ザ・グレート・展開予測ショー

『GS志望浦見枡太郎(うらみ・ますたろう)・一番湯のカナタ極楽大作戦!!』(一)


投稿者名:学僕
投稿日時:(04/ 2/18)

 今年もまた、暑い夏がやって来た。毎日、うだるように暑い。だが、その少年にとって、今夏は特別なものだった。これまでずっと、ひとりだった。たったひとりで、冷房が効いた自分の部屋で、日々を過ごしてきた。そうしてテレビと向かい合ってゲームをし、それに飽きたら、寝転がって漫画を読んでいた。なにしろ少年は、幼稚園の頃からずっといじめられてきた。どこにも一緒に遊ぶ友だちなんかいなかったのだ。
 いまは違う。
 先日、偶さか自分がカツアゲされているところを通りかかった、彼らと一緒だった。ひとりはバンダナを巻いた間抜け面をした少年。もうひとりは、一房、赤い髪のまじった少女である。そのふたりは、ゴーストスイーパー見習いだった。少年もまた、同じく霊能力を持っている。式神使いの才能、である。
『オカルトの不正使用がバレると、GSの資格が取れなくなるでござるよ、その才能を将来のためにとっとくでござる! ね?』
 少年は、いじめっ子に霊能力で仕返ししようとしたことがあった。
『いじめられて世の中呪って……それだけで一生終わる気でござるかっ!?』
 毎日毎日しょぼくれて、くさっていた。
『そんな負け犬の呪いはGSには通用しないでござるよっ!!』
 自分のふがいなさを、周囲の仕打ちを、すべてをうらんで、呪いつづけてきた。しかし。
 この夏、少年は、GSになることを決意した。その少年の名前は、浦見枡太郎(うらみ・ますたろう)。今日も浦見は、自分の夢に少しずつ近づこうとしている。もうぶつぶつと口のなかで文句を言うのはやめた。もううじうじといじけて、俯くこともやめた。それにもう決して、浦見はひとりぼっちじゃなかった。
「──こらー! 浦見! また雑念がまじっているでござる! それじゃいつまで経っても立派な式神使いにはなれないでござるぞっ!」
 浦見の薄っぺらい背中が、怒鳴りつけられた。その上声の主は野良犬のようにがるる、と唸っている。そろそろ陽が傾きかけた、人けのない公園にいるのは、多少汚れてもいいようにと、中学校のジャージに身を包んだ浦見。そして、こちらはいつもどおりTシャツに破れたジーンズという、ラフな格好をした少女。その少女は、一房赤い髪がまじっている。ほかでもない、シロである。
 確かに、浦見が持参した式神ケント紙でつくった、人を模したそれは、まるで酔っ払いのように千鳥足だった。なぜか? 浦見の集中力がないのである。が、それには原因があった。シロだ。
(……く、なんでこいつは、こんなに薄着なんだ?)
 浦見は、目のやり場に困っていた。自分の前に廻って、大きく手を振っているシロは、いくら真夏日だからといって、薄着すぎる。ただ布切れをまとっているだけに見える。本人のシロが明朗快活のため、そこにいやらしさこそなかったが、健康的な肌がまぶしいことに変わりはない。おまけに子どもみたいに全身で感情を表現するので、すらりと伸びた手足が、しなやかに動くさまに、つい見とれてしまう。
「浦見っ、しゃきっとするでござる、しゃきっと!」
 浦見が目を奪われているとうのシロが、叱咤する。浦見は険しい顔をしている。それも、無理もない。素人に毛が生えた程度の浦見がつくった式神ケント紙の式神とはいえ、やはり使役には相当の集中力を要する。たとえば神通棍、霊体ボウガン、破魔札といった通常装備を扱うのとは、わけが違う。
 天才と謳われる第四九代六道家式神使い六道冥子は、一二神将を操る。つまり、一二匹の式神を操る。凡人の浦見は一匹の式神さえろくに操れなかった。シロがどうのこうのという言い訳を抜きにしても、である。当たり前だが、中学生の自分にとって、まだまだGSへの道のりは遠かったのである。浦見はひとり悔しさにくちびるをかんだ。連日、へとへとになるまで、精神力と体力を振り絞っているのに。……
「──わーい、よくできたでござるーっ!」
 ようやく浦見の式神が、シロのもとに辿りついた。シロは我がごとのようによろこんだ。まるでぱっと花が咲いたように微笑んだ。それを目にした途端、不思議と浦見の悔しさも、疲れも吹き飛んでいた。
「はい、これ。『当たり』が出たら、もう一本だよ」
 浦見は中学生だから、まだアルバイトができない。いつも自分の少ない小遣いをやりくりして、式神ケント紙を買っている。最近は普段、一切、余計なものにお金を出していない。倹約につぐ倹約だった。だが、ただで練習に付き合ってくれるシロに、自転車のアイス売りからアイスぐらい買いたい。この辺ケチるのは、かっこ悪い気がする。第一。
