ザ・グレート・展開予測ショー


投稿者名:hazuki
投稿日時:(04/ 2/16)

欲しいものが、ある。
欲しくて、欲しくて、しょうがないものがある。
それは、きっと他の人間が聞いたら他愛もない事だということだろう。
けれど、それは自分にとってどんなに欲しいと思っても得る事のできないもの。
苦しくなるほど欲しいと切望しても得られないもの。

暖かい場所。
待ってくれる人。
熱さや寒さに苦しむ事の無い、空腹でのた打ち回る事の無い。
傷つくことに怯えて眠ることなど、できないなんて事のない場所。
安心して眠れるあたたかいところ。

ずっとそんな場所が欲しかったのだ。
一度失ってからもう何年たつだろうか?
気が狂いそうになるほど切望しても、もう無い事だけ思い知る。
それでも、欲しいと願ってしまうのだ。
他の誰かにとって当たり前の場所を。
こんなにも、欲しいと。


────無理だという事などわかっているが。





ぴしゃっと
頬に血が付いた。
雪乃丞は特に顔色を変える事もなく、無造作に親指で頬についた血を拭う。
ここは、首都近郊にあるすこしばかり深い森。
清水のせせらぎや、小鳥の音が耳に心地よく聞こえる。
気温こそ低いが、降り注ぐあたたかな日差しのせいか風の吹かない限り、それほど寒いとは思えない陽気である。
さしずめ行楽日和とでもいったほうがいいだろうか?
だが、雪乃丞の周りを囲むのは、厳しいけれども美しい自然ではなかったのだ。
いや、もちろん自然も取り囲んでいる。
が、それ以上に取り囲んでいるのは屍。
妖怪であったものである、屍である。
長い時間をかけてこの地に住むものたちが変化した、妖怪。
いわゆる物の怪といわれる類であり、悪霊というのとはすこしばかり違うもの。
立派な知性も力もある生き物のことである。
それの屍が、今ここにあるのだ。

その物の怪を、妖怪を『駆除』することが雪乃丞の仕事であったのだ。
この土地所有者たっての願いだったのだ。
ここに住まう妖怪を、駆除して欲しいと言う。
それよりも長い時間、それこそこの所有者の生まれてくる前からいたのはその妖怪たちだったろうに。
それでも、仕事である。
それを依頼されたからには、その仕事をこなさなければならない。
どうせ自分がしなくても、他の誰かにこの仕事が回るだけなのだから。

そして目の前に広がるは屍である。
雪乃丞は返り血こそ浴びてはいるが、かすり傷のひとつもない。

「………すまねえな」

誰もいない、ない屍のなかひっそりと聞かれる事のない言葉をひとつ呟く。
雪乃丞は、それだけ言葉にすると血に濡れた手を握り締め踵を返す。
帰るために。

さく、と草を踏む音だけがひどく不快にさせる。
べっとりと服や拳についた血を見ても昂揚感の欠片もない。
あるのは、重苦しい気分だけだ。
闘いというものは自分より強い、もしくは同等の力の人間と闘うからこそいいのだ。
ギリギリのところで自分が生きているという実感を抱けるからこそ、闘いが好きなのだ。
あんなふうに、弱いものを叩きのめすというのは、一方的に殺すというのは……

(ただの、虐殺じゃねえか)

苦い思いを抱えながら、そうひとりごちる。
だけども仕事なのだ。
果たす事しかできないし、手を抜く事もできない。
懸命に仕事をこなすことしかできないのだ。
自分は、闘うことしかできないから。
他にできることなど、なにもない。
そんな自分が、戦えと、それを仕事だと言われたらするしかないのだ。
何故なら、それしかできないのだから。
闘うことを奪われたら、自分はどうなるのかわからないのだから。

幼い頃から強くなりたかった。
守りたいものがあったから。
そしてそれをなくした今も、無くさない強さを得るためにそれを求めている。
もう、守るものなどなにもないのに。
他のものなど求めかたを知らないから。
欲しいとおもうものはあるのに、雪乃丞は他のものの求め方すら知らないのだ。

だけど求めるかたを知っていたとしても自分は求められなかっただろうな、と思う。
なぜならそれは、雪乃丞にとって分不相応なことだったから。
少なくとも自分ではそう、おもえたのだ。
ひどく、不相応なものだと───


ふと、独りの女性の顔が頭を掠める。
そして、思う。
逢いたいと、思う。
背中を預けられる女性に。
触れたいなんて、こんな風に血で濡れた手で触れたいなんて思わない。
ただ、少しだけ話していつものように憎まれ口を叩くだけでいい。
それだけで、いいから。
逢いたいと思う。
たったひとつ、暖かいと思える瞬間だから。









雨が降っていた。
霧雨のような雨が。
弓は淡いブルーの傘を差しながら、いつもより大分遅めで家路についていた。
遅れたのは委員会の話合いの為である。
ゆらゆらとお下げを揺らしながら、通いなれた路を行く。
と、何かに気付いたように足を止める。

