竜殺しと竜
投稿者名:777
投稿日時:(04/ 2/23)
竜殺し――竜を殺した勇者が名乗る二つ名。英雄の証。
かつて、その村は邪悪なる竜に支配されていた。
竜が身動ぎするたびに山は崩れ嵐が起こり、村人は大変な迷惑をこうむった。
ある日、竜は生贄を要求した。一人の少女が生贄に選ばれた。村人は泣く泣く竜に生贄を捧げた。
数日して一人の男が村に現れた。男は長い長い太刀をもちて、単身邪悪なる竜に戦いを挑んだ。
戦いは丸三日続いた。山が揺れ空が割れ、竜は凄まじい抵抗をしたそうだ。けれど三日目に男の太刀が竜を貫いた。
竜は苦しみぬいて死んだが、男もまた戦いの傷が元で死んでしまった。男のために神社が作られ、竜を殺した太刀が奉られた。
不思議なことに、竜の屍骸はやがて巨大な湖になったという。湖にはたくさんの魚が住み、村人たちに喜ばれた。
湖は大竜湖と、神社は竜殺神社と呼ばれ、今もその村に存在する。
「で、その伝説の竜殺しの神社も、今はこのありさまってわけね」
寂れているというよりは荒れている神社の前で、美神令子はため息をついた。
今にも崩れそうな神社である。人の手が入らなくなって優に十年は経過しているのだろう。それもそのはず、村は何十年も前になくなったのだ。
竜が甦ったとか、そんな妙な逸話があるわけではない。ただ単に過疎が進んだだけのことだ。若者は都会に流れ、老人は村で死んだ。人の集まりなんてもの、簡単に消滅する。
そんな死んだ村に何故美神が赴いたのか。理由は神社の中にあった。
「さて、話によればかの竜殺しの太刀はまだ中にあるはずなんだけど――入った途端崩れそうね、これじゃ」
美神の狙いはかつて竜殺しが振るったという伝説の太刀にあった。元は普通の武具でも、竜ほどの大物を殺せば神通力を帯びる。調査したところ、間違いなくかつてこの地で竜が殺されたことが判明している。ならば竜殺しの太刀があるはずだ。
美神は横島を連れてこなかったことを後悔した。ただ神社に入って太刀を盗み出すだけ、連れて行くまでもないと思ったのが間違いだった。崩れそうな神社に立ち入るのは自分の仕事でなく、横島の仕事だ。
数百年前に建立されたとは言え、英雄を奉る所なのだからそれなりに立派だ。もしも生き埋めになれば無事ではいられないだろう。そう言った道具も持って来ていないから、中に入るとすれば危険な賭けになる。
「私は美神令子よ! 例え危険でも金になるなら飛び込むわ!」
己を鼓舞して美神は神社に入ろうと足を踏み出した。その背に嗜めるような声がかけられる。
「美神さん? そこは危ないですよ?」
美神が振り返ると、赤いショートボブに角を生やした見知った顔があった。
「小竜姫? なんでこんなところに!?」
「竜殺しの太刀を盗まれないよう、監視しているんです」
赤髪の竜神、小竜姫は悪戯っぽく笑った。
神社からはなれ、二人は湖を見下ろす小高い丘の上に座っていた。
大竜湖と名付けられたその湖は、確かに竜がとぐろを巻いたかのような形をしている。
場所を変えましょう、と小竜姫が先導して案内したその丘で、美神は小竜姫の目を見据える。
「で? 一体なんでここにいるの、小竜姫様は。妙神山に括られた神であるあんたが監視なんてできるはずないわ。何で嘘ついたの?」
小竜姫は美神から視線をそらして湖を見下ろす。日が反射して湖はきらきらと輝いて見えた。
「墓参りに、来たんですよ」
小竜姫の声は、風に消されそうなほどに小さかった。どこか懐かしそうに小竜姫は湖を見下ろしている。
「墓参り、って。竜神のあんたが、竜殺しの墓を参りにきたって言うの?」
「いえ――確かにあの神社にも用事がありましたが、私はむしろ、この湖になった竜を参りに来たんです」
ざぁっと、湖から吹いた風が小竜姫の髪を流した。小竜姫の顔が隠される。
「大竜湖と呼ばれるこの湖は、確かに元は竜でした。竜の名は大竜姫。――私の、姉です」
声はとても小さかったけれど、風に吹き消されることなく美神にたどり着いた。その内容は美神を驚かすに十分だったが、表情に出しはしなかった。
「あなたの姉なら竜神でしょう。だけどここの竜は邪悪だったって聞いたわ」
「伝説は時を経れば変わります。私の姉は、元々この辺りを治める竜神だったんです」
淡々と、小竜姫は伝説を語りだした。伝説の真実を。
「もう五百年も昔になりますが、当時姉はこの辺りを治める神でした。もちろん供物を要求したり生贄を要求したことなんてありません。ただ、人々の生活を見守っていたんです」
姉は竜神として、人間を見守っていた。魔を祓い、自然を制御して、人々の暮らしを支えていた。人々は姉に感謝していたそうだ。
ある日、姉は人に変化して村に下りた。自分の正体を隠して村人たちと交わるうち、一人の少女と交流を深めた。
少女の名を小竜姫は知らないが、当時姉が語ったところによればとても純真な少女だったらしい。姉は彼女にだけ、自分の正体を教えたそうだ。竜神であると。
少女には恋人がいた。村で一番の武芸者で、毎日太刀を振るっていた。少女は姉に男を紹介したという。その男も気持ちのよい男だと、姉は小竜姫に語ったことがある。
けれど、彼らと交流して数年が経った日。少女が病に倒れた。
村の医者にも手が施せない、思い病気だった。日に日に少女は弱っていった。男は姉に泣きついた。
あんたは神だろう、何とかしてくれ!
