕があたしの喉元を締め付ける。ギリギリという首を絞める摩擦音。呼吸できないとかそういう以前、このままじゃ首の骨が千切られてそのままポックリだ。
 あたしはその左手を叩いて抵抗を試みる、が当然効果の微塵も見えない。
 クソ!これまでか・・・よ。あたしの薄れ行く意識の中で、娘は右手を振り上げる様が見えた。その拳には今のあたしなんかじゃ及ばないような、圧倒的な霊力が込められているのが簡単にわかる。

 そして――拳はあたしの懐の部分にものすごい勢いで、叩き込まれた。
 その瞬間、圧倒的な量の光が舞い上がった。




 一人の魔族が、自分の力の効きが弱いと首をかしげていた。

 一人の娘の霊の攻撃を、当たる間際で完全に防いだこともあった。

 懐に押し込まれるはずであった攻撃は、今はその力を発揮できずに、その力を弱めていった。
 肥大化していたはずの腕は、今は見る影もなく華奢な腕に戻り、突起したからだの末端部分も丸みを帯びている。
 そして、あたしに叩きこまれていたはずの拳は、あの圧倒的な光に飲み込まれていて、徐々にまるで削られていくみたいに消滅していく。

「ゲホ!!ゲホ!!」
 
 あたしは地面に肩膝をついて、激しく咳き込んだ。
 咳き込むあたしの目に写るもの、それは『なぜか』光り輝く自分のおナカ・・・え?
 服は微妙に腹の部分で千切れるように破れていて、その破れた部分から光る自分の腹が見える。
 あたしはその千切れた部分に、自分の腕を突っ込んでみる。すると、何かの細長い紙切れのような感触が・・・

 あたしの脳裏に、一人の人物が浮かび上がる・・・

―あぁ、そうだハクミ君。この先は危険だからこの札を預けておく

 そういって、自分の懐から一枚の札を取り出した人物・・・唐巣か!!
 あたしは服から取り出したそれ、光を眩く放つ一枚の札を取り出した。圧倒的な光を放つそれは、まるで娘などこの世のどこにもいなかったみたいに、どんどんと削り取ってゆく。
 あたしは、このとき無性に安堵のため息を吐き出したんだ。これでやっと安全になった、ってね。
 でも、娘のこの後の言葉を聞いて、凄く後悔した。

 娘は、泣き出しそうなほど痛々しい表情で、あたしを見詰める。既にその体は胸辺りまで消えていて、もう抵抗することは出来ないだろう。それでも、最後の抵抗とばかりに口を開いたんだ。

「結局、お姉さんもあの人たちと変わらないじゃない・・・」

 ズキ・・・あたしの心を何かが突き刺した。
 違う、あたしは違うんだろ?あたしは魔族なんだ・・・そう、魔族なハズだろ!?

「違う!!・・・あたしは認めない!!」

 娘はついに顔の半分ほどを消失させた。でもそのはっきり見える瞳には、悲しそうな瞳と、霊魂とは思えないほどに溢れる雫。
 あたしはたまらずに叫んだ。

「違う!これは違う!こんなのはあたしらしくないだろ?無効だ!!ちくしょう!!」

 とっさにあたしは札を破り去った。びりびりに引き裂いた。ひょっとして娘が出てきてくれるんじゃないか?そんなことを願って・・・何回も何回も・・・何枚にも分けて・・・

 ただ千切れた札は、空しく風に流されてゆくだけ・・・
 後には何も残らない、空虚な時間だけがただ過ぎて行く・・・

 あたしは唇をかみ締めた。

「美智恵を助けに行かなくっちゃ・・・」

 あたしは拳を握り締めて、それを境内の壁に思いっきり打ち付ける。ミシッと、安普請の木材が訴えるが、今のあたしには何も聞こえない。
 床に叩き落されたボウガンを乱暴に蹴り上げると、あたしは駆け出した。

 目標はただ一つ・・・美智恵を助けることだけ。それだけしか今のあたしには残されていないような気がした。
 

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