 浦見の手からアイスを受け取ったシロは、きらきらと目を輝かせた。浦見はちょっとふところはさびしくなったけど、アイスを買ってよかったと思った。練習中のシロは鬼みたいなのに、終われば無邪気な子どもみたいである。やはりアマチュアGSでも、常人とは違うのだろうか。何度も実戦を経験したことがあるから、有事と平時の切り替えが早いのだろうか。
 ──いつか自分も、シロのようになれるだろうか。このあいだから将来立派なGSになるため、こつこつとお金を貯めているのは、シロには内緒だった。できれば中学校卒業後の進路は、そのスジの学校に行こうと思っている。そしていつか必ず、立派なGS≠ノなるのだ。
「…………」
 ふと浦見のアイスを食べる口の動きが、とまった。──そう、あいつには負けない。……横島、ボクは負け犬なんかじゃないんだ。
「ん、なにをそんなにこわい顔をしているでござる」
 浦見は、我に返った。
「あ、いや、別に……」
 浦見は、笑って誤魔化した。
「ね、浦見」
 浦見はどきっとした。突然優しそうな目をしたシロが、じっと自分を見つめてくる。
「お前さっきの練習中、自分に怒りを感じでいたでござろう? こんなに毎日練習しているのに、なかなか意のままに式神を動かせない自分に、苛立っていたでござろう?」
 浦見はなにか言おうとして、口をつぐんだ。そのとおりだったから。
「そんなにこわい顔しなくたって、そんなに思いつめなくたって全然大丈夫でござる。ねえ、安心するでござるよ。いまでも拙者はひよっ子だけど、いまよりずっと駆けだしだった子どもの頃に、『気合いさえあれば、小さな霊波刀でも敵を倒せる』って教わったことがあるでござる」
 浦見は誰かに想いを馳せているらしい、珍しくはにかんだシロの横顔を見た。
「だから、浦見が自分に感じている怒り。それがあれば、きっとお前はいつか、一流のGSになれるでござるよ。だってその怒りは、自分に『気合い』が入っている証拠でござろう。まだできる、まだまだいま以上に自分はやってやる、って気合いでござるよ!」
 浦見は、自分の胸が熱くなっていることに気がついた。シロの言葉に、元気づけられていることに気がついた。とても心地よい、温かい気持ちを抱いている。
「そうそう、『なんでもいいから、自分に合った集中法を見つけるんだ』とも教わったでござる」
 浦見にはこれといって集中法などなかった。
「人狼族の拙者は家族、仲間、友だちのことを想うと、力がみなぎるでござる」
 満面に笑みを浮かべるシロ。 
「拙者はこう想うんでござる。オオカミは群れの仲間を、いのちと引きかえにしても、ってね!」
 浦見は、はっとした。ふいにシロが、自分の手をぎゅっとにぎったのである。浦見のことを、仲間だと言わんばかりだった。
「い、いったい、誰にそんなこと教わったんだよ……」
 浦見は耳まで真っ赤になったのを悟られまいとして、そっぽを向いて訊ねた。
「誰にって、拙者が学ぶとしたら、横島先生に決まっているでござろう」
 浦見の顔から表情が消えた。シロが口にしたなにげない言葉が、ひどく気に障った。
「GSは、諦めないでござる。ホント、横島先生の往生際の悪さといったら、ううん、土壇場の機転といったら、拙者、見習いたいことがたくさんあるでござる」
 浦見は眉をひそめた。胸のうちで熱いものがたぎる。それは先ほどの温かい気持ちとはまったく違う、いま渦巻いているのはどす黒いほのおだ。たとえば、シロと出会う前の自分に戻ったような、うらみつらみといった感情だ。
「……そういえばシロ。今日は横島のやつ、用事があるって言っていたけどさ、それって美神さんって人に会いに行ったんだろう」
 浦見は我知らず、皮肉っぽく訊ねていた。
「横島先輩=Aでござろう!」
 浦見の話を聞くより先に、まずそのことを注意する。浦見は難しい顔をした。先ほどあんなやつ呼ばわりした横島は信じがたいことに自分やシロよりもGSに近かかった。横島はGS免許取得試験を受けて、突破していたのである。いま現在横島は高校に通いながら、GS見習いとして美神令子除霊事務所でアルバイトしているのだ。
「……横島先輩=Aこの夏休みいさかいになったボクとの仲直りの証として、GS志望のボクの面倒を見るって言っていたのに、結局シロに任せっきりじゃないか。いつもなにかと用事があるって言っちゃ美神さんのお尻ばかり追いかけて」
 浦見はやはり皮肉を込めて、横島を先輩、と呼んだ。なぜって浦見にはおおよその見当がついていた。どうして急に、横島が自分の面倒を見ると言いだしたのか? 答えは簡単だ。横島は、シロのなん一〇キロにも及ぶ散歩に付き合うのが、いやなのである。だから、毎日のように自分の面倒を見ると言い、途中で用事があると調子のいいことを言って、ひとり抜けだして美神さんのところに行くのだ。自分のことは都合よくシロに押しつけて。
 ──どうしてそんなやつを、こんなにもシロは慕っているんだろう?
