流れ行く蛇 鳴の章 死話 上
投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 2/26)
「・・・あんたはもう『逝』かなくっちゃいけないからね」
あたしはコンクリの壁を背にして、ゆっくりと立ち上がった。さっき押さえつけられていた喉、そこから来る痛みに、ホントは内心もう何にもしたくはない・・・けど!!
「あんたはこの『メドーサ』が・・・いや、今はちょっと違うかな。この『ハクミ』が極楽へ送ってやんなくっちゃいけないんでね」
あたしは挑むような目つきで、目の前の娘を睨み付けた。
助けはもうない。美智恵はどうなってるかわからない。せめてまだ死んでいないことを祈るだけ。そして唐巣は美智恵を助けさせるために、あたしが行かせてやった。チューブラー・ベルのほうが、こいつより断然強いわけなんだから、この判断は間違ってはいないはずだ。
だから・・・こいつはあたし一人で何とかしなければならない。幸いにも、今は除霊道具の準備に怠りはない。背中に感じる重みに顔をしかめながらも、あたしはひとまず頷いておく。
とは言え・・・あたしは緊張のせいか?渇いた喉を苦しそうに唾が通るのを感じる。
それは表にも出さずに獰猛な笑みをあの世間知らずの娘に向けてやった。
こういったタイプは説得は無理だと思う、今はね。なんにせよ話を聞かす状況を作ってやるってのが、賢い方法だと思う。
でもどうやって・・・?直に説得ってのが、一番安全なはずだったんだけど、さっきも言った理由から必然的に却下。言い聞かすには落ち着かせる。だからどうやってさ?
「駄々っ子を言い聞かすには・・・
とりあえずねじり伏せるのが一番さ」
そんなことを言うあたしも・・・とんでもない駄々っ子なのかもしれない。あたしの頬は、皮肉げに歪められた。
真っ暗な夜空に、不気味なほどの静寂をまとったあの娘は、ゆっくりと浮かび上がった。
流れ往く蛇 鳴の章 死話
あたしの頬をじっとりと生暖かいモンが流れる。久しく味わっていなかったもの、緊張感と、焦燥。
あたしは身を軽くするために、背負っていた重たいバッグを下ろす。
娘はそんなあたしを忌々しそうに認めながら、両手を交互にあわせた。一種の集中方か何かか?なんにせよ、まともには考えられないような規模の力が、膨らんでゆく。
基本的に霊力の増強って奴は、鍛錬して培われてゆく。霊能力者然り、あたしら魔族も然り。
それに対して、『霊』ってやつはおおよそそこまでに至る経験で力を蓄える傾向にある・・・ってあたしは分析してる。それが年月にせよ、だ。
ただしそれには例外って奴もあるにはある。
あたしは下ろしたバッグから素早く得物を調達して、構えた。札を数枚取り出してポケットの中に押し込み、棍をベルトに括り付ける。今手にしているのは二兆のボウガン。これなら霊力がなくてもそれなりに立ち振る舞うことが出来るはずだ。
再びあたしは考えに浸る。
例外、例えば・・・そう例えばだ。あたしら魔族みたいにただひたすらに力を求める性質にあるもの。
もともと、あたしがかつて人間たちに伝授した『魔装術』だって、内在する霊力をむき出しの状態にする、なんていうきわめて原始的な方法をとっている。そうすることによって外部的影響を高め、結果魔族化への傾向を強める、そういう働きをさせているわけなんだけど・・・
多くの悪霊の姿が凶悪な姿になっていく、って言うのはこのことから来ているわけだ。
よーするに、今目の前にいるこの娘は、悪霊っぽい悪霊ってゆーか悪霊なわけで・・・
「・・・勝てるか!!」
あたしは自分に一つ一括すると、下半身に爆発的な力を溜める。ゼロから一気にトップスピードへ、視界は一気に加速してゆき、加速度的に進むあたしという影と娘は、一気にその間合いを縮める。
そんなあたしをにやりと認める娘は交互にした腕を、あたしへと向けた。すると身を切るような鋭い風が、娘の後方から巻き起こる。
すさまじい速度で飛来する何か、まるでナイフでも飛ばしているかのようなそれは、直後あたしのスカートでむき出しのふくらはぎに裂傷を刻み込む。
「いっ!!?」
いきなし面食らったあたしはビビッたせいもあるんだけど、盛大に血を撒き散らせつつも、もんどりうって地面に突っ伏した。
そのすぐ直後、あたしの頭上にキラリと光る何か。まるでその様は刃物みたいに美しく・・・それに伴う殺気。
あたしは目を見開いて、転がるようにして起き上がる。
そんなあたしを追うようにして、ドスドスと地面に何かが突き刺さった。そのついでと言わんばかりに、髪の毛が何本か道連れにされる。
「髪の毛は女の命だっていうのに!!なんて事してくれてんだ!!」
素早くあたしは矢尻を娘へと向けて、なんの躊躇いもなく引き金を引く。解き放たれた矢は、まるで自分が最速の生き物であるかのような勢いで、暗闇を引きさいで獲物へと疾駆する。これ以上はないほどの照準だ。矢は完璧に娘を射抜くはずだった。
――バサババサバサ!!
