ザ・グレート・展開予測ショー

ふたりの・・・


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 2/23)

 
 ふと、紡がれた言葉。

 拒絶の意思。

 彼女は・・・いや、彼女たちは間違いを犯してしまったのかもしれない。
 髪を九つの房に分けた少女―タマモはふと、目の前の少女へと瞳を向ける。
 目の前の少女から見えるのは、ひとえに怒気。揺れる唇。

 ―そして・・・

「もうお前なんか知らないでござる」

 何度とこの言葉を言われてきただろうか。何度と彼女と喧嘩をして来たのだろうか?いや、そもそも彼女とはそんなに深い争いをしてきたのかどうか、それすら判らない。
 ただ判るのは、今回は今までとは違う。純粋な拒絶。

 ―謝らなくっちゃ!

 タマモの中の誰かがそう叫ぶ。
 タマモの中で、焦燥感だけがつのる。

「シロ!・・・あの・・・」

 どこか・・・どこか何と無く怯えすら含んだ声色で、何とかタマモは声を吐き出した。
 精一杯の謝罪へのアプローチ。

 だがしかし・・・

「・・・何でござるか」

 それでも帰ってくるのは、大きく怒気を含んだ拒絶の意思。今にも彼女は踵を返し、立ち去ろうとしているところであった。
 
 怖かった。

 ―なにが?

 拒絶されるのが。

 ―このままじゃいけないことは、判っているのに?

 それでも・・・怖かった。

「・・・なんでもない」

 俯いたまま、タマモはそういうのが精一杯であった。



 タマモの目の前から遠ざかっていく影。それを今は彼女は、拳を握り締めたまま、黙って見送るしかなかった。





 ふたりの・・・





 タマモは、悲しい気持ちで歩いていた。いや、それ以上に空しさの方か先立つのかもしれない。
 なんにせよ、今日一日は事務所へとは戻りたくはない。

 シロと喧嘩してしまった・・・
 喧嘩ならたまにすることはある・・・が、今回はいつもとは毛色が少し違う。
 紡がれた拒絶の意思、絶交って奴だ。

「・・・はぁ」

 タマモはため息を吐き出した。何のかんの言いながら、やはり正面から言われれば、心に傷は付くものだし、それにお互いのことを認めているフシだってある。それがこんな状態になれば、やはり精神的にきついものもあるだろう。

 ふと彼女が視線を上げると、小さな路地から商店街へと続く路地が見える。そして、その中の一角に、小さな豆腐屋の看板が見えた。

「・・・そういえば、おナカへったな」

 ふらふらと、意思の微塵すら見えないような足取りで、タマモはその豆腐屋へと近づく。

「いらっしゃい」

 店主であるおばちゃんの、元気のよい声。
 店に設置された大人だいの大きさのショウケースの中には、豆腐やがんもどき、厚揚げと大豆を使った品が並んでいる。それらから外れるようにして、並べられた油揚げ。
 当然のことながら、タマモの瞳はショウケースの中に入っている油揚げに、自然にそそがれてしまう。

「何かお決まりかい?」

 それこそお決まりのセリフで、おばちゃんはニッコリと微笑んだ。
 タマモは油揚げ・・・と言おうとして、ふっと凍りついた。
 そういえば今日はたいした用もないと思って、財布持ってくるのを忘れていたんだ。
 一気に消沈するタマモの心。

