ザ・グレート・展開予測ショー

流れ往く蛇 鳴の章 惨話


投稿者名:ヒロ
投稿日時:(04/ 2/18)


 暗い・・・それでいて明るくもある、室内はその重厚な雰囲気に圧されてか、またあるいはそれ以上のもの、あえて言うなればこの場を支配する二人の人物を飲み込むためであろうか、物々しい空気を放っていた。
 部屋を支える大きく、美しい柱は微妙に日の光を遮り、質素を通り越して何も無い部屋の壁に優雅に刻まれた壁画は、むしろ微妙な存在感をかもし出している。
 二人の人物は、そんな中でもことさら微妙な空気を放っていた。
 一人は、小柄すら通り超えている人物。大陸を意識させる特異な服装を身にまとっている。老体のためか、顔に刻まれたしわは妙な年月の流れを思わせる。
 そしてもう一人は白を基調とした、優雅とも言える服をまとっている。法衣とでも言おうか、この人物はそれが妙に似合う若い男だ。
 
「今日はいかがなされましたか?老師」

 男が口を開いた。常に優しげな視線を放つその様は、どこかしら能面を連想させる。老師と呼ばれた人物は、そんなことを考える自分に、心の中で首を振った。

「ふむ、そうたいしたことではないのじゃがな、ちと、世間話でもしようかと立ち寄っただけじゃ」

 なにやら妙に年寄り臭く老師はこういった。ついでに顎髭も撫で付けるように触る。

「世間話・・・ですか?」

 男は、目の前の老体がそんなことを言うこと事態意外そうに、首をかしげる。

「そうじゃな・・・アレをなぜ転送したか・・・なんてこととかな」

 いかにも芝居がかったような姿勢をとり、老師はそう言った。しかし、その瞳の奥には、剣の様に鋭いものが含まれているのを、男は見逃してはいない。
 男は一呼吸ほど置いてから、笑顔を絶やさずに口を開く。

「さて、一体何のことでしょうか?」

 そして流れる静寂。
 男は、老人の顔をまともに見詰めることはできなかった。なぜならば――なぜならば、老人の背後から微かに、だが決して見過ごすことのできないほどのオーラが立ち上っているからである。
 怒気ってやつである。

「前回はメドーサほどの魔族の捜索を打ち切り、今回は隠し事か?隠し事は身の為にはならんぞ?」

 静かにそう紡がれる言葉は、まるで最期通告。いや、いかな老師とも言えど、さすがに簡単に同属を殺しはしまい・・・しまいが、この部屋、それ以上にこの建物を荒らすことくらいはしかねない。彼の武勇伝は、広く世に知れ渡っている。
 そして、それ以上にこの建物を荒らされれば、当然『見られたくないもの』まで見られてしまいかねない。

「ふぅ・・・」

 男は、心の底からため息を吐き出して、老人と改めて向きやった。

「わかりましたよ、老師。ですが、このことは他言しないでください」

 そう男が言うと、巨大な地響きのような音が、辺りを揺るがした。そしてその音に連動するかのように、部屋の端々が稼動し始める。壁画の一部が離れ、また突起し、その動きは次第に辺りに連動してゆき、その様はあたかも合体ロボか何か。機械的な音、あるいはパイプオルガンのような優雅な響きなのか?そんな相反する響きは、次第に加速して行き終には床も、天井も、全てが一変した。

「これ・・・は?」

 老師は呆然と見上げた。男の背に大きく聳え立つそれは、巨大なモニターであった。
 先ほどまで壁だったもの。壁には計器が埋め込まれ、その隣にはモニターや、複雑な形をした何らかの装置などへと変わっている。

「ここにはいくつもの上級魔族が映し出されています」

 男は淡々と行った。
 
「上級魔族・・・じゃと?神族はこれを持ち出して、また戦争でも始める気か?」

 老人は、語気も低くそう唸る。

「まさか・・・それにこれは魔族側・・・とは言っても一部ですが、承知のことです。それに映し出される魔族にも、限定条件付があります」

 老人は男の言葉を聞きながら、眉をひそめた。

(魔族も承知のこと・・・じゃと?ということは戦争で有利な状況に立てる装置ではない、ということか。それに限定条件付・・・双方承知のことということは、必ずしも厄介な相手や危険な敵を監視するというシステムというわけでもない、らしいの)

 なんにせよ、ここまでの大掛かりな装置を持ち出してきたのだ。これはますます問い詰めることが多くなる。それも目の前の男ではダメだろう。
 老人は、男のさらに先にある丸い円盤状の窪みを見詰めた。転送装置、そう呼ばれている。
 当然その装置の向かう先は・・・恐らく主神であろう。

