ザ・グレート・展開予測ショー

ギブ・ミー・ア・スマイル


投稿者名:tea
投稿日時:(04/ 2/24)


 タマモは、クールな性格である。
 常に冷静さを失わず、状況に流される事も無い。そういった性格は戦場に於いては美しく色映えるが、日常に於いては冷めた印象を与えていた。
 別にそれが悪いという事ではない。どんな高級車だってブレーキがなければ欠陥品だし、有能な君主にも客観的な提言は必要である。タマモの存在は美神除霊事務所に於いてはいわば「理性」であり、欲望(色金兼用)、天然、良心と揃っている中では実に上手く作用していた。
 しかし、と横島は思う。

(そういえば、あいつの笑ってる顔って見たことないな・・・)

 いかなる場面でもポーカー・フェイスを崩さないのは、横島としては少々物足りない話だった。元々がかなりの美少女なので、笑顔はきっと花も色褪せるくらい綺麗なものだろう。それに、笑顔を見せないと言うのは性格云々というよりやはり心を開いていないからでは、と思えてくる。これも横島としては寂しい話だった。

(よし、ちょっとやってみるか)

 思い立ったら即行動、が横島の信条である。ソファから腰を上げ、横島は軽い足取りで屋根裏部屋へと向かっていった。




 コンコン


 軽いノックの音に応える様に、「どーぞ」という蓮っ葉な声が聞こえてくる。室内に入った横島は、目的の人物に目を向けた。
 現在シロは美神と共に除霊に出向いており、部屋にはタマモ一人だった。からかう相手もいないタマモは、ベッドに寝そべり退屈そうに漫画を読んでいる。
 横島の方をちらりと一瞥し、再び漫画に目を落とすタマモ。いかにも横柄な態度だが、押し掛けたのはそっちだし歓迎する理由も無い、というさばさばしたスタンスが伝わり横島は苦笑した。

「あのさ、少し散歩にでも行かないか?ほら、外はいい天気だし」
「嫌」

 0,3秒できっぱりと断られた横島は、暫くの間言葉を失った。拒絶されるとは思っていたが、1秒位は考えて欲しかった。そう心の中で嘆きながら、横島は切り札を出す事にした。

「美味いうどん屋ができたんだが・・・」
「行く」

 0,1秒での合意である。ベッドから降りたタマモは、手早く準備を済ませて部屋から出て行った。その顔は、いつもより少し嬉しそうだ。
 コイツの笑顔は差し出される油揚げの多寡で決まるのではないだろうか。ふと脳裏を掠めた考えを否定し切れず、横島はこめかみを押さえてタマモの後を追った。





 青空の下連れ立って散歩に出た二人だったが、タマモの態度は暖簾に腕押しだった。
 横島が次々とアプローチしてタマモを笑わせようとしても、タマモは全く取り合わない。最後の手段として「のっぴょっぴょーん!!」と叫んで変な顔をした挙句、冷たい目線と「バカ」という有難い返事を頂いた。
 諦めて肩を落とした横島は、時折ふと周りの視線がこちらに向けられるのに気がついた。観察してみると、なんの事はない。道往く男どもが偶に振り返っているだけである。彼らの視線の先は、横島でなくタマモに向注がれていた。

(ま、そりゃそうか。やっぱ可愛いもんな、タマモは)

 タマモは目鼻立ちから言えば立派に美人の部類に入る。横島の守備範囲外といえ、その事実は周りの反応からも明らかである。ナインテールの髪を弄る仕草一つとっても、そこには愛らしさが感じられる程だ。
 だが、タマモにとって自分は、気を許さない知り合いという空疎な間柄である。距離の上では、自分は遠目から眺めている連中よりも遥かに近い。だが、心の距離は赤の他人よりも遥かに遠い。その事を思い知らされ、横島は堪らなく悲しくなった。




 お目当てのうどん屋を出た時には、タマモは既にいつもの顔に戻っていた。
 きつねうどんを前にした時のタマモは、確かに嬉しそうな顔をしたが、それも結局は横島や周囲の手前どこか繕ったものだった。横島が見たかったのはそんな余所行きの笑顔ではなく、打ち解けた相手に対して見せるような、素直で無邪気な笑顔だった筈だ。
 些か軽くなった財布をポケットにしまい、横島は溜息を付いた。やっぱり、無理だったか。横島は、やや重い足取りでタマモと並んで帰途につこうとした。
 その時、横島の耳に甲高い泣き声が聞こえてきた。

「今のは?」

 何事かと声の方に向かってみると、公園の芝生の前で三、四歳程度の男の子が泣きじゃくっている。母親が必死であやしているが、全く効果はあがっていないようだ。
 わけが分からずに佇んでいる横島の隣で、タマモがぽつりと言った。

「風で風船が飛ばされたみたいね。ほら、あれ」

 タマモが指差した先には、赤い風船がゆらゆらと浮かんでいた。それは一際高い大木に括られていて、とてもではないが取りに行ける代物ではない。その間にも冷たい風が遠慮なく吹き付け、今にも飛んで行きそうである。