「ごめん、なんでもない」

 そのままぺこりと一礼して、タマモは店から離れて行った。





 キィコ―キィコ―キィコ

 そろそろ世界は赤みを帯び、小人たちは手を振りながら、烏の歌と共に自分の住処へと帰っていく。

 この小さな公園に今いるのはタマモだけ。ブランコに座って空しく揺れている。
 
「もう帰らなくっちゃ・・・」

 誰ともなく呟いてから、

「でもあまり帰りたくないな・・・」

 自分で自分の言葉を打ち消す。
 丁度その時、おナカがグゥと小さくなった。タマモは赤面しながらも、慌てて辺りを見回した。

 ―大丈夫、誰もいないから。

 またタマモの中の、誰かがそう語りかける。その語尾には僅かながら笑いが見れる。
 ふとタマモは思う。この声は一体誰の声?自分自身?まさか・・・
 
 ザッ・・・ザッ・・・

 タマモが黙考しているとき、何者かが土を踏みしめて接近してくる音。タマモの頭に影が降りる。
 影に気付いたタマモは顔を上げた。

「やぁ、始めまして」
「・・・始めまして」

 タマモは、『タマモ』を見上げた。
 同じく『タマモ』は、タマモを見下ろしていた。
 タマモは二人になっていた。





 夕暮れの公園、そこには二つの影があった。
 ブランコに揺られて、しょぼくれている影。
 さらにその前で、元気はつらつと言ったように立っている影。

 二人とも共通していることは―『タマモである』ということである。

 服も髪型も、それどころか声も瞳の色も、何もかも同じ。
 ブランコに乗っているタマモは、緊張を帯びた声で訊ねた。

「あなたは・・・誰?」

 タマモは、弱弱しくもそう言った。だが、不意に目の前に突き出されたあるものに、その声は遮られることになる。

「ほら、これ。おナカへってるんでしょ?」

 そういって、相手が自分へと差し出したものは、先ほど豆腐屋で並べたれていた油揚げ。

「あ・・・ありがと」

 短くタマモはそう言って、受け取る。

「一応聞いておくけど・・・」
「毒なんて入ってるわけないでしょ」

 けらけらと笑いながら、目の前のタマモはそう言った。考えていることはお見通しらしい。
 らしいのだが・・・

(でも性格は結構違うみたいね。あたしよりも、断然明るい)

 という通り、目の前で笑っているタマモは、ブランコで所在無げに揺れているタマモとは異質ともいえるほど、違って見える。
 不意に、そのタマモ―いや、ここでは(影)と称しておこう―は、笑うのをぴたりと止めて、タマモの隣のブランコへと腰を下ろす。

「で、シロと喧嘩したんだって?」

 タマモは少なからず驚きの色を込めて、(影)を見詰めた。

「だってあたし自身のことなんだから、知ってて当然でしょ?とは言っても、そんなに詳しくは知らないんだけどね」

 (影)はからかうように、そう言った。

「何であたし自身のことなのに、詳しくは知ってないの?」

 今度は胡乱げな瞳を帯びて、タマモがそう問い詰める。

「う〜ん、まぁあくまでも主人格はそっちだからね。仮想人格であるあたしには知ることの出来る情報は微々たるものでしかないのよ」
「仮想人格?」

 わけの判らない言葉に、タマモは眉根を寄せた。

「ごめん、要するに二重人格みたいなものよ」
「なるほど・・・ってちょっとまってよ。あたし幼児期に虐待を受けたとか、現実逃避したくなったとかなんてないわよ」

 というか、前世やそれ以前の記憶事態なんてないのだから、二重人格なんていわれても寝耳に水である。

「いえ、ちょっと違うんだけど・・・なんていうかな。人格を意図的に作り出したもの、って言えば判るかしら?だから、あたしはあなた自身でもあるし、違うともいえるの」

 言いながら、(影)はくるりと回って見せる。

「外見は同じでも、中身まではさすがに違うでしょ?」

 だそうで、わかったようなわからないような表情で、タマモは切り出す。

「で、それが何のようなの?」
「悩み事の相談くらいなら乗ってあげるけど」

 どこか茶化すような、からかうような響きで、(陰)はくすくすと笑う。
 そんな様に、タマモは苛立たしげに唇を噛んだ。

「悩み事なんて、ないわよ」
「ホントかしら」

 ずいっとタマモの瞳の中を見透かすかのように、面と面を向き合う影とタマモ。果たして(影)はどこまで見透かしているのか?ひょっとして全部?

