ザ・グレート・展開予測ショー

雨夜の月    『中編』


投稿者名:えび団子
投稿日時:(04/ 2/17)






「それで・・・、俺は。」


空の湯飲みを見下ろしながら椅子から立った。まだ食事は半分も済んではいない。彼は今にも消えそうな声で呟き彼女から目を逸らした。

――――何一つ、分からなかった――――
彼女は一瞬はっとした表情になり、黙っていた。


「俺がここ――――二十歳になるおキヌちゃんの家――――に来たのは他でもない、君に逢いたかったからなんだ・・・。正直のところ俺が二十五歳になる君の心を読んだ限り何も分からなかった。」


再度言い放つ彼の語尾には力強さとある種の決意が滲んでいた。美神除霊事務所からさほど遠くない位置に建つマンションに彼女は住んでいた。仕事で一定の報酬も得られてきたし正社員になったのをきっかけに事務所から引越したのだ。近場にはコンビニや生活を営む点では十分な施設が揃い絶好の場所だ。


「・・・・」


彼女は固く閉ざした口を開けることはなく、唯聞いていた。


「俺は、それでも精一杯尽くした!何から何まで・・・。自分の嫁さんの心を覗き見といて言うのもなんだけど、最善を努めた。結果はどうであれ彼女は、彼女は幸せだったはずだ。俺の自己満足に過ぎないのかもしれないけど、力になれなかった自分を正当化してるだけに過ぎなくても!!」


彼の瞳に光る筋が流れた、夕日が窓から射し込み顔はよく見えなかったけど
気持ちは痛いほど伝わってきた。どれだけ彼が彼女を想っていたのか。
無力さを嘆き、耐え難い現実を目の当たりした時の彼の姿を。


「彼女は最期に、俺に言ったんだよ。些細なことだったんだ、誰も気にしないような・・・ちっぽけな。」

マンションの十階にある彼女の部屋の小窓から柔らかな夕日が滑り込む。
穏やかな春の風はカーテンを小刻みに揺らした、それがやけに哀しげだった。




――――――――三月中旬のある朝の光景――――――――




「おいおい、無理しなくていいよ!それくらい俺がするから・・・」


「だって忠夫さんお仕事で疲れてるでしょ、だから休んでてください。」


朝食の準備に取り掛かった彼を制し代わろうとする彼女。


「何言ってんだよ、おキヌちゃんこそ休んでなきゃ。早く元気になってもら

わないと俺が困るんだからさ。」


にっと唇を持ち上げて笑う彼。フライパンを持ち出して慣れない手つきで料理に挑んでいく。

じゅ〜、じゅじゅ〜。

新鮮な卵が香ばしい匂いと共に焼き上がっていく、白身が薄く黄金色になっていて食べ頃だった。


「よしっ、と!」


ガスの火を止め楕円形の皿に目玉焼きを乗せる。オーブンに入れたトーストを取り出しマーガレットを塗りインスタントコーヒーを二人分用意した。彼は久しぶりに上手く出来上がった目玉焼きを誇らしげに見つめ居間に運んで行く。


「上手になりましたね、忠夫さん♪」


にっこり笑顔で居間の座布団に座っている彼女は言った。


「まあ、下手な鉄砲数打ちゃ当たるってね。」


謙遜する彼だが表情から満足いく出来栄えだということが一目で読み取れる。次々と朝食の準備が整っていく中で彼女はじっと彼を見つめている。
こたつもストーブも未だに置いてある居間は冬の名残を漂わせ春の到来を先延ばしにしているようである。




――今日の天気は午前中は晴れますが、午後からはところにより・・・

小さめのTV画面から天気予報が継続的に流されるのを虚ろな目で聞く。
こたつに二人で入ってくつろぐ風景は最近では極当たり前になってきた。
彼は向かいに座って天気予報を凝視する彼女と対照的にぼんやりとそれを眺めた。彼女は『天気予報を見ておかないとお洗濯する時困っちゃうから』と毎日の日課になっている。

天気予報なんて当てになるのかな?

彼はいつもそう思うが口には出さないでいる。彼女があまりに真剣すぎるからだ。


「今日はお仕事あるんですか?」


「うん、午後から三件。どれも難しくはない依頼だからさっさと片付けて戻って来るよ。」


コーヒーを飲みながら答える彼。


「無理はしないで下さいね、元気に帰ってくれさえすれば私は嬉しいですから・・・」


「ああ、分かってる。絶対無理はしないよ。」






――――――――家に帰してやってもいいですか?――――――――






彼は横島忠夫は夫として担当医に相談した。
白く綺麗な部屋にレントゲン写真を幾つも張り巡らしたボードに光りが青白く灯る。医師は怪訝そうな顔つきで彼に問い返した。


「何故です?」


隣廊下を歩く患者の話し声や足音が聞こえてくる。


彼は一瞬、躊躇した風に瞳を泳がせると顔を真っ直ぐ向けて言った。
――――分かりません、理由なんて。
ガラス窓から屈折した厭な夕日が頬を照らす。空気がどっと重くなった。
医師は深い溜息を吐き腰を下ろした回転椅子を九十度曲げた。
彼から視線を外し相対するのを拒んだみたいだ。レントゲン写真を静かに見

