ザ・グレート・展開予測ショー

『GS志望浦見枡太郎(うらみ・ますたろう)・一番湯のカナタ極楽大作戦!!』(二)


投稿者名:学僕
投稿日時:(04/ 2/18)


        ◇

「──ああ、カナタさま! ついに見つけましたワ! さあお前たち、カナタさまをさっさと捕まえるのですワ!」
 浦見はわけが判らなかった。浦見を指さして『カナタさま』と叫んだのは、中学生らしき少女である。どこかの名家のお嬢さまのような身なりで、大粒の宝石をあしらった帽子をかぶっている。
「これでもあたくしを王妃にしてくださる″・約者ですワ! 決して殺してはいけません、生け捕りにするのですワッ!」
 浦見は全身が硬直していた。彼女の気迫に、圧されていた。まったくもって、『カナタ』というのがなんのことか判らない。誰のことか判らない。いのちだけはとらないらしいが、『生け捕り』といった言葉だけでも、危なげな響きである。
「……浦見! そんなところでなにをぼさっと突っ立っているでござるかッ!」
 浦見は、呆然と立ち尽くしていた。いまにも自分に襲いかかろうとしている忍者たちを、忘れていた。
「うおおっ!」
 浦見をかばうようにいち早く前に出たシロが、最大の武器霊破刀で忍者たちに斬りかかる。
「あ」
 浦見は目の前の光景に、戦慄した。息をもつかせぬシロの太刀を、忍者たちが素手で受け止めている。
「こっ、こいつら只者じゃないでござるぞッ!」
 浦見は我が目を疑った。あれだけ体術に優れたシロに、忍者たちは引けをとらないでいる。はっきり言って、浦見は式神こそちょっとばかり使えるが、あとはその辺にいるただの中学生である。この戦い、浦見の動体視力は三人の動きを追いきれていなかった。
「シ、シロ!」
 浦見はだからと言って、このまま指をくわえて見ているなんて我慢できなかった。浦見はシロに駆け寄った。
「ば、莫迦っ! こっちに来るんじゃないでござるー!」
 浦見はまだ、理解していなかった。
「う、浦見っ! こいつらの狙いは、お前でござるぞ!」
 とシロが叫んだときにはもう遅い。忍者たちがシロの身体を踏み台にして、浦見に向かって跳躍した。
「させるかあああっ!」
 浦見と忍者のあいだに、シロが割り込んだ。がしかし、ふいをつかれたため、霊波刀で応戦することがままならかった。
 浦見に、霊波刀と互角に渡り合った、忍者たちの手刀が迫る。
「こ、この……!」
 咄嗟の判断で、シロは胸元に手を伸ばした。思いきり首飾りを千切る。昼間、人狼であるシロを人間たらしめている、精霊石の首飾り、だ。
「きゃ、キャー!」
 あっという間に、精霊石が爆発した。お嬢さまが悲鳴をあげ、すさまじい爆風が、浦見に襲いかかろうとしていた忍者たちを吹き飛ばした。
「……シ、シロ!」
 浦見もまた吹き飛ばされたけれども、すぐに上体を起こして、シロを探した。
「こ、これはいったい、何事ですの!?」
 浦見は、目が釘づけだった。悲鳴をあげたお嬢さまの足許で、シロがやわらかい光りに包まれている。
「シ、シ、シロ!?」
 仕方なかったとはいえ無理な姿勢で精霊石を起爆させ、至近距離で爆発に巻き込まれたシロは、全身ずたぼろだった。加えて精霊石を失ったせいで、人間に化けた姿から、オオカミの姿に戻りかけている。
「……う、浦見」
 青ざめた顔をしているシロ。
「……せ、拙者、もう、すぐ、オオカミに戻ってしまうで、ござるよ。は、早く、お前だけでも、逃げるでござる……」
 息も絶え絶えといった有り様である。
「え、そ、そんな」
 浦見は辺りを見回して、うろたえた。あの忍者たちは、すでに何事もなかったような顔で、自分たちを取り囲もうとしている。シロでさえ敵わなかった、敵。……
「こんな、ボクひとりじゃ無理だよ!?」
 浦見はほとんど、悲鳴をあげていた。
「浦見、拙者、おぬしを信じているでござる。今日まで拙者と頑張ってきたでござる。……だから、きっとおぬしは……」
 浦見はごくりと喉もとを上下させた。
「浦見、お前は、早くここから逃げて、横島先生をっ!」