「本当は謝りたかったんじゃないの?でもその勇気がもてなかった―違う?」
「何を根拠にそんなことが言えるのよ」

 それでも意地を張るかのように、タマモは唸るだけ。

「だって私はあなただもの。自分の考えていることくらい、わかるものでしょ」

 何のこともないように、(影)は笑い飛ばした。
 そんな様を、しばしの間考えるように見詰めた後、不意にタマモはふっとうすい笑みを漏らす。

「そうね、自分に自分のことがわかるのは当然のこと・・・よね」

 それは(影)に対して、ではなくむしろ自分に言い聞かせているかのよう。
 
「だから『あなた』はわたしの『陰』のような存在なんでしょ。
 私の無いものを持っている。明るい性格で、それにおしゃべりだし」

 (影)はそんなことを呟くタマモを、クスリと笑った。

「シロと仲直りしたいんでしょ?」
「・・・ウン」

 唐突に切り替えられる話題に、タマモはやや赤面しながら、コクリと頷いた。

「それなら謝ってこなくっちゃ、いつまでもうじうじ悩んでいても何も始まらないでしょ?」

 (影)がタマモの背をポンポンと優しく叩く。
 いや、本当はそんなことはとうに気付いている。ただ、言い出せる勇気が足りないだけなのだ。どちらも意固地になっていて、突っ張っているだけ。
 だから・・・

「私が勇気が出るおまじないをしてあげる」

 (影)がそう言いながら、人差し指をタマモに向けた。

「・・・?」

 胡乱げな視線でそれを見つめるタマモ。

 勇気?一体何の・・・

 ―ちょっとしたことを、少しでも君の心を後押しする力を・・・

 はっとしてタマモは正面に立つ、自分によく似た少女を見詰める。
 自分によく似た少女は、ほんの少し寂しそうな表情で、だが確かに微笑んだ。
 そして、彼女の上げる指が、ほんの少し、そして一瞬だけ光った。

 目を閉じても貫いてくる激しい光―実際はそうでもないだろうが―飛び行く意識の中、タマモはその声だけを、どこか悲しそうな声だけを聞いたような気がした。

「・・・ごめんね」





 ・・・・再び目を開けたとき、そこは見慣れな場所。というか見慣れた天井。自分を優しく包む感覚すら、もう慣れているベッド。
 そして、そばにいる人物も見慣れた―見飽きることはないだろう―人物。

「お・・・起きたか」
「変なことでもしようとしてたんじゃないでしょうね、横島」

 横島は笑いながら、手を振った。そんな気はないって奴らしい。

「ビビッたよ。公園でぶっ倒れたって聞いたときは。でも、まぁ寝てただけだからな。心労ってことじゃないんだろ」

 苦笑すると、横島はタマモに改めて向きやる。

「まぁなんだ・・・それでもシロはお前をぶつぶつ文句言いながら背負って帰ってきたんだぞ。後で礼の一つでも言ってやれよ」
 
 だそうな。タマモは黙って、ゆっくりと頷いて見せた。

「そっか、まぁこれはお前らの問題だからな。お前らで解決しろよ」

 苦笑を浮かべたまま、横島は室内から出て行った。
 タマモは、その後姿を見送ってから、ポツリと漏らす。 

「アレは・・・夢?」

 だが夢というにはあまりにも現実との交差感があり、かといってあまりに現実味のない・・・タマモは、ふと何らかの感触を思い出し、自分の右手へと視線を下ろした。
 そこには袋に入った油揚げが、姿を見せている。唯一、あの自分と同じ姿を少女とをつなぐ接点。
 タマモは泣き出しそうな気持ちで、その油揚げを握り締めた。

「夢じゃ・・・なかった」

 丁度その時、階段を小気味よく上ってくる足音。もう何度と聞いた足音だろうか・・・自分のよく知っている、そして彼女の親友とも言えるべき存在の。

 ―謝らなくっちゃ!
 
 誰かが心の中で反芻する。

「判ってる」

 ―私が勇気が出るおまじないをしてあげる

 もう一度響く声、タマモは何も言わないで、コクリとうなずいた。
 おまじないはかけてもらったし、心の準備だってもう万端。

 ゆっくりとドアのノブが回される。

 タマモはゆっくりと深呼吸をした。
 これから紡がれるであろう言葉、許してもらえないのかもしれない。それでも・・・

「それでも伝えなくっちゃ、あたしの気がすまないのよ」

 どこか独白めいた呟きを放ち、タマモはコクリと頷いた。





 それから数日後、公園へとシロとタマモは二人して並んで行ったが、そこには自分そっくりの少女が現れることもなく、心の中に響く誰かの声も聞こえることはなかったという。




 ―そして、いつの日か彼女はその(影)の正体を知ることになるであろうが、それはまた別のお話。


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