「どうしたんですの?」
不思議そうに首を傾げ電柱柱にいる少年に向け言う。
全身黒尽くめの怪しさ120パーセントのこの少年はもちろん雪乃丞である。

「いや、仕事かえりなんだよ」
ぼそぼそと言い訳のように雪乃丞。
偶然な、と付け加えるように言ってるがその全身は雨にぐっしょりと濡れているのだ。
霧雨でここまで濡れるとなれば、相当な時間ここにいたのだろう。

「GSのお仕事ですか?」
待ってたといえばいいのになあ、と思いながら弓。
その言葉に雪乃丞はちょっと口の端を上げ笑っていった。

「ああ」
と。

そんな雪乃丞に、弓もちょっとだけ笑いがさごそと、鞄にあったであろう折りたたみの傘を捜す。
この前『偶然』あった時も雨が降っており雪乃丞は傘をさしてなかったのだ。
特に気にする様子もなく、その場にいた。
何故だか弓のほうが気になって、
雨に濡れたら風邪をひくでしょうと傘を差し出しいれようとしたのだ。
その時、ひどく驚いた顔をしていたのを覚えている。
そして、笑ったのだ。
いつも仏頂面のこの男が。
とても嬉しそうに笑ったのだ。
いつもは一文字に引き結ばれた口元を緩ませて。
だけども、その緩んだ口元から出た言葉は
『おれ丈夫だからいいよ』
という一言である。
そして笑顔のまま言うのだ。
お前には心配してくれる奴いるだろ?と

その言葉にひどく胸が痛んだのを覚えてる。
この少年は自分と同じとしくらいなのに学校にもいっていない。
GSの仕事を、命すら奪われる仕事をしており、そして心配される人がいないことを当たり前のように言う。
命を繋ぐために命をかけることを当然のように思っている。
怪我をすることを当たり前だと思っている。
不幸だと思っているわけではない。
使命感に燃えてるわけでもない。
ただ、当たり前だと思っているだけなのだ。
帰る場所がないことが、そして生きるために命をかけることが、それがあたりまえだとおもってるだけなのだ。

なんてひとだろう。

じわりと暖かいものが胸にこみあがってくる。
そしてそう思ってしまうひとが、せつなかった。




「え?」
目の前にあるのは濃紺のシンプルな折りたたみ傘。
そしてこの言葉は、差し出された傘をみての一言目である。
なんだこれ?と目線だけで問い掛けると弓は少しだけ怒ったように言った。

「貴方のですわよ」

「俺の?なんで?」
貰ういわれが無いと、首を傾げる雪乃丞。
その反応に、あまりにも予想通りの反応に弓は幾分げんなりとしながら言葉を続けた。

「あの……ねえ心配でしょうが、貴方が風邪をひいたかどうか心配するじゃないですかtっ」

その言葉に、弓のその言葉に雪乃丞はこれ以上はないというほど目を見開いた。

「え?」

「えっ?て聞いてなかったんですの」
弓は頬を膨らませ幾分怒ったように言う。
少しばかり頬が赤いのは、怒りのためでなく照れのためなのだが。
これをもっていたと、雪乃丞のためのものを持っていたということは、また逢う事を想定したということだ。
そう思われるのを──事実思っていたわけなのだが──覚悟して言った台詞である。
それを聞いてなかったとはひどい。
というなんとも理不尽な感情でにらみつけようとしたら、
雪乃丞は、手のひらで真っ赤になった顔を押さえつけていた。




「……ありがとう」
そうして呟かれた言葉はひどく小さなもので。
そうしてみた顔は、ひどく嬉しそうなもので。
たった傘一本である。
それを雪乃丞は、まるで宝物のように両手で掴んだ。
そして普通かさは、自分が濡れないために使うものなのにこの男、傘が塗れないように自分で庇っている姿が。
何故だろう。
ひどく切なかった。



どこにでも、売っている傘である。
千円も出せば買えそうな傘だ。
だけども、この傘はなによりも嬉しいと思った。
『自分の為に』
貰ったものものなのだ。
じわじわと胸に迫るものがある。
じわじわと自覚させられるものがある。

何故合いたくなるのか?
どうして、触れたくなるのか?

────そんな資格などありはしないのに。
知らない方がいいと無意識にセーブをかける感情。

だけどもう、無理である。
自覚せずになどいられない。


「そんなかくさないでいいですから。ちゃんと使ってくださいね」

「ああ」

大切にする。
きっともらっておいて仕方ないけど、きっとこの傘は使えない。


「無くさないでくださいね」


「ああ」

無くさない。
絶対に無くさないから。


だから、一度でいいんだ。
たった、一度でいいんだ。
自分には、あたたかい場所がない。
眠る時に思い浮かべる、大切なひとの笑顔もない。
だから、
お願いだから、
一度だけ『偶然』でない出会いを。
自分と傍にいる『約束』を。
傍で笑ってくれないだろうか?
眠る時に思い浮かべる事のできる笑顔を。
暖かな気持ちになれるように。
冷たいコンクリートのしたで、身体はつめたくとも、せめて心だけはあたたかくあれるように。


たったひとつの約束を。


「じゃあ……」

この傘のお礼に一回───



おわり

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