 瞬く間にシロは、一匹のオオカミに変じた。力尽きて気を失ったようである。捨てられて、傷ついた野良犬のように動かない。
「…………」
 浦見はぱくぱくと口を開けた。いつの間にか忍者たちに囲まれていた。浦見が止める間もなくひとりの忍者がオオカミとなったシロを拾いあげて、ふところに隠してしまう。
「──お、お前らはなんなんだ」
 浦見は、率直な感想を述べた。ひそかにかたわらに倒れている式神に、意識を集中させる。だがこんな大事な場面でも、いやだからこそか、緊張のあまり上手に操ることができなかった。浦見は下くちびるをかんだけれど、それでどうにかなるわけもなかった。
「──て、あ、あなたこそ誰ですの!?」
 どうやら爆発もひと段落して、落ちつきを取り戻したらしいお嬢さまがびっくり仰天する。
「……だ、誰って」
 浦見は、応えようがなかった。素っ頓狂な声にぴん、と張りつめていた糸が途切れ、式神がかくん、とうなだれる。
「か、か、カナタさま、カナタさまはいずこ!?」
 きょろきょろと辺りを見回して、お嬢さま。
「……え」
 浦見のことを、忍者たちがすっと指さした。
「カナタさま?」
 浦見をじっと見つめるお嬢さま。
「ボクの名前は、浦見枡太郎なんだけど……」
 浦見は冷や汗をたらりと流した。なんだかいやな予感がした。──もしかして、これは?
「……ひ、ひ、人違いですワー!?」
 浦見の予想どおり、天を仰いでお嬢さまが叫んだ。
「ひ、人違い?」
 浦見はハトが豆鉄砲を食ったような顔した。そうしているあいだにも、ふたたびじりじりと忍者たちが迫ってくる。
「あ、あたくしのクローン忍者たち、あなたがカナタさまと似たような寸詰まり体型だから、間違えたんですワーッ!?」
 おろおろするばかりで、お嬢さまは忍者たちをとめようとしなかった。
「って言うか人違いだったら、早いところこいつらをなんとかしろー!?」
 浦見は恐怖のあまり二、三歩あとじさった。
「そ、そんなことあなたに言われなくたって判っていますワ! ガード・ロイヤルが守るべき地球人に危害を加えていたんじゃ、お話になりません。リョウさまに怒られちゃいますワ!」
 腰に手をあてて、鼻息を荒くするお嬢さまである。
「さあ、お前たち、そのかたはカナタさまじゃありませんワ! 人違いですのよ! そのかたから離れなさい!!」
 しかし、一向に、お嬢さまの言うことをきく気配がなかった。忍者たちは不敵な笑みを浮かべ、包囲網をせばめていく。
「お、おい、ど、どうしたんだよ?」
 浦見が不安そうにお嬢さまを見る。
「……あたくしのクローン忍者が!」
 つと両手で顔を覆ったお嬢さまが、
「あたくしの言うことをききませんワーッ!」
 まるで『ムンクの叫び』みたいに、悲鳴をあげた。
「な、なんだってーっ!?」
 浦見もつられて『ムンクの叫び』になった。
「さ、さっきの爆発で、どこかに異常が発生したんじゃないかしら!?」
 ただただ慌てふためく、お嬢さまであった。
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ!?」
 浦見は、事態の深刻さを理解した。
「このままボクは、シロはどうなるんだー!?」
「そんなことあたくしにも判りませんワー!? いまとなっては、あたくしの『生け捕りにしろ』という命令に従っていることを祈るばかりですワ!? で、でなければ、でなければ、想像するだにおそろしいことに!?」
「……で、でなければっていったい、ど、ど、ど、どうにかしろよ!?」
 浦見は滝のようななみだをだーっと流した。
「あたくしのクローン忍者には、あらゆる武芸が入力されていますワ。か弱いあたくしにはどうしようもありませんですワ!?」
 クローン忍者のバイザーがぎらり、と光る。
「……ほ、本当にあいつらは、ボクを狙っているのか」
 確かに、浦見に狙いを定めている。
「そのとおりですワ! だってあなたの背格好は、カナタさまにそっくりですもの!」
「か、カナタ?」
「親の決めた婚約者、あたくしの夫となる人、だけど先ほどのあなたのように、危険から女の子を守るどころか、守られてしまう情けない男の子ですワ。ああ、一日も早くガード・ロイヤルポイントを貯めていただかなくてはなりませんのに、今日もカナタさまったら『そんな難しいことは、カナタにはできないカナ、こわいカナ、いやカナ!』などと言って逃げだしてしまいましたの。だからあたくし、こうしてカナタさまを追いかけてきたんですワ!」
「そんな長ったらしい身の上話はいいから、こいつらをなんとかしてくれー!?」
 浦見は恐怖に身がすくんで動けなかった。とっくのとうにひとりの忍者にはがいじめにされて、もうひとりの忍者によって、喉もとに手刀を突きつけられている。
「あ、危ないですワ!?」
 浦見の喉もとに手刀を突きつけた忍者を、お嬢さまが後ろから止めに入った。
「あ!?」
 浦見はぎょっとした。
「き、きみっ!?」
 振り向きざま忍者が広げた風呂敷のようなものに、お嬢さまが包まれていく。 
「ガ、ガード・ロイヤルが地球人を危ない目に合わせたら、リョウさまに合わせる顔がありませんワ!」
 浦見をかばいながら、お嬢さまが、携帯していた小型の光線銃で応戦をする。
「あなた、早くここから逃げて、リョウさまを呼んできてくださいませんか! この近所にある銭湯『星乃湯』に、リョウさまはいらっしゃいますワッ!」
 何発もの光線が空しく風呂敷に吸い込まれていき、たちどころにしてお嬢さまは追いつめられていく。
「あ、おいっ!」
 浦見の目の前でお嬢さまが風呂敷に包まれて、暗闇のなかに消えていく──。
「──リョウさまは、リョウさまはあたくしの、すてきな騎士さま……」
 浦見は声にならない悲鳴をあげた。ついさっき忍者のふところにしまわれたシロと同じく、お嬢さまもまた、浦見の目の前から消えてしまったのである。
「…………」
 浦見はふたりの忍者と睨みあった。暗闇に消えたお嬢さまの言葉を思い出す。
『あなた、早くここから逃げて、リョウさまを呼んできてくださいませんか!』
 そして、シロの言葉を思い出した。
『浦見、お前は、早くここから逃げて、横島先生をっ!』
「……ボ、ボクは……」
 浦見は判らなかった。迷っていた。先日、カツアゲされたときのことが甦る。あのとき、ボクが式神を出したとき、真っ先に連中の何人かは逃げだした。残ったのは、足がすくんで動けなかったやつらだ。あいつらは仲間を見捨てて逃げた。それは最低だ。
 いま自分がこの場から離れるのは、助けを呼びに行くんだから、決して逃げだすんじゃない。頭では、判っている。だけど。
 確かに一瞬、ほっとしてしまった自分がいるのだ。横島先輩を呼べ、とシロから頼まれて、リョウという人を呼べ、とお嬢さまから頼まれて、一瞬ほっとした自分がいた。
 シロが自分のことをかばってくれて、ほっとした。ああ、助かったと思った。そして横島先輩を呼びに行けば、いのち拾いできると思った。そうすれば自分だけは助かると思った。たとえほんの一瞬でも、そう思ってしまったのである。
 そして次に、見知らぬお嬢さまに助けられたとき、そのときに、嫌悪感を抱いたのである。……ほかの誰でもない、薄汚い自分自身に、だ。
 自分は二度もなんにもできなかった。それどころかなんにもしなかったのだ。ただわめいているだけ、守られているだけだったのだ。最低だった。最悪だった。
 それにもしこのまま逃走劇を演じれば、人違いとはいえ、狙われているのは自分にもかかわらず周囲に迷惑をかける。そんなんじゃいけない。
 ──ボクは、こんなんじゃ──
「……こんなんじゃいけない」
 浦見は、ゆっくりと顔をあげた。
「こんなんじゃいつまで経ってもボクは、立派なGS≠ノなれないんだ!」
 キッと睨みつけたその先に、ふたりの忍者がいる。
「ボクひとりで、やるんだ!」
 浦見はかたわらに倒れている練習用の式神に念じ、立ちあがらせる。瞬間。
『──わーい、よくできたでござるーっ!』
 浦見の脳裡に過ぎったのは、シロの弾けるような笑顔だった。だが。
(シロを守りたい)
 もう雑念はない。
(シロを守らなくちゃいけないんだ!)
「ボクが、戦うんだ!」
 浦見は自分のこぶしをぎゅっとにぎった。浦見の式神もまた、力強くこぶしをぎゅっとにぎりしめる。その式神は以前のような、怪物の姿じゃなかった。あるじの浦見と同じく身長も高くないし、体格もよくはなかったが、きちんとヒトの姿形をしていた。
 すこやかな意志を宿している式神だったのである。
 その目はまっすぐなにかを見つめており、ちゃんと自分の二本足で立っている、そんな式神だったのである。
「……これがボクの式神だ」
 そのこぶしは、誰かを、なにかを守るためににぎりしめられている。
「これがボクの、浦見枡太郎の式神だっ!」
 浦見の気合いとともに、式神がふたりの忍者に向かっていく。初めての実戦で集中力が高まっているらしく、いいや、浦見はシロのことを一途に想って、極限まで式神に念じており、六道冥子もかくやといった素晴らしい使役を見せていた。それでも敵の忍者たちは手強く、式神は触れることさえ叶わない。
「…………」
 浦見は緊張した面持ちで、式神と忍者の攻防を見つめている。そのうち徐々に、徐々に浦見の式神はおされていった。こちらの攻撃は当たらないのに、忍者たちのこぶしだけが打ち込まれていく。ついにはクローン忍者ふたりがかりで関節技を決められ、あっさりと右腕をもがれてしまった。式神ケント紙製のそれは悲鳴こそあげないが、中途から念が途切れた衝撃で、一瞬、びくんびくん、と痙攣するさまが苦しげである。
「……もう少し」
 浦見はぺろり、と舌なめずりした。自分の式神がやられているのに、随分余裕の表情である。浦見の様子とは裏腹に、式神の左の腕まで手首からへし折られる始末。浦見が一生懸命切り貼りした、大小の式神ケント紙がばらばらと地面に散らばる。
「あいつらは、あらゆる武芸に長けている」
 浦見の目の前で、式神が解体されていく。
「でもボクは喧嘩ひとつまともにできない」
 浦見の式神は両手足を失って、もうほとんど紙ふぶきが舞っている。最早式神は、ただのばらばらの式神ケント紙になりつつあった。
「だけど、そんな武芸使わせなければいい」
 浦見は、大きく深呼吸をした。
「──いまだっ!」
 浦見のその一言には念が込められていた。強い一念である。だからその途端、ばらばらになった式神ケント紙が、つむじ風のように舞いあがり。
 式神ケント紙のあらしがクローン忍者たちの足許から巻き起こったのである。
「よっしゃあああああああっ!」
 浦見ががらにもなく勝利の雄叫びをあげたときには、式神ケント紙は鳥かごのように忍者たちを囲っていたのだった。浦見のほうが、クローン忍者を『生け捕り』にしたのである。
「あは、あはは!」
 浦見はぺたんとしりもちをついた。これなら大丈夫だ。これなら、安心して、横島先輩でもリョウという人でも呼びに行くことができる。もうこの場を離れても、忍者たちは追ってこられないし、周囲に被害が出ることもない。
「あは、あはははっ!」
 浦見はうれしくってうれしくって、笑いがとまらなかった。もう、へとへとだった。もてる限りの気力と体力を使った気がする。けれど不思議と充実感があった。なんだか胸の奥が熱くなっていた。自分ひとりで、やり遂げたのだ。
「ボクひとりで、立派にやったんだ!」
 浦見は天を見上げて快哉をあげた。
「…………」
 ふと浦見は眉をひそめた。
 いつの間にか、見上げた空に暗雲が漂っている。空模様が怪しい。
 ひどくいやな感じだった。
 夕立である。
「…………」
 浦見ははっとした。気がついたらすぐ近くに、見慣れないものたちがいたのである。明らかに一般人じゃなかった。ざーざーと降りしきる雨を気にもせず、その場に佇んでいるのは三人。全員同じかっこうをしており、おそろしく剣呑な雰囲気である。しかしどう見ても彼らはGSが相手にする妖怪や悪霊の類いではなかった。
「……なんだ、お前ら……」
 浦見はごくり、と生つばを呑んだ。まるでどこかの国の、兵士のようである。三人とも軍服のようなものを身にまとっているし、片手に手にしているのは、突撃銃のように見える。次の瞬間、無機質な声が浦見の問いかけに応えた。浦見にはそれがなんだか、自分の死刑宣告のように聞こえた。
「──我々はナ・リタ軍、辺境パトロール・ユニットである=v

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