「成る程な・・・よし!」
「え?ちょっと、横島!」

 タマモが止めるのも聞かず、横島は「芝生に入るな」と書かれた看板を跨いで大木を登り始めた。始めは呆気に取られていたタマモだったが、幼少時代に培ったスキルは未だ健在である。たちまちに風船の所まで登った横島は、それを掴もうと右手を伸ばした。

(ま、あれなら心配はいらないわね)

 猿の様な身のこなしを見せた横島に安堵の溜息をついたタマモは、自分が横島を心配している事に気付き瞬時に顔を染めた。

(って、何考えてんのよ。アイツが登ろうが落ちようが、私には関係ないでしょうが)

 仄かな思いを振り払うように、タマモは頭を振った。
 スムーズに事を運んでいるかのような横島だったが、その実木の上は風も強く、足場も不安定だった。風船も、いつ枝から離れるか分からない。知らず知らず気が急いていた横島は、つい足元を疎かにしてしまった。

「う、うわっ?」

 気付いた時には、横島は足を踏み外していた。はっとして顔を上げたタマモの目に、バランスを崩し木から落下する横島が映った。

「横島!!」

 普段の冷静さを失ったタマモが、慌てて大木の下へと駆け寄って来る。顔を上げたタマモの額に、横島が投げた文殊が当たった。それは地面に落ちると同時に光を放ち、その瞬間タマモの足元がぐにゃりと沈んだ。

 ヒュー・・・ボスッ!!
 
 人柱の様に頭から地面に埋まった横島は、暫くもがいた後泥だらけの顔を地面から引き抜いた。泥をはたき落とし、何事もなかったかの様に起き上がる。目が点になっていたタマモが文殊を手に取ると、そこには「柔」の文字が描かれていた。

「やれやれ・・・さすがに肝を冷やしたぜ。いくら俺でも、あの高さじゃ死ぬって」

 およそらしからぬことを呟いて、横島はタマモ同様唖然としている母子に近づいていく。そして、胸に抱えていた赤い風船を、少年の小さな手にしっかりと握らせた。

「ほれ。もう、なくすんじゃねーぞ」

 ぶっきらぼうだが、優しさの滲み出た口調で横島が言う。少年は、本当に嬉しそうな顔で「うん!」と言った。母親も、嬉しそうに頭を下げる。母子は去り際にも何度もお礼を言い、後には満足げに笑っている横島と怪訝な表情を浮かべたタマモが残された。

「・・・ねえ、横島」
「あん?」

 振り向いた横島は少なからず驚いた。タマモが、難しそうな顔でこちらを見ていたからだ。タマモのこんな表情は、今までについぞ見たことがなかった。

「何であんなことしたのよ。アンタが危険を冒す理由も見返りも、どこにもないじゃない」
「理由も見返りも、ちゃんとあっただろ?」
「え?」
「泣いている子供を助けてやりたいのが理由。その笑顔が見れたのが見返りじゃないか」

 何の衒いも無く言い切る横島に、タマモは絶句した。この男は、それだけの為に体を張って、風船を取りに行ったというのか。タマモには、考えられなかった。一歩間違えれば、怪我では済まなかったというのに。
 だが、同時に心の底から、何か、いいようのないものが込み上げてきた。


 クスクス・・・

 
「なに、それ?アンタって、本当にバカね」

 タマモは、本当に可笑しそうに笑った。横島に対して持っていた心の衝立が、一瞬にして氷解した様な親しみを含んで。
 タマモの心を溶かしたのは、きつねうどんではなく横島の優しさ、純真さだった。太陽の様な温もりを感じるその心に触れて、それまで横島に持っていた野卑なイメージは影を潜めた。代わりに雪解けの野原のように新鮮で、ぽかぽかしたものがタマモの内に溢れてくる。

(コイツとなら、一緒に居るのも悪くないかもね)

 タマモは、泥だらけになった横島の顔を見て再び笑った。その笑顔に、横島は何も返さずにただ口を開けている。一層のマヌケ面を晒したまま、横島は心を奪われたかのようにぼんやりと言った。

「すっげー可愛い」
「な``っ・・・」

 無防備なタマモの笑顔は想像以上の魅力を持っていた。それこそ、花だろうが月だろうが、引き立て役としての用すらも成さない程に。横島は十人中九人は言うであろう普遍的な感想を言ったまでだが、タマモとしてはからかわれたと思う方が自然である。

「ア、アンタね・・・いきなり何を」
「あ、怒った顔も可愛い」

 微かに頬を染めたタマモの顔面は、その一言で完全に沸騰した。

「何、言ってんのよ!!バカーッ!!」




 ゴゴアアァァッッ!!







 横島を狐火でウェルダンにしたタマモは、火照った顔を冷ますかの様にその場から走り去った。
 

 
 胸の中に、さっきとは違う昂ぶりが渦巻いていた。

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