突如、そこら辺の家から生える木々が揺れたかと思うと、大量の木の葉が辺りを乱れ飛んだ。その表面はまるで鍛錬された刃みたいな光沢が煌く・・・鍛錬された光沢、みたいな?
乱れ飛ぶ葉は一気に収束し、矢はその葉で出来上がった壁と激突。瞬間的に膨張する霊的な圧力を閃光へと変換し、大きく燃え上がって消滅した。
「・・・反則だろ、それ」
あたしは呆然と呟いた。
娘はクスクスと笑みを漏らし、あたしを壮絶なまでの笑みで捕らえる。
「ママたちの仇をとるようにって、天にいる神様があたしにこんな力をくれたの」
だそうな。あたしは鋭く舌打ちする。
まぁ、厄介ごとを増やすのが好きな神ならやりかねないかもしれないんだけど、普通そんなことする神なんていないだろ?
この能力こそが、ポルターガイストとかに代表されることの一つでもあるし、この娘が既に生きていないってことの現われだと思うんだけど・・・なぁ。
・・・まてよ?あたしは突如、自分に浮上した考えに、違和感を覚える。
「『ママたち』の『仇』をとる・・・だって?」
あたしは自分で呟きながら、どこか白々しくも感じる。
娘はそんなことを呟くあたしを、うって変わりむしろ恐れも入ったような視線へと変わった瞳で捉える。
あたしの周囲には、そんな娘の心情を察してか、スッと葉っぱや木の枝なんかが地面から浮かび上がる。
だけどさっきまでみたいな焦燥は、今のあたしにはない・・・ただ、あたしは口をそれでも苦々しく歪めた。
加速、加速!!闇を大きくスクロールさせて、あたしは走った。
その後ろでは鋭利な刃物が地面を、塀を、何もかもを打ち貫いてゆく。それをあたしは時には体の軸をずらして、時にはボウガンで叩き落して、で、また時には目に涙を浮かべてやり過ごす。
向かうはこの路地の先にある神社。
そこには確かこいつが死んだって言う証拠品があるはずだ。つまりポンたんだとか言うくまの人形。
いや、そもそもまず最初にどこからか『考えるための区切り』とでも言うのかな?それを決めなくっちゃいけない。
あたしは目の前から突如飛来する小石を叩き落した。当然、素手だから小石を叩いた所の皮が向け、紫色の血が飛び散る。
あたしは痛みで顔を歪めながら、それでも走った。
まず第一に考えなければならないのは、何でこの娘は公彦の屋敷にいたか?だ。
公彦が心が読めるとか言う力を持っていたから?自分の声を聞いてもらいたくて?違うだろ。
あたしは走りながら、あたしを追いかけてくる娘を見詰める。
何かあればママ、ママって言ってる奴だぞ?公彦のところにわざわざ出向くなんて思えないな。それに公彦にママを探してもらおうとして、って言うならわざわざあたしのところに来た意味だって見えない。
つまり、もしさっきまでたっていたところが事件現場だとして―あの辺りにいる地縛霊だとすれば、あそこは公彦の家の近くだからな、何かの要因で来るかもしれない。ここまでが簡単な現状説明。
で、肝心なその要因はなんだって言うんだ?