「ダメですよ、老師。いくらあなたが斉天大聖と呼ばれる方でも、これ以上の譲歩はできませんよ」

 老人の視線に気付いた男は、それでも笑顔を絶やさずにそう言った。

「ふむ・・・なるほどの。ならこの装置は何に使うのか・・・せめてそれくらいは教えて欲しいものじゃな」

 これ以上の情報はむしろ無理だろう。老人はため息を吐き出しつつ、そう言った。

「ハイ。これはとあるテストである・・・そう窺っておりますが・・・」
「・・・テスト?」

 男の言葉に、老人は首をかしげた。

「私にはこれ以上のことはわかりかねません・・・が」
「ふん・・・弥勒ともあろう人物にも秘密裏に、とな。」

 老人は、どうにも納得のいかない表情で、踵を返した。
 そんな後姿を黙って―しかし笑顔で見送った男―弥勒は、内心ほっと息を吐き出した。
 部屋はあわただしく元へと戻りだし、それを待っていたかのように、転送装置が光り始める。
 弥勒は優雅に振り返りながら、膝を床へと下ろす。
 装置の明滅が落ち着き、一人の人物の陰がゆったりと現れた。

「我が全能なる父君、仏陀様・・・」

 あわただしく動き出した室内で、その声だけが厳かに響いた。





 流れ往く蛇 鳴の章 惨話





 ガチリ・・・

 物々しい音がして、唐巣は霊体ボウガンを取り出した。あたしは黙ってそれを受け取る。
 さらに続いて神通棍、破魔札、後はなけなしの金で買い取ったとか言いながら、涙をぼろぼろ流して精霊石も取り出した。
 最期に愛用の聖書を脇に抱えて、準備は万端。あたしは手の上でクルクルと間抜けなダンスを踊っている張りぼて、『見鬼君』と見詰める。
 これは、小さな手乗り箱の上に置かれた愛嬌のある人形―よく言えばそんなもの、悪く言えば無駄な面積と造形を持った不気味なもの。それはくるくるとさっきから指し示す方向を変えている。

「チューブラー・ベルのやつ、さっきから非常に素早い動きでそこら辺を移動しているらしい。やつは・・・どこに向かっているんだ?」

 唐巣があたしの脇まで来て、唸った。

「やつはノーロープバンジーさせるとか言ってた。だから高いビルから美智恵を突き落とすつもりなんだろ?」
「ていうことは、高いビルを探しているんだろ。それなら高いビルを探すことには、何個か意味が出てくるな」

 あたしも無言で頷いた。
 高いビルを探す目的。簡単に言えば、一つは目立ちやすくするため。もう一つはあたしらが必死にビルを登っても、簡単に美智恵を殺すことができる。何しろ高さが高さだからね。心身ともに絶望感でも味あわせてやろうっていう奴。
 しかも多分、チューブラー・ベルのやつは、あたしらが美智恵を見っけるまではそう簡単に殺したりはしないだろうね。あたしに美智恵が死ぬところを見せ付けるっていった奴だからね。多分あたしが美智恵を発見したら、殺す気なんだろ?だからまだ美智恵が死ぬまでは多少の時間はある。かといってゆっくりもできないのが実情なんだけど・・・

 あたしはそんなことを、唐巣に言った。まぁそれくらいのことは、さすがにプロってやつ。予測の範疇だったらしい唐巣は、ふむと顎に手を当てて、一拍。

「それならこの除霊道具を持っていくといい」

 と、さっきまで整理していた荷物を、あたしの掌の上・・・っていうか、あたしの腕っていうか、に乗っける。とたん・・・

 ・・・・・・ズドン!!

 ・・・え?あたしは自分の腕っぽい場所を見詰める。除霊道具一式の入ったバッグは、なかなかにとんでもない体積で持って、あたしの腕を隠している。しかも重い。

「この中にはまぁ、霊力を問わずにそれなりの効力を持つ道具もあるから、それで何とかしてくれたまえ」
「何とかってなんだ!?しかもそれなりかよ!!」

 唐巣はハッハッハと乾いた笑みを浮かべつつ、肩をぐるぐると回しながら、外へと向かっていった。
 このヤロウ、重いからってあたしに荷物持ちをさせるつもりか・・・あたしはグッと力を込めて、バッグを背負った。
 何と無く思う・・・自給255円で働くあいつは偉大だなぁ・・・とね。





 小さな手乗り箱の上に置かれた愛嬌のある人形―よく言えばそんなもの、悪く言えば無駄な面積と造形を持った不気味な人形。『見鬼君』は、屋敷を出た今でも指し示す方向を変えている。これは力の強い悪霊だか魔族だかを、追従するというレーダーみたいなもんで、これの言う通りに進んでいけば、いずれ目標と接触できるというもんらしい。
 あたしらはこれに従って移動してるわけなんだけど・・・あたしは妙な感覚―既視感とでも言うのかな?
―に捕らわれて、足を止めた。