ていた。その間は奇妙なくらい周りの音が聞こえなかった。
暫くして椅子を彼のほうに向き直し一言だけ悔しげに医師は嘆いた。


「とても、元気な身体なのに・・・現代医学って何でしょうね。」


医師は掛けていたコンパクトで軽い眼鏡を机に置き呆然と天井を眺めていた。変哲のない天井を、ずっと。
――――我がまま言ってすいません、俺・・・。
言葉が続かない、胸が苦しくて辛い。出かかった言葉が内に籠る。
医師は悟ったのだ。彼は彼なりの決断を見出したのだ、と。
そしてそれは、決して揺らぐことはないんだと。


「オカルトGメン本部医療センターには許可は得ていますか?」


こくりと彼は頷いた。オカルトGメン本部医療センターには心霊治療を中心とした機関で既に世界規模で動いている。彼女は当初そこに入院していたが原因も判明せず霊的にも変調が見られないのにも関らず肉体的な苦しみを訴えていたのでこの病院に移動することになった。だからといって現代医学でも理解出来ないのだ。


「そうですか。」


カルテを纏め始めた。彼は黙ったまま目を瞑って待っていた。






――――――――最期の日、約束の日――――――――






「はい、お弁当ですよ♪」


彼女は、その日も無邪気に可愛く笑顔だった。愛妻弁当だなんて自分には勿体無いと思っていた。少し照れながらそれを受け取り、『ありがとう♪』と返す。これが朝のいつもの光景、新婚ほやほやの定番だ。


「今日は大きな依頼が一件だけ頼まれてるけど、そんなに遅くはならないと思うから。心配しないでね。」


彼は右手でVサインを作りながら家を出た。




彼女が病院を出たのはつい数日前の出来事。二人で考えた答えだった。
久しぶりに戻ってきた我が家は何処か懐かしく、匂いもそのままだった。
彼女は喜びの声を漏らした。常時真っ白な空間のベットにいたのだから無理もないが、小さな手持ち鞄を提げて彼女は居間に足を運んだ。彼は彼女について行き彼女が色々懐かしむ様子をずっと眺めていた。各部屋ごとに他愛もない思い出話に花が咲く。前にここでこんなことがあったとか、こんな話したとか多数。結婚して数ヶ月で昔話も可笑しいけど彼女にとって原因不明の病気より、彼と会えなかった日々の方が苦しかったのだと思う。そして今日に至る。





彼女は、彼を見送った後いつものように家事をこなし始めた。
朝の風を窓一杯に吸収してカーテンをなびかせ、朝食の後片付けをした。
乱れきった部屋の整理整頓をする、起き上がったダブルベットのシーツや毛布、布団を綺麗に折りたたむ。家の隅々まで掃除機をかける。二人分の少ないながらの洗濯物を干し、たたむ。大体の用事が終わると一息コーヒーを啜り休む。これで午前中は過ぎて行く。午後からは心霊治療の方に顔を出す。患者さんが何人も彼女に看てもらうを望んでいるからで、除霊方面の仕事は休止している。心霊治療には実のところ奥深く、丹念に診察、観察しないと的確な治療が施せないこともあり社員が数名いるが治療の全面的なことは彼女が担当しているのだ。


「今日は患者さん来ていますか?」


受付の女の子に彼女は白衣姿で問いかける。
事務を任しているので仕事の細かなスケジュール、カルテはその子が纏めるのだ。その受付の子は『今日は一人の予約も電話も入ってませんよ』と言って微笑んだ。


「よかった、一人も患者さんがいないことは皆さん幸せな証拠ですから♪」


彼女は暫く他の社員とも丁寧に会話すると奥の診察室に入った。
職場の雰囲気も和み彼女が顔を出すと周りが温かくなる。
優しさと凛とした空気、オーラがそうさせるのだろう。
ここでも――――おキヌちゃん効果。は健在なのだと実感させられる。


そして運命の電話が数秒後に鳴り響く。




プルル、プルルル・・・ プルル、プルルル・・・。

短いコールで受付員が受話器を取る。 


「はい・・・氷室心霊治療所ですが。」


事務的な応答の途中、声が震えているのに気付き電話が終わる。
ガタガタと指先が振るえ両手で両の二の腕を抱き放心しているのを近くにいた同期の社員が心配そうに尋ね正気を失った。二人の社員は奥の部屋の彼女――――おキヌちゃんに知らせを急ぐ、スリッパのパタパタとした高い音が狭い廊下を木霊し診察室のドアを勢いよく押し開ける。


「どうしたんですか?そんなに慌てて・・・。急患ですか?」


落ち着き払った彼女の口調は次の瞬間一変する。
二人は荒くなった息を戻るのを待たず喋りだした。


「きゅ、急患です・・・!!ご主人がっ!!!!」


凍りついた。


この日が彼女の最期となる。




今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa