ザ・グレート・展開予測ショー

#挿絵企画SS『人形遣いとピエロと少女』


投稿者名:777
投稿日時:(04/ 2/21)

 シロは散歩が好きだ。肉と散歩と横島先生さえあれば、他に何もいらないと思うくらい散歩が大好きだ。
 だけど今日のシロはいささか不機嫌だった。何のことはない、横島と喧嘩したのである。散歩に行くとか行かないとか、そんな些細な理由での喧嘩であったが、シロは不機嫌にむっつりと歩いていた。
 散歩のコースは特に決めているわけじゃない。風の吹くまま気の向くまま、のんべりだらりと歩くのが散歩の楽しみ方というもの。だからシロは知らない道を一人で歩いていく。
 やがて、人の気配がしない、静かな場所に辿り着いた。お気に入りのコースに入れようかと思ったけれど、風の吹くまま歩いてきたのでどうやってここに辿り着いたのかは覚えていない。少しばかり残念に思って足をとめた時、シロの鋭敏な聴覚が何かを捕らえた。
 歌――が聞こえた気がする。
 風の音と聞き違えるほどに果敢ない、けれど確かに歌が聞こえる。歌っているものは杳として知れないものの、シロはその歌に惹きつけられた。
 良い――声だ。
 歌っているのは少女とも少年とも聞こえる。距離が遠すぎて歌詞も何も判然としないが、良い声だと思った。もっとはっきりこの歌を聴きたい。歌い手の場所を探るため、シロは耳をすませる。風に乗って流れてくる歌を追いかけて、シロは駆け出した。
 こぢんまりとした公園から、歌は流れてくるようだった。相変わらず辺りに人はいない。静かな空間に、歌だけが響いている。シロは歌の邪魔にならないよう、気配を消して公園を覗き込んだ。
 少女が一人、ベンチに座って歌っていた。
 赤いワンピースを着た、綺麗な少女である。年はおそらく十に達していないだろう。小さな少女は、人形を二つ抱きしめて歌を歌っていた。
 シロの知らない歌を、少女は口ずさんでいる。メロディーも歌詞も、どこかちぐはぐな感じがするから、もしかしたら少女の即興なのかもしれない。シロは目を閉じて、少女の歌を聞き始めた。
 それは、一人の人形遣いの歌だった。
 人形遣いはピエロと少女の人形を持っている。ピエロと少女で劇をする。人形遣いが自分で作った自慢の話。
 だけど観客はいない。なぜなら世界には人形遣いとピエロと少女、それだけしか存在しないから。みんなどこかに行ってしまったのだ。
 人形遣いは旅をする。誰かと会うために。劇を見てもらうために。自慢の劇で、笑ってもらうために。
 そんなある日、人形遣いはようやく観客と出会った。雪のように白い髪を一房だけ赤く染めた、元気なお姉さん――。
 歌詞に驚いて目をあけると、少女と目が合った。少女は悪戯っぽく笑っている。歌っている途中でシロに気づいて、歌詞に混ぜたのだろう。やはり即興の歌だったのか。
 シロは少女に苦笑を返して公園に入った。少女は笑顔でシロを迎えてくれた。
「歌、上手でござるな」
 素直な気持ちで、シロは少女を褒めた。それが伝わったのだろう、少女は座ったままありがとう、とお辞儀する。その拍子に、少女の抱きしめた人形もお辞儀した。歌にあったとおり、道化師と少女。少女の人形には、歌い手と同じく赤いワンピースが着せられている。
「ねぇ、お姉ちゃん。私の劇を見ていってくれる? 自慢の劇なのよ」
 おしゃまな口の利き方をする少女である。シロが頷けば、少女は笑って立ち上がり、また一つお辞儀をした。いつのまにか少女の両手からは操り糸が垂れ下がり、二つの人形もぎこちない動きでお辞儀する。
 少女は、立派な人形遣いであった。少女の劇が始まる。
「あるところに、赤い服を着た女の子がいました。女の子にはお父さんがいませんでした。女の子はいつも寂しい、寂しいと思っていましたが、ある日お父さんを探そうと、旅に出ることを決めました」
 人形遣いが少女をチョコチョコと動かす。人形の少女は空中で歩き、片手を頭の上に上げて何かを探すように身をよじる。
「『お父さん、お父さん、どこにいるの?』 少女は毎日旅をしました。行けども行けども、お父さんは見つかりません」
 人形遣いの指先で、少女は踊るように父親を探す。どこまでもどこまでも歩いていく少女。
「一年経っても、お父さんは見つかりませんでした。女の子は悲しくて、いつのまにか笑わなくなって今いました。『お父さん、お父さん、どこにいるの?』」
 人形遣いが演じる少女の声に、悲哀の色が混じる。悲しげに、少女は父親を呼ぶ。
「そんなある日のこと。女の子は一人のピエロと出会いました。ピエロは女の子に親しげに語りかけます。『こんにちは、可愛いお嬢さん。悲しい顔してどうしたの?』」
 人形遣いの右手で、ピエロの人形が動き出す。腰をかがめて首をかしげ、ピエロは少女と話をする。
「『あのね、ピエロさん。私のお父さんを知らない? お父さんを探しているの』女の子はピエロに尋ねましたが、ピエロは困ったように首を傾げます。『う〜ん。知らないなぁ。それよりお嬢さん、甘いあめをあげよう。だから悲しい顔はしないでおくれ』」
 少女がピエロに縋りつく。ピエロは困ったように首をかしげ、手を後ろに回す。いつのまにかピエロの手には、魔法のように小さな飴が出現する。