「……そりゃ、面倒を見てもらっているボクは、こんなこと言えた立場じゃないけどさ、さすがに横島先輩、ちょっとひどいんじゃないか」
 浦見はくちびるをとがらせた。と。
「まだ浦見は、横島先生のことを知らないんでござる」
 浦見はそのときのシロの顔は、自分が口をはさめるものではない、と思った。そのとき浦見は、シロと横島が、なにか強いきずなで結ばれているとはっきり感じたのだ。
「だ、だけどシロだって、時々さびしそうな顔しているじゃないか」
 それでも言わずにはおれなかった。今日だって横島はさっさとこの場を去っていった。そして、浦見は目にしたのである。その後ろ姿を、シロがさびしげな顔して見送っているのを……
「そんなことないでござるっ」
 浦見の言ったことを、慌ててシロは否定した。
「……今日だって、シロはさびしそうにしていたじゃないか」
 浦見は事実を突きつけるのを、やめなかった。シロが俯きがちにううう、と唸りだす。その姿は怒りに身がふるえているというより、泣きだしてしまうのを堪えているようだった。
「……図星、だろ」
 浦見はほら見ろ、やっぱりさびしいんじゃないかと思った。いっぽうで、そんな想いをしてまで横島を慕っているシロを見、浦見自身、苦い想いを味わっていた。──それはたぶん自分が、シロのことを、たぶん……初めての友だちだと思っているからだろう……。
「別にそんなこと、お前に関係ないでござろう」
 シロの冷たい言葉が、ぐさりと突き刺さった。
「さ、そろそろもうひと頑張りするでござるよ。今日は拙者、横島先生から、ともかくお前の集中力をあげるように言われているでござる。今日こそせめて五〇メートル走ぐらいできるようになるでござる」
 浦見は素直に頷いた。浦見の式神はともすれば歩くこともできない。そんな体たらくだからこれ以上かっこ悪いことは言いたくなかった。けれども。
「横島先輩のためにか」
 浦見は気がついたらそんなことを呟いていた。一瞬、シロの動きがとまる。だがなにも言わずに歩いていった。
「…………」
 浦見は、うなだれた。これじゃ自分をいじめていた連中と同じだと思った。こんななんにもならない意地の悪いことをして、くだらない。たとえシロが横島先輩のために、ただ横島先輩の言いつけを守りたいがために、自分に付き合っていようと、いいじゃないか。自分の夢は、立派なGS≠ノなることなんだ。だったら……
「?」
 浦見は目の前の人影に気がついた。
「シロ?」
 見ればこちらに近寄ってきたのは、いつになく真剣な顔をしている、シロだった。目が血走っている。──まさか、そんなにボクの言ったことが気に障ったのだろうか?
「うわ!?」
 浦見はふいに、思いきりシロに突き飛ばされた。
「なっ!?」
 思わず、腰を抜かしそうになった。なにしろシロが低い唸り声をあげて、牙まで剥いているのである。
「な、なにもそんなに怒ることないじゃないか!?」
 浦見は血相を変えた。だが。
「──浦見、早く逃げるでござる!」
 浦見の肩越しを睨みつけて、叫ぶ。
「え?」
 浦見はきょとん、とするばかりだ。浦見の頭上をシロが飛び越えた。
「なっ」
 浦見はシロの影を追って、振り返った。
 そこには、ふたりの少年の姿があった。そろいの黒装束を身にまとって、忍者のようである。そのわりに両目を覆っているのは、近未来的なバイザー。まったくちぐはぐな印象を抱かせる。決して普通じゃなかった。
 次の瞬間、ちらりと振り向いたシロが、一言呟いたのである。
 ──『敵でござる』、と。

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