神といっても万能ではない、姉は弱る少女に何もできなかったそうだ。――いや、たった一つだけ、方法があった。
竜神の心臓はあらゆる病をはらう妙薬であるという。それを少女に飲ませれば、少女の命は助かるだろう。けれど、それは同時に姉の命がなくなることを意味する。
姉は迷った。本来神たる自分が人間にそこまで肩入れする理由はないし、何より神に自殺は許されない。
迷いに迷いに迷って、そして姉は男に殺される道を選んだ。親友の少女のために。
男はいつも振るっていた太刀をもって姉を殺し、その心臓を少女に飲ませた。少女の命は姉のおかげで無事助かった。
姉は死んでも村人たちを守ろうとし、魚のいる湖となった。男は姉を殺した太刀を神社に奉納し、姉の冥福を祈ったという。
「この顛末を、私は姉から手紙で受け取りました。慌てて駆けつけたときには、姉は既に湖となっていました。伝説の真実は、こんな話なんですよ」
小竜姫は姉である湖を眺めながら語り終えた。その後ろ姿はどこか寂しげだ。
「なるほどね――後世になって伝説が歪んだわけか。邪悪なる竜じゃなくて、人間を助けた竜だったのね」
小竜姫が苦笑した。苦笑しながら、美神のほうに向き直る。
「私は、何故姉が死んでも人間を助けようとしたかわかりませんでした。神は確かに人を守るものですが、個人に肩入れして良い存在ではありません。何より、人間に命を捨ててまで助けるほどの価値があるのか、ずっと疑問でした」
はっきりと、小竜姫は言葉を区切る。彼女の疑問は過去形だ。すでにその答えは――出ている。
「だけど、美神さんたちに会って、分かったんです。命を捨ててでも助けたいって、そう思えるほどの人間もいるって。ううん、それが友情なんだって、私は分かったんです」
小竜姫は爽やかに笑う。美神には、その笑顔がまぶしかった。
「買いかぶられたもんね――私は、その竜殺しの太刀を盗みに来たのよ? そんな私が信用できるの?」
「だって、美神さんはもう盗む気はないんでしょう? ここは私の、大切なお墓だって知ったんですから。友達ですもの」
美神を信じ切っているかのように、小竜姫は笑う。その顔が、とってもまぶしかったから――
「まぁね。せっかく遠出したから残念だけど、綺麗な湖が見れただけで満足としましょうか。神社でお参りして帰るとするわ」
美神は、小竜姫に微笑み返した。
竜――蛇を模した神。邪悪であるとよく語られるものの、その性質は善である。
今までの
コメント:
- 実は少ない小竜姫様のおはなし。
小竜姫の姉といえば大流姫ですよねぇ? (777)
- でも、メドゥーサの日本語表記は「蛇女」
きっと濡れて冷たいのでしょう(邪) (トンプソン)
- どうもです〜ヒロです〜
えぇ、小竜姫様のお姉さんのお話ですか。しかも死んでいる!!??いい話でした〜(涙)いい話でしたんですが〜生きているところも見たかったな〜と(汗)
でも実際伝説とか言うのは、どこかで脚色されているもの。実際今の社会も多くの情報が操作されていて、ニュースで報道されている情報すら真偽はどの程度か、わからないものですからね〜昔話を信じることは難しいものです。まぁそんなことよりも、大竜姫様見たかったな〜と(汗)
であであ〜これからも頑張って下さいませ〜 (ヒロ)
- そういや、小竜姫の話って少ないですねw
大竜姫様って、イイ神様だったんですね(ノД`)思わず読んでた時に涙が…
美神達と出逢って友情を知った小竜姫、彼女もイイ神様になることでしょうw (BOM)
- もしかしたら、大竜姫自身が伝説の捏造に一役買っていたのではないでしょうか?
若者が村の守り神を殺したと知れたら、理由はどうあれ村人達から彼と少女が迫害されるかも知れない。
人間の心の弱さを知っていた竜神は、態と荒ぶる神として振る舞い自らを貶める事で、若者の行為を正当化しようとした。
それが語り継がれる内に歪められこの様な話になったのでは。…考え過ぎかしら?(笑) (dry)
- 大竜姫様キターーー!(>▽<♯)横島の妄想もあながち的外れでなく。語り継がれる歴史は時折変化します。
利益を求めるものに優しく、異形のものに冷たく。過疎で廃れただけの村が後世、「小竜姫の呪いで滅んだ」
などと語られない事を祈るばかりです。
小竜姫様が美神さん達と関わる前に人間界に来たのは200年前が最後だった事を考えると、彼女は今、かつて
ない程頻繁に人間と交流しています。友と呼べる人間達と出会い、彼女も「人と交わる竜」として成長しつつ
あるんだと思わせられる様な話でした。 (フル・サークル)
- 大竜姫様……亡くなってたんですね。
神が命を捧げるほどの人間。きっと清らかな少女だったんでしょうね、おキヌちゃんみたいな。 (林原悠)
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