「『いらないわ、あめなんかいらないわ。私はお父さんがほしい。お父さんに会いたいの』女の子はピエロを困らせます。ピエロはいろんなお菓子、いろんなおもちゃを見せますが、女の子は笑ってくれません。ピエロは困ってしまいました」
 人形遣いの手の先で、少女が小刻みに首を振る。ピエロは困ったように首をかしげ、体の後ろからいろいろなものを取り出した。けれど、少女の人形は首を振るばかり。ピエロの人形はいよいよ困ったかのように首を傾げた。
「『可愛いお嬢さん、かわいそうなお嬢さん。お父さん以外のものなら何でもあげるから、どうか笑っておくれ。笑わせるのが私の仕事なんだ』『いやよ、私はお父さんに会いたいわ。お父さん以外何もほしくないもの!』女の子はとうとう泣き出してしまいました。ピエロは困ってしまい、おろおろするばかりです。だってピエロの仕事は人を笑わせることなのですから、女の子が笑ってくれないと仕事になりません」
 大仰な身振りで、ピエロは少女に語りかける。まるで魔法使いのごとく芝居がかった動作だったが、少女の反応はつれない。とうとう少女は顔を覆い、泣き出してしまう。ピエロは腕を組んで困った様子。
「『そうだ、そうだ! 良いことを思いついた! 可愛いお嬢さん、かわいそうなお嬢さん。もう泣かなくても良いよ。僕がお父さんになってあげよう!』ピエロは名案を思いついたとばかりに手を叩きました。女の子はビックリして目を丸くします。『あなたが私のお父さん? だってあなたはピエロだわ!』」
 いつしか、人形遣いの姿は消え、世界にはピエロと少女だけが残された。もはや操り糸のついていないピエロの人形は、ぽんと手を叩いて少女に微笑みかける。少女はビックリして目を見開く。
「そうとも、そのとおり! 僕の仕事は誰かを笑顔にすることで、お嬢さんはお父さんがいなければ笑わないのだから、僕はお嬢さんのお父さんだ!」
 ピエロは生き生きと少女に語りかけた。少女はぽかんとしていたが、やがて嬉しそうな顔で笑う。
「ああ、お父さん。お父さんお父さんお父さん! 会いたかった、ずっと探してた! やっと見つけたわ!」
 少女はピエロに抱きついた。少女の顔には笑顔が溢れ、それを見たピエロもにっこりと笑う。少女とピエロは過去を見合わせて笑っていたが、ふと少女が首をかしげた。
「ねえ、お父さん。お父さんは人を笑わせることが仕事でしょう? なのにどうして泣いてるの?」
 少女はピエロの化粧、右目の涙を指差した。ピエロは化粧で涙を流す。決して泣かないそのために。
「お嬢さん、笑顔の素敵なお嬢さん。僕はピエロだから、泣いてはいけない。悲しいことがあっても、人を笑わせるためには泣いてはいけない。これは嬉し涙さお嬢さん。可愛い娘ができたから、嬉しくて泣いているのさ」
「お父さん、お父さん! 私も嬉しくて、涙が出そう! 私もお父さんと同じように、誰かを笑顔にさせたいわ! 私もピエロになろうかしら!」
「いけないよ、お嬢さん。可愛らしい僕の娘! ピエロはとても辛い仕事! 悲しくても泣いちゃいけない! そんな仕事を娘にさせるわけにはいかないよ!」
「だけどお父さん、私はとっても嬉しいの! 誰かを笑顔にさせたいわ!」
「それならばお嬢さん、僕の可愛い娘よ。あなたは人形遣いになりなさい。人形で劇をすれば、悲しいときには泣くことができる。そして誰かを笑顔にできる」
「お人形を持っていないわ、お父さん! 私はお人形を持っていない!」
「悲しそうな顔をしないでおくれ、私の可愛い娘よ! お人形ならここにある。あなたの目の前に、ほら、ピエロと少女の人形が!」
 唐突に。
 目の前の風景に、現実感がなくなった。
 ピエロと少女は、いつのまにか人形に戻っていた。ふと、シロは思い出す。夢のような人形劇、あの泣いていた少女は人形遣いの顔にそっくりだった。
 知らず、シロは笑顔になっていた。滑稽なピエロと純真な少女の劇に、心奪われていた。
 人形遣いの少女は、いつのまにかいなくなっている。目の前にはピエロと少女の人形だけが、ぽつねんと――
 ――いや、この少女が人形遣いなのだろうか。
 今見た光景は、はたして、夢だったのだろうか。
 当惑するシロの前で、ぴょこりとピエロの人形が起き上がった。操る者がいないのに、人形は生き生きと動き出す。
「白い髪の毛のお嬢さん。僕の娘の人形劇で、あなたを笑顔で笑ってくれた! 娘はとても嬉しそう! ありがとう、白い髪のお嬢さん!」
「とても――面白かったでござるよ」
「ありがとう、お嬢さん! ここは誰もが辿り着け、誰も辿り着けない場所。お嬢さんの鋭い耳が、娘の歌を聞きつけた。また、笑顔になりたいと思ったら、いつでも見に来ておくれ。きっと娘も喜ぶから」
「もちろんでござる。ここは、拙者の散歩コースの特別お気に入りコース認定でござるよ!」
 
 シロはその日、一日中ずっと笑顔で過ごせた。横島と喧嘩したことなんて忘れたように、楽しい気分で過ごせた。不思議な人形劇は、とても面白かった。
 けれど、ちゃんと帰り道を覚えながら帰ったにもかかわらず、シロは二度とその公園に辿り着くことはなかった。
 
 人形遣いとピエロと少女は、今も誰かを笑顔にしている。

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