突如あたしの足を絡み取る何か―倒れてゆくあたしの視線に写ったのは、ありきたりだけど、ジュースか何かの缶。
すぐさまあたしは体を丸めて、受身の態勢を作る。幸いにも、そのせいか体を襲う衝撃は少ない。あたしはほっとして顔を上げた。そのすぐ上には既に影があるとも知らずに。
受身からすぐさま起き上がったあたしの顔面を捉えるべくして、突き出される小娘の攻撃。まるで推し量ったみたいに、ばっちりなタイミングだ。当たれば確実に絶命的な一撃。娘は会心の笑みを放ちつつ、あたしへと拳を送っていた。
ということを、あたしは呆然と見詰めていた。
娘の放つ拳打は、あたしに触れることもできないで空間に火花を散らす。何らかのエネルギーと、娘の持つ力が大きく拮抗して、その余波があたしの顔や空気をざわめかせた。
あたしはそんな光景を目のあたりにして、とある一つの現象を思い出した。
―そう、チューブラー・ベルがあたしに攻撃をかましてくれたとき。確かあの時は効きが悪いって首を捻ってたっけ?なんかに守られているとも言っていたような・・・
っていうことは、だ。
「ということは・・・だ、今のあたしは無敵ってことか!?」
ハッハッハ!なんだよ、どういうことかは知らないけど、要するに絶命的なダメージは通らないんだろ?あたしは両手を腰に当てて高笑いをした。
・・・いや、実は吹っ飛びながら・・・
高笑いをするあたしの目の前で、突如結界(?)の力は相殺された。無理やり力で押し切られたからだ。娘とあたしの中間で派手に光をぶちまけながら巻き起こる、空間爆砕。それは木々をひっぱたき、ジャリを転がして、ついでと言わんばかりにあたしを大きく吹っ飛ばす。
あたしはそのまま社に設置されている賽銭箱まで吹っ飛んでいき、背中を思いっきり打ち据える。
一瞬だけ目の奥に光が炸裂して、あたしは痛みで苦悶した。声を絞って唸る喉の奥に、ゴボリと温かいものがかすめる。
「・・・つぅ・・・」
あたしは痛みを何とかこらえて、娘のほうへと視線を這わせる。向こうも向こうで今のあたしみたいに振ったんだらしい―ひとつ向こうの民家の木にラブリィにぶら下がっている。
これこそチャンスってやつ、あたしは体を引きずりつつも賽銭箱を通り過ぎ、その先にある木戸を思いっきり蹴っ飛ばした。
で、すぐさまポケットの中へと手を突っ込む。
「こいつなら時間稼ぎが出来るよな・・・」
さっきバッグから拝借した札だ。そのうちの二枚を取り出して、出入り口を塞ぐように柱に貼り付ける―一応ちゃんと文字は読んでからだぞ。間違って破魔札なんか這っちまえば、あたしの命はない。
結界符―と呼ばれる札。その効力はまぁ、その名の通り主に結界として使われるわけだけど、中へ霊気が入らないようにする代わりに、外へと霊気が漏れないようにもするっていうもの。要するに攻撃できないけど守りには期待できるってわけだ。使用条件があまりにも狭いところがちょっと思うけど・・・
なんにせよ、これであたしの身の安全は少しの間だけど、保障されたかな?
それならばまずは現状確認、あたしは辺りをキョロキョロと見回した。
真っ暗な境内の中は、不気味な静寂を放っていた。おどろおどろしいって言うか・・粘着質の高い念って言うか・・・
あたしの周りには不気味な光沢を放つ人形とか、凝固した血をまとうナイフだとか、真っ黒に染まったわら人形―しかも心臓部には誰かの写真と狙った様にして(いや、狙ったんだろう)心臓部に突き刺さる五寸釘、更には思いっきり引っ掻き回されたようにして傷ついた、誰かの名前の彫ってあるらしい木彫りの人形・・・
ごめん、もうここにはいたくないなぁ。あたしは無言で涙を流した。
まるで愛らしいおもちゃでも見詰めるかのように、三人は大きな画面を見入っていた。
三人とも特徴のない、それでいて大きな特徴を併せ持つかのよう。いや、むしろ彼らに客観性や第一印象を求めることには無理があるのかもしれない。むしろ求めるべくは彼らの本懐であろうか・・・
「さて、彼女はこれからどう出ると予測しますか?」
一人がそう声を出す。
「そやなぁ、わてはそのまんま、オダブツっちゅう方向やと思うんやけどなぁ」
妙な口調で二人目が返した。
三人目はしばし無言で、顎に手を当てている。
そして何の前触れもなく、ポツリと一つ漏らした。
「それなら小生は生き残る方に」
彼らの言葉を聞いた一人目は、満足そうにコクリと一つ頷いて見せた。
今までの
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