「どうした?」
「いや、ここはどこかでみたような・・・なんだっけ?」

 唐巣の問いに、あたしはポツリと言葉を吐き出す。
 そこはどこにでもある路地。塀の上にある木々はおいしく茂り、家々は和風な雰囲気をかもし出している。なんていうか、まぁどこにでもある路地。ただ、何と無く見覚えがあるって言うだけ。
 
「ここは・・・ちょっと前に交通事故がおきてね、母娘がこの場で轢かれてしまったんだ。新聞にも乗っているよ。毎年ここには彼女たちの知人が花を添えに来ていてね・・・」

 あたしの脳裏をあの切抜きがかすめる。

「そう、それだ!!」

 あたしは手を叩いて唐巣へと向きやる。

「じゃぁさ、その現場に熊の人形とかが置いてあるはずだったんだけど?」
「その件に関してはうちのほうにも話は通っていてね、結局は奉納って言うことになったんだ。妙な霊気を発している、ということだそうだ。近くの神社で供養されている」

 なるほど、なら明日にでもその神社とやらへ行ってみようか。

「その神社ってどこにあるの?」
「すぐ近くさ。ここの路地を抜けて500m ほど行ったところだ」

 言いながら、唐巣は『見鬼君』を見た。
 相も変わらず見鬼君はクルクルと回って・・・クルクルと回る・・・?クルクルと・・・回っているだって?

「ハクミ君!!悪霊だ!!」

 唐巣があたしに注意を促した。あたしも続いて神経を尖らせる。風切り音、急激な圧迫感。どこかで見張っているような感覚、それもかなり近くで。しかも・・・凄まじい速度で近づいている?

「上だ!!」

 唐巣が叫んだ。あたしもつられてすぐに顔を上げる。直後に喉に叩き込まれる一撃。とっさに首との間に指を突っ込んだけど、グイグイとそのまま押し込まれ、コンクリの塀にあたしは叩きつけられる。最近こんなのばっかりだ。
 そして、弱弱しい声で紡がれる言葉。それは否応なしにあたしの耳元に流れる。

「お姉さん・・・やっぱり、あたしたちを、ママを殺しにきたんだ」

 クソ、何でこんなときに限ってこんな厄介な奴が・・・あたしは相手を思いっきり睨み付けた。幼い顔に、壮絶なものを含ませているそいつは、あのワンピースを着た娘だ。

「何でそうなるんだって言うんだよ!」
「だって、その男の人は、何回もうちにきて、何人もの人を殺した人なんだもん」

 娘は恨みと怯えを混同したような顔で、唐巣を指差した。
 あたしはさァァ・・・ッと音を立てて血の気が引くのを感じた。

「お前のせいかァァァァ唐巣ッ!!!」
「依頼なんだからしょうがないだろ!!」

 言いながらも、懐から唐巣は札を出すのを忘れはしない。

「それで皆みたいにあたしを殺すの?」

 その札を見た娘は半泣きになって唐巣を見詰める。

「殺すんじゃない・・・救うんだ。いつまでも君はこの世に留まってはいけない」
「あたしは、あたし達は生きてちゃいけないの?」
「違う!!・・・違うんだよ。君はもう・・・・・・」

 唐巣もつらそうな表情を作り、言葉を紡ぎだす。
 この娘は・・・自分が死んだことに気が付いていないのか?だからこんな悪霊まがい、っていうかまんま悪霊になってるのか?
 あたしは・・・このままでいいのか?こいつだってこんなんになった理由の一環はあたしだろ?
 覚悟を決めなくっちゃいけない。覚悟は実践では大事なことだ。

「もういいよ、早く行けよ。バカラス。こいつはあたしで何とかするさ」

 唐巣はあたしの言葉に、意外そうな表情で応じる。

「しかし、君に除霊は・・・」
「いいから行けっつってんだろ!!こうやってる時間、無駄に過ぎてくだけなんだよ。美智恵を助けたいなら早く行けッ!!!!!」

 あたしは怒鳴った。力の限り怒鳴った。近所迷惑だろうがなんだろうが、唐巣はそんなあたしに驚いた顔をして・・・そして、ため息を吐き出してから、深く頷いた。

「わかった、君に幸あれ、だ!必ず生き残るんだぞ!!」
「お前もな!!」

 そう言い残し、くるりと後ろを振り向いた唐巣は、闇の中へと消えていった。
 娘はそんな唐巣を一瞬追おうかどうか迷ったみたいだったけど、あたしはそんなことを許さない。がっしりと腕を掴んで、コンクリの壁に向かって投げつけた。

「行かせてやるわけには、行かないんだよ。あんたはもう『逝』かなくっちゃいけないからね」

 あたしは短くそう告げると、塀を背もたれにして、ゆっくりと立ち上がる。

「あんたはこの『メドーサ』が・・・いや、今はちょっと違うかな。この『ハクミ』が極楽へ送ってやんなくっちゃいけないんでね」

 ニィッとあたしは口の端を吊り上げると、挑むように娘を見据えた。

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